左から、瀬尾 篤氏、ギャレス・リチャーズ氏、ダニー・チャン氏(瀬尾篤氏 提供)
txt:鍋潤太郎 構成:編集部

はじめに

本欄でもレポートさせて頂いた第16回VESアワードにおいて、最優秀視覚効果賞「リアルタイム部門」にノミネートされた瀬尾篤氏。今回は、アメリカのゲーム業界で長年の経験を持つ瀬尾氏に、アメリカのゲーム業界の最新動向について伺ってみた。

瀬尾篤 / Sledgehammer Games
サンフランシスコ在住。愛媛県新居浜市出身。大阪学院大学経営科学部を卒業後、サンフランシスコの美大Academy of Art University / Computer Arts学部へ留学。卒業後、ESC EntertainmentにAssistant TDとして採用され、映画「マトリックス レボリューションズ」等に参加。その後、EAを経て、Sledgehammer Gamesへ移籍し、現職。第16回VESアワードでは、担当ゲーム作品「コール オブ デューティ ワールドウォーII」が最優秀視覚効果賞「リアルタイム部門」でノミネートを果たした。

――2月のVESアワードでは、ノミネートおめでとうございます。

瀬尾氏:どうもありがとうございます。今回は連名でノミネートされた1人としてVES Awardに出席させて頂けて、とても光栄に思っています。私の担当は、「コール オブ デューティ ワールドウォーII」(以下:WW2)のリードライターとしてライティングチームの指導管理する傍ら、ゲーム内のシネマティックやマップ背景のライティングも行っています。他にも、内製のゲームエンジンのライティング周りのツールや、新しいレンダリング・フィーチャーのテスト、実装のお手伝い等をさせて頂きました。

今回のWW2タイトルでは、新しくHDR規格に対応したポストエフェクト・ツール(HDRカラーグレーディング)を、社内のセントラルテック部署と一緒に開発&実装しました。今回残念ながら受賞は叶いませんでしたが、次回への挑戦への意欲も同時に強くなったので、またVES Awardにノミネートされて、受賞が出来るように頑張りたいと思います。

GDCの開催地としても知られるサンフランシスコ(筆者撮影)

――3月にサンフランシスコでGDCが開催されましたね。

瀬尾氏:今年のGDCで感じた事としては、ここ数年注目が高かったVR関連の勢いが少し落ち着いて、代わりにリアルタイム関連技術へ関心度がより強まった感じがしました。「Siren」で見られたような、リアルタイム・ファイシャルパフォーマンスキャプチャや、リアルタイム・レイトレーシングのデモが強く印象に残っています。

個人的には、パキスタンの3rd World Studioが制作した長編アニメーション映画「Allahyar and the Legend of Markhor」や、「Zafari」という子供番組に注目しまた。これらの作品は、プレビズからレイアウト、レンダリングまでUnreal Engineを使って制作されています。このように、従来オフラインレンダリングでのパイプラインでの映像制作が主流だったプロダクションにも、リアルタイムエンジンを取り入れて成功している例などは、とても興味深いですね。

日本ではリアルタイムエンジンを使ったバーチャルYouTuberがとても話題になっていますよね。今後もリアルタイムエンジンを使った番組や映画が増えて来るのではないでしょうか。

――ゲーム業界のプラットフォームは多岐に渡りますが、瀬尾さんの目から見て、最近の動向などは、どのように映りますか。

瀬尾氏:プラットフォームを問わず共通する動向として、ゲームタイトルを開発からセールス、リリース後の運営など「コミュニティー・デベロップメントの重要性の増加との専門職化」が挙げられると思います。今やSNSを通じてリアルタイムにフィードバックが得られる時代なので、ゲームの開発スタイルもそれに応じて変わってきていると感じています。

具体例を挙げると、以前ですとゲームの発売後にパッチでゲームプレイの根幹に関わる変更やアップデートは、よっぽどの事がない限りは行われなかったのですが、最近ではDay1パッチや限定コミュニティ・イベント(例:COD WW2コミュニティイベント「シャムロック作戦」)も含めSNSから得られるのフィードバックに応じる形で修正パッチがリリースされるケースが多くなっているように感じます。

