txt:曽我浩太郎(未来予報) 構成:編集部

SXSWで掴むべきはテクノロジートレンドではなく、人々の未来に関する興味関心の移り変わり

世界の流れは早い。ここ数年「人工知能に置き換わる仕事」がピックアップされ続けてきたが、もうその流行も終わってきているようだ。3月9日から米国オースティンで開催されるSXSW<サウス・バイ・サウスウエスト>で行われる1000を超えるセッションの傾向は顕著にそれを表している。

先に説明しておくと、SXSWで行われるセッションは世界中の米国を中心とする未来を考える人の興味関心事そのものだと言っても過言ではない。なぜならセッションの大半は数千を超える全世界からの一般公募で集めらた後、一般投票(30%)・アドバイザリーボードによる投票(30%)・SXSWのスタッフによる投票(40%)の集計により選ばれるという非常に民主的なプロセス、その名も“SXSW Panel Picker”というシステムを独自に採用しているからである。

パネルピッカーは毎年6月頃にオープンする。実際に筆者も2016年にPanel Pickerでパネルをオーガナイズしセレクトされた。レポートはこちら

つまりPanel Pickerによって選ばれた数百のセッションは、いわばSXSWファン、全世界80カ国以上からSXSWに集まるジャンルを問わずに未来を議論する感度の良い人達が求めているものの縮図。「最近のSXSWにはエッジが効いたテクノロジーがなくなってきた…」そう言う人たちもいるのは事実だが、テクノロジーはSXSWのほんの一部分。実は、人々が今未来に求めているものが、エッジの効いたテクノロジーではなく、違う「何か」に移ってきているのかも?という兆しを見逃してはいけない。

「人工知能は果たして仕事を奪うのか?」という議論の終焉

昨年のSXSWトレンドワードは「ディープ・マシーン・ラーニング」だった。人工知能をどこまで活用できるか?またその弊害は何か?という議論が多かったように思える。活用方法でいえば、映像制作において積極的に人工知能を活用した事例のZoic Studiosが良い例と言える。

IBMのワトソンやMicrosoftのChatbot、顔認識ソフトやドローン、脳波をセンシングしたデータを活用するなど様々なテクノロジーを駆使し、人間の監督がなるべく介在しないミュージックビデオを目指した「The Eclipse」。2016年のカンヌ広告祭に展示された

一方、弊害でいうと「AIファシズム」というキーワードが去年のSXSWでも話題になったことが表している。人工知能に学習させるデータに関して、差別や偏見のバイアスが(無意識にも)かかってしまっているという警告だ。ここ数年、差別はいけない!公平性を保とう!とわかっていても、自分の中で意識していない偏見や白人男性を中心とした業界の多様性を確保することはなかなかできず、企業の採用活動などでもそれにどう立ち向えるか?解消できるか?が米国内で非常に高い興味関心になっていた事も関係しているだろう。

Microsoftリサーチャーのケイト・クローフォード氏。人工知能と共生するためには、まず偏見や差別、公平性についの問題を定量化できるメソッドを開発する必要があると問題提起をした

このような昨年の議論に対し、今年多く目にしているのは、下記のような、もっと実用的で人々と人工知能が暮らす未来のアイデアだ。

AI and the Future of Medicine(AIと未来の医学)
医薬品のデータを機械学習させ、ALSやアルツハイマー病など特定の病気に作用するものを推測し、特許を取得するビジネスを行うスタートアップVerge GenomicsのCEOが話すセッション。

・Why Machine Learning is the Next Frontier for Art(機械学習がアートの最先端である理由)
ファッションECサイトや音楽ストリーミングサービスでは、リコメンドエンジンとしての人工知能活用が期待されているが、アート(絵画販売)ビジネスはどうか?世界中のギャラリーと提携をしてアートを販売するサイトを運営するスタートアップArtsyのCEOがアートビジネスの未来像を話すセッション。

SXSW本部も「オムニプレゼントA.I.(どこにでもいる人工知能)」というトレンドワードを事前に発信しているが、人々が人工知能と人間の心地が良い距離感をつかめてきて、未来に向けて建設的な議論が始まってきたという風に筆者は受け止めている。このような流れの中で、映像・報道業界において、どのような形の人工知能の活用の議論がされているのか?SXSW2018で話題になりそうなセッションとあわせて考えていきたい。

Augmented Journalismの誕生|ジャーナリストを人工知能がアシストする未来

ここ数週間、オリンピックに関するニュースを見なかった人は少ないだろう。実は2年前のリオオリンピック時代、すでにワシントンポストの一部の速報は“ヘリオグラフ”という人工知能が書いたものだった。記者はより深い考察をつけた記事を書く役割分担をしていたという。

ここで考えたいのは、本当に記者達はどのような仕事をしたいか?という議論だ。結果を伝える速報をどれだけ早く出せるかという時間勝負な仕事ではなく、リサーチの結果や自分の考察を入れ込んで、より納得性の高い記事に深める作業こそが、本来の記者の仕事であって欲しいと私は考えている。また、ある程度自動化することによってヒューマンエラーもなくなるケースもありそうだ(一方、フェイク・ニュースを量産してしまうという議論もあるが)。

私たちがより良く、そして自分達がやりたい仕事をするために、人工知能と共存する理想的なワークフローを議論する姿がいたるところで見れるのが今年のSXSWだろう。それでは、どのように人工知能が記者の力を拡張し、ジャーナリズムやニュースコンテンツをより良いものにできるか?その事例をいくつか紹介していこう。

読者の反応を”ファシリテーションしやすくする”人工知能の開発

・Can AI Soothe the Savage Comment Section?(ひどいコメント欄をAIは落ち着かせられるか?)
ワシントンポストのテクノロジストが話す、WEB上の記事に投稿される大量のコメントをファシリテーションする人工知能と人間の共同作業についてのセッション。

