txt:鍋潤太郎 構成:編集部
はじめに
我々VFX関係者がSIGGRAPHに参加して、とりあえず外せないのがエレクトロニック・シアターである。ここでは、世界中から応募された数百本の作品の中から、審査員によって選び抜かれた作品だけが特設シアターで一挙上映される。まさに全世界のCG/VFX業界における「過去1年間のハイライト作品」が拝める場でもあるのだ。
エレクトロニック・シアターは、アカデミー賞でお馴染み米国映画芸術科学アカデミーより「アカデミー賞の選考対象となるフィルム・フェスティバルの1つ」として認可されており、1999年以降、このエレクトロニック・シアターで上映された数々の作品が、アカデミー賞の短編アニメーション部門でノミネート、もしくは受賞を果している。
エレクトリック・シアターの入場を待つ、長い列。8月14日(火)夜9時の回は、遅い時間の開催にも関わらず大盛況だった
今年の傾向
では今年の傾向を、筆者独自の視点から解析してみることにしよう。今年のエレクトロニック・シアターでは、昨年と同じ本数の全25本が上映された。入選作品を国別に見てみると、
- アメリカ:9(8)
- フランス:6(6)
- カナダ:4(2)
- イギリス:2(4)
- スウェーデン:1(0)
- スペイン:1(0)
- ポーランド:1(0)
- ニュージーランド:1(3)
※()内は昨年度の本数
今回カナダのバンクーバーでの開催という事が多少配慮されているのか、もしくは単なる偶然か、カナダからの入選作品が昨年の2本から4本へと増えているのが興味深い。残念ながら日本からの入選作品は見られなったが、是非とも来年に期待したいものである。
Computer Animation Festivalのプログラムより
入選作品をジャンル別に比較してみると、今年の傾向が見てとれる。
- 短編アニメーション:11(7)
- 短編アニメーション(学生作品):4(5)
- ハリウッド映画VFXメイキング&ブレイクダウン:4(6)
- ゲーム・シネマティック:3(1)
- リアルタイム:2(2)
- サイエンティフィック・ビジュアライゼーション:1(1)
- CM&キャンペーン映像:0(3)
- 長編アニメーション:0(0)
※()内は昨年度の本数
エレクトロニック・シアターはその性格上、短編アニメーション作品の比率が多いが、今年は昨年より4本増の11本が上映された。学生作品の本数は昨年より1本減の4本であるが、例によってSIGGRAPH常連校からの出展が目立つ。ハリウッド映画のVFXからの入選は昨年より2本減の4本。リアルタイムは昨年と同じ2本であった。また、TVコマーシャル作品が1本も入選していなかったのが興味深い。斬新なアイデアやユニークな演出のCM映像が見れるのを楽しみにしていた筆者には、少々寂しかった(笑)。昨年に引き続き、不思議な事に長編アニメーション作品からの入選は見られなかった。
まずは、YouTube上で公開されている、今年のエレクトロニック・シアターのハイライト作品を編集した予告編から。
■SIGGRAPH 2018 Computer Animation Festival Electronic Theater
それでは、今年のエレクトロニック・シアターの上映作品を、筆者の一言コメントを添え、一挙にご紹介してみることにしよう。
※文中では、上映された映像のリンクを可能な限りご紹介しているが、映像が公開されていない作品については、類似したクリップのリンク、もしくは関連リンクをご紹介している。
■Health and Home
Blizzard Entertainment/アメリカ
圧倒的なクオリティのゲーム・シネマティックで知られる、ブリザードの作品である。どことなくディズニーアニメを意識した演出になっているように感じたのは筆者だけだろうか。
■Twins Islands
Supinfocom Rubika/フランス
予告編
エレクトロニック・シアター常連校、Supinfocom Rubikaの作品。ある夜、双子の兄弟が魚釣りに出掛ける。しかし、邪悪な海の悪魔が彼らを飲み込んでしまう。兄弟を哀れんだ神さまは、彼らの為に「双子の島」を作る事に…というお話。
■Paddington 2
Framestore, StudioCanal/イギリス
映画「パディントン2」から、Framestore のVFXリール。パディントンの毛の表現や、豊かな表情など、完成度が高い。
■Geometry of Artificial Intelligence
Biogenic Design, Dale Nichols Music/カナダ
サイエンティフィック・ビジュアライゼーションのようでもあり、幾何学的な蜘蛛の巣のようでもあり、それでいて動きは繊細かつ複雑で、印象に残る短編作品。そのタイトルも「AIのジオメトリ」。Houdiniアーティストのサージャン・バーラク氏の作品である。
■Book of the Dead
Unity Technologies/スウェーデン
「The Blacksmith」(2015)および「Adam」(2016)を制作したUnityのデモチームが贈る新作「Book of the Dead」から。「Book of the Dead」は、1人称のインタラクティブ・ストーリーで、Unity 2018の機能紹介の為に制作されたデモ映像だという。