ゲームのリリース後にプレイヤーの反応を見ながらアップデートをリリースして、常に変化していく開発スタイルは、アクティブユーザー数の増加・維持とゲーム内課金率を上げたいモバイルゲームでは、よく見られた開発手法ですが、その波はコンソール・タイトルにも顕著に来ています。

つい先日もSledgehammer Gamesからゲームバランスに関わるコア要素の変更パッチがリリースされたばかりです。

またSledgehammer Gamesには、「ソーシャルメディア・スペシャリスト」と言う肩書きのスタッフがおり、特にWW2のリリース前は、そのスタッフがゲームに関するPRをSNSを通じて一手に担当し、盛り上げ役として活躍しています。

リリース後においては、「Live Opsチーム」という組織が立ち上げられ、日々reddit内にポストされるプレイヤーたちのフィードバックを分析したり、パッチの情報の提供や広報の役割を担ったりしています。

今やソーシャルメディア・スペシャリストは、転職サイトで検索してみると沢山出てくるほど浸透している役職になっており、SNSを熟知した優秀な人材の確保は、コミュニティーの結束を高めるためにも重要になっています。

――ゲーム業界での、最近の技術的なトレンドは?

瀬尾氏:リアルタイム関連の技術革新とディープラーニング型AIの可能性ですね。私が専門職として携わっているライティングやレンダリング関連で言えば、Epic GamesがGDCで発表したReal Time Ray Tracingのデモにはとても興奮しました。リアルタイム・レンダリングの表現方法の可能性や方向性を垣間見えたように感じました。

ただ、あのリアルタイム・レンダリング技法を現行コンソールに持ってきて、しかもAAAの物量、60fpsで走らせるには、ハードウェア的にはもう少し先の話になりそうですが、あのデモの最大の意義としては開発者に「夢」を膨らませてくれた点でないかと感じています。

以前、1990年代にILMで働いていた知り合いから聞いたことがあるのですが、その時代はブロックバスターと呼ばれる映画を製作する度に、何か新しいテクノロジーや技法が開発されていた環境があり、「今思い出しても、とてもエキサイティングな時代だった」と言っていました。それらの技術がSIGGRAPHなどの場で共有される度に、多くの業界人が影響され、必死に更なる最新技術の開発や最適化に情熱を燃やす。まさに、かつての映画業界が歩んできた技術革新Gold Rushの軌跡を、今ゲーム業界の開発者たちが体験しつつある所に来ていると思っています。

その点において、現在ゲームの業界に携われていることは大変ラッキーですし、AI、VRやARの今後の展開次第では、ゲーム業界だけに留まらず、第4次産業革命とも言われる様な時代を体験出来るのではと期待しています。

VRの行方はいかに(SIGGRAPH2017にて筆者撮影)

――VRは今後、どのような方向に向かうと思われますか?

瀬尾氏:私自身はVR用コンテンツの開発に関わった事が無く、「いちユーザー」という視点で考えを述べさせて頂くと、鍋潤太郎さんの記事の中で、IMAXのジェイソン・プレニック氏が述べていたように、ロケーションベースでの展開がとても楽しみに感じています。

私はゲーム業界の中にいる人間なので、いち早く個人でVRヘッドセットを購入して遊んでいますが、所有するための高額の出費は一般のユーザーにはまだまだ敷居がとても高いように感じます。しかも「プレイ環境によって、体験の伝わり方も全然違ってくるな」とも思いました。なぜなら、VRでゲーム内の景色や世界観に没入している時に、家猫を誤って踏んづけちゃいそうになってしまう、なんてこともありましたから(笑)。もっと環境が管理された空間でVRを体験してみたいです。

その点から言うと、嗅覚や触覚を連動出来るような装置が整った環境でワイヤレス・ヘッドギアを着けて、Omni Treadmillの上で縦横無尽に動ける施設が出来ると没入感も一層高まって、体験出来るコンテンツの幅が広がって面白そうですね。

――アメリカのゲーム・デベロッパーが、制作現場で現在興味を持っている事は?

