アメリカの地下駐車場の配管パイプ。プロダクションにおけるパイプラインを彷彿させる…
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取材/文:鍋 潤太郎

はじめに

8月は、SIGGRAPH2015視察で日本から訪問された多くの皆様とお会いする機会に恵まれた。その中で、頻繁に尋ねられた質問の1つに「パイプラインって、どういうものなんですか?」「パイプランがあると、どんな利点があるんでしょうか?」というものがあった。

そこで今回は、タイムリーなご質問という事もあるので「初心者向け:プロダクションにおけるパイプライン」と銘打って、パイプラインとは何ぞや?を簡単に、わかり易くご説明させて頂く事にしよう。

「パイプライン」を判り易く説明すると

分業制が浸透しているハリウッドのVFXスタジオでは、各部署が独立して作業を進めていく。自分達のエレメントやパス(素材)が仕上がると、それを次の部署に渡していく。ある意味、車の生産ラインと同じである。ただ、これをコンピューター上で進めていくので、部署間でのデータの受け渡しをスムーズに進めていく為の仕組みが必要になる。それが、プロダクションにおける「パイプライン」である。

つまり、パイプラインを簡単に説明すると「一定の規則に沿ってデータの管理を行い、それを大人数で共有しながら作業を進めていく為の仕組み」という事になるだろうか。各種ファイルの置き場所は予め細かく指定されており、各アプリケーションはそれを自動的に読み書きし、みんなで使用する。ファイルの名前のつけ方なども、キッチリと決められている場合が多い。

この身近な例として、Mayaにはディレクトリ構造を管理する「プロジェクト」の概念がある。個々のアーティストが作るシーン・ファイルやテクスチャー、レンダリングされる画像などが自動的にディレクトリに別けられている。これが更に発展して複雑になり、ショット毎に管理され、自分以外のアーティストも使用でき、しかも複数の異なるアプリケーションからもアクセス可能なように対応したものが、いわばパイプラインであると言えば判り易いかもしれない。

ただ、上記の説明ではアーティスト以外の方、たとえばプロデューサーやコーディネーター等、プロダクション側のポジションの方にはピンと来ないだろう。そんな方には、銀行のATMを例にとって思い浮かべてみて頂くと判り易いかもしれない。銀行のATMは、データベースにアクセスして、自分の口座の残高確認や入出金、別の口座への振り込み等を行う事が出来る。自分が預金している銀行以外のATMからでも手数料を払えばアクセスが可能だ。口座情報は、コンピューター上では一定の規則に沿って構築されたデータベースによって管理されている。その為、異なる銀行間であっても、異なるATM機種間であっても、海外からであっても、同じ情報が取り出せる事になる。この「規則に沿ったデータ管理」が、言ってみればある種のパイプラインと言えるのかもしれない。

基本は「間違い」「混乱」を防ぐのが目的

パイプラインを敷く利点はいろいろあるが、最大の目的は筆者の私見だと「人為的なミスや間違い」「混乱」を防ぐ事にあるように思う。パイプラインを活用すれば、自分が読み込んでいるカメラのアニメーションが古いバージョンだったり、モデラーが修正を加える前のモデルを知らずに使っていたり、古いHDRIを読み込んでいてレンダリング結果が他の部署とあわなかったり、レンダリングした解像度が間違っていたり、尺が10コマ短かったり、というようなトラブルをある程度防ぐ事が出来る。特に、100人態勢で進めるような大規模なプロジェクトの場合、全員が同じデータを正しく読み込んで作業を行う事は大変重要である。

また、MayaやHoudini、Nuke等の異なるパッケージのアーティストでも、パイプラインを通じてカメラを読みこめば、それぞれのパッケージ用にファイル・フォーマットが用意されていて、最終的にコンポジットをした段階で全員の素材が同じ結果になるよう管理されているなど、こういう部分でも力を発揮する。

英語に“Everyone on the same page”という言葉がある。これは「全員が状況を共通認識している」という意味だが、パイプラインを活用すれば、異なる部署、異なるパッケージのアーティストが「同じデータを自動的に共有出来る事」が、パイプラインを活用する強みであろう。

NABA_vol61_6304 パイプラインはVFXスタジオの大動脈
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アクセス権限の設定

パイプライン上の各データには、書き込みの際のアクセス権限が設定されている場合が多い。例えば、モデリング部門以外の人がモデルを変更出来ないようにしてあったり、レイアウト部門以外の部署がカメラのアニメーションを勝手に更新出来ないようになっている等。これにより、誰かが誤ってファイルを上書きしたり、壊してしまったりする事を防ぐ事も出来る。

