Courtesy ACM SIGGRAPH
自宅のリビングで観るエレクトロニック・シアター。なんかとっても不思議な気分である

取材&写真:鍋 潤太郎 構成:編集部

はじめに

我々VFX関係者がSIGGRAPHに参加して、絶対に外せないのがエレクトロニック・シアターである。ここでは、世界中から応募された膨大な作品の中から、審査員によって選び抜かれた作品だけが一挙上映される。まさに全世界のCG/VFX業界における「過去1年間のハイライト作品」が楽しめる場でもあるのだ。

エレクトロニック・シアターは、アカデミー賞でお馴染み米国映画芸術科学アカデミーより「アカデミー賞の選考対象となるフィルム・フェスティバルの1つ」として認可されており、1999年以降、このエレクトロニック・シアターで上映された数々の作品が、アカデミー賞の短編アニメーション部門でノミネート、もしくは受賞を果たしている。

今年の傾向

先月号の本欄でもご紹介したように、今年のエレクトロニック・シアターはバーチャルにて開催された。自宅のリビング・ルームで、リンクをクリックしてパスワードを入力すると再生が始まるという、なんとも不思議な感覚のエレクトロニック・シアターであった。

しかし、最初の鑑賞から、48時間以内であれば何回でもストリーミングできるという特典もあり、これはこれでお得感があった。では今年の傾向を、筆者独自の視点から解析してみることにしよう。

主催者側の発表によれば、今年のエレクトロニック・シアターでは、日本、オーストラリア、ドイツ、カナダ、シンガポール、イギリス、フランス、スウェーデン、アメリカ合衆国など世界中から400本近い応募があったという。そして審査の結果、昨年の上映作品数よりも4本多い、全28本が上映された。入選作品を国別に見てみると、

  • アメリカ:12(11)
  • フランス:8(8)
  • イギリス:5(0)
  • 日本:1(0)
  • スウェーデン:1(0)
  • ドイツ:1(1)
※()内は昨年度の本数。比較用に入れてみた
※複数の国に拠点があるスタジオは、本社の所在地で国をカウントした

今年もアメリカとフランスの作品が圧倒的に多い。特にフランスから印象的な短編作品が多数応募されているのは興味深く、今年も8本が入選していた。また、今年は2016年以来、4年ぶりに日本からの入選が1本あり、大変喜ばしい限りであった。入選作品をジャンル別に比較してみると、今年の傾向が見てとれる。

  • 短編アニメーション:7(5)
  • 短編アニメーション(学生作品):6(10)
  • テレビシリーズ/ハリウッド映画VFXメイキング&ブレイクダウン:5(2)
  • ゲーム・シネマティック:3(1)
  • リアルタイム:1(1)
  • サイエンティフィック・ビジュアライゼーション:3(2)
  • CM&キャンペーン映像:1(0)
  • ミュージックビデオ:1(0)
  • 博展映像:1(1)
  • 長編アニメーション:0(2)

※()内は昨年度の本数

エレクトロニック・シアターはその性格上、短編アニメーション作品の比率が多いが、今年は昨年の15本より3本少ない13本が上映された。うち学生作品の短編は昨年の10本より4本減ながらも6本が入選、学生勢が頑張っていることを伺わせると同時に、相変わらずSIGGRAPH常連校からの出展が目立つ。

テレビシリーズ/ハリウッド映画のVFXリールからの入選は昨年より3本増えて5本。VFX屋の筆者には喜ばしい限りであるが、なぜか今年はFramestore率が高く、VFXリール5本中の3本がFramestoreの作品だったのが興味深い。リアルタイムは昨年の2本から1本減の、1本であった。

サイエンティフィック・ビジュアライゼーションは、例年よりも多い3本が入選していたのも特徴と言える。また、TVコマーシャル作品と博展映像は各1本。長編アニメーションが今年は0本だったのが、意外と言えば意外であった。

