取材:鍋 潤太郎
映画のメッカ、ハリウッド
日本のVFX業界の方からよく尋ねられる質問の1つに、「ハリウッドからVFXプロジェクトを受注するには、どのようにすれば良いでしょうか?」というのがある。これは、非常に難しい質問である。確かに、海外からのプロジェクト受注は、日本のCGプロダクションにとっては憧れであり、特にハリウッド映画のプロジェクトを受注する事は目標でもあるだろう。しかし、そこに辿り着く為には数々のハードルがあり、決して簡単ではない事は容易にご想像頂ける事と思う。
また、海外のVFXスタジオと日本のCGプロダクションの間には、パイプラインの違い、そして制作スタイルの違いなど様々な相違があり、予めこれらの事情をある程度理解しておく事も必要だろう。
そこで今回は、その質問にお答えすべく、「海外からVFXプロジェクトを受注するには」というテーマで、筆者の視点から見た、筆者なりの意見を、ハリウッドの最近の動向を鑑みた上でご紹介させて頂く事にしよう。
言葉の壁
ハリウッド&ハイランドから、ハリウッドサインを望む
ハリウッドの映画スタジオや、映画会社側のVFXスーパーバイザーがプロジェクトをアメリカ国外へ発注する場合、英語を母国語とする国が対象になる事が殆どである。その多くはカナダ、イギリス、ニュージーランド等へ発注される。つまり、英語を母国語としない国へ発注された事例は極めて少なく、筆者の知る限りでは、タランティーノ監督が「キルビル」のアニメーション・シーケンスを日本のプロダクションI.Gへ発注したケースや、シルヴェスター・スタローンが監督した「エクスペンダブルズ」シリーズがブルガリアのVFXスタジオであるWorldwide Fxに発注されたケースくらいである。
米西海岸のVFXスタジオが、ロトスコープの作業を海外へアウトソースするケースも見受けられるが、その多くは英語が通じて、制作コストが安く抑えられるインドへと発注される事が多い。テレビのプロジェクトでは、日本のポリゴン・ピクチュアズがアメリカのテレビシリーズにおけるアニメーション作品の受注に成功した事例があるが、こうした成功例は言葉の壁もあって数が少ないのが実情であろう。
海外のVFXスタジオから、アウトソースを受ける難しさ
時折、西海岸を訪問された日本の方から「ハリウッドからVFXプロジェクトを受注したいので、VFXスタジオを紹介して欲しいのですが」「業務提携も視野に入れて訪問したいので、ぜひ担当者を紹介して頂けますか」という旨のご相談を頂く事がある。
ただ実際のところ、筆者がこれまでにハリウッドのVFX業界や、制作現場で目にしてきた範囲では、ハリウッドのVFXスタジオからアウトソースを受けるという流れはあまり現実的ではないように思う。
まず1つには、各VFXスタジオは利益を出す為に「なるべく多くの作業を社内で完結させたい」という考え方がある。モーション・キャプチャやプリビズ等の専門性の高い作業が外部の会社にアウトソースされる事はあっても、ショット・ワークはモデリングからコンポジットまでを社内で完結させる場合が殆どで、「制作費をなるべく社内に落として利益を出す」という傾向がある。
大手VFXスタジオは、作業を社内で完結させる場合が多い。写真は現在開店休業状態のR&H
ハリウッドの大手VFXスタジオが、“やむを得ず”外部に発注する場合には、大きく分けて2通りがある。1つは自社内ではどうしても実現不可能な特殊なテクニックが必要とされる場合。もう1つは、大手VFXスタジオが自分達だけでは締切りに間に合わないと判断されたシーケンスやショットを急遽、外部の中堅スタジオ等へ丸投げする「911ジョブ」(911は日本で言う110番/119番に該当。つまり、緊急依頼である)というのがハリウッドでは時折見受けられる。この場合もロサンゼルスやバンクーバー、ロンドン等にある、ある程度の実績を持つ中堅VFXスタジオへ発注される事が多く、その緊急性も手伝って英語圏以外の国に発注されるケースは少ない。
