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クイックリターンミラーに代わりキヤノン独自の固定ペリクルミラーを採用する「EOS RT」。RTモードでの撮影では、シャッターを切ってから露光が完了するまでのレリーズタイムラグはわずか0.0008秒を実現。発売は1989年。発売当時のボディ単体価格は11万5,000円であった

カメラメーカー各社、新しい機能や機構の開発に挑戦的に臨むのが常だが、ことキヤノンはそのなかでも群を抜いている。カメラ関連以外も含まれるものの、昨今の特許出願公開件数および特許取得件数を見れば一目瞭然である。そのなかで古くからあるもののひとつがハーフミラーに関する技術だ。同社では「ペリクルミラー」と称し、代表的な応用例は言うまでもなく35ミリ一眼レフカメラである。クイックリターンミラーの代わりにペリクルミラーを固定し、一眼レフカメラのデメリットであるシャッターを切った際のブラックアウトやミラーアップ時の振動と音を無きものとする。今回ピックアップした1989年発売の「EOS RT」は、そのペリクルミラーを採用したAF一眼レフカメラである。ちなみにペリクルミラーを用いた同社一眼レフは本モデルのほかに、ペリクルミラー採用初号機で1965年発売の「PERRIX」、その改良型で1966年の「PERRIX QL」、プロ報道専用で1972年の「F-1 High Speed Motor Camera」、同じく1984年の「New F-1 High Speed Motor Drive Camera」、1995年発売の「EOS-1N RS」が過去リリースされている。

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ペリクルミラーのメリットはレリーズタイムラグの短さに加え、ファインダー像のブラックアウトフリーやミラーショックが無いこと、ミラーアップの音が発生しないことも挙げられる。ベースとなったカメラは「EOS 630 QD」。5コマ/秒の連続撮影や動体予測AIサーボAF、オートブラケティングの搭載など基本的なスペックは同じ

EOS RTは、同じ年に発売された「EOS 630 QD」をベースとしている。倍率0.8倍・視野率94%のファインダーや最高速度1/2000 秒とするフォーカルプレーンシャッター、6分割評価測光、オートブラケティング機能の搭載など当然ながら同一で、当時のミドルクラスの35mmAF一眼レフとして申し分のないスペックを誇る。もちろんボディのシェイプやサイズもほぼ同じだ。ただし、販売価格は大きく異なり、EOS 630 QDがボディ単体8万5,000円であるのに対し、EOS RTは11万5,000円としていた。つまり、差額3万円分がペリクルミラーとそれに関わるコストと考えてよいだろう。複雑な機構を持つクイックリターンミラーよりも、ミラーボックス内に固定して使用するペリクルミラーのほうが高価であるのはちょっと興味深い。

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ペリクルミラーが固定されたミラーボックス内。レンズを通して入ってきた光はこのペリクルミラーでファインダー側とフィルム側に分光する。フィルムへの光量は−1/3EV分減少するので、単体露出計を使って露出を求めるときなど注意が必要だ。ファインダースクリーンは交換可能

そしてこのカメラの特筆すべきポイントがシャッターボタンを半押し状態から全押しし露光完了までの、いわゆるレリーズタイムラグの短さだ。メインスイッチをRT(リアルタイム撮影)モードに設定すると、メーカー公表値で0.0008秒を実現。この数値は驚くべきもので、クイックリターンミラーを搭載する通常のフィルム一眼レフの場合、フラグシップモデルで0.05秒前後と言われているので圧倒的な速さである。極論するとシャッターを切った瞬間、露光は完了していると述べても過言ではない。ちなみにカメラ銘である"RT"とはReal Time、つまり"同時"のことを指すと言われ、このレリーズタイムラグの短さを表している。シャッターチャンスを一瞬でも見逃せない被写体の撮影などでは、このモードは威力を発揮する。

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メインスイッチをRTモードに設定した状態。シャッターボタン半押しからシャッターを切ったときのレリーズタイムラグは0.0008秒とする。通常のAモード(電子音あり/電子音なし)の場合のレリーズタイムラグは「EOS 630 QD」とほぼ同じと言われている

