サンタモニカ近郊には小規模&中堅のVFXスタジオが数多く存在し、フリーランスの活躍の場となっている
取材:鍋 潤太郎

はじめに

ここロサンゼルスでは、「バンクーバーVFX革命」以降、規模の大きなVFXスタジオが大幅に縮小してしまった。とは言え、それでも多くの中堅&小規模のスタジオが健闘している。

また、フリーランスとして活躍している日本人も少なくない。ただ、日本人がアメリカでフリーランスとして仕事をしていく場合、最初にネックとなるのが就労ビザの問題である。それ故、日本人のフリーランスの多くはグリーンカード(アメリカ永住権)を保持している方が多いのが実情だ。また、継続して仕事を請けつつ生活を維持していく事も決して簡単ではない。

そんな中、グリーンカードではなく就労ビザのステータスでありながらも、フリーランスとしてロサンゼルスの数々の著名スタジオで仕事をこなし、高い評価を得て多忙なスケジュールをこなしている日本人男性がいる。そんな坂巻敏弘氏に独占インタビューを敢行、お話を伺ってみた。

坂巻敏弘氏 独占イタンビュー

NABA_vol60_Sakamaki 坂巻敏弘(さかまきとしひろ)氏
モデリング&UVレイアウトアーティスト / DAA所属
──日本人がフリーランスとして仕事をしていく上で、就労ビザがネックになりますが、いかがですか?

坂巻氏:通常は、グリーンカード以上のビザ・ステータスを保持していないと難しいですね。アメリカの就労ビザは、パスポートの上にビザスタンプが貼られ、スタンプ上に勤務先の会社名が印字され、その会社以外で勤務する事が禁止されています。たまに、自分で会社を設立し「自営業」としてフリーランスをやっている方もいますが、稀有なケースですね。私の場合も大変珍しいケースで、DAA(Digital Artists Agency)というデジタル・アーティスト専門の派遣会社(エージェント)に所属して、そこで就労ビザを取得してもらっています。

──どのような種類の就労ビザを取得してもらうのでしょうか?

坂巻氏:O-1ビザです。これは、一般的に「科学、芸術、教育、ビジネス、またはスポーツの分野で“卓越した能力を有する者”に発給される」ビザで、映画のVFX業界ではこのビザで働いている人も多いです。また、普通の就労ビザ(H-1B)とは異なり、アメリカ国内にあるエージェントからビザをサポートしてもらえるという利点があります。このビザによって、デジタル・アーティストのエージェンシーからビザ・サポートを受け、さまざまなVFXスタジオで仕事をする事が出来るのです。

──デジタル・アーティストのエージェントに所属するには、どのような条件が必要なのでしょうか?

坂巻氏:人によって異なると思いますが、ハリウッドや他国でのCG/VFX業界で既にある程度の実績がある事や、業界で知名度のあるVFXスタジオから仕事のオファーが来ている事などがあります。また、オファーをくれた会社が予算や契約期間などの事情で就労ビザのサポートが難しい場合などに、エージェントがビザサポートを肩代わりしてくれるようなケースもあります。その際は、その会社からの契約書などが必要になります。

──仕事はどのようにして、取ってくるのでしょうか?

坂巻氏:基本的にエージェントが探してくれます。賃金、労働時間(残業も含む)の管理、スケジュール管理などもほぼ全部やってくれます。たまに、オンラインに上がっている私のデモリールを見た会社や、人づてで仕事のオファーが来ることもありますが、その際はエージェントを通して、話を進めてもらうことになります。一度勤務した事のある会社は、それ以降は必要に応じてエージェントとコンタクトを取ってもらい、スケジュールを調整します。

──これまで勤務されたスタジオや、参加された作品を教えてください。

坂巻氏:デジタルドメイン、メソッド・スタジオ、MPC LA、ENCORE等が主なクライアントです。参加した映画作品には「カリフォルニア・ダウン」「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」「スター・トレック イントゥ・ダークネス」などがあります。コマーシャルですと「Apple iPhone」「Nike」「Halo 4」「LEXUS」等があります。

──エージェントを介して毎回違う勤務先へ行くわけですが、面白い部分と困った部分の両方を教えてください。

坂巻氏:それぞれの会社に特徴があったり、いろんな人に出会ったりでするので面白いです。1つの会社にずっといる訳ではないので、通勤景色も変わり気分が新鮮な分、ストレスも少ない方ですかね。最も困るのは、会社ごとにパイプラインが異なるので、新しい会社に行くとその都度覚えないといけない所でしょうか。あと、たまにランチを出してくれる会社で、部署ごとに取りに行く順番とかもあったりして迷うときもありました…。

──税金の申告等はどのようにするのでしょうか?

