取材:鍋 潤太郎 写真提供:井崎 崇光 構成:編集部
はじめに
前回は、コロナ禍のモントリオールVFX業界の動向をお伝えしたが、「バンクーバーの動向も知りたいです」という声が筆者の元には複数寄せられた。そこで今月号では、ご要望にお応えし、最近のバンクーバーの動向をご紹介したいと思う。
今回、取材に応じて下さったのは、こちらの方である。
井崎 崇光(いざき たかてる)
大阪府出身。2012年にバンクーバーのVFX専門学校を卒業後、モデラー、テクスチャーアーティストとしてキャリアをスタートさせ、その後はジェネラリストやライティングアーティストとしてImage Engine、Method Studios、MPCなど様々なVFXスタジオを経て、映画「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」や「名探偵ピカチュウ」など数多くの作品を手掛けている。最新作には映画「キャッツ」、「ソニック・ザ・ムービー」などがある。現在はルックデヴおよびライティングアーティストとして現職。またVFXだけに留まらず、CGオンラインスクールVisutorで講師を務めるなど、VFX/CG以外にも精力的に様々な活動を行っている。
――井崎さんのバンクーバーとの接点をお聞かせください。
2011年、当初はアメリカの美大を目指すつもりで、まずは語学取得のためにバンクーバーにやってきました。バンクーバーに決めた理由は、語学取得に優れている点や、VFX関連の留学地として注目を浴びていたことが挙げられます。当時はバンクーバーにおける大手VFXスタジオの支社設立ラッシュが始まっている最中で、ちょうどその年にSIGGRAPHもバンクーバーで開催されていました。これらの状況の好転もあり、予定を変更してバンクーバーに滞在する事を決めました。
バンクーバーのダウンタウンにて(井崎氏提供)
――バンクーバーの生活ぶりはいかがですか。
カナダなので、寒くて自然がやたらと多い印象があったのですが、実際にバンクーバーに来てみると、寒さは日本とあまり変わらず、しかも大変住みやすい街だと思いました。しかも、都市部の周りはすぐに山があり、大自然に囲まれています。特にアウトドア派の人には楽しい場所かも知れません。
また、思いほのか日本食レストランも多く、実際にピザ屋よりも寿司屋の方が多いのでは?という印象もあるくらいで、日本人には過ごしやすい街といえると思います。ダウンタウンの中心ストリートのロブソン・ストリートには、ラーメン屋や居酒屋などが揃い、現地のカナダ人にも人気です。
夏場以外は気候的に1年のうち大半が雨の日というのがありますが、「レインクーバー」と呼ばれるくらいで、慣れてくると大したことはありませんが、冬はちょっとつまらなくなりますね(笑)。しかし、交通機関が充実しているので、車を持っていない人もかなり多いです。また、冬季になると周りの山では雪が積もり、複数のスキー場が車で30分の距離と近いこともあり、仕事終わりにスキー場に行くことも可能です。
また、アメリカでは就労ビザの申請などが大変な事で知られていますが、カナダはワーキングホリデー制度の恩恵があるほか、就労ビザがアメリカほど大変ではないので、これが外国人アーティストがハリウッド映画のポスト・プロダクションで活躍出来る機会を沢山生んでいると思います。また人種もかなり多様で、街には各国の様々なレストランも多いです。
こういった条件も、外国人が働きやすい環境に多く影響していると思います。
――新型コロナウイルスの影響を受ける前のバンクーバーVFX業界の動向についてお聞かせください。
以前はアメリカ西海岸に代わるVFXハブとして栄えていましたが、モントリオールの映画産業向けTAXクレジットが強化され、モントリオール現地で実作業を行うと税制や補助金等の様々な恩恵を受けられるため、多くのVFXスタジオがモントリオールにスタジオを構えるようになりました。
もっとも、バンクーバーにも依然として映画のプロジェクトは発注されており、各社とも忙しくしていますが、一時期と比べるとプロジェクトの量は減ったような印象を受けます。同僚や友人など、よりポジションを得る機会の多いモントリオールへ引っ越した人もよく見掛けます。最近では、昨年末のMPCバンクーバーの閉鎖と、プロジェクト終了の時期が重なり、バンクーバーのVFX業界の縮小を心配する声も出ています。