余談となるが、冒頭で記したペリクルミラーを過去採用したカメラのなかに報道専用とするF-1 High Speed Motor CameraとNew F-1 High Speed Motor Drive Cameraがある。前者の発売はミュンヘンオリンピック開催の年、後者はロサンゼルスオリンピック開催の年となることからも分かるとおりレリーズタイムラグの短いほうが有利なスポーツ撮影での使用を前提としたものだ。また、EOS RTのカスタム機能のなかには、RTモード設定時にレリーズタイムラグを当時のキヤノンのフラグシップモデル「New F-1」と同じにするモードが備わっている。これはあまりにも短いレリーズタイムラグのため却ってシャッタータイミングの掴みづらいNew F-1ユーザー、つまりプロや報道カメラマンのために設けられたモードであり、本モデルがそのような環境で使用されることを考慮した機能と思われる。

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カメラ背面下にあるスイッチカバーを開くと4つのボタンが現れる。左より途中巻き戻し、AFモード、フィルム巻き上げモード選択、電池チェック。15個あるカスタム機能の設定はフィルム巻き上げモード選択ボタンと電池チェックボタンを同時に押して行うが、それぞれの機能の役割については取説を見ないとわからないのが難点

そのようなRTモードであるが、デメリットがないわけではない。このモードではまずAFモードはONE SHOTいわゆるシングルAFに固定され、AI SERVOいわゆるコンティニュアスAFで撮影を行うことはできない。そのため、動き回る被写体を追うことは難しい。またシャッター半押しを行うとピントと同時に露出も固定されてしまうので、被写体の明るさの急な変化にも対応できない。さらに設定した絞り値まで絞り込まれるため、絞り値が大きいとファインダーは当然暗くなってしまうのである。被写体や撮影意図によっては思ったような撮り方が難しいこともありそうだ。だったらRTモードの使用を諦め通常撮影用のAモードに期待がかかるのだが、このモードでのレリーズタイムラグはベースとなったEOS 630 QDとほとんど変わらないと言われており、ペリクルミラーであることの意義が薄れてしまうのである。もっともファインダー像がブラックアウトしないこと、ミラーアップによるショックや音がないことはやはり大きなメリットであることには違いはないが。

RTモードに設定しシャッターボタンを押したときのミラーボックス内の様子。シャッターボタンの半押しを行うと、ペリクルミラー背面にある遮光用シャッターおよびAFセンサー用のミラーがミラーボックス底部に収納。シャッターボタンを全押しすると同時にシャッターが切れ露光を行う。もちろんペリクルミラーは動くことはない

ハーフミラーによりフィルム側とファインダー側に光を分散させるため、フィルムに当たる光量が気になるが、1/3EVの減光であることもこのカメラの知っておきたい部分。ISO100のフィルムを装填した場合、ISO64での撮影となる。単体の露出計やオート機能に連動しないストロボを使用するときなど留意が必要だ。また、露光時はファインダーアイピース側から入る光にも注意したい。その光がフィルムを感光させてしまうことがあるからだ。そのため、純正のストラップ肩当てには、ファインダーから目を離して撮影する際に使用するファインダーカバーを備える。なお、残念ながらアイピースシャッターは本モデルには搭載されていない。ハーフミラーに付着したホコリにも気をつけておきたところ。ホコリの大きさによっては、デジタルカメラのイメージセンサーに付着したホコリ同様写り込んでしまうからである。

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裏蓋を開けた状態。この当時のEOSにみられるシャッターダンパの加水分解はこのモデルでも見受けられる。自己責任で行なってほしいが、シャッター幕に加水分解による汚れが付着している場合はベンジンを湿らせた綿棒などで軽く拭き取るとよい

現在のEOS RTの中古カメラ市場でのボディ単体の価格は5,000円から1万円ほど。これは20年ほど前から相場的に大きく変わっておらず、今回の写真撮影に用いた実機もやはり20年ほど前に大阪写真会館内にあるカメラショップにて5,000円で購入したと記憶している。中古カメラショップで出会う機会も比較的多く、この時代のEOSの持病であるシャッターダンパの加水分解によるシャッター幕の汚れを除けば、元気に動いている個体も多い。ハーフミラーを用いた類い稀なフィルム一眼レフとして、またキヤノンの持つ卓越した技術の一端を知るうえで、同社のファンは持っておいて損のないカメラであるように思える。