瀬尾氏:AAAのゲームデベロップメントの観点から述べさせて頂くと、昨今の人気を博しているゲームは、殆どがオープンワールド内でプレイヤーが物語の進行ペースも順番も決められる、プレイヤー主体で何でも出来る世界を作り込んだゲームが主流になってきていると思います。

そういうトレンドの中、デベロッパーが作業現場で最重要視しているのは「ゲームプレイの拡張性」、「SNS耐性」、「リプレイアビリティー」、「ハードコアなコミュニティーの構築」等ではないかと考えています。

例えば、ゲームを1度クリアしても、また2周目・3周目とプレイ出来る「リプレイアビリティー」の向上だったり、ゲームデザイナーが決まったゲームプレイを誘導するだけではなく、プレイヤー主導で選べるゲームプレイを散りばめておくことで、「ゲームプレイの拡張性」の実現だったり。

例えゲームがYouTubeやTwitch上でストリーミングされても、「おれのゲームプレイをSNSで自慢したい」とか、「テクニックを教えたい」、「こんなレアなアイテムを見つけた!」という観ている側の自己発信意識を、逆に強く刺激する「SNS耐性」が付いたゲームの制作も考えられるでしょう。

また、以上の3つの項目を兼ね揃えたゲームを提示することで、ハードコアなファンを作り「熱狂的なコミュニティーの構築」を常に念頭に置きながら、ベストな解決策を模索していけると思います。

その中で、すべての項目が満たされていたと感じた最近のゲームは「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」だったと思います。あれには、本当にドハマリしてしまいました。

――今後、ゲーム市場はどのような方向へ向っていくと思われますか?

瀬尾氏:1つの方向性としてはEpic GamesのFortniteやPUBGの大ヒットからも見て取れるように、今後ゲーマーの興味はもっとスケールの大きいスーパーMMOに人気が集中していくのではないかと思っています。

私たちの世代(1970年代世代)も含め、親子孫3世代全てが何らかの形でゲームをやるような時代が来ますし、その国の人口成長状況にもよりますが、ゲーム人口や市場規模も今後のeSports人気などが下支えとなり、アメリカではどんどん上がっていくかと思います。

また今の10代の子供達の世代は、初めてプレイするゲームがクロスプラットフォームでプレイが可能なマインクラフトやFortnite等になり、それが彼らのビデオゲームの標準概念になるのですから、将来にはハードウェアやネットワーク環境の向上AIやリアルタイム・プロシージャル技術の向上と相まって、ゲームのスケールやゲームの中で人と繋がるコミュニティー機能のより一層の拡充がより求められるようになるのではと思います。近い将来、親子揃って野球中継を観るような感覚で、eSports中継を観ている時が来るかもしれません。

あと、Pokémon GO等はとても面白いと思うのは、ゲーム市場拡大にも貢献している上に、ゲーム以外のところで経済効果を波及させているところですね。ある商店街がポケストップを利用して、町おこしの集客が出来たり、行政と組んで復興支援のための観光振興のためにポケモンジムを設置したりと、まさにNianticのCEOであるJohn Hanke氏が言っていた「リアルをハックし、その不完全さを埋めること」に通ずるなとつくづく思います。

――「将来、アメリカのゲーム業界を目指したい」という読者の方に、是非アドバイスをお願いいたします。

瀬尾氏:これは自分自身への戒めも込めてアドバイスすることなのですが、審美的感覚を磨き続けることに苦労を惜しまないで下さい。ソフトウェアを使いこなす知識や技術は自体はガイドブックを読んだり、日々の仕事をこなす中で身に付きますし、そちらの方に時間を取られ易いものです。しかし、スピードと作業知識が豊富でも、アウトプットする絵の構図や配色が残念だったりすると、大変もったいないと思います。なので、どんなに課題や仕事が忙しくても、インプットをする時間をちゃんと割いて、良い作品にたくさん観て触れて、自分のセンスが錆びないように、ぜひ心掛けてみてください。

――今日は、どうもありがとうございました。

(2018年4月上旬、サンフランシスコにてインタビュー)

WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。