txt:鈴木佑介 構成:編集部
2018年秋のBlackmagic Pocket Cinema Camera 4K(以下:BMPCC 4K/ポケシネ4K)の発売から約4ヶ月が経とうとしている。
ご存知の通り、DCI 4K 60p/12bitのRAW動画が撮れる約15万円のシネマカメラという事もあり世界中でかなりの数が売れているらしい。日本でも未だに品薄状態が続いている。発売から昨年末にかけて着実に全国の皆様の手元に届いているようで、「入手した!」と喜びの声がSNS上などで耳にする事が増えてきたと共に動画制作人口が予想以上に増えてきた事を実感する。
様々なメディアを介してのレビュー記事やレビュー動画もひと段落、「話題のポケシネ4K」を手にした「ビデオグラファー」達からその後に聞こえてくるのは歓喜かため息か、得たのは希望なのか絶望なのか。
以前の記事でお伝えしたように運良く初期ロットを手にした筆者がBMPCC 4Kと共に歩んだこの数ヶ月の感想と2019年を過ごすにあたっての所見をお伝えしたいと思う(いつもより 私見たっぷりなのはご了承いただきたい)。
1.「映像表現」のためのBMPCC 4K
現在、2台目のBMPCC 4Kを導入し、様々な現場で活用している
映像業界の中で段々と浸透し、共通言語化されてきた「テイク」する映像と「メイク」する映像。という言葉。
以前から言っている事だが、映像制作は「テイク」と「メイク」の大きく2種類だと筆者は考えている。「テイク」は結婚式やイベントなど、流れを止められない状況を素敵にかっこよく「撮り切る」撮影(従来からある記録映像なども大枠こちらの類だが、それとは趣が異なる)。一方「メイク」はCFや映画などゼロベースから己のイメージを具現化して「作り出す」撮影だ。
ここ数年、「誰かが喋って、そこに関連するイメージカットがインサートされる」ようなドキュメンタリー調の映像、いわば「テイク」と「メイク」の中間が潮流となっている。筆者はライティングもできずに一発勝負の撮り直しが効かない「テイク」の撮影はSonyのα7S IIやα7 IIIなど、暗所での撮影ができたり、オートフォーカスが速く効くような小型のDSLRカメラを選んでいる。
仕事の内容に応じて「使いやすい形」にアレンジするのが吉
それに対してコマーシャルワークやショートフィルムなど、イメージをゼロベースで自ら創りあげる「メイク」する撮影はFS7などのシネマカメラを使用している。大型で重量があろうが、得られるフッテージの質が高いものを選ぶ。何故ならば自らで「イメージ」を作り出す作業を行うということは、クライアントワークであれば依頼主からの編集要望に対してきちんと応えられるフッテージを収録しなければならないからである。
筆者はBMPCC 4Kを「メイク」するカメラと位置付けており、入手直後から「メイク」する仕事や、「テイクとメイクの中間」のような合計7本のプロジェクトの現場に投入した(実際BMPCC 4Kを手にしてみると案外「テイク」でも使えそうな感じはするのだが、色々問題が出てくるので控えている)。
ドラマ系の撮影ではフォーカス送りが重要となるためワイヤレスフォローフォーカスなども活用
BMPCC 4Kの使用感覚としてはCanon 5D Mark IIや7Dで映像制作をしていた頃に似ているだろうか。動画撮影にとって不便なカメラを自分たちの相違工夫で使いやすくしていき、撮影したフッテージに歓喜する。2008~2010年 一眼動画の黎明期のあの頃を思い出す。少しアナログに戻るというか、便利なテクノロジー頼りでなく、「きちんと画を撮っていく」という作業に心地よささえ感じる。
一つ違うのは大判センサーに慣れ親しんだ今、BMPCC 4Kは5Dのようにいい意味で「勘違いできるカメラ」ではないという事だろう。つまり「作りたいイメージが無い者には何も与えてくれない」そういうカメラだ。その代わり、作りたいイメージが明確にある者には「これでもか」というくらいに可能性を与えてくれる。
筆者は2018年買ってよかったモノは?と聞かれれば、即座にBMPCC 4Kと答えるが、その後に「決して万人を幸せにするものではないけどね」と一言添える。セミナ-などでも言っていることだが、BMPCC 4Kは「4K60pが撮れる 15万円のお買い得カメラ」ではなくて「たった15万円でグレーディングをする上で素晴らしいフッテージが入るカメラ」なのだ。定義するならば、BMPCC 4Kは、表現欲を満たしてくれる最安値の「シネマカメラ」である。
手ブレ補正はレンズ依存、NDフィルターは内蔵されていない、収録容量が大きいバッテリーは持たない、などとネット上でネガティブな意見ばかりが上がってくるのが心底残念だ。後述するが、15万円でこれだけの画を我々に与えてくれるカメラは他に無いと思っている。
室内の現場ではVバッテリーから給電できる仕様にしている。現場に合わせてアレンジしていく事が重要だ
