Photo by Patrick Flannery
ソウルの風景。この街には、多くの著名VFXスタジオが存在するという(画像:ハン・ソナ氏提供)
取材/文:鍋 潤太郎

はじめに

ここLAは「アジアの玄関口」と呼ばれている事もあり、ハリウッドのVFX業界&アニメーション業界では日本人を含む、数多くのアジア系の人材が活躍している。ただ、ここ数年はカナダの税優遇制度の影響でLAのVFX業界は規模が大幅縮小。特に実務経験の浅い若手アーティスト達にとっては、LAでの就活は非常に狭き門。しかし、そんな逆境の中でも、見事就職を実現した優秀な若手の人材が、ここLAでは活躍している。

そこで今回は、韓国出身の若手女性エフェクト・アーティスト、ハン・ソナ氏に、これまでの経歴や、LAでの就活、そして韓国のVFX業界とハリウッドの違いに至るまで、さまざまなお話を伺ってみる事にしよう。

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ハン・ソナ氏 近影
Photo by Patrick Flannery

──自己紹介をお願いします。

ハン氏:ハン・ソナです。韓国の出身で、現在ロサンゼルスのVFXスタジオ、ハイドラックスでHoudini FX Artist(エフェクト・アーティスト)として勤務しています。ハイドラックスに移籍してから、そろそろ1年間が経過しようとしています。

──韓国で一度就職をしてからアメリカに留学されたそうですが、何か転機があったのでしょうか?

ハン氏:私は韓国にいた頃からHoudini Artistになりたくて、いつも「Houdiniを勉強してみたい」と考えていました。でも韓国では、殆どのVFXスタジオが3ds Maxを採用していました。その関係で、私も韓国ではMax使いのVFX Artistとして仕事をしていました。MaxのVFX関連のプラグインはとても使いやすくデザインされていて、パラメーターを調整するだけである程度のクオリティが実現出来る反面、カスタマイズには制約があって、私にはすぐに物足りなくなってしまいました。

そこで、Houdiniの勉強を始めてみたのですが、韓国ではあまりメジャーなツールはないので情報ソースが限られ、しかも、まだ英語がよく理解出来なかった私には、習得が大変でした。そこで、大学を卒業してからまだ6ケ月しか経っていなかったある時「手遅れになる前に」とアメリカへの留学を決意したのです。

──アメリカの大学では、どんなクラスを専攻されましたか?

ハン氏:留学したのは、ジョージア州にある、アメリカでは通称SCADと呼ばれるサヴァンナ・カレッジ・アート&デザイン(Savannah Collage Art and Design)の大学院で、ここでビジュアル・エフェクツの修士課程を専攻しました。一般的に3DCGを専攻すると、3Dのワークフロー全般を習得出来るようデザインされていて、モデリングからコンポジットまでが全て網羅されている場合が多いものです。

でも、私の専攻は”ビジュアル・エフェクツ”でしたので、アニメーションとリギングのパートはカリキュラムに含まれていませんでした。その代わり、このコースは「レンダーマンのクラス」としても知られていて、ライティングとレンダリングを学ぶ事が出来ました。数あるクラスの中で私が最も興味を持ったのは「melとpythonスクリプティング」で、これが後にプログラミングやスクリプティングに興味を持つキッカケとなりました。

──過去数年、カリフォルニア州のVFX業界は、カナダの税制優遇制度の影響で多くのプロジェクトがカナダに流出したり、VFXスタジオが閉鎖したり規模を縮小するなど、非常に大きな打撃を受けました。求人が減り、仕事をみつける事すら難しかった時期もありました。そんな中でも、ハンさんは見事にポジションを獲得されています。就活は大変だったでしょうか?

ハン氏:私は韓国のVFX業界でMax使いとしての実務経験がありましたので、それらの作品をデモリールに含める事が出来たお陰で、他の学生達よりもチャンスや選択肢の幅を広げる事が出来ました。これはとても幸運だったと思っています。「VFX業界への登龍門」と言われるサイド・エフェクツでのインターンのポジションを獲得する事ができ、ドリーム・ワークスから面接を受ける機会に恵まれた事もあります。

また、業界でのコネクション作りが功を奏し、LAのブラー・スタジオで働いている友人の紹介によって同スタジオに採用され、アメリカでの最初の就職を実現する事が出来ました。ブラー・スタジオではゲーム「Halo: The Master Chief Collection」のシネマティックに参加しました。その後、ハイドラックスに移籍しました。

──現在、エフェクト・アーティストとしてお仕事をされておられるそうですが、エフェクト・アーティストはどんな役割を担当するのでしょうか?また、どんなソフトを使用されていますか?

