txt:鍋 潤太郎 構成:編集部

はじめに

今月は別の内容を予定していたのだが、昨今の新型コロナウイルスの影響を鑑み、予定を変更し筆者独自の視点から、北米やハリウッドにおける新型コロナウイルスの影響について、レポートしてみる事にしよう。

コンベンションの相次ぐ中止

読者の皆様も既にご存知のように、新型コロナウイルスの感染症を考慮し、この春にアメリカで開催予定だった映像系コンベンションは軒並み中止、もしくは延期となった。

  • 3月13日からテキサス州オースティンで開催予定だったSXSW2020(サウス・バイ・サウス・ウエスト)は、開催間際の3月6日(金)に、オースティン市の判断により中止が決定
  • 3月16日からサンフランシスコで開催予定だったGDC2020は2月28日、「夏以降に延期」という発表が行われた
  • 4月18日からラスベガスで開催予定だったNAB2020も、3月11日に中止が決定
  • 6月9日からLAで開催が予定されていたE3も、3月11日に中止がアナウンスされた

1月7日にラスベガスで開催されたCES2020は、今春かろうじて開催された大規模なコンベンションとなった。

また、5月12日からフランスで開催予定のカンヌ映画祭も、3月19日に「6月末か7月頃の開催を視野に延期」というアナウンスが行われた。

アメリカの市民生活への影響

英語圏では、コロナバイルス(Coronavirus)と表記される、新型コロナウイルス。これによって、アメリカの市民生活に本格的な影響が出始めたのは、日本よりも2~3週間程遅く、3月中旬からである。

アメリカでの各メディアの報道では、サンフランシスコ沖で「グランド・プリンセス(Grand Princess)」の船内感染のニュースが報じられ始めた2月後半~3月頭頃、徐々に報道姿勢も「他の国の出来事」ではなくなり、自国での脅威として報じるメディアが増えてきたように思う。

トランプ大統領による国家非常事態が行われた週末、LA市内のスーパーマーケットの冷凍食品コーナーでの1コマ。「カンパオチキン餅ボール」の意外な不人気が露呈(笑)

3月13日にトランプ大統領が国家非常事態を宣言した影響もあり、その週末には多くの人々がスーパーマーケットに“買い溜め”に走り、インスタント食品、冷凍食品、ミネラルウォーター、マスク、そしてトイレットペーパーが一時品薄となった。これを見て在米の日本人は「アメリカでも、トイレットペーパーか!」と驚いていた。

店員が裏から補充するものの、それでも次から次へと売れていくトイレットペーパー

アメリカは元々、「車で乗り付けて、1週間分を買い溜めする」という生活様式なので、それが一気に集中した形だろう。しかし、お菓子、ケーキ、肉や野菜、ワイン、酒類は普通に残っていた。コロナ・ビールに至っては、いくらでも買えた(笑)。アメリカのスーパーは大型トラックによる流通と物量が強力なので、在庫が回復するのは早かったが、店頭には「おひとり様2個まで」という張り紙がされるなど、買い溜め自粛を呼び掛けていた。

「おひとり様2個まで」という張り紙

LAのレストランは、3月16日からテイクアウト限定の営業規制が入り、店舗の広い著名なお寿司屋さんなどは、採算が合わないので、一時的に閉めている店も多い。ジムも映画館もしばらくの間、クローズするという。

3月19日、カリフォルニア州全域に対して自宅待機命令(STAY AT HOME)が出された。また「他の人との距離を6フィート(1.8メートル)保つように」というガイドラインも出された。市が発動した命令により公園やビーチも閉鎖されたが、これを無視してマンハッタンビーチの海に入ったサーファーが1,000ドル(約11万円相当)の罰金を課せられたというニュースも報道されている。

しかしながら、食品の買い物、お散歩、ジョギング等の運動はしても良く、観光地やオフィス街は閑散としているものの、住宅地ではワンちゃんのお散歩をする人の姿も普通に見掛ける。