坂巻氏:TAXリターン(アメリカの確定申告)の時に、自分で所得税を納めなければならない源泉なしのグロス(全額)でもらう方法と、通常の会社のようにネット(源泉徴収済)で貰う方法と2通りがあります。前者は年度末にごっそり税金を持っていかれるタイプ、後者は年度末に少しですが戻ってくるタイプです。私は前者の方法で貰っていますので、いつも会計士の方にお願いしています。

──エージェントに支払うマージンは、どの位でしょうか?

坂巻氏:相場はエージェンシーによって異なるようですが、私の場合は収入の10%がマネージメント・フィーとして天引きされています。

──DAAには、現在何人位のアーティストの方が所属されているのでしょうか?

坂巻氏:2Dと3Dとに分かれていますが、現在3Dでは20人位のアーティストが所属しています。以前は日本人のアーティストも所属していたようですが、現在日本人は私ひとりです。

──エージェントに所属する利点は、どのような部分でしょうか?

坂巻氏:所属している多くの方が、アメリカの会社からオファーがあったのに、会社側が就労ビザが出せないなどの問題に遭遇した人たちなので、ビザをサポートしてもらえるという部分では私も大変助かりました。また、スケジュールや条件交渉等のマネージメントを全てやってくれるので、自分は実作業だけに集中する事ができます。就活の際、リクルーターと頻繁に連絡を取り合ったり、何度もメールのやりとりをしたり、という流れを自分でやると忙しい時は大変です。その意味では助かっています。特に日本人は給料の交渉が苦手なので、足元を見られることも少なくなく、その辺をキッチリと交渉してくれるので助かります。

──参加するプロジェクトのジャンルには、どのようなものがありますか?

坂巻氏:テレビコマーシャル、映画、テレビドラマなどです。

──1年間に何本位のプロジェクトをこなしていますか?

坂巻氏:映画の仕事が多かった頃は、年に3~5本ぐらいの映画作品に参加していましたが、最近はテレビコマーシャルの仕事が多く、年に20本ぐらいこなしています。

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坂巻氏の作業風景。様々なスタジオで優れた人材と出会えるのも、フリーランスならではだと言う

──フリーランスという立場で仕事をしていて、面白いと感じる部分はどのような点でしょうか?

坂巻氏:いろいろな会社へ行って仕事をするので、各社の内部事情がよく分かります。また、いろんな人と知り合いになれる分、その人たちが別の会社に移った時に自分を推薦してくれたお蔭で仕事が舞い込んできたりする事もあります。もちろんヘマをすればその噂も流れます…。人によって1つの会社に居たい人と、チョコチョコ環境を変えたい人が居ると思いますが、私もどちらかというと後者なので、そうゆう点では面白いと思います。

──数年前、ロサンゼルスは大手VFXスタジオの倒産が相次ぎ、業界全体の規模が小さくなりましたが、フリーランスの仕事にはどの位影響が出ているのでしょう?

坂巻氏:大手VFXスタジオが軒並み大幅縮小したり、拠点をバンクーバーに移転したせいで、映画の仕事の本数は激減しましたね。しかし、大手に居た人たちが新しく会社を立ち上げたりと、小さい会社はポツポツ増えてきました。最近は映画の仕事が少ないので、時間を掛けてじっくり出来る仕事が減り、その反面コマーシャル等の納期が短いプロジェクトが多く、勤務先の会社もチョコチョコ変わります。1週間単位で変わるという事も普通になってきました。

──ロサンゼルスのVFX市場の今後について、どう思われますか?

坂巻氏:カナダやイギリス等の補助金制度の影響で、映画の仕事の多くがアメリカ国外に流れてしまっている現状は、正直なところ悲しいですね。映画の仕事には、コマーシャル等と違って一体感みたいなものがあるので、しばらくその感覚を味わっていないのです。もちろん、コマーシャルにも、「何かに追われるような緊迫感」があり、それはそれで好きなのですが。現状ではこの先2年、3年とどうなるか読めない状況なので、少し前の活気があった頃のLAに戻ってきてくれることを願うばかりです。

──今日は、どうもありがとうございました。

(2015年7月、ハリウッドにてインタビュー)

WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。