総じて、今年はある意味バランスのとれたラインナップだったように思うが、これには各分野のエキスパートを審査員として迎えた結果が、功を奏したのかもしれない。

© 2020 ACM SIGGRAPH
今年のエレクトロニック・シアターの審査員の顔ぶれ

まずは、YouTube上で公開されている、今年のエレクトロニック・シアターのハイライト作品を編集した予告編から。

SIGGRAPH 2020 Computer Animation Festival Electronic Theater

それでは、今年のエレクトロニック・シアターの上映作品を、筆者のひとことコメントを添え、一挙ご紹介してみることにしよう。

※文中では、上映された映像のリンクを可能な限りご紹介しているが、映像が公開されていない作品については、類似したクリップのリンク、もしくは関連リンクをご紹介している

※リンクは2020年9月現在のものである。日数が経過するとリンクが切れる可能性もあるので、ご了承あれ


■It’s All Graavy
Laurent Wassouf / ESMA / フランス

SIGGRAPH常連校の1つ、フランスのCGスクールESMAの学生作品。コーヒーショップで働く若い女性が、厨房に積み重なった食器を洗い始める。ふと、流し台の排水管の向う側からテンポ良くリズムを刻む音が。ワイングラスを手にとると、今度は向こう側からグラス・ハープの音が。排水管を介していつしかジャム・セッションが始まり、気がついたらお皿は綺麗に片付いていた、というお話。ストーリーテリングに長けた1本であった。


■Overwatch 2: Zero Hour
Ben Dai / Blizzard Entertainment / アメリカ

ハイエンドなゲーム・シネマティックで定評のある、Blizzard EntertainmentによるOverwatch 2: Zero Hourのシネマティック。


■Worlds Beyond Earth
Carter Emmart / American Museum of Natural History / アメリカ

NYのアメリカ自然史博物館にて、8Kのデジタル・プラネタリウムで上映されている博展用ドーム映像である。太陽系と、そしてその中にある青い惑星、地球。生命体の生活を可能にするダイナミックで独特の条件を持つ地球について、アカデミー助演女優賞で受賞歴のある女優ルピタ・ニョンゴのナレーションでご紹介。


■The VFX of ‘Terminator: Dark Fate’
Jeff White / Industrial Light & Magic / アメリカ

ILMバンクーバーとサンフランシスコが手掛けた、「ターミネーター:ニュー・フェイト」のVFXメイキング。「ターミネーター2」(1991)当時の若きジョン・コナーをフル・デジタルで再現、デジタルヒューマンのターミネーターなど。


■Undone
Hisko Hulsing / Amazon Studios and Tornante / アメリカ

Amazonプライムビデオのオリジナルアニメ「アンダン~時を超える者~」より。実写をベースにした“ロトスコープ・アニメーション”と呼ばれる、2.5D的な独特の映像が印象的である。


■O28
Otalia Caussé / Supinfocom Rubika / フランス

予告編

エレクトロニック・シアター常連校、Supinfocom Rubikaの学生作品。リスボンの有名な観光名所、トラム28に乗り込んだドイツ人夫婦が体験するドタバタを描いたコメディ。「そんな訳ないだろう」という展開の連続で、笑える(余談だが、フランスの学生作品は、昔からこういうドタバタ劇風の演出が多い。もしかしたら、学校側も学生に推奨しているのかも?)。


■Visual ASMR
Onesal Studio / 日本

日本のOnesal Studioによる作品。土、カビ、苔、胞子、水晶などの自然物が成長していく様子を、コマ撮り風&連続カットで魅せた、印象的かつ不思議なインパクトのある作品である。


■Purdey’s ‘Hummingbird’
Murray Butler / Framestore Pictures / イギリス

Framestore Picturesによる、フル・デジタルのフォトリアルなコマーシャル・フィルム。ドリンク・ブランドPurdey製品に含まれる天然成分をイメージした、「自然と野生生物のドキュメンタリーへのオマージュ」がコンセプトだそう。メイキングも見ることができる。


■Shibuya
Olivier Lescot / Eddy / フランス

クリスチャン・リッチのミュージック・ビデオで、ヴィック・メンサ、ジェイデン・スミス、ベリーとのコラボによる最新作「渋谷ゴーストII」から。SFアニメ&アメコミ風にスタイライズされた、サイケデリックな近未来の渋谷の街が登場する。


