アカデミー賞前日。その周辺で起きていること

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シアターの入り口付近に設置された、オスカー像。ここは前日と言えどもアクセス禁止

2014年3月2日(日)、ハリウッドのドルビー・シアターにおいて、第86回アカデミー賞授賞式が盛大に開催された。授賞式当日は厳戒態勢が敷かれ、一般人は会場周辺に近寄れなくなるが、前日まではその準備風景を見学する事が出来る。そこで今回は、他のメディアであればおそらく絶対にメインで取り上げないであろう、「アカデミー賞 前日準備スペシャルレポート」、そしてアカデミー賞の当日に会場近くで行われた「VFXコミュニティによる海外税制優遇制度反対デモ行進」の模様を、2本立てでご紹介しよう。

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アクセス禁止エリアを見張る警備員。彼の名は、ケビン(うそ)

なぜか開催時間になると、天候が絶対に回復する不思議

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当日の大雨に備え、スターが歩くレッドカーペット上には透明な屋根が作られた

例年であれば、アカデミー賞の授賞式は2月後半頃に行われる。しかし、今年はソチ冬季オリンピックが開催された事もあり、少々タイミングをずらしての実施となった。折しも、アメリカ西海岸には2月末からストームが来襲しており、アカデミー賞の前日までは連日大雨。当日の天候も危ぶまれた。しかし、アカデミー賞には「例え天地がひっくり返ろうが、地球が逆回りしようが、なぜだか開催時刻には絶対に天候が回復する」という科学的根拠は無いものの不思議なジンクスがあり、実際2日(日)になってみると、正午は小雨がパラつく程度で、昼下がりには雲の間からお日さまが顔を出してしまった。アカデミー・パワー、おそるべしである(笑)。

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ハリウッド&ハイランドの4階付近から、ハリウッド・ブルーバードを見下ろす

前日は設営準備が見放題

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当日、スター達が上る階段にもレッドカーペットが敷き詰められていた

ドルビー・シアターがある「ハリウッド&ハイランド」はハリウッドの観光名所として知られ、アカデミー賞の前日までは普通に一般開放されている。前日に現地を訪れてみると、既にレッドカーペットが敷かれた階段や通路などは、カーペット清掃や照明の仕込みの関係等で通行が制限されているが、それ以外の場所は自由に見学する事が出来る。

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オンエアは明日!お花屋さん、大忙し

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ビニールで保護されたレッドカーペット、その上に無造作に置かれた“袋入り”オスカー像

まだビニール袋が被せられているオスカー像や、会場入り口付近にお花をセットする大忙しのお花屋さんなど、華やかな授賞式のオンエアでは決して映る事がない、バックステージの珍しい光景を拝めるのは大変興味深い。また、ドルビー・シアターの前では、レッドカーペットに到着したスター達にインタビューする為のカメラ・リハーサル等が行われている。首から「エマ・ワトソン」と書かれたプラカードをブラ下げた、本人には似ても似つかないスタッフがインタビューを受けている光景は、見ていて笑えた。

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「エマ・ワトソン」と書かれたプラカードをブラ下げたスタッフ(左)と、レインコート姿のレポーターという不思議なリハーサル風景

この前日準備をひとしきり見学した翌日、テレビで授賞式を観てみると、「あ、昨日のレポーターさんだ」「花屋さんが苦労していた、入口のお花が完成している」など、普通の人が気づかない部分に目が行き、面白いものだ。来年は、PRONEWSさんで「アカデミー賞 前日準備見学ツアー」なんかを企画されてみては如何だろうか?(笑)

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司会を務めた人気コメディアン エレン・デジェネレスのTwitter画面より転載

さて、第86回アカデミー賞授賞式では、VFX部門で「ゼロ・グラビティ」が、長編アニメーション部門で「アナと雪の女王」がオスカー像を獲得した。また、今年の司会を務めたエレン・デジェネレスが本番中に観客先に降り、冠スポンサーの1つであるサムスンのタブレットを使って豪華スター達と記念写真を撮影。その画像をツイッターに投稿したところ、この模様が放送された事もあって100万件ものリツイートが相次ぎ、Twitterのサーバーが一時ダウンしてしまうなど、話題に事欠かない授賞式となった。

VFXコミュニティによる、海外税制優遇制度反対デモ行進

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さて、アカデミー賞授賞式の当日、ドルビー・シアターに映画スター達が続々とリムジンで到着し始める直前の午後1〜3時までの間、授賞式会場からわずか数ブロック離れたハリウッド・バイン交差点付近で、VFX業界に従事する人々のコミュニティによるデモ行進「VFX Oscar March in March」が行われた。そのレポートも併せてご紹介しよう。

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「カナダが、私達の仕事を奪っている」

このデモ行進は、「カナダを中心とする諸外国で実施されている、大規模な税制優遇制度に反対する」事を目的としており、抗議活動を主導している有名なブログ「VFX Soldier」のダニエル・レイ氏、および関係者がFacebook等でVFX業界関係者に対して参加者を呼びかけたもの。アカデミー賞授賞式の開催に併せた大規模なデモは今回が2年目となる(ちなみに昨年行われた初めてのデモ行進の模様及びその詳細は、木村匠氏のブログ「アメリカでCG屋をやってみる」で詳しく紹介されているので、ご存知の方も多い事だろう。

