取材:鍋 潤太郎、取材協力:Mike Amron / Chair, LA ACM SIGGRAPH

はじめに

NABE_vol43_Mike.jpg

LA SIGGRAPH代表者のマイク氏による挨拶

ACM SIGGRAPHの地方分科会である「LA SIGGRAPH」。昨年12月の月例会のテーマは「CGパイプラインの未来」。昨今のプロダクション事情により、パイプラインを取り巻く環境も変化しつつあるという。今回は、最前線でご活躍されている3名のゲスト・スピーカーに、その動向を語って頂くという趣向。

今回の月例会はパイプライン開発者のコミッティーLA Animation and VFX Pipeline Developers Meetupと、LA SIGGRAPHの共同開催という形で行われた。

LA SIGGRAPH / THE FUTURE OF CG PIPELINES
日時:12月10日(火) 7:30開演
会場:Otis College of Art and DesignのAhmanson Hall
主催:LA Animation and VFX Pipeline Developers MeetupとLA SIGGRAPHによる共同開催

概要

NABE_vol43_Reception.jpg

開演前のレセプションの様子

VFX制作におけるプロダクション・パイプラインは日々進化し続けているが、最近は小規模のスタジオでもパイプラインを導入する事例が増えているという。リモートのスタジオ&リモートで仕事をするアーティストは新しい制作スタイルとして認知されつつある。そんな中で、パイプラインTDは今後どのような知識やスキルが必要になってくるだろうか?今回は、パイプライン開発にまつわるエトセトラを各パネラー達に語って頂くという趣向でパネル・ディスカッションが行われた。

NABE_vol43_pizza.jpg

Shotgun Softwareの提供により、ビザが食べ放題

今回の月例会のスポンサーは、プロダクション・マネージメント・ツールのパイオニアShotgun Software。開演前の親睦会では、Shotgunの提供によりピザや食べ物が振舞われた。

ここで、パネラーのプロフィールを紹介し、この日の月例会の模様をさっくりと要約してお届けしよう。

フラン・ザンドネラ女史
NABE_vol43_Fran.jpg

ソフトウェア開発者として大手家電メーカーGeneral Electric Company等で経験を積んだ後、Walt Disney Feature Animationにてソフトウェア・エンジニアとして数々の作品に携わる。その後、LAIKAを経てRhythm&Huesに移籍。同社が倒産するまでの5年間に渡りシニア・パイプラインTDを担当。現在はRGH Themed EntertainmentにてパイプラインTDとして活躍する傍ら、パイプライン開発者のコミッティーLA Animation and VFX Pipeline Developers Meetupのオーガナイザーも務めている。

ロブ・ブラウ氏
NABE_vol43_Rob.jpg

DreamWorks Animationにてアニメーション・パイプラインの開発に従事、その後、グローバル・パイプライン・チームのマネージメントを行う。その後LAIKAに移籍しパイプライン・スーパーバイザを務める。現在はShotgun SoftwareにてHead of Pipelineとして、ShotgunのPipeline Toolkitを業界標準にすべく奮闘中。

マーカス・レベラー氏
NABE_vol43_Marcus.jpg

イギリス出身。2000年にPOP Film(現Method Studios)に参加。アーティスト、スーパーバイザー、プロデューサーとして映画のVFXやTVシリーズ、長編アニメーション作品など様々なプロジェクトを担当。現在はアジャイルソフトウェア開発のエキスパートで、「アジャイルを知らなければ、5年後には時代から取り残される」と確信している。

ロブ・ブラウ氏:私はドリームワークスでパイプライン開発に従事した経歴を持っています。丁度「シンドバッド 7つの海の伝説」(2003)の頃でした。また、ドリームワークスがPDIと合併した時は、2つの大手が1つになってPDIパイプラインをベースに統合するプロジェクトにも携わりました。そして、後にShotgunに移籍したのです。

プロダクションの形態は常に変化しています。大人数の時もあれば少人数で回す時もあります。また、プロジェクトが入らずスローだったり、TAXクレジットを実施する国に仕事が流れてしまったりもします。そういった昨今の事情もあり、VFX制作チームのサイズは小さくなる傾向があるようです。

また、グローバル化によって世界中に人材が点在するような時代になりました。そして、ディスク・ストレージは安くなり、容量も増え、ネットワークや通信速度も速くなりました。

これまで、パイプラインは「大手VFXスタジオだけのもの」でしたが、時代は変わりつつあります。これからは小規模のスタジオも外部のサービスを利用する為にパイプラインを導入したり、構築したりするようになるでしょう。

例えば、クラウドの概念が出来、アマゾンがクラウドサービスを始めたほか、クラウドファーム、GPUクラウド・コンピューティングなどの様々なサービスが登場しています。もしクラウド上で作業に必要なアセットを持っていれば、理論上は世界中どこからでもフリーランサーが仕事をする事も不可能ではありません。

こうした中で必要になってくるのは、ファイルフォーマットのスタンダード(業界標準)でしょう。巨大なディスク・スペースの中に存在する膨大なデータの中から、1人のユーザーが「自分に必要なデータや情報を、正しく取り出せる」為には、スタンダードが不可欠なのです。

VFX現場の場合、ジオメトリのキャッシュを共有したり、MayaやHoudini等の異なるパッケージを作業に使用したりするので、それぞれのパッケージに縛られずにアセットのやりとりを行う事が必要になってきます。Houdini Engine等はその一例と言えます。また業界内ではオープンソース・プロジェクトも増えて来ています。その例としてAlembicやOpenVDBなどがあります。このようなアセットAPIが概念としてスタンダードになりつつあります。