■Gunpowder
Romane Faure / Supinfocom Rubika / フランス

予告編

今年のエレクトリック・シアター・アワードで最優秀学生作品賞(Best Student Project)に輝いた作品。エレクトロニック・シアター常連校、Supinfocom Rubikaの学生作品。舞台はロンドン。ヒゲの紳士のティータイム。しかしお茶の葉を切らしてしまい、中国まで調達に出掛けるというお話。全編を通して人形劇風なデザインでありながら見せ方が上手く、部分的に2Dアニメも織り交ぜながら、お話は展開していく。


■Maestro
Illogic / Bloom Pictures / フランス

月夜をバックに小鳥がオペラを唄い始めると、どこからともなくリスが出て来て指揮を執り始める。そしてハリネズミ、カメ、ガマガエル等が加わって大合唱。しかし、唄が終わると全員、何事もなかったかのように、全く普通に去っていく。


■Cyberpunk 2077
Henrik Eklundh / Goodbye Kansas Studio / スウェーデン

スウェーデンにある、「さよなら、カンザス」という一風変わった社名のVFXスタジオの作品からの出展で、ゲーム「Cyberpunk 2077」の、2019年のE3 Cinematic Trailerから。異様に完成度の高いキャラクターの描写が話題を呼び、今年のVESアワードでも、Dexというキャラクターが最優秀キャラクター・アニメーション賞「コマーシャル部門」を受賞している。最後に何故か俳優キアヌ・リーヴスがデジタル・キャラクターとして一瞬登場し、「なぜキアヌが?」と話題を呼んだ作品でもある。


■MAVEN Explores Mars to Understand Radio Interference at Earth
Bailee DesRocher / Conceptual Image Lab / NASA Goddard Space Flight Center / アメリカ

アメコミ風のルックで始まるこの作品、実はれっきとしたNASAのサイエンティフィック・ビジュアライゼーションある。NASAの火星探査船「メイヴン」は、火星の上層大気(電離層)の帯電部分に「層」と「リフト」を発見。この現象は地球でも一般的ながら、大気圏で探査船が弾かれてしまうことなどから探査が困難で、実はまだ解明されていないことも多かったという。メイヴンによる火星での発見事例は、これを理解できるうってつけの実験室である…というナレーションに沿って展開していく。


■Avengers: Endgame
Simon Stanley-Clamp / Cinesite / イギリス

Cinesiteによる「アベンジャーズ/エンドゲーム」のVFXメイキング・リールから。デジタル・エンバイロメントやセット・エクステンション、そして様々なVFXショットのBefore/Afterを見ることができる。


■The Beauty
Pascal Schelbli / Filmakademie Baden-Württemberg GmbH, Animationsinstitu / ドイツ

予告編

今年のエレクトリック・シアター・アワードで審査員特別賞(Jury’s Choice)に輝いた作品。SIGGRAPH常連校、ドイツのFilmakademie Baden-Wuerttrembergの作品。環境問題に焦点を当て、海中に投棄されたプラスチック・ゴミをモチーフに、「神秘的な海の深さの中に、罪悪感が溶け込む世界」を表現した印象的な作品。


■World of Warcraft: Shadowlands
Brian Horn / Blizzard Entertainment / アメリカ

ブリザードから今回2本目のゲーム・シネマティックス。「ワールドオブウォークラフト:シャドウランズ」から。


■Oeil Pour Oeil
Thomas Boileau / ESMA / フランス

予告編

今年数本が入選しているフランスのESMAの学生作品2本目で、短編コメディ。海賊が酒場で仲間を集め、宝を手に入れるために出航するが、失敗して撃沈。そして懲りずに仲間を集めてまた出航するが爆沈。何度失敗しても懲りない、おバカな海賊のお話。


■For a Fistful of Toffees
Nghia Bui Trung / ESMA / フランス

同じくフランスのESMAの学生作品3本目である。老人ホームの食堂で、こわーい看護婦さんが秘密裏に隠したお菓子トフィーを狙うお年寄りカップル。2人は自分達が「若くてカッコ良い、冷酷なギャングのカップル」であるという妄想を抱きながら、トフィー争奪戦を繰り広げる…というコメディ。


