はじめに
映画業界はデジタル全盛の時代だが、ここハリウッドでは映画フィルムの需要が、未だ途絶えてはいない。ご存知のようにコダックはハリウッドの映画産業向けにフィルムを一定量供給し続けており、またフィルムを愛好する著名監督がIMAXカメラによるフィルム撮影をあえて採用する事例なども見られる。また、これらの作品の公開時には、限定映画館におけるフィルム上映なども実施されている。
特にIMAXの場合、65/70mm 15Pという大型フォーマットの映画フィルムを使用しており、このニーズに継続して対応するにはフィルム現像やポスト・プロダクション(以下:ポスプロ)などのインフラが不可欠となる。そのあたりのハリウッドにおける最新動向は、どのようになっているのだろうか?
そこで今回は、やや趣向を変えて、ハリウッドで今もなお映画フィルムの現像や関連サービスを提供し続けている大手ポスプロFOTOKEM(以下:フォトケム)のフィルム・サービス担当者の方に、お話を伺ってみた。
今回、取材に応じて下さったのは、こちらの方である。
アンドリュー・オーレン氏(Andrew Oran)
SVP&GM Feature Sales&Marketing at FOTOKEM
プロフィール:
90年代から一貫してIMAXに代表される65/70mmフィルムの大型映像の専門家として活躍。イマジカUSA(当時)におけるプロダクション総括、ヨーロッパでのフリーランスなどを経て、2004年にフォトケムに移籍。現在はフォトケムのフィルム部門のシニア・バイス・プレジデント、ジェネラル・マネージャー、マーケティング責任者として、クリストファー・ノーラン監督を始めとするハリウッドのフィルム・ニーズに対応し、忙しい日々を送っている。
著者注:
※65mmとは、フィルムの幅が6cm5mm(65mm)もある大型フォーマットのフィルムである。撮影時は65mmだが、現像後のプリントに音声トラックが左右に付加されると5mm増え、70mmプリントとなる。その関係で65/70mmと記されることが多い。
※文中の「65mm 5p」や「65mm 15p」に見られる「p」は、フィルム上の1コマあたりの穴(パーフォレーション)の数を示している。5pは穴が1コマあたり5個、15pは穴が15個存在することになる。IMAXフィルムは65mm幅のフィルムで1コマあたり15個の穴を費やすため、かなり大きなサイズとなる。
――まず最初に、フォトケムをよくご存知でない日本の読者の方に、フォトケムの紹介をお願いします。
フォトケム(FOTOKEM)はロサンゼルスのバーバンクにある、総合ポストプロダクションです。あのハリウッド・サインの、山のちょうど反対側に位置しています。1963年にジェラルド・ブローダーセン・シニアによって設立され、現在も社長/CEOのビル・ブローダーセンと最高戦略責任者のマイク・ブローダーセンが率いる、独立系の家族経営企業です。
バーバンク本社の他、ハリウッド、サンタモニカ、アトランタ、ニューオーリンズにも施設があります。
フォトケムは1963年からフィルムを処理していますが、現在のフォトケムのフィルム現像施設は、1938年に建設されたシネカラー・ラボラトリーの由緒ある建物を引き継ぎ、1975年から使用してきました。この施設は1973年に取得し、その後2年間を費やし施設の改築と近代化を行いました。1997年には、フィルム現像ラボの施設を再改装し、複数の最先端試写室を追加し、顧客エリアも一新しました。
2004年には、日本のイマジカ(当時)の米国支社イマジカUSAを買収し、同社が専門としていた65/70mmフィルム・サービスを追加した結果、16mm、35mm、および65/70mmフィルムを処理およびプリントできる、現存する唯一の映画フィルムラボとなりました。
1997年、バーバンクの敷地内に4階建ての最先端のビデオ・ポストプロダクション施設を建設しました。ここで、フィルムからビデオへの変換、ホームビデオのマスタリングなどにエンドツーエンドのサービス提供を開始しました。2001年以降、同施設ではフィルム・スキャン、自社開発の「nextLABシステム」によるデジタルカメラ・プロセッシング、DIなどのサービスを映画制作者に提供するデジタルハブとしてサービスを提供しています。
