サンタモニカ3丁目の夕陽
txt:鍋潤太郎 構成:編集部
はじめに
筆者は2008年に「日本の『CGデザイナー』という呼び名は時代遅れ?」という記事を随筆させて頂いた。あれから早や10年が経過しようとしているが、日本の映像雑誌やサイトの求人欄を改めて見てみると、「CGデザイナー募集」という広告は、今でも目にする事が出来る。ここで10周年を記念(?)し、再び、ジョブタイトルについて語ってみる事にしよう。
著者注:今月のテーマに適した画像がないので、ロサンゼルスのビーチの画像をご覧頂きながら、お届けしております。
海をじっと見ていると、何かとVFXの参考になる点は多い(画像と本文は直接関係ありません)
たかが肩書き、されど肩書き
流行の先端を行くアパレル・ファッション業界では、80年代に「ハウスマヌカン」という肩書きが一世を風靡した。歌のタイトルにも使われ話題を呼んだが、今では”懐かしい肩書き”として、多くの人々の心の片隅に残っている。
映像業界では、80年代に「CGデザイナー」という肩書きが一世を風靡した。残念ながら歌のタイトルには使われなかったが、“ナウいヤングな肩書き”(笑)として、コンピューターを駆使する映像制作者に愛用された。
「ハウスマヌカン」は死語になってしまったのに、「CGデザイナー」という肩書きは今でも現役の全開バリバリである。これは、流行に敏感な日本の国民性を鑑みると、興味深い現象と言えるのかもしれない。
こうしてカモメを見ていると、明暗部分のディテールなど、VFXの参考になる点も多し(画像と本文は、ほとんど関係ありません)
英語圏の人に聞いてみました
このように、今もなお愛用され続けている「CGデザイナー」、そしてお馴染みの「CGクリエイター」という肩書き。これらの肩書きは、果たして英語圏ではどのように映るのだろうか。筆者の同僚のアメリカ人の方々に、「CGデザイナー」と「CGクリエイター」という肩書きを耳にした時、どのような印象を受けるか、聞いてみた。
■CGデザイナー
- 2Dのアーティスト?
- コンセプト・アートやデザインを起こしている人?
- WEB系のお仕事?
- アニメーション&動画が含まれない仕事?
■CGクリエイター
- Creatorの意味を誤解している。
- おかしな響きに聞こえる。
- 英語を使った肩書きなんだけど、英語の使い方が誤っている。
- 「英語圏でない場所で使われている肩書き」である事が、すぐにわかる。
という答えが返ってきた。
うーむ、なるほど。どうやら、プロの英語圏の皆さまからすると、これらの肩書は「耳慣れない、もしくは違和感のある肩書き」という事になるらしい…。
他にもある、和製英語の映像用語
よく考えてみると、映像業界の用語には、和製英語が少なくない。その1つに「CGプロダクション」がある。誤解を恐れずに言えば、ハリウッドには「CGプロダクション」というものが存在しない。意外に思われるかもしれないが、これは、試しにインターネットでCG Productionで検索を掛けてみると、非常に判り易い。検索結果には、著名なVFXスタジオの名前や、ハリウッド映画のVFX画像などが、殆どヒットしてこない事がお分かり頂ける事と思う。代わりに、VFX CompaniesやVFX Studiosで検索してみると、お目当ての情報が出て来る。
また、日本のVFX業界に従事する方であれば、誰もが一度は憧れる肩書き、「CGディレクター」。これも、実は和製英語の肩書きである。英語圏では、
- CG Supervisor
- VFX Supervisor
がこれに相当する。CG Supervisorはどちらかと言えば技術面の総括、VFX Supervisorはクリエイティブ面の総括、と使い分けられるケースが多い(※筆者注:VFXスタジオによって多少異なる)。
ちなみに、映画のエンドクレジットに「ディレクター」が含まれる肩書きは、
- Art Director
- Director of Photography
- Technical Director
等があるが、「ディレクター」は、監督を差すという特別な意味合いが含まれる為、この単語が含まれる肩書きは映画ギルド(組合や協会)の規定により、限定されている。
ハリウッドと言えども、肩書きや解釈にはバラつきはある
とは言いつつ、ハリウッドと言えども、VFX業界の肩書きや解釈には多少のバラつきがあるのも、また事実である。その一例をご紹介してみよう。
まず、上記に出てきたテクニカル・ディレクター。この解釈は、VFXスタジオによってまちまちである。パイプラインやツール開発を行うテクニカルなポジションをTD(Technical Director)と呼ぶのが一般的だが、伝統ある老舗VFXスタジオの中には、なぜかアーティストの事をTDと呼ぶスタジオもある。
例えば、「FX TD」「Lighting TD」等である。この場合は、アーティストのポジションを差す。キャラクターTDも、スタジオによって呼び名が異なる事例が、ウィキペディアでも紹介されている。
