取材/文:鍋 潤太郎
はじめに
我々VFX屋がSIGGRAPHに行ったら、とりあえず外せないのがエレクトロニック・シアターである。ここでは、世界中から応募された数百本の作品の中から、審査員によって選び抜かれた作品だけが大きなシアターで一挙上映される。まさに全世界のCG/VFX業界における過去1年間のハイライト作品が拝める場でもあるのだ。
しかも、エレクトロニック・シアター(及びコンピューター・アニメーション・フェスティバル:デイタイム・セレクト)は、アカデミー賞でお馴染み米国映画芸術科学アカデミーより「アカデミー賞の選考対象となるフィルム・フェスティバルの1つ」として認可されており、1999年以降エレクトロニック・シアターで上映された数々の作品が、アカデミー賞の短編アニメーション部門でノミネート、もしくは受賞している。
今年の傾向
エレクトロニック・シアターへの入場を待つ長い列
今年のエレクトロニック・シアターでは全25本が上映された。入選作品を国別に見てみると、アメリカが10本と最多。次いでイギリス、ドイツ、フランスが各3本、ニュージーランド、オランダが各2本、そしてスペインと日本が各1本であった。ジャンル別に比較してみると今年の傾向が良く分かる。エレクトロニック・シアターの性格上、短編アニメーション作品が多かったが、学生作品の本数が7本と、プロの本数9本に迫っているのは興味深い。特に学生作品は、SIGGRAPH常連校からの出展も多く、その水準の高さが感じられた。上映作品は次の通り。
- 短編アニメーション:9本
- 短編アニメーション(学生作品):7本
- ハリウッド映画VFXメイキングORブレイクダウン:3本
- CM&キャンペーン映像:2本
- ゲーム:2本
- 長編アニメーション:1本
- サイエンティフィック・ビジュアライゼーション:1本
筆者的には、ハリウッド映画のVFXメイキングやユニークなCM作品があと1~2本見たかったような気もするが、まぁこのあたりは個人の好みであろう。また、コンピューター・アニメーション・フェスティバルの冠スポンサーは、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオの提供。その関係か、トリの3本はディズニー・グループの長編&短編アニメーション作品が占めていた。このあたりはスポンサーの強みと言ったところだろうか(笑)。それでは、今年のエレクトロニック・シアターの上映作品を、一言解説を添えて、一挙ご紹介してみよう。
エレクトロニック・シアターのプログラムより
■Accidents, Blunders and Calamities/Media Design School(ニュージーランド)
ニュージーランドのデジタル・スクール、メディア・デザイン・スクールの学生作品。「事故、失態と災害」という、すごい作品名。ポッサム(オーストラリアに棲息する動物)のお父さんが、2匹の子供達に「いろんな生き物のいろんな死にざま」の絵本を読んで聞かせるというシュールでコミカルな作品。冒頭から笑わせてもらった。
■Alike/Freak Independent Film Agency(スペイン)
青色のパパと、黄色の息子の日常を綴った作品。会社員のパパ「コピー」は多忙な日々を過ごしながら、やんちゃな息子の「ペースト」をしつけようとする。しかし本当に息子の為になるしつけとは、はたして?という心の葛藤をほのぼの描いた作品。
■Grass Half(オランダ)
美術館で、2人のアマチュア批評家がお互いの批評をぶつけあうコメディ。独特の雰囲気が笑いを誘う。無料オープンソースの3DパッケージBlenderによって制作されたアニメだそう。
■Tea Time/ESMA(フランス)
おばあちゃんが家政婦ロボットを最新モデルに買い替えるが、新しいロボットとの生活は予想外の展開に…というドタバタコメディ。
■Tokyo Cosmo/白組(日本)
東京で働きながら1人暮らしをする若い女性。帰宅後の、日常のさりげない出来事の中でイマジネーションを膨らませる、そんなほのぼのストーリーの作品である。けっこう大きな拍手が起こっていたのが印象的であった。
■Citipati/Filmakademie Baden-Wuerttemberg(ドイツ)
SIGGRAPH常連校ドイツのバーデン・ヴュルテンベルク州立フィルムアカデミーの学生作品。ドイツの映像学校。隕石によって絶滅の危機に瀕した、白亜紀後期の恐竜キチパチを描いた6分半のCGアニメーション作品。
■Natural Attraction/Filmakademie Baden-Wuerttemberg(ドイツ)
同じくドイツのバーデン・ヴュルテンベルク州立フィルムアカデミーの学生作品で、自然現象を流体シュミレーションとボリューム・レンダリングを駆使し、フォトリアルかつ幻想的に仕上げた作品である。残念ながら映像はオンラインで公開されていないようだ。公式サイトはこちら
■Solar Superstorms-Visualization Excerpts/NCSA(アメリカ)
予告編
今年唯一のサイエンティフィック・ビジュアリゼーション作品である。太陽の表面を渦巻くプロミネンスはどのような動きをしているか?また、太陽を取り巻く巨大な磁界は、地球にどのような影響を及ぼしているのかを可視化した作品。
■Lichtspiel/Filmakademie Baden-Wuerttemberg(ドイツ)
前述のバーデン・ヴュルテンベルク州立フィルムアカデミーの学生作品で、光とガラスと金属が織りなす不思議なメカニズムに、手書きのアニメーションを絡めつつ、幻想的な映像に仕上げた作品。フィルム・フェスティバルの告知映像らしい。
■League of Legends: Project Overdrive / Stateless Productions(イギリス)
