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第4回(2025年3月25日開催)は、「中継」や「ライブ」の概念を変える二つのプロダクト、従来100万円以上かかっていた通信費を4分の1に圧縮したインカムシステム「T-Qom」と、50ミリ秒低遅延配信を実現する「Live Multi Studio(LMS)」の最新スポーツ中継事例の後に、これらの技術を活かす場所としての「赤坂エンタテインメント・シティ計画」が紹介された。

レビュー視点を提供するのは、"通りすがりの天才"、AR 三兄弟 川田十夢氏と、ハードウェアスタートアップの先駆者であるShiftall岩佐琢磨氏、そして、企画・モデレーターの筆者、西村真里子。TBS技術部のプロダクトは、どのような可能性を秘めているのか。

スマホ1台が中継現場を助ける──TBSが開発したT-Qomの革新性

TBS独自開発の中継支援システム「T-Qom」が、セッションの幕開けを飾った。

紹介するのは、TBSテレビ メディアテクノロジー局 設備戦略 担当局長 平井郁雄氏。平井氏はニューヨーク支局勤務時の中継の現状から話を始める。従来の海外中継では、カメラマンと記者の2名体制で取材に赴き、スマートフォンとイヤモニを駆使しながら、本社からの指示と映像チェックを両立させていたという。機材が最小限であるため、運用は煩雑を極め、スマホを輪ゴムで固定して使うような工夫すら日常だったという。

そのような中継時の不便を解消できるのがオールインワンインカムアプリ「T-Qom」だ。映像フィードバック、インカム、そして本社からの返し音声を、1つのiPhone端末で一括管理できる。しかも、4系統の音声チャンネルを同時に選択・モニタリング可能。音量も個別調整できるため、スポーツ中継などで複数のセクションが入り乱れる現場においても、極めて直感的かつ柔軟な対応が可能になる。

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グループ管理機能も備えており「世界陸上」「報道特番」など番組単位でチャンネルを分け、必要な関係者のみでのインカム運用も可能。映像面では、オンエア中のカメラにはタリー機能として赤ラインが表示される。これにより、現場のスタッフは自分のカメラがオンエアに乗っているかどうかを一目で把握できるようになっており、切り替えのタイミングやカメラワークにも大きな助けとなる。国際電話の通話料も約4分の1にまで圧縮できたそうだ。

すでに報道、スポーツ、バラエティなど多様な番組で導入が進んでおり、今後は個人クリエイターやYouTuberへの応用も視野に入れていると平井氏は語る。

岩佐氏:

実は私が前職Cerevo時代に作っていたのが後付式のタリーランプでした。家庭用ビデオカメラにランプを取り付けて、どのカメラの映像が現在配信されているかを示すもので、個人でライブ配信する時代が来ると考えて作ったものです。T-Qomはその延長線上で、プロの機能をスマホ1台に落とし込んでいる。テレビ局の方が個人レベルの配信者にも手の届くような機能を実装されていることに感動しました。

さらに岩佐氏は、T-Qomが常時通話状態を維持できる仕様にも注目。従来のインカムではプッシュ・トゥ・トーク式が多く、片手が塞がることも多かったが、T-Qomでは常時リスニングが基本となる。現場の実態に即した工夫が、プロダクトの設計思想に深く反映されている。

川田十夢氏は、T-Qomのようなアプリが登場することで、これまで限られた専門職のものだった放送技術が、より多くの人々の手に届く時代が来ると語る。

川田氏:

iPhoneアプリでプロの放送技術が使えるようになると、誰もが遊び感覚でその技術を体験できる「中継ごっこ」や「テレビごっこ」ができそうですよね。遊びながらテレビの放送技術を体験できるようになるのも面白いですよね。

岩佐氏は、香港ではタクシー運転手が複数台のスマートフォンでインカムアプリを使いこなしている事例も紹介した。中継や配信に限らず、遠隔で頻繁にコミュニケーションを取る人々にとっても、T-Qomは有効な選択肢になり得ることを示している。T-Qomは、放送業界の専用ツールだったインカム機能を、より広いユーザー層に開放する可能性を秘めている。

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中継の未来──Live Multi Studioが実現する超低遅延のリモートプロダクション

続いて紹介されたのが、TBSが自社開発するリモート中継ソリューション「Live Multi Studio(LMS)」である。プレゼンを担当したのは、TBSテレビ メディアテクノロジー局 未来技術設計部 テクニカルエバンジェリスト 永山知実氏とTBSテレビ メディアテクノロジー局 未来技術設計部マネージャー 藤本剛氏。