他にも外部のアセットを活用した「クールなツール」として、The FoundryのラインナップにはHIEROやFLIXがありますし、Katanaのアセット・インターフェイスはよく設計されていると思います。ゲーム分野にもUnity Engineの開発環境や、FPSスタイルのAsset Walker等、興味深いツールが存在します。

パイプラインの開発現場ではPythonのニーズが高まっていますが、それ以外にも、

  • Über Plugin
  • Cloud DBs
  • HTML5
  • WebGL Apps

などが挙げられるでしょう。

マーカス・レベラー氏:今日ご紹介しようかと考えていたトピックスを、殆どロブに言われてしまい、私が話す事が無くなってしまいました(笑)。私は、さしあたりパイプラインを取り巻く新しいアプローチのお話をしたいと思います。

テクノロジーの進歩は早く、我々が大学時代に学んだ事が役に立たなくなってきています。クラウドもYouTubeも、以前は存在しませんでしたしね。

私は最近、新しいアイデアのアプローチとしてstudio.coopというサイトを立ち上げました。これはアーティストやストーリー・テラー、テクノロジストとコラボレーションを行い、プロジェクトを提案し、企画の実現に必要な人材をWEB上で募り、必要に応じてリグやアセット管理ツール、パイプライン・ツール、配信ツール等を有償提供し、プロジェクトが実現して利益が出た場合には、参加者で利益配分を行うというユニークな試みです。詳細は、WEBサイトをご参照ください。

さて、VFXスタジオにおいて、パイプラインを構築する最大のチャレンジは、「優れたアーティスト達が、いかに効率良く作業を行えるようにするか」という一言に尽きるでしょう。ヒューマン・エラーを減らしたり、必要なアセットにすぐアクセスしたり、アセット管理やバージョン管理なども重要です。こうする事で、アーティストはストレスを感じる事なくクリエイティブ・ワークに専念する事が出来ます。また、パイプラインによって作業が効率良く進む事で、制作コストを抑える事にも繋がります。

最近は、レンダーファームを持たないスタジオがクラウド・レンダリングに注目しています。しかし、VFXの場合は扱うデータが大きい場合もあり、レンダリングに必要なアセットを転送するのに時間が掛かるなど、まだ解決すべき問題は残っています。

フラン・ザンドネラ女史:私はまさに似たような経験があるので、それをご紹介しましょう。クラウド・レンダリングではありませんが、R&H(リズム&ヒューズ)で仕事をしていた時の話です。私達はLAからリモートで、R&H台湾の新しいレンダーファームを利用していました。しかし、LA⇔台湾のファイルのやり取りには大変時間が掛かりました。

台湾のファームはCPUが早く、メモリーも沢山積んでいて、レンダリング自体はアッという間に終わるのですが、レンダリングされた画像や、シュミレーションしたジオメトリ等の連番ファイル等をLAに返送するのに半日待つ、なんて事もありました。LA⇔台湾の回線自体はある程度高速でしたが、みんなで大量にタスクを投げると、すぐにマキシマムにヒットしてしまいました。

さて、グローバル化が進み、複数の拠点を跨いでプロジェクトをやりとりする場合、パイプライン以外でも様々な「それを取り巻く予期せぬ問題」が生じる事があります。

例えば、R&Hバンクーバーの入居しているビルディングが「メンテナンス」という理由で全館停電になってしまった事があり、多少なりとも混乱を招きました。同じ社内、同じタイムゾーン、同じ英語でやりとりしていても、こういうトラブルは起こりうるものです。グローバル化が進み、作業をワールドワイドで行っていく時、パイプラインを最大限に活かす為には、その周りにある「細々した問題」も解決しておく必要が出てきます。

身近な例では「時差」があります。例えばインドやマレーシアの拠点にいる担当者に連絡を取りたくても、相手は深夜の時間帯で寝ている事もあります。これらの経験から、スーバーバイザーなど重要な意思決定をする立場の人は、意思の疎通を円滑にする為にも、可能であれば同じタイムゾーンで一緒に仕事をする方が望ましいでしょう。

参加者から質問:パイプラインより、スター・トレックみたいなテレポーテーション技術を開発する方が先なのではないですか?

NABE_vol43_book.jpg

フラン・ザンドネラ女史:…激しく同意します(場内爆笑)。

さて、そろそろ時間になりますが、ここロサンゼルスには、VFXとアニメーション業界のパイプライン開発に携わるエンジニアを対象としたコミッティーLA Animation and VFX Pipeline Developers Meetupがあり、私はそのオーガナイザーを務めています。私達は月例会を開き、パイプライン開発における問題点や最新テクノロジーをシェアしています。パイプライン開発に従事しておられる方、興味をお持ちの方は、是非ご参加ください。

また、もうすぐパイプラインに関する書籍が発売になりますので、この場をお借りしてご案内させて頂きます。「PRODUCTION PIPELINE FUNDAMENTALS FOR FILM AND GAMES」という書籍で、私もこの本の随筆に参加させて頂いています。この書籍では、

  • ITインフラ、ツール開発、アセット管理などの各分野を網羅
  • パイプラインを取り巻く多岐に渡る局面に対し、どのように準備すべきかを解説
  • 知識の拡大に役立つ、開発現場での実例等を詳しく紹介

等、パイプライン開発者にとって必読書と言えるでしょう。


おわりに

今回はテーマがテーマだけに開発系の参加者が多く、現場のアーティスト向けの「パイプラインとは何か」と言った内容ではなく、「パイプラインの概念を理解している事が前提」のパネルであった。ゆえに、アーティストにはややハードルの高い内容となった。会場はLAX近くの美大OTISのホールだったが、ボンボン飛び出す技術用語や、現場の「あるあるネタ」などは、学生さんにとって話についていくのが大変だったかもしれない(笑)。しかし、パイプライン開発を取り巻く環境など、興味深いお話が伺え、聴き応えのある月例会であった。

WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。