各ショットの解像度、フレーム・レンジ、そして締切日などの情報は、プロダクション・マネージメント部門以外は変更出来ないようになっており、こっそり締切日を1週間後にずらしたいと思っても、叶わぬ夢となっている。

「パブリッシュ」(チーム全員に公開)の概念

VFXの作業を行っていると、ディスク上には沢山のバージョンが出来る。カメラのアニメーションも、スーパーバイザーやクライアントの要望で日々更新されたりする。ごくたまにクライアント側の要望で、最新のカメラではなく先週使っていた前のカメラに戻ったりするような場合もある。そんな時に便利なのが「パブリッシュ」の概念である。パブリッシュを行うと、そのバージョンが“チーム全員に公開”されたファイルとして別名で保存される。そのファイルを、常に全員が自動的に読み込むよう設定されているので、常にチーム全員に公開されたデータが共有出来るという考え方である。

このパブリッシュは、アニメーション・デイリーやライティング・デイリー等でスーパーバイザーからOKが出たオフィシャル・バージョンがパブリッシュされる事が多い。専用ツール上で、ファイルを選んで“Publish”ボタンを押すと、パブリッシュが行われる。この際、該当ショットを担当しているアーティスト全員に、パブリッシュが行われた事を知らせる自動メールが配信されるように設定しているスタジオもある。これにより、アーティスト達は、変更があった事をすぐさま知る事ができ、新しいデータを使って作業に入る事ができる。

…余談だが、ある程度作業が進み、このショットはもうすぐ終わりという段階で「新しいカメラがパブリッシュされました」のメールを受け取った時のショックは計り知れない。新しいカメラに合うように(しかも、見た目が前と同じになるように)再調整を行うのは結構な手間で、このメールを見なかった事にしてそのまま呑みに行ってしまいたくなるのも、また人情であろう。

NABA_vol61_6297 完成間近のカメラ変更は避けたいもの。そんな時はビールで乾杯
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データーベースにアクセスして情報を共有

パイプラインは、何らかのプロダクション管理ツールを介してデータベースにアクセスし、情報を取得する場合が殆どである。プロダクション管理ツールは自社開発のスタジオもあれば、SHOTGUN等の市販ツールを採用しているスタジオも多い。

ユニークな例では、データベースソフトFileMaker Proで自社管理ツールを作り、これによってタイムカードのパンチIN/OUTからショットやスケジュールの管理までを全て網羅しているスタジオもある。また、イントラネット・サイトを自社開発し、Webブラウザ上から出退勤状況、担当ショットのアサイン、各ショットの進捗やスーパーバイザーからの最新コメント、リファレンス画像、最新の画像、レンダー・ファームの使用状況等をすべて管理出来るようにしている会社もある。

現場レベルでは、各アプリケーション内からPython等のスクリプト言語等によってデータベースにアクセスし、ショット毎にレゾリューションやフレーム・レンジ等を自動的に取得したり出来る。映画のプロジェクトでは、ショット毎に解像度が異なるケースもごく稀にあり、そんな時に解像度を自動的に読み込んでくれる機能は便利である。

50人以上の制作体制で効力を発揮?

よく耳にするのが、「パイプラインは、チーム構成が50人以上の場合に力を発揮する」という話である。この50という数字はあくまでも目安で、状況によって変わってくるとは思うが、制作ペースが速いCM等のプロジェクトや、アーティスト数が50人以下の小規模プロジェクトでパイプラインをあまりガチガチに固めてしまうと、さまざまな弊害(後述)が出てくる場合もある。その意味で、パイプラインは「大規模なプロダクション体制ほど効力を発揮する」と言えそうだ。

弊害も

パイプラインの仕様にもよるが、時としてアセットをデータべースに追加するのに手間が掛かったり、簡単な変更に時間が掛かったりする場合がある。データベースの変更や更新に権限が設定されている場合、更新担当者が忙しい時はどうしても時間が掛かってしまったりする訳だ。これは、映画などの準備期間&制作期間が長いプロジェクトではさほど問題なくても、CM等の短期決戦では少々支障をきたす場合がある。