LMSは、インターネット回線を用いて50ミリ秒(0.05秒)という超低遅延で映像・音声を伝送可能とする。

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当日紹介されたのは、まさに3月25日、イベント当日に稼働初日を迎えたばかりのプロジェクト、福岡県で開催中の「大正製薬 リポビタン 第47回全国選抜高校テニス大会」での活用事例だ。

福岡現地ではカメラ設置のみを行い、それ以外の撮影、スイッチング、ズーム、カメラ制御といった中継に関わる行程を、東京・辰巳にあるWOWOWの拠点から遠隔で行っているという。

しかもその操作は、iPadと市販のゲームコントローラーなどを使った直感的なUIで実現されており、プロのカメラマンも初日から違和感なく対応できたという。従来であれば複数人の現地出張が必要だった中継業務が、通信とソフトウェア制御によって現場レス化していることになる。通信は一般家庭で使われるフレッツ光回線だ。

日々進化しているLMSだが、今回の技術面のハイライトは、業務用カメラズームコントローラーとの統合だ。ゲームコントローラーなどの直感的なものはすでに対応済みだったが、プロのカメラマンでも使えるものとすべく、カメラズームコントローラーに対応したという。TBSの藤本氏によれば、通常は特殊な物理インターフェースが必要なプロフェッショナル機材を、自作の変換基板によって接続し、プロの機材とコンシューマーデバイスの橋渡しを実現したという。

岩佐氏:

正直、驚きました。僕はスタートアップとしてUstreamの時代から、コンシューマー向けの機材でプロフェッショナルな配信を目指していろいろ工夫してきたのですが、TBSさんのようなプロフェッショナル放送局が、逆にこうして(コンシューマー側に)下りてくる動きをしているのが非常に面白いです。プロの動きが汎用化されてきている、これってまさに技術の地殻変動だと思います。

川田氏:

地殻変動って言葉、まさにその通りですよね。こんなに簡単にプロレベルのことができるようになると、クリエイターの可能性がすごく広がる。例えば中継ごっことか、ちょっとした街イベントでも、こうしたシステムを使えば本格的な映像演出ができるようになりますよね。

TBSの平井氏は、岩佐氏や川田氏のやり取りを受けて、こう述べた。

平井氏:

お話を聞いていると、いま赤坂で起きていることが、まるで放送のシリコンバレー化のような現象に思えてきます。ここが"赤坂テック坂"となりそうな気がしてきました。

街がメディアになる──TBSが描く赤坂エンタテインメント・シティ計画の全貌

セッションの締めくくりには、TBSの未来戦略を象徴する「赤坂エンタテインメント・シティ計画」が紹介された。プレゼンターを務めたのは、TBSの都市開発を担うエンタテインメント・シティ推進室の増田隼人氏だ。TBSが掲げる「ビジョン2030」において、「体験(エクスペリエンス)の拡張」は重要なキーワードの一つ。この構想は、その中核をなすプロジェクトである。

TBSが取り組む街づくりのスタンスは、「メディア企業が街をつくる」といった一方通行のものではない。むしろ、「赤坂という街に対して、メディアがどのように共存していけるか」という視点が基盤にある。花街、キャバレー、演劇といった文化的な舞台が脈々と息づいてきた赤坂の歴史を継承しながら、街そのものをエンタテインメントのフィールドへと再構成していくのが目的だ。

その先行事例が、2022年に開業したハリー・ポッター劇場である。劇場内で体験が完結するのではなく、飲食や物販などを通じてコンテンツが街全体に広がるよう設計された結果、来訪者の滞在時間は大幅に延び、SNSでの拡散効果も高まった。今後は赤坂駅直結エリアに、高層ビル2棟を新設予定。商業施設、ホール、インキュベーション施設、オフィス、劇場、ホテルなどを内包する複合施設が構想されている。

これらは三菱地所株式会社との共同プロジェクトであり、地域コミュニティとの連携も重視されている。

「ビルが建つこと自体が目的ではない」と増田氏は強調する。むしろ重要なのは、すでに動いている街を舞台にしながら、日常の中に新しい体験を浸透させていくこと。テレビ番組を含むTBSのコンテンツを、リアルな赤坂空間に滲ませることにこそ意義があるのだと語った。

川田氏:

赤坂周辺で最近気になっていたイベントがあります。TBSラジオ「脳盗」が仕掛ける体験型コンテンツ「盗-TOH-」です。音を立てないようにスタジオ内を移動して、そこにある"モノ"を「盗む」体験ができる、テレビ・ラジオ局ならではのコンテンツです。