■Beyond Good and Evil 2 -Cinematic Trailer
Unit Image/フランス
E3での予告編
昨年のE3にて、”15年ぶりの続編”として発表され話題を呼んだUBISOFTのゲーム「Beyond Good and Evil 2」のシネマティックである。シネマティックにもかなり力が入っており、見応えある映像に仕上がっている。
■Miazmat
Platige Image/ポーランド
ポーランドのVFXスタジオ、PLATIGE IMAGEが贈る短編アニメーション。制作になんと6年を費やしたという。1922年に描かれた絵画「Kompozycja(作曲)」にインスパイアを受けたクラディウス・ビトキェビッチ監督の芸術理論に基づくアニメーション作品だそう。不思議なクリーチャーが沢山登場する作品である。
■Ghost in the Shell
MPC/イギリス
MPCによる、映画「ゴースト・イン・ザ・シェル」(2017)のVFXリール。
■Space Between Stars
Guru Studio/カナダ
予告編
カナダのトロントにスタジオを構えるGuru Studioによる短編「Space Between Stars」。宇宙ステーションの中を探索する、おたまじゃくしのような不思議なクリーチャーのお話である。
■1 Metre/heure
Cube Creative/フランス
フランスの空港で、飛行機の翼の上でカタツムリ達が音楽に合わせてパフォーマンスを始める。途中で鳥に食べられたり、飛行機が離陸して風や冷気で大変な中でもパフォーマンスを続ける。ほのぼの楽しい作品であった。残念ながら動画のリンクが見つけられなかったのだが、Clarisse(クラリス)でお馴染みIsotropixのサイトでメイキング記事があったので、ご紹介。
■Animation General
Ringling College of Arts and Design/アメリカ
エレクトリック・シアター常連校、Ringling College of Arts and Designの学生作品。クラシカルな白黒アニメ風の作風で始まるコメディ作品。緊急治療室に運び込まれたローポリ患者を手当てする2D外科医と3D看護婦のやりとりを、CGジョークを絡めてコミカルに描いた作品である。
■Voyagers
MoPA/フランス
エレクトロニック・シアター常連校、フランスのCGスクールMOPA(Motion Picture in Arles)の学生作品。ジャングルでトラを追っていたハンターの黒人少年が、たまたま現場に居合わせた発射直前のロケットにトラと共に飛び込んでしまい、そのまま宇宙へ。ロケットの中で繰り広げられる、宇宙飛行士とトラ、そしてハンターの黒人少年が繰り広げる一大バトルを描いたコメディ。
■After work
Matte CG/スペイン
予告編
人気アニメの主人公であるウサギのグルンピーは、アニメの中での仕事を終えて帰宅した後は、退屈で単調な生活を送っていた。ある時、彼は自分が追い求めるものを見つけるが…というお話。「お仕事中」のグルンピーは2Dアニメ、仕事を終えた後は3Dで描かれている。
■Avengers:Infinity War
Weta Digital/ニュージーランド
映画「アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」からWeta DigitalのVFXリール。完成度高し。
■Overrun
Supinfocom Rubika/フランス
予告編
今年の最優秀学生賞(Best Student Project)に輝いた作品。エレクトロニック・シアター常連校、Supinfocom Rubikaの学生作品で、美しいライティングが印象的である。
■ADAM:Episode2
Oats Studios/カナダ
「第9地区」のニール・ブロムカンプ監督率いるOats Studiosによって制作された、Unityを使ったリアルタイム・レンダリングで制作された短編作品である。続編であるEspisode3もYouTubeで見る事が出来る。
■Hybirds
MoPA/フランス
予告編
今年の最優秀作品賞(Best In Show)に輝いた作品。SIGGRAPH常連校、フランスのCGスクールMOPA(Motion Picture in Arles)の学生作品。同校の5年制プログラムの最後の年に取り組んだ短編作品だそう。モデリングはZBrushとMaya、テクチャーはSubstance Painter。ライティング及びレンダリングはMayaとArnold。クラウド(群衆)にはGolaem、FXにはHoudini、合成にはNukeが使用されるなど、プロのプロダクション・ワークフローと相違ないスタイルで制作されているという。
■A New Multi-Dimensional View of a Hurricane
NASA/アメリカ
今年唯一の、サイエンティフィック・ビジュアライゼーション作品である。NASAは、大気の相互作用を研究する為に、衛星観測写真を組み合わせて可視化する技術を開発している。その技術を応用して、2016年の秋に発生し、カリブ海沿岸やアメリカ南部沿岸に大きな被害をもたらしたハリケーン・マシューの視覚化を試みた作品。
▶A New Multi-Dimensional View of a Hurricane(動画はこちら)。