新型コロナウイルスの感染リスクを下げるため、入場制限をするスーパーマーケット。上記のガイドライン通り、距離を保って並んでいる姿が印象的である。待ち時間は15〜30分程度だ。店内のお客は15〜20人程に抑え、お客が1人帰る度に、店員の誘導に従って中に入れる。店内は空いており、中に入ってしまえば快適にショッピングが出来る。日用品や食材を買い求める地元の人が中心である

市街地では、日本人も含むアジア系移民が卵をぶつけられたり、車からペットボトルを投げつけられるという嫌がらせ(別に、アメリカに住んでいるアジア系移民の皆さんのせいでは無いのだが…)も起こっており、筆者も気をつけねば、と思っている今日この頃である。

ハリウッドへの影響

この項は、おそらく日本でも既に報道されている情報ではあるが、後に資料として参考になるかもしれないので、一応触れておく事にしよう(いずれも2020年3月末時点での情報である)。

全米の大手シネコン各社は、3月17日付けで、「感染拡大防止のため、6~12週間の映画館の一時的な閉鎖」をアナウンスした。つまり、4月末もしくは5月末までの閉鎖という事になる。この関係で、3月20~22日の全米ボックスオフィスの週末売り上げは$3,920(約42万円相当)という驚異的に低い数字となり、以降は興行収入の集計が一時的に休止されている状態である。

またハリウッドのメジャースタジオも、この春に公開予定だった映画作品が次々と公開延期を発表した。俳優ダニエル・クレイグのジェームズ・ボンド役引退作品となる「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」は、4月10日全米公開予定を11月8日に延期。ディズニーの「ムーラン」も3月27日の全米公開が延期、「ブラック・ウィドウ」も5月1日の全米公開が延期となっている。ユニバーサルは、「ワイルド・スピード/ジェットブレイク」の全米公開をほぼ1年間延期。それ以外にも、今後公開予定の複数の映画作品は、動画配信での公開に切り替えることも視野に入れ、公開方法や時期を検討しているという。

現在撮影中のプロジェクトは、映画・テレビ・動画配信を問わず、そのほとんどが中断を余儀なくされた。また、ミュージカルやオペラ等のパフォーミング・アーツ系のシアターもすべて一時閉鎖となっている。

VFX業界、ポスプロへの影響

今や世界中に点在するVFXスタジオだが、これらの作品の公開延期の影響、そして新作の撮影やポスプロが延期になり、近々にスタートが予定されていたVFX作業が延期になったり、既に受注が決まっていた作品が一旦白紙に戻される可能性などが心配されている。ポストプロダクションは、映像制作の「最後の最後のプロセス」という事もあり、プロダクション・スケジュールのさまざまな調整がついた後、徐々に影響が出てくるものとみられている。

リモートワーク

過去の本欄で「リモートワーク」について簡単に触れた事がある。日本でも同様かもしれないが、ここに来て注目されているのが、このリモートワークである。今回の新型コロナウイルスの騒動で、北米では3月16日前後からリモートワークに切り替える企業が目立った。

中でも、シリコンバレーのIT企業はさすがに取り組みが早く、大手では全社員をリモートに切り替える等の素早い対応が取られた。日頃からオンライン会議ツールや社内チャットなどを使い倒しているIT系企業は、仕事は自宅からのリモートワークに切り替え、打ち合わせはオンライン会議、チームのコミュニケーションは社内チャットと、普段とあまり変わらないワークフローで仕事を進める事が出来るのだそう。

先見の明を持つVFXスタジオやアニメーション・スタジオでは、もう10年前からリモートワークを採り入れている企業もある。スタジオによっては「週〇〇時間まで、リモートワークをして構いません」のようなガイドライン付きでリモートワークを実施しているところもある。

これはWFH(Work From Home)という3文字で表記され、同じプロジェクトの同僚から朝届いたメールを見ると、サブジェクトがWFHになっていたり、週末の作業はWFHによって通勤なしで出来るなど、柔軟性を持たせてあるのが利点である。

しかしながら、例えハリウッドのVFXスタジオと言えども、リモートワークへの対応は、スタジオによって足並みはまちまちである。逆に、今回のコロナ騒動で、リモートワークの重要性を再認識・再考させられたVFXスタジオも、意外と多かったのではないだろうか。