この「盗-TOH-」をTBSラジオの制作チームと共に企画したのも、増田氏である。TBSのラジオやテレビのマイクを多数集め、スタジオの中で「1分間、音を立てなければモノを持ち出してもよい」というルールのもと、観客に没入体験を提供するというユニークな仕掛けだ。

実施期間は短かったにもかかわらず、海外からの参加者も訪れ、SNSで大きな話題となった。番組や既存のキャラクターIPに依存せず、テレビ・ラジオ局が持つアセットを最大限に活用した新しい体験型コンテンツとして成功を収めた。今後は企業との連携やマネタイズの展開も期待されている。

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このように、すでに複数の実践を通じて動き始めている増田氏は、「街づくり×テクノロジー」の妄想的ビジョンも披露した。例えば、赤坂の一角に世界中と24時間つながる巨大ビジョンを設置し、ニューヨークやパリとリアルタイムで音や映像を交わらせるような体験。あるいは、例えば地下265階まで掘り下げられた仮想のバーチャル空間を構築し、フロアごとに異なる"地下番組世界"を展開する、というような構想である。

例えば、ディープでコアな「水曜日のダウンタウン」のような番組は、最も奥深い最地下に存在する――そんなコンセプトだ。増田氏の言葉を借りれば「地下は無限」。その無限の奥行きを生かす発想こそ、テレビ局という特異な存在だからこそ実現できる、「街をメディア化する」試みなのだ。

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岩佐氏:

とりあえず地下はさくっと、1回バーチャルで掘っちゃいたいですね。リアルは上しかないけど、地下はバーチャルで存在させる。VRChatで地下265階分とかはすぐに作れちゃうので。

川田氏:

これはジャストアイディアなのですが、岩佐さんのおっしゃるバーチャル地下空間に入る時に、エレベーター型のインターフェースがあると良いかな、と思いました。全面LEDのエレベーターで、メタバースで作った空間を、現実世界でも体験できるようにするんです。

岩佐氏:

確かに、十夢さんの言うとおりですね。現実世界側に全面OLEDを使った装置CAVE(ケイブ)と呼ばれる仕組みは昔からありますが、それを使うとバーチャル空間に入ったような感覚が得られます。例えば、4K・80インチのテレビを4面に立てて、トイレの個室くらいの小さなエレベーターに仕立ててもいい。1人用でも十分リアルで、コストもさほどかからず、面白い体験になるはずです。

川田氏:

エレベーター型インターフェースの中に入ると、LED/ディスプレイ映像によって地下に降りていく感覚が得られ、どんどんディープな世界へと進んでいく。「金八先生の時代」「トンボの世界」そんな番組ごとのフロアがあって、それぞれの時代に没入できる空間があったら最高ですよね。

TBSが保有する映像アーカイブには、それを実現できるだけの資産がある。例えば地下空間を「時代ごとのゾーン」として構成し、階段やエレベーターを使って降りていくたびに昭和・平成・令和と時代をさかのぼる構造にする。

あるいは、コンプライアンスの観点から現在では放送できないような過去の映像を、限定された空間で有償視聴できるようにするなど、アーカイブを単なる保管物ではなく、没入型の知的・感情的体験へと進化させることが可能だ。

実際、増田氏はすでにアーカイブ活用にも着手している。昭和の名番組「ザ・ベストテン」の展示を試験的に実施したところ、来場者が涙を流して見入る姿も見られたという。これはアーカイブの持つ感情価値の大きさを改めて認識させるものだろう。

今後は単なる配信コンテンツとしてではなく、岩佐氏や川田氏が提案するようなLEDやVR技術を用いた、まるで「地下に降りながら過去に潜る」かのような体感型視聴空間が、アーカイブ映像の価値を高めていきそうである。

増田氏が描くのは、テレビを単なる放送媒体ではなく、街づくりのツールとして再定義する未来像である。テレビ局の制作力や映像資産を都市空間に展開し、街そのものをメディア化することで、テレビ体験は受動的な視聴から能動的な体験へとシフトし、都市そのものが記憶や感情に触れるインタラクティブな舞台へと変貌していく未来が見えてくる。

テレビと都市が交差するその地点には、新たな文化とマネタイズの可能性が見えてくる。メディアの技術力・構想力と川田氏、岩佐氏のような異分野の創造力が交わることで、街の未来は、より自由に、より創造的に書き換えられていくはずだ。

WRITER PROFILE

西村真里子

西村真里子

株式会社HEART CATCH代表取締役。“分野を越境するプロデューサー”として自社、スタートアップ、企業、官公庁プロジェクトを生み出している。