そしてこのカメラの恩恵を得るには、それなりの知識と経験が必要だ。美術を鑑賞するためには、ある程度の教養が必要なように、誰でも簡単に「動画」が作れるようになった今、映像制作、つまり「表現」をする、という行為に対して、今まで以上に勉強はもちろん、ロジックとある意味での所作が求められるのだ。
2.ポケシネ4Kを「楽しむ」には「グレーディング」ありき
DaVinci Resolveで「できる事」を把握して「やりたい事」にトライする。やはり映像は「ゴールから遡って考える」ものだと実感。それを知るためにグレーディングを学ぶ事は重要だ
BMPCC 4Kを手に入れて幸せを感じる事ができる人は「映像表現」という行為をきちんと「楽しむ」事ができる人だ。BMPCC 4Kをまずは「カラーグレーディング」ありき。DaVinci Resolveを学んで使い続けて約1年半、8bitや10bitのLog素材でできなかった事が容易にできるのがBMPCC 4Kの12bit フルRGBのRAWフッテージだ。グレーディングを経験していない人にBMPCC 4KのRAWフッテージを触ったところで13stopのダイナミックレンジの階調の広さに驚くくらいで何の感動も無いと思う。逆にBMPCC 4KのRAW素材からカラーグレーディングと映像制作を学んでいった人は8bitや10bitのLog素材に触れた時にどう思うか、逆に興味がある。
過去の記事でも書いたがカラーコレクションは「色補正(ノーマライズ)」、グレーディングは「演色」である。自分の作りたいビジュアルイメージを「ルック」として創り上げるのがカラーグレーディングだ。
筆者はBMPCC 4Kを入手してからの数ヶ月、仕事の合間で自主制作のミュージックビデオを制作していた。己に課した条件としては基本オープンセット、自然光メインでの撮影を行い「カラーグレーディングで四季と時間経過を表現した上ストーリーテリングすること」をテーマとした。
10月に一度ティザーとして作った映像の本編がつい先日完成したので、まずは完成品をご覧頂きたい。鈴木佑介2019年の自信作だ。
Foglamp “Don’t Get Me Wrong” MV
“Don’t Get Me Wrong” 収録アルバム
Foglamp「Rising Into Blue」Apple Musicなどでも聴けるので是非
▶Foglamp
どうであろうか?まずはビジュアルから「四季」と「時間経過」を感じてもらえたら幸いだ。具体的な絡みは無いが、男女の関係性とストーリーを空想しながらご覧頂けたのでないかと思う。「色」というのは見ている人の感情に訴え、魂を揺さぶる。ストーリーにさらなる深みを与えてくれるものだ。演出をする、つまり「メイク」をする上でとても重要な役割を占める。
前述の通り、今回は四季をルックで表現する事に注力した。劇中の春夏秋冬は2018年の12月に1日半で撮影したもので、グレーディングで表現をしてみた。LUTの類は使わず、ひとつひとつノードを作っていって己の欲しいルックを作る事にトライした。撮影自体は4K24pをベースにときおり4K60fps、HD120fpsのHFR撮影を混ぜた。フォーマットはCinema DNG3:1。何故かロスレスに拘る人が多いが3:1でまったく問題無いのが実感だ。実際触って頂きたいので、年賀代わりに数秒づつだが4つの素材をDLできるようにしたので、ぜひ「みなさんの思う四季に」グレーディングしてみてほしい(素材はDaVinci Resolveでしか開けません)。
プレゼント用RAW素材(1つ400MBくらい)
▶Spring
▶Summer
▶Autumn
▶Winter※DaVinci Resolveでしか開けません
また、季節だけでなく、昼から夕景、Day for Nightなど時間の演出も行なった。ここまで細かい演色が出来るのもフッテージが持つ情報量の豊富さが重要になってくる。特に色の分離性は素晴らしく、10bit Log素材でも悪戦苦闘するようなところがすんなりイメージを作る事ができる。
RAWは容量面からハードルを高く感じている人が多いかと思うが、Cinema DNG3:1でもProRes422と同じような容量であり、下手なビデオコーデックよりもサクサク動く。.BRAWの搭載が待ち遠しい。
↓
このMVの見所でもある昼の景色から夕景への変化が楽曲との相乗効果で盛り上がりを見せる。「こういう画を作りたい」という希望にBMPCC 4Kはまっすぐに応えてくれた
元素材。広いダイナミックレンジとグレーディングをするのに十分なビット深度、カラーサンプリングレートを持つ。BMPCC 4Kだからこそ撮れた素材である
従来の編集ソフトの「カラコレ」では表現できない事がDaVinci Resolveでは沢山できる。プロのカラリストではない私が、偉そうな事は語れないが、ゼロからDaVinci Resolveを真面目に取り組んで約2年のひとつの結果をカタチに出来たと思う。