また、「ジェネラリスト(Generalist)」も、スタジオによって解釈が異なる場合がある。一般的には、CMなどを手掛ける小さなスタジオが、「1人がすべてを担当する」ポジションをジェネラリストと呼ぶ事が多い。しかし、ある大手VFXスタジオでは、エンバイロメント・アーティストの事を、ジェネラリストと呼んでいる。エンバイロメントは、モデリングからテクチャー、ライティングまでをこなす事も多く、「広い範囲を網羅する」という観点から、ジェネラリストと呼んでいるようだ。
他にも、トラッキング部門を、より優雅に「インテグレーション部門」と呼ぶVFXスタジオがあるなど、スタジオによってカルチャーが異なる点が興味深い。このように、VFXスタジオでは様々な部門、いろんな肩書きが細かく分別されているが、いざ映画のクレジットになると、画面一杯に、
Digital Artists
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※著者注:実際には、各アーティストのお名前が入ります。便宜上、筆者の名前を並べてみました
のように全員が「デジタル・アーティスト」と、一緒くたにされてしまう場合も少なくなく、まぁこんな時は膨大な名前の中から、自分の名前を見つけるのに一苦労する(笑)。対外的にはデジタル・アーティストと呼び、社内では、別の肩書きを設けているスタジオもある。
ハリウッドでもドラマ化&映画化された「ベイウォッチ」。しかし、実際ビーチに来てみると、映画のようなイケメン君やナイスバディの監視員さんの姿はない。まぁ、これが現実というものか(画像と本文は、あまり関係がありません)
その為にガイドラインが存在する
上記をお読みになり、「なんだ。ハリウッドでもスタジオによって違いがあって、完全に統一されている訳ではないのか」とお気づきの諸兄もおられる事だろう。そう、ハリウッドでも多少、バラつきがあるのである。その為、VESがジョブ・タイトルのガイドラインを発表したり、映画ギルドが業界標準となる指標を作り、規格を合わせようとする姿勢がある。これにより、エンドクレジット制作時の混乱や、肩書きの乱立を防ぐ事が出来る。
英語を使用しての「好ましい肩書き」とは?
このように、各ポジションの社内での肩書きは、いろいろ呼び名があっても良いだろうし、各社によって多少の違いがあるのも、ある意味自然であろう。ただ、英語圏のVFX業界における肩書きのバラつきは、英語圏の文化や、その言葉が持つ意味やルールに沿った上での事である。英語を使用した肩書きを使用する際は、この点に注意すると良いだろう。
筆者は、過去のコラムの中で、「英語圏のVFX業界のアーティストの肩書きには「CG」の2文字がつかない傾向にある」という事をご紹介した。英語圏では、「CGデザイナー」は静止画の作業に従事している印象を与える。また、「CGクリエイター」は意味の誤解から、違和感のある響きを与える。どちらも、今の時代にマッチしているとは言い難い肩書きなのかもしれない。
筆者の私見では、VESのガイドラインにもある、“デジタル・アーティスト(Digital Artist)”は、ハリウッドで業界標準とも言えるジョブ・タイトルで、「CGデザイナー」「CGクリエイター」から置き換えるには、最適ではないかと考えている。
おわりに
ちょっと、こちらの写真をご覧頂きたい。これは、ロサンゼルスにある、日本人経営ではないお寿司屋さんである。入口の上に、赤い提灯が見えるが…。
日本らしさを醸し出そうとする店主の意気込みや熱意は理解出来るが、お寿司屋さんに掲げる提灯としては、「やきとり」はお門違いである。我々プロの日本人が見ると、思わず失笑してしまう光景だ。
また、サンフランシスコで見掛けた1コマから。
このように、1年中こいのぼりを掲げているお店があった。こいのぼりの風習を正しく理解していないと、こういう事になってしまう。
これらの写真のように、意味を理解しないで誤って使っていると、単純に、カッコ悪いのである。 これと似た現象が、我々が日頃使用している肩書きに起こっていると思えば、判り易いだろう。一度定着してしまった肩書きを変えていくのは、なかなか簡単な事ではないが、このコラムを読んで「なるほど」と思われた方は、是非ともご検討頂ければと思う。
最も、筆者のような映像ジャーナリスト、そしてメディアにも、その責任の一端があるように思う。筆者は「海外で働く映像クリエーター」という書籍を出している。また、メディアが「クリエイター」という言葉を誤った意味で使い続ければ、それを見た一般の方も同調する。映像ジャーナリストやメディアが率先して、これらの誤りを正していく姿勢や努力が必要なのかもしれない。
日本の映画作品や日本人アーティストがアカデミー賞を受賞したり、日本の映画が海外で公開される機会も増え、しかもオンラインや動画配信サービスの台頭で、日本の映像作品が海外にどんどん出ていく時代である。肩書き&ジョブ・タイトルについて、いまいちど、再考する時期に来ているのかもしれない。
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