ワシントンポスト誌が新しく開発した人工知能は、人間のモデレーターの傾向を学習させることにより、何千・何万と書かれるコメントを選定し、不要なコメントを容易に削除することができるものだ。今まで人間のモデレーターの仕事の大半は不要なコメントを削除するだけに終わっていたが、これによりそのニュースの考察や議論を深めるコメントをピックアップする時間をもうけることができるようになったそうだ。

日本でもNewsPicksが良い例だが、これからはニュース記事の一方的な発信で終わるのではなく、それを見たりコメントした人々がどのような意見を持っているかをまとめ考察する“ニュースの再コンテンツ化”が、今後のメディアでは主流となってくるのではないかと筆者は予想している。

速報はテキストも動画も自動化!“ニュース記事から動画を作成する”人工知能の開発

もう一つ見逃せないのが、人工知能によって記事の文章から動画を自動的に作成してくれるサービスの浸透だ。文字を読むニュースを超えて映像でみるニュースが日本でも浸透した今、まずはこの動画を見て欲しい。

wibbitzにより作成されたニュース動画。WEB記事のテキストから人工知能が動画を自動生成している。wibbitzのパートナー企業からライセンスを受けた画像や動画が活用される

この動画は、創業2011年のイスラエル発老舗ベンチャーwibbitzが開発したプラットフォームで作られている。もともと同社はオンラインで利用が可能なクリエイティブコモンズライセンスの画像を使用していたが、その後に通信会社や新聞社と提携してクオリティの高い素材を利用できるようにした。2017年には2000万ドルを大手メディア、テレビ局などから調達。より使える素材も拡大し、人工知能の精度を高めて高クオリティの動画を自動生成する事を目指している。

・Content Creation in the Age of AI(人工知能時代のコンテンツ制作)
WibbitzのCEOが登壇しするセッション

映像編集や演出が上記のような技術に置き換わるわけではなく、今よりももっとより良い情報が提供するために、どう現在のワークフローを変え、人工知能がやるべき作業と分担し、自分たちのやりたい/やるべき仕事に集中するかを議論していくことになるだろう。

“フェイクニュースをなくす”人工知能は実現できない。

昨年からのSXSWで扱われる大きなテーマでもある「フェイク・ニュース」。これにどう立ち向かえるのか?というセッションは一見今年期待されそうな人気のセッションでもある。Facebookをはじめ、多くのSNSでは人工知能を使って日々投稿の検閲を行っているが、フェイク・ニュースについてどうなのだろうか。

・The Misinformation Age: Can AI Solve Fake News?(ガセネタ時代、人工知能はフェイク・ニュースを正せるか?)
Facebookやロイターの研究者などが、現状のフェイク・ニュースへの課題を話すセッション。

結論から言うと、人工知能でフェイク・ニュースをなくすことはできないだろう。Facebookではフェイク・ニュースと疑わしき情報をシェアする前にアラートを出すファクト・チェック機能を2016年から実施しているが、最終的にフェイク・ニュースのシェアを0にすることはできない。なぜなら、フェイク・ニュース問題の解決には、技術的な問題だけでなく、教育的な問題も大きく絡んできていている。今年のSXSWでは、後者の議論が非常に面白いのだ。

フェイク・ニュースをなくす鍵は、“コメディ番組”?!

ジャーナリズムを研究するオレゴン大学のEd Maddison助教授は、著書「Reimagining Journalism in a Post-Truth World(ポスト・トゥルース時代におけるジャーナリズムの再考)」の中でアメリカのコメディアン達に着目。風刺コメディアン達のスタンスこそ、これからのジャーナリストのあるべき姿なのではないかと提言している。

1996年から始まった「ザ・デイリーショー」というアメリカで人気の風刺コメディ番組にそのヒントは隠されている。ザ・デイリーショーでは、フェイクのニュース番組を作ってジョークにしているのだ。例えば、コメディアンがレポーターになりきってホワイトハウスから話したり、ニュース風のセットでハチャメチャな事を報道したりするなど。この番組は、政治やニュースに興味がない若者層にも非常に人気が出て、政治に興味を持つきっかけを与えることにもつながったそうだ。

The Daily Show:コメディアンがトランプ大統領扮するコメディーショーが始まるため、デイリーショーに乗り込んだエピソード

Ed氏は、現代の社会において消費者が求めるジャーナリストのスタンスは、Lecture(講義)ではなくConversation(対話)であると著書の中で述べている。まさに風刺で「こんなんでいいのか?」とジョークで問いかける姿勢と、誰にでもわかりやすく興味を持ってもらうストーリーテリング方法は、旧来のジャーナリストにとって学ぶことが大きいのかもしれない。ということで、最後に私が今年一番楽しみにしている2つのセッションを紹介して終わりにしようと思う。では、ワクワクを胸に抱えてオースティンに行ってきます!

・The Only Solution to Fake News: Education for All(皆への教育が、フェイク・ニュース解決の唯一の鍵だ
Ed氏も登壇するセッション。フェイクニュース時代に、子どもから高齢者までが、ニュースとメディアリテラシーを身につける教育方法について議論するセッション。

・Real Fake News Never Stops: Convo with The Daily Show(リアル・フェイクニュースは止まらない!)
The Daily Showのスタッフ陣、そしてそれを配信するテレビ局のコメディセントラルによるセッション。テレビだけでなく、インターネット・SNSを駆使して配信され、熱狂するファン達を満足させるThe Daily Showの舞台裏を話すセッション。

WRITER PROFILE

曽我浩太郎

曽我浩太郎

未来予報株式会社代表取締役。著書『10年後の働き方「こんな仕事、聞いたことない! 」からイノベーションの予兆をつかむ』。