txt:ふるいちやすし 構成:編集部
NPO法人独立映画鍋とは?
日本映画監督協会の先輩と日本映画の将来について語り合った事があり、その時にNPO法人独立映画鍋という団体の事を聞き、ずっと興味を持っていた。
監督協会が主に商業映画の監督を中心に作られているのに対し、映画鍋はインディーズ映画の製作者、監督のみならず、単館系映画館や視聴者までもが参加し、映画文化の在り様について話し合い、シーンの盛り上げに力を注いでいるというのだ。
この連載でも重ね重ね言っているように、文化は制作者、演者、機材、視聴者、そして映画館を含めたメディアが一体となって同時に変わっていかなければならない。その意味では映画鍋は理想に近い団体ではないかと感じられた。
いずれにしても前回紹介したシネマプランナーズなど、色んな人達が色んな角度から日本の映画文化に対して、何らかの働きかけを行なっているという事は、とても心強く感じる(因みにシネマプランナーズの寺井氏も独立映画鍋のメンバーである)。
写真提供:NPO法人独立映画鍋
先日、たまたま独立映画鍋の7年目突入を記念して、これまでの活動を振り返るセミナーが行われたので、参加させてもらった。会場は100名を超える人で満席、熱気に包まれ、見たところ映画監督、製作者、クラウドファンディング、映画館、そして映画ファンと、一言で言うなら日本映画を愛する人々が一堂に会しているといった雰囲気。そこで設立からこれまでの活動報告、更には将来へ向けた展望といったプレゼンテーションが行われて、主要メンバーの紹介、質疑応答と続いた。
活動の詳細は正確を期すためにもホームページを見て頂きたいが、最近目立つのはクラウドファンディング活動の支援だ。これは私も経験があることだが、せっかくクラウドファンディングを立ち上げても、それをより多くの人々に知ってもらうことが肝要で、また、簡単な事ではない。それを映画を愛する人が集まるこの団体のサイトで告知してもらえるだけでも大きな力になるものだ。
質疑応答ではさすがに色々な立場からの発言があり、とても興味深かった。私も含めてどうしても自分の視点を中心に物事を考えてしまうものだが、違った立場のメンバーから映画に対するそれぞれの言葉が聞ける機会はそう多くはない。その意見の違いに反論や攻撃するのではなく、意見として受け止める独特の穏やかさがこの団体の特徴とも言えるのではないだろうか。
そんな中で、とある映画館の関係者は自分の映画館やビジネスモデルに見合う映画の在り方について語っていたが、どこか上から目線に感じ、文化的な話には聞こえなかった。まぁ、これも仕方のない事だろう。店舗を構える映画館というものは、勿論収益があっての物だし、維持するだけでも大変なのだろうから。その立場も理解した上で、全ての人が歩み寄ったところで、文化を盛り上げたいものだ。作家としては、品質向上とエンターテインメント性といったところだろうか。とにかく人が観たいと思わなければ始まらないだろう。そんな事を感じられただけでも、このセミナーに参加した価値は大いにあった。
写真提供:NPO法人独立映画鍋
会場ではその場で入会手続きができ、会費を払えばどんな立場の人でも入れるようだった。勿論私も入会して、そのまま後日行われた会議にも初めて参加させてもらった。こちらは15人程度のおそらく中心的メンバーが集まり、より実質的な議題について話し合われていたが、やはり色んな立場の方が集まっている。
そんな中、私が個人的に興味を持ったのは中高生に対する映画教育を依頼されているという話だ。以前よりこのコラムでもその必要性と有意性は書いていたが、なかなか個人では難しい事で、こういう法人格を持ったちゃんとした団体であればこそ実現する可能性があると思う。機会があれば是非積極的に手を挙げたいと考えている。
それとは別に、今、映画鍋が取り組んでいるのがミッションステートメントの作成で、この日も多くの時間を裂き、熱い討論が展開された。つまりこの団体が何のために在り、何を目指しているかという事を、端的に表した文章を作っているのだが、“え?7年目で、今なの?”と、正直思ってしまった。
ただその話し合いに参加している内に、これだけ様々な立場の人がいるのだから、なかなかまとまらないのは当然のように思えてくる。しかしそれこそが映画鍋の魅力で、これを乗り越えれば、何れかの視点からの一方的ではない、素晴らしいステートメントが生まれるのではないかと期待が膨らんでいる。中でも、そもそも“独立映画”とはどんな映画の事なのかという事をハッキリさせようと、参加者みんなが頭を捻っている。確かにこれはこれから入ってくる人にとっても大切な事だ。こちらも近々ハッキリ示されることだろう。
プチ・シネを再考する
そこでふと思ったのだが、このコラムの表題である“プチ・シネ”って何の事だ?っていうのもハッキリさせておかないといけないな。これは作り方の事であって、デジタル化以来、機材の発達によって、従来では考えられないような小編成なチームによって作られる映画の事を言っている。それは商業映画であってもアートフィルムであっても、プロであってもアマであっても、短編でも長編でも構わない。既存の分担制の垣根を取り払った新しいプロダクションシステムで、その分、あらゆる意味で自由度の高い、血の通った上質な作品が出来る可能性があると信じて、私が勝手に作った言葉だ。つまりプチ(小さな)システムで作られる映画ということになる。
ただし、ここでは映画としての映像表現は強く求めるため、“お手軽”という意味では決して無い。一般的なバラエティーやYouTuber作品は含まない事にしている。便利になった分、より濃密な映画作りをしたいという願いだ。
その長編プチ・シネの「千年の糸姫」だが、完成して2年以上が経つにも関わらず、今も幾つかの映画祭から招待を受けている。勿論、もう応募という行為はやめているが、各国の映画祭プログラマーが気に入ってくれているようで、参加、上映を求めてくれる。
贅沢な話、その全てに応える事は出来ていないのだが、その内の一つ、5月にスペイン・ヴァレンシアで行われる南ヨーロッパ国際映画祭へ参加してこようと思っている。これまでに最優秀作品賞、監督賞、新人女優賞、アートフィルム賞と主だった賞は戴いているし、一応、劇場公開、世界配信、DVD化も果たしている。もう充分なのだが、こうしてこの作品を愛してくれる人がいるという事が嬉しく、その人達との繋がりを強くしておきたいという目的で行ってくるつもりだ。これもまた、映画の力であり、後に報告したいと思う。