今回制作した映像は完全なる自主制作作品だ。作ってみての感想だが、とにかく楽しかった。それしかない。「Foglamp」というバンドの美しい楽曲に出会い、その曲で映像を作りたいと思い、頭に描いた登場人物を探していたら、イメージにピッタリ合う「遥野」さんという役者と出会い欲しい画を描くにはRAW動画が必要だと感じたため、BMPCC 4Kの発売を待って実現した、という背景がある。
撮影は少数でシンプルに自然光をベースに行なった
完全な持ち出し企画のため、大人数での撮影でもなければ、特段お金をかけたわけでもない。DaVinci Resolveで出来る事を知った上で、欲しい画があっても今までできなかった事にトライしたら、できた。その理由はDaVinci Resolveを学んだ先のBMPCC 4Kだったからだと思っている。
もしこれからBMPCC 4Kを購入する、予約している、人がいるのであれば、カメラが到着する前に1分でも多くDaVinci Resolveのカラーページを学ぶべきだ。積み重ねた努力は嘘をつかない。
気温3℃の中 夏のシーンを頑張ってくれた遥野さん
「映像制作はゴールから遡って考える」のが基本だ。性能がいいから●●のカメラを使う、のではなく、ゴールの「自分が欲しいルック」から遡って、どういう素材が欲しい、だからこそ、どの機材、レンズを選ぶ、というようにマインドをシフトさせるチャンスである。BMPCC 4Kを使うには何にも考えずにキレイに「写っちゃう」カメラではないからこそ、キレイを「創る」美意識が必須となるのだ。
フルフレームミラーレス戦国時代の中できちんと「映像を創る」という事をBMPCC 4Kは再認識させてくれる。映像は「手軽に始められるようになったが、『簡単』では無い」事を改めて感じた次第だ。だからこそ面白い。ゼロから学ぶには最高のカメラだと思う。映像制作業を志す学生達は絶対に手にして使い倒して欲しいと感じている。
何より15万円でこれだけのことができるカメラと編集ソフトが誰でも手に入れることができる現代において筆者を含め「上の世代」は若い世代に対して、自分が培った知識をひけらかすだけではなく、説得力のある見本を提示した上で、育て、それ以上に自分たちも努力、勉強しなければならない(大変だ)。
本作で筆者が一番気に入っている画。この逆光下で被写体へのフィルライトはバッテリー式のLEDスポットを顔に直当てしたのみ。BMPCC 4KとDaVinci Resolveで無ければ簡単には作れないルックだ
3.グレーディングを「楽しむ」なら「Mini Panel」が必須
昨年春に追加導入したMini Panel。触らない日はほぼ無い
勉強する、ということは基本大変なことだ。特に仕事をしながらでは尚更である。いざカラーグレーディングを勉強しようと思ってみて、教本を買っても買っただけで開かなかったりチュートリアルを見ようと思っても捗らなかったりする。勉強をするときに大事なことは「楽しむ」こと。楽しめる人は努力する人を凌駕する。
ノードツリーの一例。左2つのノードはMicro Panelで操作できるが、それ以降の操作はMini Panelでないとできない(全てマウスとキーボード依存になる)
※画像をクリックすると拡大します
DaVinci Resolveのカラーページに本気で取り組むなら「Mini Panel」の導入をオススメする。「あれ?鈴木はMicro Panelを使ってなかったけ?」と思ってくれた方がいたら正解。Micro Panelの限界を感じ、昨年春にMini Panelを追加導入した。
結論だが、DaVinci Resolveを触り続けていればMini Panelに絶対行き着く。Micro Panelで十分、という声も聞こえてくる事があるが、嘘だ。もちろん、DaVinci Resolveを触ったばかりの頃かMicro Panelでもさほど問題は無いし、それなりに楽しい。筆者もMicro Panelきっかけにグレーディングの楽しさを学んだことは確かだ。
しかし、DaVinci Rsolveの最大の魅力は「セカンダリグレーディング」。画をノーマライズした後に「どう演色するか」作業としてはセカンダリの方がはるかに多い(図参照)。
DaVinci Resolveを学んだら、遅かれ早かれセカンダリの世界に足を踏み入れる事になる。「セカンダリグレーディング」をする人だったらMini Panel無いなんてあり得ないであろう。Micro Panelでのキーボードとマウスへの依存度が70%だとしたらMini Panelでの依存度は30%程度だ。
