アメリカ西海岸の夕日(筆者撮影)
取材/文:鍋 潤太郎

はじめに

本欄でも何度かレポートさせて頂いたように、カナダのブリテッシュ・コロンビア州(バンクーバー)、オンタリオ州(トロント)、ケベック州(モントリオール)などが実施する、ハリウッドのテレビ&映画産業に対する大規模な補助金制度は、ハリウッド映画のVFXを生業とするアメリカ国内のVFXスタジオに壊滅的な打撃を与えた。

特にアメリカ西海岸では2010年以降、中堅および大手VFXスタジオの倒産や大規模縮小が相次ぎ、中でも2013年のリズム&ヒューズ・スタジオの倒産(会社更生法に基づく倒産で現在も存続)は、ハリウッドを大きく震撼させる出来事となった。また、ソニー・ピクチャーズ・イメージワークスがヘッドクォーターをバンクーバーへ移動し、LAの拠点を大幅縮小したのは記憶に新しい。

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倒産当時のリズム&ヒューズ・スタジオ。当時はLA国際空港の南側に位置するエル・セグンドに自社ビルを構えていた。現在はカルバーシティ近郊に移転し、少数精鋭で堅実に経営を続けている(筆者撮影)

こうしたカナダの各州が実施する一連の補助金制度の影響に対し、LAではアカデミー賞授賞式当日にVFX業界従事者による会場周辺での抗議デモ行進や、VFXタウンホール・ミーティングなどが行われたほか、SIGGRAPH2013ではパネル討論会「The State of the Visual Effects Industry」が設けられるなど、カナダの補助金制度に対する抗議活動や対策を講じる為の様々な試みがなされた。

※詳細は木村匠氏の人気ブログ「アメリカでCG屋をやってみる」をご参照あれ。

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2014年3月、アカデミー賞授賞式当日に合わせてハリウッドで行われたVFX業界従事者によるデモ行進での様子から。「カナダは、我々の仕事を、金で買っている」というプラカードを手にする参加者(筆者撮影)

しかし非常に残念ながら、こうした必死の活動も実質的には殆ど功を奏さず、今やバンクーバーが実質的な「VFXハブ」として君臨しているのが実情である。それでは、一時期「死滅状態」とまで言われたアメリカ西海岸のVFX業界は、果たして現在どのような状況にあるのだろうか?

折しも、来る2016年7月24~28日、LA近郊のアナハイム市でSIGGRAPH2016が開催予定である。6月に入り、そろそろチケットの予約や、LAのVFXスタジオ視察などを検討している方もおられる事だろう。そこで今回は、みなさんがLAをご訪問される前に、西海岸のVFX業界の最新事情を、現地からのレポートでお届けしよう。

過去10年間にカナダの補助金制度の影響を受けた、西海岸のVFXスタジオ

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SIGGRAPH2013におけるパネル討論会「The State of the Visual Effects Industry」より、2013年から過去10年前までの間に消滅したスタジオ一覧。この中にはカナダの補助金制度の影響以外の原因で倒産&閉鎖したスタジオも含まれているが、「これだけの数の会社が消滅した」という資料としてプレゼンテーションの中で紹介されていた

まず、カナダの補助金制度によってアメリカ西海岸のVFX業界がどのような影響を受けたか、ここでおさらいをしてみよう。

バンクーバーが位置するブリティッシュ・コロンビア州は、2005年頃からハリウッドのVFXプロジェクトに対する大規模な補助金政策を開始した。制作費の一部を映画スタジオにキャッシュ・バックするという大胆な補助金政策は、制作費の価格破壊を引き起こした。当初は中小のスタジオを直撃、後にそれが大手にも飛び火する形でジワジワと広がっていった。

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デモ行進で、「諸外国の補助金制度は、アメリカのVFX会社を沈めている」というプラカードを持つ人(筆者撮影)

その影響で、これだけ多くのスタジオが憂き目を見る形となった。

■会社更生法に基づく倒産(現在も存続)

  • リズム&ヒューズ
  • パシフィック・タイトル

■完全閉鎖

  • オーファネッジ
  • アサイラム・ビジュアルエフェクツ
  • CafeFX
  • マット・ワールド・デジタル

■LA本社の規模縮小&拠点移動

  • ソニー・ピクチャーズ・イメージワークス(バンクーバーに拠点を移動)
  • ステレオD(トロントに拠点を移動)

そう、もはやLAにはスタッフ数500人以上を抱える大手VFXスタジオが無くなってしまったのである。また、カナダの補助金制度の影響は直接受けていないものの、同時期に倒産&閉鎖となり、西海岸の業界に暗い影を落としたスタジオもある。

■多少なりとも補助金制度の影響は受けているものの、その他の要因で倒産

  • デジタル・ドメイン(会社更生法に基づく倒産で、現在も存続)