ただ、例外なのはILMであろう。ILMは独特のアウトソース・ネットワークを持ち、「パートナー」と呼ばれる信頼関係のある外部のVFXスタジオ複数と提携し、VFXシーケンスをアウトソースしている。そのアウトソース先には北京のBase FXなどの英語圏以外の国も含まれており、ILMが採っているスタイルは、極めて珍しいレアなケースである(この詳細は、「海外VFX業界動向BLUEBOOK」(Amazon.co.jp)でもご紹介しているので、ご興味のある方は参考にしてほしい)。
パイプラインの違い
大手VFXスタジオは、各社が独自のパイプラインを敷いている。写真は移転前のデジタルドメイン
アウトソースに限らず、2社以上のVFXスタジオがアセットの共有を行う場合、必ずと言って良い程ネックとなるのが、使用ツールやパイプラインの違いによる問題である。例えばロトスコープのアウトソースを受ける場合、NUKEやシルエットなどハリウッドでよく使用されているツールを使用しての作業が求められるケースがあるが、そんな場合はアフターエフェクトをコンポジットの主要ツールに採用しているCGプロダクションだと、受注出来る可能性が低くなるだろう。また、LinuxベースのパイプラインのVFXスタジオと、WindowsベースのCGプロダクションとでは、パスの記述方法やファイルの参照先などで少なからず混乱が予想される。自社開発のツールやファイル形式を採用しているスタジオ等を相手にする場合は、尚更である。
実際のところ、こう言ったアセットの共有や、やり取りを取り巻く問題は英語圏のVFXスタジオ同士でも頻発しており、その都度パイプラインTDの助けを借りたり、部門毎のミーティングを頻繁に開いて解決する等、その対応にもある程度の時間を割いているのが実情である。その上に言語の壁があると、通訳・翻訳に時間を要する事になる。
ちなみに、通訳が必要とされる場合、プロダクション業務という特殊性ならではの問題が発生する事があるようだ。これについては、人気ブログ「海外でCG屋をやってみる」で木村 匠氏が大変興味深いレポートを掲載されており、ご興味をお持ちの方は是非コチラをお読みになると良いだろう。
現地にスタジオを開く難しさ
筆者は、日本の業界の方から「LAにスタジオを開きたいのですが」というご相談を何度か受けた事がある。現地に営業オフィスを置き、そこで海外プロジェクトを受注したり、もしくは小規模の制作チームを置いて制作を行いたい、というものである。
実は、LAでは一時期、複数の日系CGプロダクションが点在していた事がある。特に90年代後半には日本の映像企業によるLA進出が流行した時期があり、筆者はその経緯を傍観していた。しかし、これまでLAに進出した日系CGプロダクションの殆どが、撤退に至っている。敗因は共通しており「アメリカのプロジェクトが取れない」事にあった。中には、最後はオフィスの賃貸料さえ停滞し、夜逃げ同然で撤退した日系CGプロダクションすら見受けられた。
ロサンゼルスに制作チームを置いた日系CGプロダクションの多くは、「日本のプロジェクトをLAで制作する」に留まってしまい、なかなか思うようにアメリカのプロジェクトを受注するには至らず、最終的には撤退するというパターンであった。
例外は、IMAX等の70mm大型フィルムという特殊マーケットを顧客に10年余り北米でのプロジェクトを受注し続ける事に成功したIMAGICA USA(2004年にFotoKemに売却される形で解体)、オリジナル・コンテンツや米テレビシリーズのアニメーション作品を手掛けているスプライト・アニメーション等があるが、これらの成功事例は極めてレアなケースと言えるだろう。
各国の補助金制度に大きく依存する、ハリウッドのVFX業界ビジネスモデル
現在「ひとり勝ち」状態のバンクーバー。補助金制度が功を奏し多くのVFXスタジオが集結している
