映画「怪物」
◼️ストーリー
大きな湖のある郊外の町。息子を愛するシングルマザー、生徒思いの学校教師、そして無邪気な子供たち。 それは、よくある子供同士のケンカに見えた。しかし、彼らの食い違う主張は次第に社会やメディアを巻き込み、大事になっていく。そしてある嵐の朝、子供たちは忽然と姿を消した―◼️スタッフ
- 監督:是枝裕和
- 脚本:坂元裕二
- 音楽:坂本龍一
- 撮影:近藤龍人
- 撮影助手:佐藤光
- 照明:尾下栄治
- 特機:実原康之
- DIカラリスト:佐竹宗一
- 製作:東宝、フジテレビジョン、ギャガ、AOI Pro.、分福
- 制作プロダクション:AOI Pro.
- 配給:東宝、ギャガ
◼️公開日・公開情報
2023年6月2日(金) より全国ロードショー
いよいよ本日6月2日より公開、映画「怪物」
是枝裕和監督の「怪物」が、第76回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門でワールドプレミアされ、坂元裕二氏が脚本賞を受賞。先に発表された独立部門の「クィア・パルム賞」と合わせて2冠を獲得した。
さらに、坂本龍一氏が音楽を手掛け、日本映画業界で注目されている近藤龍人氏が撮影監督を務めたことも話題になっている。 是枝監督との2回目のタッグとなった撮影監督の近藤龍人氏とチーフを務めた佐藤光氏に話を聞いてみた。
その制作方法に迫る
――「万引き家族」に続き、是枝監督とは2回目となりますが、「怪物」という作品は、前回と大きく違った点はありましたか?
近藤氏:
今回は脚本が是枝監督ご自身ではなく、坂元裕二さんによることが、大きく違うでしょうね。前回は、ロケハンをしながら、シナリオが変化しましたが、今回は、クランクイン前後でそんなに大きく、脚本に対して変化はありませんでした。
子供たちに対する演出も、前作の是枝監督のそれとは違う方法で取り組まれていました。今回は物語的にも、役を演じる子供たちにとってもセンシティブな部分があり、あらかじめシナリオを黒川くん、柊木くん二人に渡してリハーサルを行い、役者それぞれが自分の中で役の解釈を進める手助けをされていました。その過程の中で監督が発見した二人の素敵なところを現場で伸ばして撮影を進めていきました。
――今回シーンは「学校」「家」「秘密基地」、3つのシーンが印象的でした。シーンによって機材とか変えたのでしょうか?全体的に機材のお話をさせてください。
近藤氏:
企画段階では、フィルム・デジタル織り交ぜて撮影で行う予定でしたが、最終的にすべてデジタルでの撮影となりました。三つの章に分かれた構成になったシナリオでしたので、各章ごとに明確に変化をつけたルックも考えましたが、ロケ地が確定していく中で世界の見え方は変わらないという考えに至り、撮影に臨みました。
機材に関しては、メインカメラとしてSony VENICE。サブカメラがDJI Ronin 4Dとなります。
◼️今回の使用機材
- メインカメラ:Sony VENICE
- レンズ:ARRI Master Anamorphic
- サブカメラ:DJI Ronin 4D
- レンズ:Canon New FDシリーズ(1979) 28mmF2/35mmF2/50mmF1.4/85mmF1.8
- レンズ:DJI DLレンズ 24mm/35mm/50mm
――Ronin 4Dが撮影に使用されたことは興味深いです。選択した理由を教えてください
近藤氏:
当初の脚本には、街の中心に大きな川が流れ、台風が起き、濁流となり、それが街全体の不穏なもの、何か見えないものを表現するイメージがありました。 川を中心に進む物語を、人物に寄り添い過ぎない客観的な撮り方で構成していくことを考えていました。フィルム撮影であれば、現在の形とは全く異なった映像で組み立てられていたと思います。
その後、諏訪にロケ地が決定したことで、街の全体像が見えてくる。脚本の文字が具体的になってきたところに、メインカメラの変更。それをきっかけに、この映画は人にもっと寄り添って撮影していくことが正解ではないかと、ガラリと考え方が変わりました。そのためには手持ちのジンバルがあれば、子供たちや登場人物に寄り添う撮影ができるのではないか?と考えました。そこで巡り会ったのがRonin 4Dだったのです。
――Ronin 4Dに触った感じはどうでしたか。結果、望む画は撮影できましたか?
佐藤氏:
優秀な機材だなと思います。ジンバル機能も含めて。あとフォーカスLiDARやフォーカスの機能と映像伝送も一つにまとめられているので、少人数でセットアップ可能なことは我々の体制ではすごく助かりました。
ジンバルは設定に時間がかかるために、当初、導入には反対していました。ただRonin 4Dであれば、設定に手間が取られず、問題ないと共通認識ができた上でクランクインしました。
近藤氏:
純粋なジンバル撮影のためにRonin 4Dを使うだけではなく、様々な場面で活かせるのではないかと、テストを行っていく中で発見していきました。
――実際に使用して、新しい発見はありましたか?
