「キヤノンEF-M」の発売は1991年。海外専用モデルとして欧米で発売された。AFを省略したシンプルなつくりであるが、操作性はよく考えられており使いやすいカメラである。リスクが高くあまりオススメできないが、海外の個人売買サイトではボディ単体1万円前後で売買されている

国産のカメラのなかには、日本国内では売られず、諸外国のみで販売されたものが存在する。そのほとんどは国内向けとは異なるカメラ銘としたものや、機能や機構の一部を変更あるいは省略したものなど、国内で販売されたカメラをベースとしたものである。ところが完全に海外専用としてつくられたエキゾチックなカメラも存在する。そのひとつが今回紹介する1991年発売のフィルム一眼レフ「キヤノンEF-M」(以下EF-M)である。

EF-Mの最大の特徴は、本来オートフォーカスレンズであるEFレンズを使用する一眼レフでありながら、フォーカスモードはマニュアルのみとするカメラであることだ。合焦したことを視覚的に知らせるフォーカスエイド機能すらも無く、オートフォーカスに纏わる機能は何一つ搭載していないかなり割り切ったカメラなのである。ちなみにカメラ銘はそのことをよく表しており、オートフォーカスに関わる機構を備えていないので"EOS"の名は付かない(使えない?)。EF-Mの"EF"はEFレンズのことを、"M"はマニュアルフォーカスであることを示すものと思われる。

細部を見た場合EOSと異なるのが、まずファインダースクリーン。EOSは基本的に全面マットのみであるのに対し、本モデルでは全面マットをベースとするものの中央部分に丸いマイクロプリズムが置かれ、その真ん中にはやはり丸いスプリットイメージプリズムを配置。マニュアルフォーカスの一眼レフでは定番とも言えるタイプのスクリーンを採用する。この当時EOSのマットスクリーンは明るいもののピントの山が掴みづらく不評であったが、EF-Mのマットも同様で、結果ピントの合わせやすい中央のスプリットイメージプリズムを使うユーザーが多かったのではないかと察せられる。

もうひとつが、ダイヤルによる絞りとシャッター速度の設定方法だ。カメラ背面から見て、右のショルダーに電源スイッチを兼ねた絞りダイヤルを、左のショルダーにシャッターダイヤルを配置し、それぞれ絞り値とシャッター速度が記されたアナログダイヤルとする。いずれのダイヤルにもAマークが備わり、どちらのダイヤルもAマークに合わせるとブログラムAEに、シャッターダイヤルのみAマークに合わせると絞り優先AEに、絞りダイヤルのみAマークに合わせるとシャッター優先AEに、さらに両方Aマークを外すとマニュアル(メータードマニュアル)に切り替わる。単純な露出モードの設定方法だが、非常にわかりやすく感じる。また、ひと目で露出の設定状態が把握できるほか、電源を切ってもその状態がわかるので便利である。

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最高シャッター速度は1/1000秒、フィルム巻き上げ速度は1コマ/秒。ファインダーはペンタプリズム式とし、視野率90%、倍率0.75倍とする。フィルムはカメラへの装填後自動的に全コマを巻き上げ、撮影の度にパトローネに送り込むプリワインド方式を採用
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左のショルダーにはシャッター速度の記されたシャッターダイヤル、右のショルダーには絞り値の記された絞りダイヤルを配置。このふたつのアナログダイヤルで撮影モードの設定も行う。写真は、どちらもAマークとしているので、プログラムAEモード設定状態。絞りダイヤルは電源スイッチも兼ねる
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なお、右のショルダーに絞りダイヤルを配置したのは、カメラをホールドしたまま右手親指と人差し指を使い素早く絞り値の設定ができるからと思われる。それはシャッター優先AEよりも絞り優先AEのほうが作画的に使いやすく使用頻度の高い露出モードであり、その利便性を考えた結果だろう。絞りとシャッター速度のアナログダイヤルを用いた露出の設定方法はEOS登場以降となると本モデルのみであるが、EOSシリーズでも採用してみてよかったのではと思えてならない。

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裏蓋を開けたところ。フィルムのパトローネに記されたDXコードを読み取る接点を備える。写真の個体はシャッター幕にかすれたたような跡があるが、これはシャッターダンパが経年による加水分解で溶け付着したものをベンジンで拭き取った跡。ダンパの加水分解は、この当時のエントリーおよびミドルレンジEOSで見られる現象だ
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ボディのつくりについては同時代のエントリーモデルである「EOS 1000 QD」と同等だ。ボディ外装はテカテカと光ったプラスチッキーな仕上がりで、高級感からは残念ながら程遠い。ボディの質量は390gと軽量であるが、これは金属製のシャシーが組み込まれていないからだと察せられる。マウントもプラスチック製とチープだ。ただ、ボディのシェイプや造形のラインは比較的洗練されており、筆者個人としては好ましく感じている。なお、EOS 1000 QD の発売はEF-Mの発売前年となる1990年ということもあり、構造的にEF-Mはこのカメラと共通の部分が多いものと思われる。

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正面から見たEF-M。マウント内部に接点を備えるが、おそらく信号のやりとりは絞り関連のみで、AFに関するものは行ってないはずだ。マウントは残念ながらプラスチック製。ペンタカバーまわりからボディ全体にかけてのシェイプはシンプルにまとまっており、造形的に悪い印象はない
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今になってみれば、よくこのようなコンセプトのカメラが発売できたなと思う。EOSシリーズの初号モデル「EOS 650」の発売から4年も経過しており、オートフォーカスは性能的に安定していただろうし、コストもそれなりに抑えたものとなっていたはずなので、オートフォーカスを採用しない明確な理由が見つからないのである。想像するに当時の為替が欧米の通貨に対し円が今よりもはるかに高かったため、EFレンズがより安く楽しめるカメラが渇望されていたか、あるいはオートフォーカスは不要、マニュアルフォーカスで撮影が楽しめればそれでよいとする割り切った考えの声があったのかもしれない(某インターネット百科事典でのEF-Mの説明には「オートフォーカス操作に慣れない人向けに販売」とあるが、個人的にはその記述に疑問を抱いている)。発売年から考えると開発時期は1990年前後。当時日本はバブル末期を迎えているものの、同社はこのようなカメラの開発製造を行う余裕があったことは確かなようである。EF-Mは国内の中古カメラショップに並ぶことは稀であり、お目にかかることの極めて少ないカメラである。もし出会えたときはぜひ一度手にとってもらえればと思う。

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バッテリーは2CR5型を使用。この当時のEOSではよく使われる規格のバッテリーだ。本モデルの製造国は台湾。三脚ネジ穴は、わずかに光軸より外れたところに置かれる
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大浦タケシ|プロフィール
宮崎県都城市生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業後、雑誌カメラマン、デザイン企画会社を経てフォトグラファーとして独立。以後、カメラ誌をはじめとする紙媒体やWeb媒体、商業印刷物、セミナーなど多方面で活動を行う。
公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員。
一般社団法人日本自然科学写真協会(SSP)会員。