プライマリカーブ、RGBミキサー、クオリファイヤの調整はもちろん、トラッカー、キーフレーム、デノイズ、各種ノードの追加、ウィンドゥの調整、など、セカンダリで必須となる機能がボタンやダイヤルで直感的に操作が可能になるのだ。特にRGBミキサーはマウスでの微調整は究極に難しいのでMini Panelが必須だ。
ノードが増えれば増えるほどMini Panelの操作が必須になってくる
特にRGBミキサーはMini Panelでないと上手に操作できない
もちろん、プライマリ、セカンダリ含め、ショートカットを含めたキーボード操作とマウスでも作業は可能だが、Mini Panelを使う事で笑ってしまうくらいに作業の速度と手の疲れが緩和され、なにより「演色の楽しさ」が変わる。価格が35万円くらいなので二の足を踏む方が多いとは思うが(筆者もそうだった)、今からパネルを購入される方は絶対にMini Panelの購入を勧める。分割払いでも良いから買った方がいい。
「楽しさ」の先にこそ「成長」がある。やるなら本気で、だ。
4.スペック比較でなく「表現力」を磨き、語らう未来へ
撮影機材やセッティングは案件次第。ゴールに近いものを使う
フルサイズミラーレス戦国時代となった今、「どのカメラを買えばいいのか?」と聞かれる事がある。正直な話、どんなカメラだって良いと思う。どのメーカーのカメラも基本良いモノだと思うのだ。スペックを並べて御託をならべる前に「己がやりたい事」をきちんと持ち、それに合いそうなカメラを選べば良いだけの事である。それがわからなければ、そのカメラに「ときめく」かどうかで選べばいい。
昨年1年は連載コラムのほとんどがBMPCC 4K絡みだった影響もあり「鈴木さんソニーやめちゃったんですか?」と聞かれる事があるがとんでもない。2018年一番仕事で触って活躍してくれたのはFS7とα7 IIIとα7S IIだ。何なら未だに首を長くしてα7S IIIを待っているくらいだ。
あくまでカメラは道具であり、道具は適材適所に使い手が選ぶだけのこと。全てを1台で済まそうとせずに、きちんと案件ごとに「使い分ける」のが良い。BMPCC 4Kについても同じで前述通り「映像表現や映像美」を求める人や「少しでも映像をリッチにしたい」人には超絶におススメするが、簡単に「動画」を撮りたい人や失敗できない現場での撮影や利便性を求めるなら素直にαやGH5などを購入した方が良い。
BMPCC 4Kはその値段とスペックやメディアでの盛り上がりもあり、飛びついた人が多かったと思うが、なんだかんだ「きちんと使おう」とすれば簡単に50~100万円のコストがかかるものだ。グレーディングパネルなども考えたらそれ以上のコストになる。
昔から映像制作を始めようとすれば最低100万円はかかる。これは諦める、というより受け入れるべきだ。ケチったところで、同じようなものを何度も買い換えればそれ以上のコストになる。別に「話題のポケシネ4K」を使おうが、RAW動画を取り入れたからといってなにも勉強していなかった人の撮影スキルや編集スキルが突然上がるわけでもなく、画質が向上するわけでもない、ましてや仕事が増えたり報酬が増える事もまずない。
どんなカメラだって良いカメラである。「どう使うか、何に使うか」はもちろん、基本は「自分が好きか」で選んでいいのだ
特に仕事をする上では、依頼主にとってほしいものは「最新の機材」や「映像美」ではなく「プロモーションとしての効果(利益)」が欲しいわけだ。それを促進するための「映像美」である。そこに訴求できるものが映像制作の仕事として成立するだけだ。だからこそ機材選びは「何をするか」で選んでほしい。従来のテキストメディアが「動画」として変化、確立され、誰でも動画が作れるようになって、面白いことが起きた。
「動画を作る」と「映像を創る」事の区別化がじんわりと始まったのだ。「イチガンで動画撮影して編集」だったものがAfter EffectsやMotionなどでのテキストアニメーション、CG、コンポジット制作が増えたのもそうした背景からであろう。その中で一概に何が良い、と言い切る事はできないがこんな時代だからこそ、「映像制作」に携わる我々は、新製品の発表のたびにカメラのスペック比較や云々で語り合うのではなく表現力を磨き、高め、シェアしていくように変化していきたい。
そのきっかけがBMPCC 4Kである。「どうやってこのルックを作ったのか?」「なぜこのルックなのか?」「なぜこう画を繋いだ?」などそういう所で語り合い、お互いを高めるような映像文化に変えていきたいとこの数年感じている。変化できるかどうかはBMPCC 4Kを手にした皆さん次第だ。
「動画」というものが「ビジュアルストーリーテリング」ではなく「ビジュアルストーリーテリングすること」が「映像」だと思っているからこそ筆者はしっかりと「映像を創る」事を本質的に続けていきたいと思う。それが「未来に備えること」だと感じている。さぁ「メイク」の時代の幕が上がり、少しづつ「淘汰」がはじまる。本年もよろしくお願いします。