そもそも「リモートワークを行う」という発想を全く持っていなかったスタジオは対応に苦慮。また、リモートワークを実施していても、大人数のクルーが一度にログインする事を前提にシステムが設計されておらず、その対応に追われた企業もあり、今回の騒動に対応するためには、様々なチャレンジが続いているようだ。また、VFXスタジオによっては、リモートワークはマネージメント職に限定されている等の制約があったりと、このあたりは今後の課題と言えそうだ。

さて、リモートワークを行っているVFXやアニメーション系のスタジオは、どのようなツールを使用しているのか。

これもスタジオによってバラバラで、カスタム・ツールや専用ハードをクルーに貸し出して、それを各自が自宅にインストールしてリモートワークを行っているスタジオもあれば、PCoIPを活用したり、Team ViewerやHP Remote Graphicsなどのサードパーティツールを活用しているスタジオなど、そのスタイルはさまざまである。そういえば、筆者が過去に勤務していたスタジオではNX technologyのツールを使ってリモートワークを行っていた。

VFX業界におけるリモートワークは、「家にデータを持ち帰る」のではなく、「自宅のPCから、会社の自分のワークステーションをリモートで操作する」事を意味する。データを外部に持ち出す訳ではないので、映画プロジェクトでもセキュリティー上も安心という訳だ。

専用のソフトを立ち上げると、自宅のPC画面が、勤務先でいつも使っているワークステーションの画面に切り替わる。あとは普通にログインして、作業をするだけ。

自宅からログインすると、画面が切り替わった瞬間、魂だけが勤務先に飛んだような気持ちになるから、とっても不思議である(笑)。

若干のタイムラグがあるが、そこそこ使える。しかし、回線の速度によって多少の不便を感じる事はある。コマンドやコードを打ち込んでも、反応が若干遅れたりする事も。知人からは「リモートでZBrushを使っていたら、思わぬところに線を引いてしまった」というこぼれ話を聞いた事がある。

さて、ネットで日本の記事を読んでいると、多くの企業が「テレワーク」に切り替えた話題を目にしたり、筆者の日本の友人がFacebook等で「テレワーク」生活の様子をUPしているのを見て、筆者は逆に、日本の「テレワーク」の最新動向にも、興味深々であったりする。もしかしたら、回線は日本の方が速いかもしれない…。

映画ギルドによる業界サポート

アニメーション・ギルド(米アニメーション組合)は、3月18日付で配信したメールの中で、会員に対してリモートワークに関するオンライン・アンケートを実施。どの程度の人数がWFHを行っているかの実態調査に乗り出した。

またVES(米視覚効果協会)は、会員向けにリモートワークのTIPのドキュメントを公開した。日本の現場の方にも参考になる点があるかもしれないので、そのリンクをご紹介しておきたい。

VES Technology Committee Issues Work From Home Best Practices

※リリースは3月20日付。日数が経つとリンク切れになる可能性もあるので、ご了承を

VESが配信したメール。パソコン画面からの撮影

このように、ハリウッドの各映画ギルドは業界をサポートするアクションが敏速であり、こういう姿勢は評価に値すると思う。

おわりに

以上が、新型コロナウイルスの影響に関する近況レポートである。エンターテインメント業界は、世の中が平和である事を前提に成り立っている事もあり、今回は業界内で非常に多くの方が、多大な影響を受けている事が、SNSや業界ニュースを通じて伝わってくる。事態が1日でも早く収束する事を、ただただ願うばかりである。

訃報:本欄の2018年3月号「第16回VESアワード受賞式 スペシャル・レポート」の中で、海外で活躍される日本人のノミネートとしてご紹介させて頂いた藤田竜士氏が、3月14日、バンクーバー近郊のライオンズ・ベイにてハイキング中、雪崩に巻き込まれる事故により、急逝された。37歳であった。筆者も取材や仕事を通じて面識があり、大変ショックを受けると共に、悲しい気持ちで一杯である。藤田竜士氏のご冥福を、心からお祈りいたします。

WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。