2017年頃から、モントリオール主導の流れは毎年どんどん加速してきています。そのため、「どこかのVFXスタジオが、モントリオールに新しい支社を開く」という類のニュースにはかなり敏感になり、バンクーバーとのプロジェクトのバランスに、いつも目が離せないような状況です。
自然豊かなバンクーバー。ロストラグーンにて(井崎氏提供)
――昨年末にMPCバンクーバーが閉鎖された時の業界内の反応はいかがでしたか。
在バンクーバーの大手VFXスタジオの中でも、特に規模が大きかったMPCバンクーバーでしたが、実はMPCバンクーバー閉鎖のうわさ自体は、毎年聞くような「お馴染みのうわさ」でした。昨年末の件についても、「いつものうわさか」と、そこまで本気にしていない人も多かったと思います。
MPCバンクーバーは、一時的にスローな時期等があっても、いつも大作ハリウッド映画をかなりの数受注していたので、「本当に閉鎖された」というニュースを聞いたときはかなりビックリしました。「あぁ、とうとうクローズしたのか」と思いました。
閉鎖などに関しては内部メールがメディアにリークされることまで起き、様々なニュースサイトにも内容が取り上げられました。閉鎖に関しては「いきなり当日の通告」で、突然の出来事だったそうです。業界内外でも大きなニュースとなりました。バンクーバー全体が一時的にスローな時期だったので、職を失った人も多かったですが、その他は大手のスタジオに移籍するか、モントリオール方面へ新たな活動の機会を求めて移動したようです。
――バンクーバーでの、新型コロナウイルスによる影響はいかがですか。
新型コロナウイルスによる混乱が起こる前は、次期公開の大作映画や、ネット配信系のプロジェクトなどで各社とも忙しく稼働していました。バンクーバーにあるブリティッシュコロンビア州では、3月に非常事態宣言が発表されました。しかしながら、印象としてはアメリカほど強硬なロックダウンではなく、もう少し落ち着いた感じでした。しかし、非常事態宣言後はスーパーでも買い占めが起こり、棚からすべての野菜が消えるという光景も見られました。
また、春に公開が予定されていた映画の公開時期が延期され、また実写の撮影現場は撮影がストップしたため、その影響がVFXのプロジェクトにも出始めました。撮影が出来ない中、「実写素材がいつ来るか全く想像がつかない」という状況もあり、映画スタジオ側の決定によるプロジェクトの延期なども起きました。
バンクーバーのVFX業界内でのレイオフも徐々に聞くようになり、気が付いた時にはかなりの人数がレイオフにあっていました。実写ベースの作品を多く手掛けるモントリオールでも、かなりのダメージがあった事は容易に想像出来ます。もちろんバンクーバーのVFX業界も実写作品を手掛けるスタジオなどはかなりの打撃ですが、アニメーション作品を手掛けるスタジオなどは実写撮影の必要性がないため、業務をリモートワークで継続しているところもあります。
バンクーバーのスタンレーパークのビーチにて。夏場は気温も高く、ビーチは大勢の人で賑わう(井崎氏提供)
――バンクーバーの今後は、どのように予測されますか。
モントリオールにかなりのシェアを奪われているのは事実ですが、バンクーバーも沢山のVFXプロジェクトを受注しており、またアニメーションスタジオやTV作品を手掛けているスタジオも多くあり、バンクーバー現地の産業としては、これからも継続して強く根付いていくのではないかと思います。ただ、かなりの予算を費やす大作映画などは、これからもTAXクレジットの強い場所に移動していくと思います。
バンクーバーの強みであり、またモントリオールと決定的に異なるのは、クライアントである映画スタジオと同じタイムゾーンである(時差がない)事、そしてクライアントが日帰りないしは1泊でロサンゼルスから往復出来る事にあります。バンクーバーには自然も多く、街並みも豊かで、映画のロケに適した場所も沢山あります。
ただ、新しいプロジェクトの発表や、大きな仕事の募集などがバンクーバーではなくモントリオールなのを見ると、やはり毎度の事ですが悔しくなりますね(笑)。
新型コロナウイルスが開けて、またバンクーバーのVFX現場が忙しくなる事を願っています。今は世界的に大変な時期ですが、がんばって乗り越えていきたいと考えています。