■補助金制度の影響とは直接無関係だが、親会社のビジネス判断により閉鎖

  • PDI/ドリームワークス
  • イメージ・ムーバーズ・デジタル

段階的とは言え、LAやサンフランシスコでこれだけの数のVFXスタジオが消滅してしまうと、一時的な人材過多状態が生じ、西海岸で仕事を見つけていくのは困難な時期があった。それはリズム&ヒューズ・スタジオが倒産した2013年がピークだった。

その結果、多くのアーティストがカナダやイギリス等の補助金制度実施国、もしくはテキサスやオレゴン、東海岸等の他州へ、新たな活躍の場を求めて移って行った。また、VFX業界に早々と見切りをつけ、業界を去ってしまった人も少なくない。特に開発系の人材はGoogle等のハイテク&IT企業や、航空宇宙産業へと転職してしまった人もいる。

やや回復の兆しが!

そんな状況だった西海岸のVFX業界だが、ここ最近はやや回復の兆しが感じられる。

筆者は書籍「ハリウッドVFX業界就職の手引き」を毎年発行している事もあり、リサーチも兼ねてデジタル・アーティストの人材募集情報をこまめにチェックしている。それを見ていると、依然としてカナダ方面の求人が多いものの、西海岸でもアーティスト及びエンジニア、プロダクションの募集件数は一時期と比べると着実に増えてきている。

その多くはフリーランスの募集で、就労ビザのサポートが必要な我々外国人にはややハードルが高くなるが、それでも仕事が少しつづ戻ってきている事は確かだろう。事実、LAやサンフランシスコでも、映画のVFXプロジェクトは走っている。ここ1~2年、西海岸にある中堅VFXスタジオは、どこもそれなりに忙しくしている。そういうスタジオは、バンクーバーやモントリオール等にも拠点を持ちつつ、LAやサンフランシスコの「本店」とショットをうまく割り振りながら、堅実に経営を続けている。

バンクーバーやロンドンなどで走っている大規模プロジェクトで「このままでは、どうしても間に合わない」と判断されたシークエンスやショットが丸投げされる「911ジョブ(911は日本の110番・119番に相当)」が西海岸のVFXスタジオに降りてくる事も少なくなく、そういうニーズが西海岸の中堅どころを支えている。

更に、昨今のマーベル作品の人気も、西海岸のVFX業界を支える事に一役買っていると言える。マーベル作品は多くのシリーズが頻繁に制作され、しかも膨大なVFXショット数を裁く必要があり、予告編用ショット及び本編ショットが西海岸の中堅スタジオにも発注されている。

また、テレビコマーシャルやテレビドラマのVFXを専門に手掛けるVFXスタジオも、非常に忙しくしている。特にテレビドラマ分野では、NetflixやHulu等の動画配信サービスが手掛ける人気ドラマにおけるVFXのニーズも手伝って、ここLAでも頻繁にアーティストの募集を見かける。

新規オープン、新規参入も

興味深い展開としては、「死滅状態」だったLAへ敢えて乗り込んで来て下さった新規参入組がいたという事がある。

2013年は、リズム&ヒューズ・スタジオが倒産した「VFX史上最低の年」だが、FramestoreがLAに乗り込んできて新拠点を開いた。ごく最近の例では、昨年2015年の11月、ボストンからZero VFXがやってきて、ベニスにスタジオを構えた。また5年以上前の例ではあるが、MPCやThe Mill等のロンドン勢力も、主に広告市場をターゲットにLAにスタジオをオープンしている。

VFXスタジオの数が減ったところに、こういった皆様にお越し頂けるという事は、雇用のチャンスが増える事につながり、地元LAとしては非常にありがたい。

西海岸で頑張っているVFXスタジオ(2016年6月現在)

ではここで、筆者の独断と偏見に基づき、アメリカ西海岸で比較的活気があるVFXスタジオの一例を、アルファベット順に挙げてみる事にしよう。各社の詳細は、下記リンクからホームページをご参照あれ。

SIGGRAPH前後に現地スタジオ視察を検討している方は、ご参考頂ければと思う。

ロサンゼルス

■映画系

■テレビCM系

■テレビドラマ系

サンフランシスコ

■映画系

※上記に含まれていなくても、元気に頑張っているスタジオは他にも多数存在している

※上記はVFXスタジオのみで、今回はゲーム・スタジオ、アニメーション・スタジオは含まれていない

ふと思いつくだけでも、これだけの数がある。西海岸も、まだまだ頑張っているのである!

参考:海外VFXスタジオ視察における注意点

さて最後に、SIGGRAPH2016の前後に地元LAのVFXスタジオを視察したいと考えている諸兄に、些細ながら有益な参考情報をひとつ。

筆者は以前、本欄で「海外VFXスタジオ視察における注意点~気をつけたい日米文化&習慣の違い」というコラムをレポートさせて頂いた事がある。ご興味をお持ちの方は、ぜひご参考頂ければと思う。

WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。