ハン氏:エフェクト・アーティストは、火、煙、水、爆発や破片などの特殊効果全般を担当します。

私の仕事は、ハリウッド映画のエフェクト・ショットを作る事にあります。これには、後で各エフェクト・アーティストが使用するFXリグやデジタルアセットを開発するR&Dのプロセスも含まれています。

エフェクト・アーティストは、エフェクト・アニメーションの作成に加え、エレメントのライティングやFXパスのレンダリング、そして、スーパーバイザーやコンポジターに見せる仮合成までを担当します。

作業ではHoudiniを使用しています。Houdiniは大変ユニークかつフレキシブルなツールで、エフェクトを作成する上で非常に細かいコントロールが可能です。特に、プロシージャルなアプローチは、私が「Houdiniはエフェクト・アーティストにとって最適なツール」と考えている大きな理由です。

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開発中のツールをテスト中のハン・ソナ氏。スクリプトやプログラミング等のテクニカルなスキルが、ご自身の強みになっているという。
Photo by Patrick Flannery

──ハンさんはプログラミングやスクリプトが得意で、それがご自身の強みにもなっているそうですが。

ハン氏:私はC言語、C++、python等のプログラミングを学び、そしてhtml/CSSを少しかじりました。スクリプティングでは、Linux BashやレンダーマンのRSL(Renderman Shading Language)、mel、maxスクリプト等も勉強しました。

Houdiniでエフェクト・アニメーションの作業をしていると、大量のジオメトリを読み込んだり、同じ操作の繰り返しや、同じボタンを何度も押さなければならないような「リピート作業」が必要とされる場合が多々あります。スクリプティングやプログラミングのスキルは、そういう時に効力を発揮します。

最近のお気に入りは、Houdiniのプログラム言語であるVEXです。主にPoint Wrangle Nodeの中でスクリプト・ベースで記述しますが、わずか数行のスクリプトを実行する事で膨大な時間を節約出来、高速にシンプルに処理する事が可能となります。

──現在勤務されているハイドラックスは、どのようなスタジオでしょうか?

ハン氏:ハイドラックスは、コリン・ストラウスとグレッグ・ストラウス兄弟によって2002年に設立された、ロサンゼルスにあるVFXスタジオです。「アベンジャーズ」「キャプテン・アメリカ」「X-MEN:ファースト・ジェネレーション」等の大作映画のVFXを担当した実績を持っています。

最近では、「カリフォルニア・ダウン」のメインVFXベンダーとして、VFX全体の総括を担当した他、「ファンタスティック・フォー」のVFXも一部担当しています。また、ストラウス兄弟は映画の企画や監督業にも進出していて、これまでに映画「エイリアンVSプレデター」「スカイライン」などを監督しました。

──最近担当された映画作品についてお聞かせください。

ハン氏:私は、最近の作品では映画「カリフォルニア・ダウン」、「ファンタスティック・フォー」等に参加しました。「カリフォルニア・ダウン」では、背景にあるビルディングの崩壊ショットや、広範囲に広がる火災の煙、炎、消火の水しぶきなどを担当しました。「ファンタスティック・フォー」では、敵キャラクターのドクター・ドゥームが発生させた、空に広がる巨大な渦状の雲を担当しました。

──韓国でもVFX業界が盛んだと思いますが、韓国国内にはどのようなマーケットがあるのでしょうか。

ハン氏:韓国ではもともとPCゲーム市場が大きな比率を占めていましたが、ここ数年はモバイル・ゲームが伸びています。テレビドラマ等でもVFXは使われていますが、その数は決して多くはありません。映画のVFX市場では、映画をコア・ビジネスの1つとすべく、市場が成長する中国企業と提携する形でビジネス面での 拡大を狙う動きも出ています。

ちなみに、私が韓国で参加した映画は、「Chinese Fairy Tale」と呼ばれる中国の映画でした。

また、韓国における映画のVFX業界は、国際ビジネスにとても力を注いでいます。彼らは、アジアの映画市場向けに多くのプロジェクトを持つほか、最近ではハリウッドにも進出しようとしています。

──韓国における映画のVFX業界と、ハリウッドの最も大きな違いは、どんな部分でしょうか。

ハン氏:最も大きな違いは制作予算にあると言えるでしょう。一例を挙げますと、韓国では映画1本あたりの制作費は日本円に換算すると10億円相当しかありません。うちVFX予算として割り当てられるのはわずか5%ほどです。これはハリウッド映画の水準と比較すると、大変な低予算映画に相当します。

──韓国の著名なVFXスタジオには、どのような会社がありますか?

ハン氏:韓国には、いくつか著名なスタジオがあります。その多くはソウルにオフィスを構えています。

などが有名です。

──最後に、今後のキャリアの目標をお聞かせください。

ハン氏:私は、世界中のさまざまな場所で仕事をしていきたいと考えています。異なる場所にある様々なVFXスタジオで働き、知識と経験が豊富な一流のアーティストと作業を行う事は、貴重な経験となる事でしょう。さまざまな優秀な人材に出会うことが、自分のスキル向上に役立ちます。異なるパイプラインを持つスタジオで働く事で、よりスマートに、より効率良く仕事ができるようになると考えています。最終的には、エフェクト・チームのアーティスト達にFXリグやツールを提供したり、R&Dや開発を任されるようなスキルを身につけたいと思っています。日本のみなさんも、一緒に頑張りましょう!

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インタビューに答える、ハン・ソナさん
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──今日は、どうもありがとうございました。

(2015年11月、ロサンゼルスにてインタビュー)

WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。