
リコーは戦前からカメラ製造を行う歴史あるメーカーだ。その多くはオリジナリティ溢れるもので、同社カメラのアイデンティティとなっている。以前このコーナーでピックアップしたハーフサイズカメラ「リコーオートハーフ」をはじめ、フィルム時代からデジタルに変わっても積極的に展開するマニアックな高級コンパクトGRシリーズ、360°全天球イメージが撮影可能な「RICOH THETA」などがその代表格だ。2009年暮れに発売した「GXR」も他に類を見ない独創的なユニット交換式デジタルカメラである。
改めてGXRの構造を説明すると、カメラ本体とレンズユニットに分けられる。カメラ本体はレンズをはじめイメージセンサーや映像エンジンなどキーデバイスを備えておらず、外観は通常ならあるレンズとその周囲が欠落したような形状となっている。そして、その部分をよく見るとSCSI(スカジー)端子を思い起こす長い端子が備わっている。これがカメラ本体とレンズユニットとを電気的に繋ぐインターフェースだ。カメラ本体背面に関しては、操作部材のレイアウト等、当時のGRデジタルに準じたものとなっている。


一方レンズユニットは、その名のとおりレンズのほかに内部にイメージセンサーや映像エンジン、ユニットによってはフォーカルプレーンシャッターを備える。操作部材については、一部のレンズユニットを除きズームリングやフォーカスリングを備えるものの、それ以外は基本的に搭載されていない。カメラ本体とのインターフェースである端子を備えるほかは、全体的にシンプルな構造としている。このレンズユニットをカメラ本体に装着することで、GXRははじめてカメラとして成り立つのである。

カメラ本体と同時に発売を開始したレンズユニットは2つ。「GR LENS A12 50mm F2.5 Macro」と「RICOH LENS S10 24-72mm F2.5-4.4 VC」だ。注目点の1つはセンサーサイズとなるだろう。写りの精度の高さがより要求されることの多い単焦点マクロレンズにはAPS-Cセンサーを、開放値の明るい標準ズームには1/1.7インチセンサーを採用している。レンズの性格やサイズ感などに応じてイメージセンサーが異なるのは面白い。
なお、センサーのサイズがレンズユニットによって異なることもあり、その後発売されるレンズユニットも含め焦点距離表示はフルサイズ判に換算したものとしている。ちなみに2本の実焦点距離はマクロレンズが33mm、標準ズームレンズが5.1-15.3mmである。
2010年以降に発売されたレンズユニットは、APS-Cセンサーを搭載する標準ズームユニット「RICOH LENS A16 24-85mm F3.5-5.5」、同じく単焦点光学系の「GR LENS A12 28mm F2.5」、同じAPS-Cセンサーながら光学系を持たないMマウントユニット「GXR MOUNT A12」、そして1/2.3インチセンサーを搭載する高倍率ズーム「RICOH LENS P10 28-300mm F3.5-5.6 VC」となる。6つ全てのレンズユニットのうち4つをAPS-Cセンサーが占めることから、GXRが想定していたライバルは、APS-Cサイズやフォーサーズのイメージセンサーを搭載するデジタル一眼レフも含んでいたものと思われる。


GXRは発表されるや否や、その斬新なアイディア、コンセプトに誰もが驚かされたことは言うまでもない。レンズユニットという考え方はそれまでなく、それゆえ面白がられ、カメラ関連をはじめとする様々な媒体でピックアップされたようにも記憶している。私自身もフィルム時代には考えられなかったデジタルならではのカメラとして未来を強く感じたし、今後このスタイルを模したライバルの登場にも期待するものがあった。
GXRに関する個人的なエピソードは、発売されて間もない頃、銀座交差点角にある後にRING CUBEと銘打つ同社ビルを訪れ、フィルム時代からのGRシリーズをお借りして撮影していたときのことである。撮影の依頼主は、今はなき某カメラ誌。物撮影となると当時はデジタル一眼レフ一択であったが、リコーにはラインナップされておらず(ペンタックスを吸収したのは2013年である)、他社製デジタル一眼レフを使い撮影を行っていた。
タイミング的にイメージセンサーのホコリの問題が何かと話題になっていたときで、私自身も月に一度はセンサー清掃をメーカーのサービスにお願いしていた。そのような状況で撮影をすすめていると、私の横を同社カメラ事業を取り仕切るY役員が通りかかったのである。そして私の顔を見るなり「センサーのホコリ、大変でしょう。うちにはホコリの付かないカメラがあるよ」と一言。
言うまでもなく「GR LENS A12 50mm F2.5 Macro」のことを指して仰っていたのだが、「なるほど」とその時強く納得したものである。もっとも、そのレンズは個人的にあまり物撮影では使用することの少ない標準マクロであったが。

そのようなGXRであるが、残念ながら一代限りで終わってしまう。外野の人間としてはもっと積極的な展開を行えばと思ってしまうのだが、事業として考えたとき止めざるを得ない厳しい理由があったのだろう。しかしながら、類稀なるユニット交換式のカメラGXRは、リコーらしいモデルであるとともに、カメラ史に残り続ける一台のように思えてならない。
大浦タケシ|プロフィール
宮崎県都城市生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業後、雑誌カメラマン、デザイン企画会社を経てフォトグラファーとして独立。以後、カメラ誌をはじめとする紙媒体やWeb媒体、商業印刷物、セミナーなど多方面で活動を行う。
公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員。
一般社団法人日本自然科学写真協会(SSP)会員。