昨今、ハリウッドのVFXプロジェクトがアメリカ国外へ流出し、それが業界では大きな問題となっているが、この背後には諸外国が実施している補助金制度の影響が大きい。これは「うちの国・州に撮影やポスプロを発注してくれれば、制作費や人件費の30~50%(条件や還付額は国・州によって異なる)を後で還付します」という制度で、ハリウッドの映画スタジオはこの制度に飛びついた。故に映画のメッカであるはずのLAでは撮影&ポスプロ作業の発注が激減し、多くのVFXスタジオが倒産に追い込まれたのは皆さんもご存知の通りである。
近年のハリウッドのVFXプロジェクトは、「強力な補助金制度を実施している国や州」を中心に発注されており、補助金制度に完全に依存した、極めて非健全なビジネスモデルになっている。つまり、補助金制度が実施されていない地域では、受注そのものが難しいのが現状だ。それを逆手に取り、仮に日本政府や地方自治体が同じような補助金制度を実施すれば、ハリウッドからVFX作業を受注出来る可能性は決してゼロではない。しかしながら、億単位の膨大な還付金が必要になる事などから、日本での同制度の実施は、あまり現実的ではないと言えるかもしれない。
密かな可能性を秘める?映画会社側のVFXスーパーバイザーとのコネクションづくり
イギリスにも映画産業に対する大きな補助金制度がある。多くのVFXスタジオが集結するロンドンのソーホー地区
これまで述べてきたように、ハリウッドからVFXプロジェクトを受注する事は、決して容易ではない事がご理解頂けると思う。さて、では一体どのようにすれば良いのだろうか?これは、あくまでも筆者の私見だが、そんな困難の中にも、もしかしたら可能性が秘められているのでは?と思う方策がある。それは、VFXスーパーバイザーとのコネクション、及び信頼関係を築く事にあるのかもしれない、と筆者は考えている。ここで述べているVFXスーパーバイザーとは、「VFXスタジオに勤務しているVFXスーパーバイザー」を指しているのではなく、VFX作業を発注する立場の、「映画会社側(=クライアント側)のVFXスーパーバイザー」の事である。
なぜなら、VFXプロジェクトを何処に発注するかは、映画会社側のVFXスーパーバイザーの意見が反映される事が少なくない。つまり、VFXスタジオからのアウトソースに期待するのではなく、映画会社側のスーパーバイザーから直接仕事を請けるというアプローチである。映画会社側のVFXスーパーバイザーと何等かのコネクションが生まれ、尚且VFXプロジェクトを受注出来るだけの信頼が得られれば、わずか数ショットでも受注にこぎ着ける事が出来る“かも”しれない。そして、その仕事で更なる信頼が得られれば、次の作品ではより多くのショットを受注出来る可能性も出てくるのではないだろうか。
では、どうやって「映画会社側のVFXスーパーバイザー」とのコネクションや信頼を得るのか?という事に話が行き着くと思うが、日本へご招待したり、ある程度予算の大きなプロジェクトを「お仕事」として振る事で信頼を得たり、各自治体の現存の補助金制度を可能な範囲で活用したり、VESアワード等に応募して作品を見てもらう機会を増やしたりと、そういった地道な行動が、意外なところで道が開けるような…気がしている。残念ながら「これが正解」というアイデアはなかなか見つからないが、大切なのは日ごろの行動力なのかもしれない。
おわりに
今回は「海外からプロジェクトを受注するには」というテーマで、ハリウッドVFX業界の動向や現状を踏まえて筆者なりの意見をご紹介してみたが、少しでも読者の皆様のご参考になれば幸いである。筆者個人は、将来ハリウッド映画のVFXプロジェクトを日本で受注する事は、決して不可能ではないと考えている。ただ、それを実現するには正しい知識や情報が必要となる。その意味で、筆者はVFX分野の映像ジャーナリストとして、今後も皆さんに可能な限り正確な生の情報をお届けして行きたいと思う、今日この頃である。