
世界初のハーフサイズ一眼レフカメラ「オリンパスPen F」。1963年の発売である。セルフタイマーやミラーアップ機構等などなく、シンプルで基本を押さえたつくりが特徴。露出についてもオートのないフルマニュアルとしている
オリンパスはカメラの小型化に長けたメーカーだ。1959年に登場した「オリンパスPen」に始まるハーフサイズのオリンパスPenシリーズ、35mm一眼レフカメラのOMシリーズ、カプセルカメラの始祖というべきXAシリーズなどいずれも小型軽量をセールスポイントのひとつとしており、オリンパスのアイデンティティにもなっていた。これらの開発設計に大きく関わったのが同社光学技術者の米谷美久氏(1933-2009)である。特にオリンパスPenにいたっては入社早々の時期に開発から直接携わり、その設計思想が後の同社カメラ開発に大きく影響したことはよく知られた逸話となっている。

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オリンパスPen Fシリーズ(以下Pen Fシリーズ)も米谷氏自らが開発から設計にいたるまで担当したハーフサイズの一眼レフカメラシリーズである。24×36mmのフォーマットを持つ当時の35mm一眼レフと比較するとレンズも含め小型で軽量。経済的にフィルムの使えるハーフサイズの一眼レフカメラとして大いに注目を集めた。そのPen Fシリーズには、一般に3つのモデルが存在する。初号モデルで今回ピックアップした「Pen F」(1963年発売)、二世代目で露出計とセルフタイマーを内蔵する「Pen FT」(1966年発売)、PEN FTから露出計を省いた「Pen FV」(1967年発売)である。Pen FTおよびPen FVの機構的な部分は、フィルム巻き上げのストローク回数が異なることを除けば基本的にPen Fをベースとしており、外観もセルフタイマーの有無を除けばPen Fに準じたものである(フィルムの巻き上げはPen Fが2ストローク、Pen FTとPen FVが1ストローク)。

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ユニークなのはシャッター機構とクイックリターンミラーも含むファインダーだろう。
シャッター機構は半円形のプレートが回転することで露光を行う珍しいロータリー式を採用。一般的なフォーカルプレーンシャッターだとドラムを置くスペースを必要とすることなどからこの方式にしたものと思われる。最高シャッター速度は1/500秒に止まるが、全速ストロボ発光に同調する。明るい屋外でシンクロ撮影が手軽に楽しめるはずだ。また、シャッタープレートがチタン製であるのも注目点。今でこそチタンは比較的手に入れやすく珍しい金属ではないが、1960年代は東西冷戦の影響から軍需産業や航空産業等に買い占められるなど、一般に出回ることの少ない貴重なものであった。そのようなチタンをシャッター幕に用いていることも驚きに値する(余談だが、同年代のニコンSPなどもチタン幕を採用している)。

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クイックリターンミラーは、見慣れた一般的な一眼レフと異なり、横方向に跳ね上がる。縦長の画面に合わせたもので、こちらの方がフランジバックを短くでき、ボディ厚も抑えられるからだ。レンズから入った光はクイックリターンミラーを経由し、その後ポロプリズムをはじめ一眼レフのファインダー光学系としては複雑な経路を辿りファインダーアイピースへと導かれる。ボディのトップカバーはペンタプリズムによる張り出しがなくフラットでスマートな形状とするが、それを実現できたのはこのファインダーによるものである。ただし、Pen F、いやPen Fシリーズのウィークポイントであるファインダーの暗さはそのような構造も影響している。

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特徴的なものとしてはもうひとつ、シャッター音がある、ハーフサイズのコンパクトな一眼レフとは裏腹に大きく勇ましい。しかも35mm一眼レフのフラッグシップモデルなみに音のキレはよく、写真を撮る気に大いにさせる。このシャッター音は意識してつくられたものであるか否かは定かではないが、Pen Fが只者でないことを聴覚からも知ることができるものだ。カメラとしてのつくりも時代を考えれば素晴らしく、当時の35mm一眼レフのフラグシップモデルに迫る精度の高い仕上がりである。"山椒は小粒でもピリリと辛い"とよく知られたことわざがあるが、Pen Fはまさにそれを地でいくカメラなのだ。
そのようなPen Fであるが、現在の中古市場はどうだろう。あくまでも筆者の肌感からではあるが、最近は中古カメラショップで出会う機会が少なくなってきているように思える。かつての中古カメラブーム時は、他のペンFシリーズも含め店頭で見かけることも多く、また街中では首から下げている写真愛好家の姿も少なくなかったのだが、その頃にくらべるとちょっと寂しい状況と言わざるを得ない。
しかしながらPen Fは、ある意味今の時代に見合ったフィルムカメラである。最近はフィルム現像と同時にネガをスキャンしてもらいデータで撮影した写真を楽しむ写真愛好家が多いと聞くが、縦位置をデフォルトとするスマホで閲覧するには、同じく縦位置写真をデフォルトとするPen Fは適しているからだ。また恐ろしく高価になったフィルムの価格を考えると、24×36mmのフォーマットにくらべ1カットあたりの単価が半分とリーズナブルに撮影が楽しめることも見逃せない。しかもレンズ交換により表現の可能性は高く、露出の設定も思いどおりに楽しめる。そのような意味ではPen Fは古くて新しいフィルムカメラと述べてよいのかもしれない。

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大浦タケシ|プロフィール
宮崎県都城市生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業後、雑誌カメラマン、デザイン企画会社を経てフォトグラファーとして独立。以後、カメラ誌をはじめとする紙媒体やWeb媒体、商業印刷物、セミナーなど多方面で活動を行う。
公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員。
一般社団法人日本自然科学写真協会(SSP)会員。

