@C.ALMINANA
txt:長谷川朋子 構成:編集部

話題作、時代劇「帰郷」の戦略とは?

© S. CHAMPEAUX – Image & Co

国内外で話題化を実現している藤沢周平原作の時代劇「帰郷」。同作は8Kで制作された時代劇専門チャンネルのオリジナル時代劇の最新作である。フランス・カンヌの国際テレビコンテンツ見本市「MIPCOM2019でワールドプレミア」上映作品に選ばれた実績を持ち、さらに「第32回 東京国際映画祭」では主演の仲代達矢に特別功労賞が贈られた。テレビ初放送を前に1月17日(金)より劇場で期間限定上映も予定し、次々に打つ手を繰り出している。注目すべき動きとして、時代劇「帰郷」の展開の狙いを考察する。

アジアで唯一選ばれたワールドプレミア上映作品

日本映画放送提供

時代劇専門チャンネルのオリジナル時代劇第20弾として作られた時代劇「帰郷」の話題化はカンヌを皮切りに始まった。ドラマ「グレイズ・アナトミー」のパトリック・デンプシー主演の最新作「Devils」らと並んで、昨年秋に開催された世界最大級の国際テレビコンテンツ見本市「MIPCOM(読み方・ミプコム)」(開催期間:2019年10月14日~17日)のワールドプレミア上映作品にアジアで唯一選ばれる機会を得たのがきっかけとなった。藤沢周平の原作を単発の時代劇としてドラマ化した同作は「自然と人々の共存」や「人間の死生観」がテーマ。国や文化を越えて共感されやすい普遍的なストーリーが評価に繋がった。

@C.ALMINANA

MIPCOMワールドプレミア上映は公式プログラムの中で最も力を入れてプロモーションが行われるものである。現地で取材中、実際に上映会やレッドカーペットをはじめ、会場のポスターや配布されるプログラムガイドなど、事あるごとに「帰郷」の名を目にした。同作の監督で時代劇専門チャンネルを運営する日本映画放送社長の杉田成道氏と、役者陣を代表して常盤貴子、佐藤二朗も現地に足を運び、精力的にプロモーション活動も行っていた。

世界110か国の番組コンテンツバイヤーやセラー、プロデューサーらが集まるMIPCOMで日本のコンテンツが注目されることはこれまでもあったが、ジャンルとしてはバラエティや現代ドラマに集中していた。日本の時代劇がこうしたかたちでフォーカスされることは初めてのこともあって、会場の反応は予想しにくいものがあったが、ワールドプレミアを視聴し、コメントが得られた参加者からは少なくとも好意的な意見が聞かれた。

スペインのドラマプロデューサーは「ラストで繰り広げられた二人(仲代達矢と中村敦夫)の決闘シーンは見ごたえがあった。全体的に詩的な表現も印象的だった。世界の視聴者にも共感を得ることができるストーリーではないか」と高評価。またフランスのバイヤーは「日本のドラマはこれまで購入したことがないが、興味を持った。トルコのドラマが世界中でヒットしたように、どの国も今はチャンスがある」と話し、海外市場で開拓の余地があることを感じた。

史上初の「8K」時代劇も売りに8Kスクリーニングを実施

日本映画放送提供

カンヌでは史上初の8K時代劇であることも売りになった。ワールドプレミア上映に加えて、MIPCOM会場に設営されたNHKの8Kシアターでも作品を披露する場が作られ、8Kコンテンツのひとつとしても紹介された。

MIPCOM公式トレンドセッションに登壇した杉田監督は8K製作の狙いを聞かれた時、「電気がなく、ろうそくの光だけが照明元だった時代をリアルに表現したかった。これまでは難しかったが、8Kカメラの撮影によって、それが初めて実現できた。ろうそくの光はとても柔らかく、その光に人が集まる。そして、ろうそくの光は人間の温かさも伝える。8K撮影によって、人の揺れる気持ちもより深く表現できたと思う」と答えていた。

また8Kの場合は60コマ/秒撮影が可能になるが、敢えて24コマ/秒で撮影したことも明かし、その理由については「60コマ/秒撮影では色が鮮やかに映り過ぎて、奥行きが平坦に見えると感じ、カメラテストを重ねた結果、通常の映画撮影と同じ条件の24コマ/秒にした」と説明した。

こうした「日本の時代劇」「8K」といったキーワードから展開を探る場をカンヌで作り、その後も話題化を進めていった。昨年11月に東京で開催された第32回 東京国際映画祭では特別上映作品に選ばれ、主演の仲代達矢が特別功労賞を受賞したことでさらにニュース性を高めた。

1月17日(金)からは全国19館の劇場で期間限定上映も始まる。そして、2月8日(土)の夜9時から時代劇専門チャンネルでテレビ初放送される運びだ。これまでの話題喚起はこのテレビ初放送に向けたプロモーションとして、効果を狙うことが目的であると単純に捉えることもできるが、理由がそれだけでは勿体ない。チャンネル視聴世帯数805万世帯(2018年11月末日時点)と、日本の有料放送の専門チャンネルの中でトップランナーを走り、50代男女を中心に既に支持も得ているが、海外も視野に入れた時代劇ファンの広がりに挑戦し始めた取り組みとして考えることもできる。

時代劇は世界のコンテンツ市場のトレンド

リードミデム提供

その理由のひとつに世界のドラマ市場では「時代劇」が今、トレンドであることが大きい。欧米、中東、アジアなど幅広い地域で時代劇の新作が作られ、それぞれの国で作られた時代劇が世界中に輸出もされている。

MIPCOMで報告されたヨーロッパ全域で展開している有料チャンネル担当者の話によると、アメリカやイギリスのドラマだけでなく、英語以外の言語を扱ったドラマは全体の半数を占めるという。ドイツやスペイン、フランス、イタリア、スウェーデンで作られた時代劇ドラマも人気があり、視聴者ニーズの多様化が進んでいることが説明された。その傾向はアジアの時代劇にまでまだ広がっていない様子だったが、多言語コンテンツを揃えるNetflixの影響が後押し、可能性の広がりは今後、十分にある。

フランスのコンテンツを主に扱う大手ディストリビューターは「フランスの制作会社はかつて国内向けだけを考えて制作していたが、配信事業者が参入したことで、新たな競争が起こった。これを背景に海外にも視野を入れて企画するプロデューサーが増え、ヨーロッパ内のドイツやイタリアなどと組んで、制作資金を集めて世界に打って出るドラマを作り始めている」と発言したことからもそれを裏付けることができる。

トレンドに乗る上で今は有利に動くタイミングであり、時代劇はそもそも市場を広げやすいジャンルである。杉田監督は先のセッションで「時代劇は優れたフォーマットだと思っている。人間同士の深い愛をしっかり表現できるからだ。今の現代ドラマはリアリティを追い求め過ぎ、屈折したかたちで伝えているものが多い。人間の本質を表現できる時代劇は、世界にも訴えることができるものだ」と話し、日本に限らず、海外の時代劇ドラマの人気の理由にも当てはまる指摘だった。一連の「帰郷」の動きが今後、日本の時代劇の具体的な広がりに繋がっていくことにも期待したい。

WRITER PROFILE

長谷川朋子

長谷川朋子

テレビ業界ジャーナリスト、コラムニスト コンテンツビジネスの仕組みについて独自の視点で解説した執筆記事多数。