予告編
ゲーム作品「League of Legends: Project Overdrive」から。どことなく「ジャパニメーション」の影響も感じさせる2Dアニメの要素も絡めた独特の絵作りと、迫力のバトルシーンが圧巻である。
■Mafia III・Blur Studios(アメリカ)
予告編
2K Gamesの「Mafia III」のトレーラーから。1969年のニューオリンズが舞台のハードボイルド・ストーリー。フォトリアルが映像が印象的。ハイエンドなシネマティックで有名なブラー・スタジオの作品。
ブラー・スタジオの同作品の解説ページ
■Terminator Genisys/MPC(イギリス)
最近カナダを中心に勢いを感じるMPCによる、映画「ターミネーター:新起動/ジェニシス」のVFXブレイクダウン。
■Behind The Magic-Warcraft/ILM(アメリカ)
ILMによる、映画「ウォークラフト」のVFXメイキング。
■Behind the Magic-Mavel’s Captain America:Civil War/ILM(アメリカ)
ILMによる、映画「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」のVFXメイキング。
■Shell V-Power”Shapeshifter”/Framestore(イギリス)
フレームストアによる、シェルのテレビCMのメイキング。廃品ジャンク・ヤードから出現した複雑な形状の怪物が、車を追いかけてくるという海外CM独特の演出で、なかなか見応えあり。
フレームストアの同作品の解説ページはこちら。
■Les marmottes-Mariach/Ian Grangeon(フランス)
モルモットのミュージシャン達によるマリアッチ。フランスのテレビ局であるFrance3のキャンペーン映像の1つだそう。他にも幾つか別バージョンがあり、ここで見る事が出来る
■Crabe-Phare/RUBIKA Autour de Minuit(フランス)
フランスのデジタル・スクールRUBIKAの学生作品。船をコレクションする巨大なカニのキャラクターが織りなす不思議な世界を、情緒豊かに描いたユニークな作品である。今年の最優秀学生賞(Best Student Project)を受賞した作品である。
■Borrowed Time/Quorum Films(アメリカ)
西部開拓時代の保安官のお話。しかし、彼には忘れられない過去があった…。ストーリーテリングに長け、今年の最優秀作品賞(Best In Show)に輝いた作品である。
■Escargore/Media Design School(ニュージーランド)
前出のニュージーランドのメディア・デザイン・スクールの学生作品。野菜にくっついたまま人間の生活空間に来てしまった、5匹のエスカルゴ達の壮絶な運命を描いたコメディ。シュールな展開が笑える。
■Taking Flight/Moonbot Studios(アメリカ)
パパの実家に預けられた坊やが、おじいちゃんのお話を聞きながら想像力を掻き立てていく、ほのぼの作品。
■None of That/Ringling College of Art and Design(アメリカ)
SIGGRAPH常連校、米フロリダの美大リングリング・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザインの学生作品。美術館の警備員と、閉館後に忍び込んだ謎の修道女とのバトルを描く、コメディ。今年のエレクトロニック・シアターで一番笑いを取った作品かもしれない(笑)。
■Cosmos Laundromat/Blender Institute(オランダ)
今年の審査委員特別賞(Jury’s Choice)を受賞した作品。無人島で自殺を図る羊のフランク。しかし、彼の前に謎のセールスマンが現れ…という不思議な不思議なお話。何気にライティングやボリューム・シミュレーションの完成度が高く、思わず見入ってしまう作品である。Blender Instituteが制作したパイロット・フィルムだそう。
■「モアナと伝説の海」日本市場向け予告編/Walt Disney Animation Studios(アメリカ)
この秋全米公開予定、日本では来年3月10日公開予定の「モアナと伝説の海」の日本市場向け予告編から。ディズニーアニメーションの予告編は、英語圏向けと日本向けは演出や構成が異なる事が多く、その違いを比較してみると、なかなか興味深いものがある。
■Inner Workings/Walt Disney Animation Studios(アメリカ)
© 2016 Disney Animation Studios
SIGGRAPH2016におけるプレミア上映で配布されたポスター
上記「モアナと伝説の海」で同時上映予定の短編アニメーション「Inner Workings」。このSIGGRAPH2016が、北米でのプレミア上映&お披露目となった。公開前なので動画のオンライン・リンクは未だないが、来年3月の同時上映をお楽しみに!
■「ひな鳥の冒険」(Piper)/Pixar(アメリカ)
ピクサー作品「ファインディング・ドリー」と同時上映された短編アニメーション「ひな鳥の冒険」(原題:Piper)。日本でもご覧になられた方も多い事だろう。SIGGRAPH2016では、この作品のメイキングセッションも行われていた。
…ああ疲れた(笑)。
全25作品を駆け足でご紹介したが、いかがったであろうか。当レポートで、エレクトロニック・シアターの楽しさや雰囲気を少しでも感じ取って頂ければ幸いである。来年のSIGGRAPH2017はロサンゼルス開催である。みなさんも、ぜひ来年はエレクトロニック・シアターへ!