■Far Cry 5:Pastor Jerome
Blur Studio/アメリカ
ブラー・スタジオによる、UBISOFTのゲーム「Far Cry 5」のシネマティックである。筆者が鑑賞した、エレクトリック・シアター8月14日(火)夜9時の回では、この作品は冒頭からノイズが入り、映像が真っ黒になり、そのまま…次の作品へ移ってしまった。動画ファイルのトラブルと思われる。後日、YouTubeのクリップのお陰で無事拝見させて頂いた。筆者の知る限り、エレクトリック・シアターにおける映像トラブルは、これが初めてである。
■Solo:A Star Wars Story
Industrial Light and Magic/アメリカ
関連クリップ
ILMによる、映画「ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー」のVFXリール。Production Sessionで行われたプレゼンテーション内容に近い構成であった。こちらも見応えあり。
■Death Van
Independent/カナダ
“スペース・ロック・アドベンチャー”なアニメーション作品。架空の宇宙のロックデュオDEATH VANが、ミニチュア空間でのツアーを敢行。演奏しているうちに、いろいろあって、さぁ大変(笑)というお話である。
■One Small Step
TAIKO Studios/アメリカ
予告編
今年のエレクトリック・シアターで、筆者イチオシの作品である。宇宙飛行士を夢見る少女の成長を描いたお話で、ストーリーテリングに長けた、感動的な作品であった。TAIKO Studiosはロサンゼルスと中国の武漢市に拠点を持つ、中国系のアニメータションスタジオらしい。
■Weeds
Kevin Hudson Productions/アメリカ
自分の生息エリアにスプリンクラーの水が届かず、水を求めて奮闘するタンポポを描いたコメディ。制作者のKevin Hudsonはディズニー・アニメーション・スタジオのモデリング&アセット・アーティストで、参加しているアーティスト達も、同スタジオのアーティスト達が名を連ねている。
■Bilby
DreamWorks Animation/アメリカ
今年の審査員賞(Jury’s Choice)に輝いた作品。ドリームワークスが贈る、ほのぼのコメディである。ウサギのペリーと、白くてまんまるな鳥カイリーのやりとりを描いた、癒し系ほのぼのアニメ。ドリームワークスの長編アニメ「ボス・ベイビー」が海外配給された際、「日本限定で同時上映が行われた」という事なので、日本でご覧になられた方も多いかもしれない。
もともと、ドリームワークス・アニメーションが2018年2月公開を目標に進めていた長編アニメ「Larrikins」が残念な事に制作中止となり、そのキャラクター達が、この短編作品に引き継がれる事になったのだそう。でも、この長編も、ぜひ見てみたかったなー。
■Bao
Pixar Animation Studios/アメリカ
ご存知、「インクレディブル・ファミリー」の本編前に上映された短編映画。子育てが終わった空虚感に包まれる。中国系カナダ人のお母さんと息子を、中華料理を絡めて綴ったほのぼのストーリーである。この作品を観た後に小籠包や餃子を食べると、より美味しく頂けるので、ぜひお試しあれ(筆者は実践済)。
…あぁ疲れた(笑)。
以上が、今年上映された全25作品のご紹介である。当レポートで、エレクトロニック・シアターの楽しさや雰囲気を少しでも感じ取って頂ければ幸いである。
ちなみに、シーグラフ東京では、10月に開催予定のセミナーで、「SIGGRAPH Traveling CAF上映会」を予定しているという。10月になったら、ぜひオフィシャルサイトをチェック!エレクトロニック・シアターをご覧になりたい方は、是非ともシーグラフ東京のセミナーに足を運んで頂ければと思う。
おまけ:ディズニーの初VR短編「Cycles」がワールドプレミアで公開
「Cycles」を鑑賞中の参加者。VRヘッドセットは3個用意されており、列が早く裁けるよう工夫がされていた
おまけである。
エレクトリック・シアターから話題か逸れるが、最後にちょこっとだけご紹介しておこう。SIGGRAPH2018では、VRの出展が話題の1つだったが、その中でも、注目作品がこちらである。
ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオが贈る初VR短編作品「Cycles」。このSIGGRAPH2018が世界初公開のワールド・プレミアとなり、会場内のImmersive Pavilionにあるブースでは、連日30分待ちの長い列が出来ていた。
「Cycles」の順番を待つ列。30分待ちの人気であった
この作品は、監督を務めたジェフ・ジプソン氏が、ジプソン氏の祖父母が歩んだ人生からインスパイアされた、ほぼ実話に基づくストーリーを、VRという形で表現した作品である。上映時間は6分。
筆者は今年前半、勤務先のVFXスタジオで、この作品のプレゼンテーションを見る機会に恵まれたが、その時は企画や制作過程を紹介するプレゼンテーションだった為、実際にVRで鑑賞したのは今回が初めてであった。ストーリーテリングに長けた、ハートフルな作品であった。
みなさんも、日本で鑑賞する機会があれば、是非ご覧頂ければと思う1本である。