txt:奥本 宏幸 構成:編集部

難易度高めのリクエストに応えるために!

花粉症の歌を作ったので、女の子主演でマスクにプロジェクションマッピングをするミュージックビデオを作って欲しい。

2017年2月中旬に、ラッパー・マチーデフ氏(ラッパーとして活動しながらCM・テレビ番組のラップ監修・指導や専門学校でのラップ講師、役者など幅広く活躍中)からMVの制作依頼を受けた。おもしろそうですね、やりましょう。と、二つ返事したものの、顔にプロジェクションマッピングしているプロジェクトは山ほどあるのを見ている。もう一工夫ないかなと考えとっさに答えたのが「歩いている女の子のマスクに映してみる」というアイデアだった。インディーズ・自主制作なので予算は少ない。様々制限ある中でプロジェクトが始まった。

■春のやまい/マチーデフ

リグの制作

まず考えたのは、プロジェクターをどう移動させるかだ。思いついたのは、バラエティ番組などで使われているヘルメットにアームとカメラをつけている自撮りシステムだ。顔にプロジェクターを固定すれば、マスクから投影画面が外れることはない。しかしヘルメットをかぶっている女の子が画面にずっと出ているのは、とてもマニアックなMVすぎる。

何かいいものはないかとリサーチしていると、某おもしろグッズショップでバックパックに自撮りアームが付いている「手ぶらで自撮りバックパック」というおもしろアイテムを見つけた。今回の企画にぴったりの商品だ。しかし残念ながら販売が終了していた。

そこで、そのアイテムを真似て自作することに。住んでいる大阪から撮影場所である東京へ持ち運びすることを考え、簡単に組み立てられるプラスチック皮膜鉄パイプとジョイントでリグを制作した。パイプは一本300円程度、ジョイントは1個100円程度とリーズナブル。全部合わせても4,000円程度で収まった。プロジェクターの取り付けはマジックアームを使用。

プロジェクター選び

リグの先についているのがSmart Beam Laser。とても小さい

撮影は一回限りなので、プロジェクターはレンタルすることにした。選考基準は「内蔵バッテリー付き・明るさ・解像度の高さ・筐体の小ささ」。屋外で歩くため内蔵バッテリーは必須。明るさ・解像度は高い方がカメラで再撮した時に鮮明に写る。最も重要なのが筐体の小ささだ。アームで固定するので重いと歩行時の揺れが増幅してしまう。

レンタル可能なプロジェクターの中から選んだのは、韓国メーカーSKテレコムが販売している「Smart Beam Laser」。55mmの立方体の小さな筐体でありながら明るさ100ルーメン、解像度1280×720。そしてなんとピント調整が不要なレーザー光源なのである(IEC規格によるレーザークラス分類は「クラス1」だが念のため目に入らないように注意をして運用した)。

プロジェクションする映像

事前に撮影したマチーデフ氏の実写と、Adobe After Effectsで制作したモーショングラフィックで構成。マスクの形に合わせて立体的に見えるようなギミック映像を作ってみた。しかし、テストをやってみたところ歩行の振動や首の微妙な動きでどうしても投影位置がずれてしまう。最先端技術を使えばリアルタイムトラッキングなどができるだろうが、残念ながらそんな技術は持ち合わせていなかった。

そこでマスクにきっちり合わせる「マッピング」は諦め、投影する映像のエッジをぼかし投影した。そうすることで、位置ズレの基準が曖昧になるのでズレが気にならなくなる。「プロジェクション」で効果的な映像を作ることにした。

MadMapperの操作画面リアルタイムに映像を変形・移動することができる

映像再生には、プロジェクションマッピングのソフトウェアMadMapperを使用。直感的に映像のマスキング・マッピングが可能で人気のソフトウェアだ。今回役に立ったのは、リアルタイムに写す場所を移動させられること。歩いているとどうしても首の位置は動いてしまう。なので微調整をMadMapperで再生しながらドラッグして位置を合わせた。歩きながらMacBook Proを持って、目視で微調整したアシスタントくんのナイスプレイを褒めたい。

撮影

夜景の方が明るいのでオートフォーカスでピントが合ってしまった

3月中旬、東京の某河川敷で撮影を行った。機材はSony α6500と手持ちジンバルのPILOTFLY H2。4Kで収録し、編集時にリサイズやズームワークをつける。夕暮れ時になってプロジェクションシーンの撮影開始。事前に実験はしていたものの、投影位置がズレたり、カメラワークがうまくいかなかったりと、なかなかOKテイクがでない。辺りはだんだん暗くなっていく。女の子の顔に露出を合わせる。そうすると投影画面が白飛びしてしまう。MadMapperで投影映像の明るさを落とす。

そんな一進一退をしていると、気がつけばあたりは真っ暗。ISOも4000近くまで上げていた。街灯の明るさでギリギリ顔が分かる程度。10テイクぐらい撮影してなんとかOKなテイクが出た。100%OKテイクではないが、まだ寒い気候の中これ以上薄着で歩かせるのは忍びないと思い、撮影は終了した。

しかし、スタジオに戻り大きな画面で撮影素材を確認したところ、残念な結果を目の当たりにした。OKと思っていたテイクの半分以上が、ものすごくフォーカスが甘いのだ。手持ちジンバルを使用していたのでオートフォーカスにしていた。私のカメラ設定の甘さもあったのだが、背景の夜景にフォーカスが合ってしまっていたのだ。さらにノイズが多く、ズームした時には解像感が皆無といっていいほど荒れていた。自分のツメの甘さに嫌気がさした。

再撮影

左:ノーマル、右:S-Log3

忙しい出演者・メイクさんに無理を言って、プロジェクションシーンだけ撮り直すことにした。前回の失敗をもとに様々な改善案を用意。まずカメラは暗さにも耐えられるようにSony α7S IIに変更。ISO4000近くまで上げてもノイズが少ない。そしてプロジェクション映像の白飛びを防ぐために、S-Log3で収録することにした。後処理でカラーグレーディングが必要だが、収録時のダイナミックレンジが広がり白飛びにしづらくなった。

ASUS S1ネジ穴があるので固定しやすい

プロジェクション映像は、レーザープロジェクターに加えASUSのモバイルプロジェクターS1を導入。実はレーザープロジェクターは、スクリーンに近づけすぎると映像のディテールが失われるのだ。よく考えてみればプロジェクターの本質は大きな画面で見ることなので、小さく映すには不向きなはずである。その点ASUS S1は明るさ・解像度は少し劣るが、近距離投影してもフォーカスがしっかり合い解像感が保たれていたのだ。

撮影では、夕暮れシーンでは明るさが必要なのでレーザープロジェクターを使い、暗くなってきたところでASUS S1という使い分けをした。紆余曲折あったが、無事に納得のいくものが撮れて、編集をし、納品することができた。協力いただいた方々には本当に感謝している。

ティッシュにプロジェクションの撮影現場。杉の花粉はコンスターチを使用

最新インタラクティブな技術でつくられる映像が溢れる中、自分がやっていることがアナログすぎて泣きそうになることもあった。再撮影で大赤字になってしまった。でも、恥を恐れず行動したことで、今まで見たことがないおもしろいものが作れてよかったと思っている。また「アホやな」と言われる映像を作りたい。

WRITER PROFILE

奥本宏幸

奥本宏幸

TV制作会社・フリーランスを経て映像制作会社のびしろラボを設立。 演出・撮影・編集・モーショングラフィックなどバランスよくこなす。