
放送業界でもクラウド活用が現実解として語られるようになった今、その最前線を探るセミナーがInterop Tokyo 2025の展示会場で実施された。「世界の潮流、日本の選択──AbemaTVに聞く『クラウド制作の活かし方』」と題した本セッションでは、グラスバレーのクラウド制作基盤「AMPP」の国内初導入事例として、株式会社AbemaTVが登壇。クラウドを"現場の道具"としてどう捉え、どう活かしているのか、そのリアルな声が語られた。
登壇したのは、グラスバレー株式会社 代表取締役の三輪信昭氏、株式会社AbemaTV Broadcast Technology Managerの田中優貴氏、同Content Engineering Engineerの東和宏氏。筆者はモデレーターとして本セッションに参加した。


AMPPの基本思想「機材」ではなく「基盤」を提供

セッションの冒頭、三輪氏はAMPP(Agile Media Processing Platform)の構造と概念について紹介した。「AMPPは単一の製品ではなく、必要な機能を必要な分だけ呼び出せるアプリケーション群です。クラウドとオンプレを跨いで運用可能な柔軟性が特徴です」
導入企業の多くは、クラウドとオンプレのハイブリッド構成を採用しており、グラスバレーの調査でも7割以上がその形態だという。三輪氏は、欧州のDMC Productionsや豪州Corriviumなど、多拠点展開を前提とした海外事例を紹介しつつ、「繁閑の差に応じた柔軟な制作体制にAMPPは適している」と語った。
また、AMPPはリモートワークや分散チームでの制作にもフィットする。放送業界に限らず、近年は働き方そのものが大きく変化しているが、その中で「場所を問わず必要なリソースを組み上げられる仕組み」は、各所から注目を集めている。
加えて、クラウドベースの制作はBCP(事業継続計画)の観点からも有効だ。自然災害や交通障害など、物理的なスタジオへのアクセスが困難な状況でも、制作を止めない体制を構築できることが、導入を後押しする要因のひとつになっている。
「ABEMA」が直面した課題とAMPP導入の経緯

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株式会社AbemaTVの田中氏は、クラウド導入を検討した背景として「週末になると10以上あるサブすべてが埋まってしまう状況だった」と、リソース不足に直面していた現場の実情を語った。追加スタジオの整備にはコストがかさむ一方で、平日は遊休資産となるため、「柔軟にスケールできる環境が必要だった」と振り返る。
AMPPとの出会いは2021年。当初は全貌の理解が難しかったものの、小規模番組での試行を経て2023年に本格PoCを実施。2024年からの本格導入にいたるまでには、現場の運用とのフィット感を丁寧に検証したという。
このプロセスにおいて、現場スタッフの理解と習熟も重視された。「単なる技術導入ではなく、現場のワークフローそのものに寄り添う形で展開することが重要だった」と田中氏は語っている。
AMPPで実現する柔軟な番組制作

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田中氏は「突発的な番組やスポーツ中継での機動的な運用に効果を期待している」と述べた。SRT受信機能を即時に展開したり、収録機材不足時にはAMPP上にレコーダー(4ch)を立ち上げるなど、AMPPで制作を完結するのではなく、既存のサブの機能を補完する形で必要な機能を都度呼び出せる仕組みが機能している。
オンプレ環境との橋渡しとして「AMPP Edge」と呼ばれる筐体も運用。SDI入出力を備えた専用ハードウェアが、既存設備とクラウドをつなぐ要として活用されている。
こうした運用は、急な番組編成変更やスタジオの空き状況に左右されがちな配信現場において、重要な柔軟性を提供している。「技術選定が制作の自由度を奪ってはいけない」といった「ABEMA」の思想もにじみ出ていた。
実際にAMPPを運用している現場では、制作チームのITスキル向上にもつながっているという声もあった。単なる「機材の操作」から一歩進んで、「仕組み全体を理解する力」が現場に根づきつつある。
GUI設計が現場の不安を払拭

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操作面での不安について東氏は、「AMPPは視覚的にフローが見える設計で、どの機能が動いているか一目で分かる。プレビューも可能で、現場の心理的ハードルが下がった」と語る。
田中氏も「AMPPに慣れたスタッフが自発的に『この番組はAMPPでいけそう』と提案してくるようになった」と、現場主導の活用が進んでいる様子を紹介した。
また、GUIは日本語にも対応しており、直感的な操作が可能な点も評価されていた。ツールを使う側の感覚を尊重したデザインが、クラウドへの心理的障壁を下げていることがうかがえた。
従量課金モデルがもたらす導入メリット
AMPPは従量課金モデルを採用しており、「使わなければ0円」という特性もクラウドならではだ。田中氏は「AWSの基盤費用は別として、実際にサービスを立ち上げた分だけ課金される。コスト効率が非常に良い」と説明する。
週末に制作負荷が集中する「ABEMA」のような体制では、仮想的にサブを増設できるこのモデルが、特に高い効果を発揮している。
このモデルは中小規模の制作現場にも広がる可能性がある。予算やスタッフが限られた状況でも、必要なときだけ機能を呼び出せる点は、導入のハードルを大きく下げてくれる。
多様な連携とAMPPの未来像

AMPPはグラスバレー製アプリケーションに限らず、80社近くのベンダーが参加する開かれたエコシステムとなっている。日本国内でも対応機器に関する相談が増えているという。
「ABEMA」では、クラウドに蓄積された素材(S3)がAIとの親和性を高めており、田中氏は「字幕生成やハイライト編集など、AMPPを収録後工程の自動化基盤としても活用したい」と展望を語った。
これにより、制作だけでなくポストプロダクションの省力化・効率化にも貢献できる可能性があり、今後のアップデートや他ツールとの連携に注目が集まっている。
さらに、将来的にはAMPPを通じて、放送・配信・アーカイブといった垣根を超えた横断的なコンテンツ運用も視野に入ってくる。放送設備がソフトウェア化される時代において、AMPPはその中核的な存在としてのポジションを築きつつある。
クラウドは「使える仕組み」として現場に根づく
「オンプレかクラウドかは手段にすぎません。大事なのは、良い番組をつくれるかどうかです」と田中氏。AMPPのように、現場が意識せずに扱える"使いやすい仕組み"としてクラウドが機能することが、理想的な制作環境につながっていく。
Interop Tokyoで紹介されたこの事例は、クラウドを特別視せず、現場の選択肢のひとつとして自然に組み込んでいく姿勢を示していた。AMPPの今後の展開が、技術と制作を無理なくつなぐ橋渡し役として期待される。