近藤氏:
いろんな視点で変化するお話、また限られている時間での撮影でしたので、監督にメインカメラとサブカメラの2台体制での撮影を提案しました。例えば教室や校長室のシーンなどは、マスターショットをメインカメラで狙いつつ、Ronin 4Dがリモートでオペレートできる利点を利用し、狭い空間でも効果的な場所にカメラを設置することができ、印象的なカットを撮影することができました。
別のサブカメラだと、カメラの側にオペレーターのスペースが必要になり、カメラポジションが限られてしまいます。この使い方が一番重宝したかもしれませんね。
――VENICEとRonin 4Dでの撮影について、例えば冒頭の足元シーンはRonin 4Dですか?
近藤氏:
ファーストカットはRonin 4Dです。足元をローアングルで撮影するために、エクステンションシステム(リモートヘッド)を一脚の先に装着し用意してもらいました。コンパクトなヘッドで狭小の場所に入れると、撮影できる映像の幅が広がりました。
また、トンネルの中など足場の不安定な場所でも子供の目高より少し低い位置で、追っかけ引っ張りで撮影を行いたいと思いました。
佐藤氏:
例えばRonin 4Dを下に手持ちした撮影は、さすがに辛いため、特機チームに相談しました。フレームを組んで、両手で持って下げて走った方がスピード感も出るし、オペレートがスムーズにいくのでは?という特機の提案をもらい、今回のカタチで撮影を行いました。意外とバランスがいいのですよ。
近藤氏:
カメラを持つ人は前だけ向いてもらって、後ろはリモートコントロールで撮影を行いました。子供たちの演技を邪魔せず、自然なスピードで撮影を行うことはジンバルを用いての撮影経験が少ない当初は大変苦労しました。撮影をしながら経験を積み、撮影方法を改善していきました。
近藤氏:
いくらジンバルが優秀でも、オペレートする側の技術が重要です。ステディカムとも手持ちカメラとも違うという認識のもと、このRonin 4Dの動きをどう扱うか、割とテーマになった時はありますね。
現場にジンバルオペレーターの方がいたら、もっとシンプルにワークができるかもしれません。ステディカムであれば、違う動きになるかもしれない。いろんな方法があります。限られた条件の中でイメージしたカットを撮影していく、その選択肢の一つとしてRonin 4Dは、非常に魅力的であることは間違いありません。
――Ronin 4Dのレンズは、キヤノンのオールドレンズを使用したそうですが、いかがでしたか?それの選択はどういうところから。
近藤氏:
一番の理由は、メインカメラのルックとの相性です。佐藤さん所有のFDレンズで、それを付けテストした時にメインカメラのテイストとマッチングが良かったので採用しました。28、35、50、85mmの4本を選択しました。また、FDレンズでのコントロールが難しかったシーンでは標準のDLレンズも少し使用しています。
――VENICEに使ったレンズは、ARRI Master Anamorphicですが、アナモルフィックレンズはどうだったのでしょうか?
近藤氏:
ARRI Master Anamorphicを選んだ理由は、VENICEの4K 6:5のセンサーサイズで撮影されたシネスコの映像がこの映画にちょうど良かったのです。グループショットもアップも自分のイメージに近い。また、ARRI Master Anamorphic自体はクセも少なく、レンズ自体が主張しすぎない。好んで使用しているフィルターとの相性も選択理由です。
――ソニーとDJIのシネマカメラで撮影後、編集全体が仕上がる時に苦労とか工夫とかありましたか?
佐藤氏:
意外とマッチングは良いですね。冬編と夏編の間に1回、東映デジタルセンターで素材を全部混ぜてもらってラッシュをスクリーンで見ましたが、ほとんどわからなかったです。
近藤氏:
照明の尾下さんのライティングもとても丁寧で、撮影・照明、総合的にうまくいったと思います。もっと極端な条件で撮影を行うと明確な差が出てくるのかもしれないですね。撮影部よりも、カラリストの苦労になるかもしれません。
東映デジタルセンターのカラリスト佐武さんも、マッチングの面で苦労は少なかったとおっしゃっていました。消防車の赤色灯や一部特定の色で調整かけましたが、普段使っている範囲の中で、大きく破綻することはありませんでした。
子供たちが緑の中を駆け抜けていくラストシーン
――今回の一番お気に入りのシーンは、どこでしょうか?
近藤氏:
上げるとすればラストシーンでしょうか。子供たちが緑の中を駆け抜けていくシーンですね。是枝監督は、「気持ちのいいぐらいの晴れた中を走って行く」と想定されていたので、全体スケジュールも撮影方法も撮影順も苦労しました。
近藤氏:
ラストシーンは、全てRonin 4Dです。監督の最初のコンテには横位置での二人が走るカットがありました。夏草の茂る廃線跡での撮影。時間と場所の制約からバックショットのみでの撮影しかできないかと思っていましたが、特機・実原さんより、Ronin 4Dをワイヤーに釣って滑車でひくことで横位置撮影が可能ではとアイデアをもらいました。結果、本当に素晴らしいカットが、二人の姿が撮影できたと思います。
近藤氏:
この時FDレンズに、リモートでフォーカスコントローラーを合わせました。LiDARでアナログレンズをオート化するこの機能は優秀ですね。映像伝送も驚くほど安定して飛びました。
Ronin 4Dをサブカメラとして選択したことによって撮影の幅が、選択肢が増える。そのことを一番感じたシーンでした。