© 2015 Universal Studios. All Rights Reserved.
取材/文:鍋 潤太郎

はじめに

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映画「ワイルド・スピード SKY MISSION」は今年4月に公開され、世界中で大ヒットを記録した。それからしばらく経った初夏のある日、ハリウッドの某所にて、映画業界従事者向けに同作品のVFXメイキング講演が行われた。この時は、映画の公開からまだそれほど時間が経過していなかった時期だった事もあり、「このメイキング講演の内容は、まだあまり口外しないでください」という旨のアナウンスが行われていた。

ハリウッドにおける業界向けのメイキング講演で、このようなアナウンスが行われる事は珍しい。しかも、公開前の映画ではなく、既に映画館で公開された映画の場合はなおさらである。また、会場への入場時には携帯電話やカメラ、録音可能なデバイス類は全て入り口で預けなければならないなど、徹底した管理ぶりだった。

そういった事情もあって、筆者はこの講演の模様をすぐさまレポートする事は控えて来た。しかし、映画が公開されて半年以上が経過した事。そして、10月に入ってからバラエティ誌に代表されるハリウッドの各メディアがこの話題の詳細を報道し始めている事例などから、今月の本欄ではこの日のメイキング講演の模様を「さっくり」と要約した上で、差し障りのない範囲で、さわりだけ、読者の皆様にもご紹介させて頂ければと思う。

てっきりデジタルドメインによる仕事かと

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読者のみなさんもご存知のとおり、俳優ポール・ウォーカーが2年前、感謝祭の連休中だった11月30日にLA近郊のカリフォルニア州バレンシアで不慮の交通事故により急逝。ポールがブライアン・オコナー役を演じ、当時撮影中だった映画「ワイルド・スピード SKY MISSION」は一旦プロダクションが中断されたが、後に再開され、最終的に映画は無事完成。そして公開の運びとなった訳だ。

この作品にはデジタルドメイン、WETA、スキャンライン、そしてピクソモンドなど、複数の著名VFXベンダーが参加している。

筆者は映画館で同作品を鑑賞した際、エンディングを見て深い感銘を受けると共に、「一体、どのシーンがデジタル・ダブルだったのだろう?」と思いを巡らせていた。この時、筆者の推測ではてっきりデジタルドメインが「ベンジャミン・バトン数奇な人生」で蓄積したテクニックを更に発展させ、ポール・ウォーカーの未完成ショットを完成させたのだろうと勝手に考えていた。

しかしその後、デジタルドメインの友人と街でバッタリ会った際にこの件について尋ねてみたところ、意外な答えが返って来た。それは「デジタルドメインが担当したのはカー・アクション等のシークエンスが中心で、ポール・ウォーカーのデジタル・ダブルには全く関わっていない」という事だった。

では、一体どのVFXスタジオが担当したのか?そう思っていた矢先、このメイキング講演が行われる事を知り、さっそく会場に足を運んでみる事にした。

あれは、WETAによる最先端技術を駆使した技だった

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この日のメイキング講演では、亡きポール・ウォーカーの出演シーンに絡んだVFXメイキングのプレゼンテーション・リールが上映された。このリールは、この日の為だけに即席で準備されたのではなく、明らかにシーグラフやVESアカデミー賞など、もっと大舞台でのプレゼンテーションを行う事を意識して作られた、かなり力の入った完成度の高いプレゼン・リールだった。

ポールの事故後、プロダクションは数ヶ月中断。公開日も、元々2014年7月11日の予定が9ヶ月延期され、2015年4月3日に変更された。このリールの中では、プロダクションが再開された後、ポールの撮り残しショットをいかにデジタルで「縫い合わせ、繋いでいくか」の経緯が紹介されていた。

ポールには、背格好が大変良く似ている2人の弟(カレブ・ウォーカー、コディ・ウォーカー)がいる。彼らの同意と協力を得てプロジェクトに参加してもらい、全身はスキャンされ、デジタル・データが起こされた。2人の演技を撮影したライブ・アクション・プレートに、ヘッド・リプレイスメントを行ったり、全身フルデジタルのポールのショットの為にモーション・キャプチャーが行われた。また、同じくポールと背格好が似ていて、同作でシェパード役を演じている俳優ジョン・ブラザートンも、同じようにデジタル・ダブルとして協力している。

この一連の作業を担当したのがWETAだった。ポールの生前にデジタルの全身モデルがスキャンしてあった訳ではなく、過去のシリーズからポールの出演ショットを集め、ライブラリを構築。それを元に頭部をモデリング。スキン・シェーダーの開発や、瞳の色、髪の毛1本1本、眉毛に至るまで、実写のポールのフッテージに可能な限りマッチさせる為の試行錯誤が繰り返された。

キャラクター・アニメーター達はポールの仕草や動き、そして表情、顔面の筋肉、まばたきの仕方に至るまで動きを観察し、フェイシャル・アニメーションをつけた。全350ショットに及ぶVFXショットは困難を極めたが、ポールに対する追悼の意と尊敬を胸に、全スタッフが一団となって制作に取り組んだという。

デジタルのポールが登場するシークエンスは沢山あるが、中でも特に顕著なのは、ビーチのシーン。そしてラストの峠での「お別れシーン」。この峠のシーンはロケではなく、フルデジタルのショットだという。このラストシーンは映像的にも完成度が高く、印象に残るシークエンスだ。

このプレゼンテーション・リールは、最先端のVFXテクニックが紹介されているだけではなく、随所にポールに対する尊敬の念や、彼の家族に対する敬意が込められており、大変感動的であった。

おわりに

この作品のVFX、特にポールのデジタル・ショットは、「もしかしたら来年のオスカー(アカデミー賞)が取れるのでは」という声も業界内では聞こえてくる。とはいえ、制作者側はポールへの尊敬の念や家族への配慮を第一に、これらのVFXについては、必要以上のメイキング映像の露出は控えているようだ。

撮影中に亡くなった俳優を、デジタルでスクリーンに蘇らせるという、かつて無い試み。しかも、“next level”の最先端VFXで観客に全く違和感がなく、しかも深い感動を与えられるレベルの映像が実現出来たのは、大変素晴らしい事ではないだろうか。

筆者自身、ポール・ウォーカーは好きな俳優だったので、ここ地元LAで亡くなった時は大変ショックを受けた。ポールの死に深く追悼の意を表すると同時に、VFXの新しい可能性を示したこの作品を、映画館でリアルタイムで見届けられた事は、VFX業界従事者の1人として、誇りに思えた一瞬であった。ポール、安らかに。

関連記事:米バラエティ紙
How the ‘Furious 7’ Visual Effects Team Worked to Honor Paul Walker’s Legacy

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WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。