筆者が以前勤務していたVFXスタジオでは当時、映画部門とCM部門とに別れていた。CM部門は少数精鋭で制作ペースが速い為、映画部門のようなパイプラインを敷かず、基本はメールのやりとりだった。「携帯のモデルをアップデートしたので”パブリッシュ”します。ファイルのパスは下記をコピペしてね。あ、1ユニットを1メートルで作ったから、数値が小さいです」そんなメールがモデラーから届く。他のアーティスト達はそのパスを手作業でコピペし、アップデートして使用する。少人数のチームだと、こっちの方が手っ取り早い場合もあるのだ(笑)。

パイプラインはスタジオによって異なる。プロジェクトによって違う場合も

ハリウツドの現場で何年か仕事をしていると、「パイプラインの仕様や考え方は、各スタジオによって全く異なる」という事を、身をもって実感する。大手や中堅スタジオはLinuxベースが標準だが、小規模スタジオはWindowsベースだったりする。Maya寄りのパイプラインもあれば、自社ツール寄りのパイプラインもある。大手スタジオでは、入社するとまずは研修室で「タイムカード研修」「パイプライン研修」等が行われ、ここでログインの方法から始まり、パイプラインの簡単な使い方や概念などを教わる。

パイプラインの仕様には、それぞれのスタジオの「伝統」が“良くも悪くも”染み込んでおり、「長い間、そのスタジオで勤務している人達にとって、すごく使い易い仕様」になっている場合が多い(笑)。その為、フリーランスや入ったばかりの新参者は、最初の1週間は気苦労の連続。連日、脳天から「???」マークを沢山出しながら作業を進める事になる。

パイプラインにもよるが、中にはパス名が変数の組み合わせで設定されていたり、独自形式で設定しているスタジオもある。

A社における、環境変数によるパスの設定例:
${PE_A_IMG}/comp/${PE_SEQ}/${PE_SHOT}/${PE_ASSET}_${PE_VER} .####.exr

B社における、独自形式で設定されたパスを使って、連番画像を表示させる例:
iview Arr:lb.710:RotoMain.BgRotoC-0002:f960x540:exr

なので、こういう環境に慣れるまでは、自分がたった今レンダリングしたばかりの画像を、画面に表示させる方法すら分からない時もあるのだ。そんな時は、隣の席の人と親友になるしか生きる道は残されていない(笑)。しかし、ひとたび慣れてしまえば、「おお、これは便利だ」という風になる。慣れというものは、恐ろしいものである。

制作期間が半年から1年に及ぶ大きなプロジェクトの場合、そのプロジェクト専用のパイプラインが用意されている事もある。その場合、仕様やコマンドがそのプロジェクト専用のものであったりする。

NABA_vol61_6300 各部署のパイプラインが1か所に集結し、最終画像が完成する
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今後の課題は業界標準化

大規模な映画プロジェクトでは、複数のVFXベンダーがシークエンス毎に分担して作業を担当する事が多いが、異なるスタジオ間でのアセット共有の問題が起こる事がある。「パイプラインや自社開発のファイル・フォーマット等が異なるので、アセットのやりとりに苦労した」という話は、映画のメイキング講演等でよく耳にする。

今後「パイプライン業界」で求められるものは、スタンダード(業界標準化)だろう。前述のように、スタジオによってパイプラインの仕様は全く異なる。しかも、例え同じスタジオ内でもパイプラインについては、部署や立場によって様々な意見や考え方があり、パイプラインの仕様を決める会議が紛糾する事も珍しくない。「誰か優れたリーダーが1人いて、きちんと音頭取りをしないと、みんな言いたい事を言うので、なかなか仕様が決まらないんですよ」なんて話も耳にするくらいだ。

各VFXベンダーのパイプラインが異なると、アセットのやりとりを行う際、専用の変換ツールを開発する必要があり、これが各ベンダーにとって相当な手間と負荷になっているという。パイプラインがある程度同じ仕様に基づいたものになれば、スタジオ間のアセットのやりとりは相当楽になる事だろう。その為のスタンダードが、今後の課題と言えそうだ。

おわりに

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以上、パイプラインについて現場レべルのお話も交えて簡単にご説明してみたが、如何だったであろうか。少しでも皆様のご参考になれば幸いである。更に興味をお持ちの方は、筆者が本欄にて以前ご紹介させて頂いたハリウッドのパイプライン開発者達が共同随筆した専門書「PRODUCTION PIPELINE FUNDAMENTALS FOR FILM AND GAMES」の日本語訳版「ゲーム・映像制作パイプライン構築マニュアル」が出版されているので、是非ともチェックしてみる事をおススメしたい。

今後も、もし読者の方からご質問を頂いた場合は、それにお答えする形でコラムを書いてみたいと思う、今日この頃である。


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WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。