■His Dark Materials
Russell Dodgson / Framestore / イギリス

今年3本のVFXリールが入選しているFramestoreの作品で、HBOのテレビシリーズ「ダーク・マテリアルズ/黄金の羅針盤」のVFX制作事例のケーススタディから。


■Stem Cells: The Heroes in Crohn’s Perianal Fistula Treatment
Alan Smith / MadMicrobe Studios / イギリス

クローン病患者の治療において、幹細胞がどのように役立つかを可視化したMOAアニメーション(Mechanism of action Animation:顕微鏡レベルでの人間の体と薬剤等の反応を、視覚的に表現したもの)だそう。冒頭に「Takeda」と出たので、調べてみたところ、どうやらこの作品のクライアントはスイスの武田薬品らしい。


■Windup
Yibing Jiang / Unity Technologies / アメリカ

予告編

Unity Technologiesによる、今年唯一のリアルタイム系作品。病院のベットで昏睡状態にある少女と、父親の絆を描いた作品である。


■The Visual Effects of ‘Star Wars: The Rise of Skywalker’
Roger Guyett / Industrial Light & Magic / アメリカ

ILMによる「スターウォーズ/スカイウォーカーの夜明け」のVFXリール。


■Automaton
Krzysztof Rost / Pixar / アメリカ

ピクサーによる短編作品。草原をかすめる、つむじ風。稲妻による自然火災によって草原は燃えさしと化し、雨によって鎮火。そして、水が流れ、再び新しい植物が生い茂る。大自然の生命のサイクルを描いた作品。


■Apollo 13 Views of the Moon in 4K
Ernie Wright / NASA Scientific Visualization Studio / アメリカ

映画「アポロ13」でもお馴染み、ミッション途中の事故により月面着陸が果たせなかったアポロ13号の、船内から宇宙飛行士が見たであろう月の裏側の様子を、月面偵察オービター宇宙船から得られたデータによって、4Kのデジタル映像で再現。詳細は下記のサイトをご参照あれ。


■Sous la glace
Milan Baulard / Ecole des Nouvelles Images / フランス

予告編

冬の凍った湖の上で、サギが魚を追っている。雪景色や大自然、雪煙や雲、空の色、大気のアトモスフィア等の描写が美しい1本。


■Spider-Man: Far From Home
Alexis Wajsbrot / Framestore / イギリス

Framestoreの3本目のVFXリール。マーベルの「スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム」における、「幻想の戦い」シーケンスからのVFXケーススタディ。


■Loop
Erica Milsom / Pixar / アメリカ

今年のエレクトリック・シアター・アワードで最優秀作品賞(Best In Show)に輝いた、Pixarの短編作品。カヌー・キャンプに来ている、2人の子供たち。言語障害のある自閉症の女の子と、彼女と意思疎通を図ろうとする少年との、心の繋がりを描いた作品。Pixarらしい、自然の描写が美しい1本である。


■To: Gerard
Taylor Meacham / DreamWorks Animation / アメリカ

今年のエレクトリック・シアター・アワードで最優秀観客賞(AUDIENCE CHOICE)に輝いた、DreamWorks Animationの短編作品。今年のエレクトロリック・シアターで、筆者が最も好きな作品であり、ストーリーテリングに優れた秀作である。

幼少の頃に有名な魔術師に出合い、インスパイアされたジェラード。いつの日かマジシャンになる夢を捨てきれないまま、郵便局の仕分け部で働く日々を送っていた。ある時、仕分け部に紛れ込んで来た小さな女のコは、ジェラードが見せてくれた即興マジックを見て釘付けに。この瞬間、2人は無意識のうちに、お互いの人生を永遠に変えることに…というお話。


以上が、今年上映された全28作品のご紹介である。SIGGRAPH2020に参加されなかった方は、当レポートで、エレクトロニック・シアターの楽しさや雰囲気を、少しでも感じ取って頂ければ幸いである。

ちなみに、シーグラフ東京では、この秋に開催予定のセミナーで、「SIGGRAPH Traveling CAF」のバーチャル上映会を予定しているという。エレクトロニック・シアターをご覧になりたい方は、ぜひオフィシャルサイトをチェック!

WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。