2009年、独自のコーデックを備えた「ファイルベース」のカメラが登場したことにより、標準化されたフィルム/テープのワークフローとファイルベースのシステムとの間の差異に対処するカスタムソフトウェアを設計するソフトウェア部門が設立されました。「nextLAB」と名付けられた最初のプラットフォームは、フォトケム施設内、近郊、もしくはリモート環境からも利用可能な「ファイルベースのテレシネ」として考案されました。nextLABは、ファイルベースのキャプチャの普及に応じて進化・発展し、カメラのカスタマイズされたワークフローと合理化されたフロントエンドの視覚効果ツールを備えています。
フォトケムには、もともとハリウッドの映画産業に対し「フィルムの保存およびデジタル修復サービス」を提供してきた長い歴史があります。フォトケムはメジャー・スタジオと協力し、新しいインターメディエイト・ストックやセパレーション・ストックのマスタリングを行い、過去の名作などの映画遺産を保護するプロジェクトに継続的に取り組んできました。これまでに、映画「マイ・フェア・レディ」(1964)、「サウンド・オブ・ミュージック」(1965)、「西部戦線異状なし」(1930)などの映画でも、デジタル修復作業で高い評価を得ることができました。
――世界中で多くの映像企業がフィルム現像や関連サービスを終了していく中で、フォトケムはフィルムのサービスを継続して行っています。現在、映画業界に対してどのようなサービスを提供していますか?
フォトケムでは現在、下記の映画用フィルム・サービスを提供しています。
- 16mm、35mm、65mmの白黒およびカラーのネガ現像
- 16mm、35mmの白黒およびカラーのプリント
- 70mmのカラーのプリント
- 35mmおよび65mmのオプチカル・プリントや各種フォーマット変換
- フィルム検査、および修復
- 65mmネガ編集
- 16mm、35mm、70mmフィルム試写
- 16mm、35mm、65mmフィルム・スキャン
- 35mm、65mmフィルム・レコーディング
- デジタルコンテンツ作品にフィルムの特性を追加するための、デジタル画像の35mmフィルムへの出力 → フィルム・スキャンによるデジタル画像への戻し
フォトケムでは、フィルム・キャプチャに関するお問い合わせを、週に数十件のペースでいただいております。短編映画、広告、ミュージックビデオから長編映画、インディーズやスタジオレベルにいたるまで、毎月数十件の個別のフィルム・キャプチャの作業を扱っております。また、DIネガ、白黒フィルムへのYCM3色分解などの35mmフィルムのアーカイブ・サービスも継続しています。
――65/70mmフィルム分野における、フォトケムの強みは何でしょうか?
前述のように、フォトケムは包括的な65/70mmサービスを提供し続けている、現時点では「世界で唯一の映画フィルムラボ」です。
また、弊社の強みは、ネガ現像のみならず、幅広いコンタクトおよびオプティカル・プリンティング等のサービスを提供できる点にあります。
この一連の65/70mmサービスにより、クリストファー・ノーラン監督の「オッペンハイマー」(2023)、「ダンケルク」(2017)、クエンティン・タランティーノ監督の「ヘイトフル・エイト」(2015)、ポール・トーマス・アンダーソン監督の「ザ・マスター」(2012)などの映画制作者向けに取り組んできたプロジェクトで、主にアナログを使用したユニークなポストプロダクションパイプラインが可能になりました。
完全な65/70mmフィルム・パイプラインに対する当社の取り組みが、このフォーマットにおける当社の取り組みを際立たせ、ラボ業務全般を重要かつ柔軟で需要のあるものに保つのに役立ってきました。
おわりに
以上、ハリウッドにおけるフィルム事情の一端をご紹介してみたが、特に65/70mmそしてIMAXフィルムに関連する最新動向は、なかなか興味深いトピックスだったのではないだろうか。
皆様の良きご参考となれば幸いである。
また、今回のコラムについて、もし何かご質問があればinfo@pronews.jpまでお寄せいただければ、可能な範囲で鋭意お答えしていければと思う。
フォトケム公式サイトはこちら。