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いつもはチャイニーズ・シアターの前で観光客と記念写真に応じ、チップを貰う事を生業とする、有名な“スーパーマン”氏が、「放っておけない」とデモに参戦(この人は、時々テレビのニュースにも登場する、地元ハリウッドのちょっとした有名人)

主催者側の発表よると、今年は昨年を上回る540人のVFX関係者が「グリーン・スクリーン」色の服を着て参加し、海外における税制優遇制度への反対、そして市政・州政・政府に対して何らかの対策を取るよう訴えた。

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市の許可を得たデモ行進なので、ロス市警の指示に従って正しく行進

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「適当なプリプロのシワ寄せで、後で手直しが必要になって、肝心のVFXスタジオが倒産していたら、一体誰が直すと思う?」

今年のデモ行進には、VFXスタジオの倒産や規模縮小によって職を失った人々や、著名VFX&アニメーションスタジオに勤務する人々らが集結。現地へ行ってみると、参加者の多くはお互いに顔見知り状態で、デモ行進の合間に元同僚とハグする人、懐かしい友人と握手する人など、さながら同窓会のような不思議な懐かしさと、ほのぼのムードが漂っていた。

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「海外の税制優遇制度が、アメリカのVFXスタジオを沈めている」

諸外国によるハリウッドの映像産業に対する税制優遇制度は、主にカナダ、イギリス、ニュージーランド等で実施されているが、その中でもカナダが最もアグレッシブな還付金制度を実施している。現在カナダでは、バンクーバーがあるブリティッシュ・コロンビア州、トロントがあるオンタリオ州、モントリオールがあるケベック州などが、それぞれの地域で制作されたハリウッド映画のVFX制作費の30〜50%を税還付金として映画会社に払い戻すという、非常に大胆な税制優遇制度を実施しており、それが映画プロジェクトの海外流出を引き起こした。

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「モンスター級の税制優遇制度は、映画会社を太らせるだけ」と訴える、完成度が異様に高すぎるプラカードを持参した人も

アメリカで失業した人々の中には、フリーランスの仕事を求めて数か月〜半年ごとにイギリス、カナダ、アメリカの国を跨いで引っ越しを強いられている人もおり、大きな社会問題に発展している。ちなみに「現地への引っ越し費用」については会社から補助が出る場合もあるが、限度額は小さく自己負担額を強いられ、しかもレイオフされるなど、プロジェクト終了後の「自国への帰国、別の国へ移動する旅費」については支給されない。

NABE_vol45_19.jpg 家族でデモ行進に参加した親子
お母さん「映画会社は、税の優遇地ではなく、優れた人材を追いかけるべき」
子供達「僕は8才なのに、もう9回も引っ越した!」「もう引っ越しは嫌だ!」

西海岸のVFXコミュニティでは、昨年夏頃からこれらの諸外国が実施している税制優遇制度に対抗する為、CVD法の適用をアメリカ合衆国政府に請願する動きが起こっている。このCVD法は、外国政府が実施する助成金や税制優遇制度によってアメリカの自国産業が損害を被ったと認められた場合、外国政府から還付金(=もうけ)を得た企業に対して、関税を掛ける事で相殺させる事が可能だという。もし仮にこのCVD法が適用されれば、メジャー映画スタジオが諸外国から受けている映画制作費に対する莫大な還付金の「うまみ」が無くなる為、現在海外に流出しているハリウッド映画の撮影及びポストプロダクションが、アメリカ国内に戻ってくる可能性を秘めている訳だ。

このCVD法の適用実現が、アメリカのVFX業界に光を取り戻す「鍵」として期待を寄せられているが、識者の意見では「もし事が順調に運んでも、最短で14ケ月を要する」とされており、弁護士費用も日本円で1,000万円からと高額であり、長い道のりである。

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CVD法適用の必要性を訴える参加者

このように、米西海岸のVFX業界は現在境地に立たされており、予断を許さない状況に追い込まれている。今回のデモ行進は、こうした境遇に汲々するVFX業界の人々が一致団結しての抗議行動であり、西海岸VFX業界の復興を願う人々の、強い意志と団結力が伝わってきた。

さて、2月末から3月に掛けては、アカデミー賞授賞式の開催時期という事もあり、世界中のメディアが「ハリウッドからのプロジェクト流出問題」を取り上げ、VFXに限らず撮影も含む全ての映像産業が苦しめられているという事態を紹介している。現在ロサンゼルス市は、カリフォルニア州に対して映画産業に対する税優遇措置の拡大を呼び掛ける動きも出ており、今後の動向が注目されている。

このように、米西海岸をとりまくVFX業界は、現在大変深刻な状況であり、筆者自身や周囲の友人&同僚たちも少なからず影響を受けている。そんな中で行われた今回のデモ行進だが、伝統ある西海岸のVFX業界に仕事が戻ってくる事を願うばかりである。

WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。