「ハイスピードレンズ」の夢
本日紹介するレンズは、中国の中一光学が手がけた「SPEEDMASTER 50mm F0.95 M」です。
中一光学は、同じ50mm F0.95でも、EFマウント版やMマウント版など、光学設計の異なるレンズを展開しています。今回はMマウント版をお借りしました。近年躍進の著しい中国製レンズですが、中一光学は2014年という比較的早い時期から50mm F0.95というスペックのレンズをラインナップしていました。中国製レンズにはまだ安価な代替品というイメージが強かった中、「いや待て、ちょっと面白いものがあるぞ」という見方を広めるのに一役買ったレンズではないかと思います。
言うまでもなく一番のアピールポイントはF0.95という大口径。スチルユーザーならこの数字から往年のキヤノン50mm F0.95や、ライカの銘玉ノクティルックスを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。一方、ムービーでF1.0を切るハイスピードレンズといえば、巨匠スタンリー・キューブリックが映画『バリー・リンドン』で使用した、ZEISS Planar 50mm F0.7(!)が思い浮かびます。18世紀ヨーロッパを舞台にしたこの映画では、蝋燭の光だけで室内を撮影するために、NASA向けにも製造されたこの特別なレンズを映画撮影に使えるよう改造しました。その描写は、狙い通り薄暗い室内を蝋燭の光だけで美しく映し出したのでした。
デジタルカメラでは感度を比較的柔軟に変更できるため、フィルム時代に比べて「明るいレンズでなければ撮れない」という場面は減りました。しかし、シネマカメラには、ノイズとダイナミックレンジの面でセンサー性能を生かしやすい基準感度(ベースISO/ネイティブISO)があります。複数の基準感度を持つ機種もありますが、画質を重視するなら、単にISOを上げれば済むとは限りません。適切な基準感度で撮影しながら、レンズで光を稼ぐという考え方には、現代でも意味があります。
一方、明るいレンズには浅い被写界深度を得られるという、もう一つの大きな魅力があります。現代ではこちらを重視して選ぶ方も多いでしょう。モニターで映像を拡大して確認できるようになり、被写界深度が浅くても、マニュアルでピントを追い込めるようになりました。被写体が背景から分離した立体感のある絵作りもハイスピードレンズならではの楽しみです。
中一光学のSPEEDMASTER 50mm F0.95シリーズはこうした「スーパー」ハイスピードレンズの中でも、手に取りやすい価格と価格以上に感じられる描写で注目を集めました。2014年の初代から世代交代を重ねたミラーレス用のIII型と、今回テストしたMマウント版は、光学設計が異なります。独自性の高いスペックに対して異なるアプローチの設計を複数投入し製品化できること自体に中国製レンズの勢いを感じます。今回は単に大口径というだけでなく、このレンズが持つ収差や描写の特性も確かめながら、大口径レンズを使うときの注意点についても考えていきたいと思います。
中一光学 SPEEDMASTER 50mm F0.95 M
| 項目 | 仕様 |
| 発売年月 | 2021年2月 |
| 公式ストア価格 | 税込94,500円 |
| マウント | ライカMマウント |
| 焦点距離 | 50mm |
| 開放F値 | F0.95 |
| 最小絞り | F16 |
| レンズ構成 | 8群11枚 |
| 絞り羽根 | 9枚 |
| 最短撮影距離 | 1.0m |
| 最大撮影倍率 | 0.05倍 |
| フィルター径 | 67mm |
| 最大径×長さ | 75×81mm ※マウント部除く |
| 重量 | 約668g |
チャートで描写をチェック
※画像をクリックして拡大
まずはチャートで描写をチェックしてみましょう。
絞り開放のF0.95から見ていきます。
※今回は、これまでの連載で用いた3ftではなく、6ftの距離でチェックしています。
開放では全体にやや柔らかく、コントラストも低めです。輝度差の大きい部分には滲みが見られ、彩度もやや控えめ。それでも、大口径レンズは開放時の描写を整えるのが難しいはずですが、このレンズはかなり善戦していると感じました。
※画像をクリックして拡大
※画像をクリックして拡大
※画像をクリックして拡大
F1.4まで絞ると収差がかなりすっきりと整理され、F2.8ではさらにクリアで、危なげのない描写になります。
歪曲も非常に少ない。オールドレンズとは似て非なる、現代の光学設計の進化を感じる部分です。
絞るにつれてコントラストも彩度も高まり、描写が整っていきます。絞りによる表情の変化も楽しめるレンズと言えそうです。
ブリージングをチェック
フォーカスを至近から無限遠へ移動させ、画角の変化(ブリージング)をチェックしてみます。
ボケていてもチャートの線を判別できるあたり、やや硬い印象か
※画像をクリックして拡大
※画像をクリックして拡大
今回のテストでは、ブリージングは驚くほど少なく感じられました。動画で使ううえでは、うれしい特性です。ちなみに、同じSPEEDMASTERブランドにはシネマレンズの「50mm T1.0」もありますが、今回のMマウント版とは光学構成が異なります。Mマウント版をそのままシネマ用の筐体に収めたものではありません。メーカーの設計意図までは断定できませんが、クリックレス絞りなど、結果として動画で扱いやすい要素も備えています。
フレアをチェック。マットボックスによる「ハレ切り」の効果を検証する
※画像をクリックして拡大
※画像をクリックして拡大
※画像をクリックして拡大
※画像をクリックして拡大
※画像をクリックして拡大
次に、フレアとそのコントロールをチェックしてみましょう。
絞り開放で画面内に光源を置くと大きなフレアが発生します。レンズの個性として積極的に表現へ取り入れたくなりますが、ここでは撮影の基本にも立ち返ってみたいと思います。
フレアやゴーストは、本来コントラストを低下させたり意図しない像を生じさせたりするものとして抑える対象でした。現在では格好よい表現として使われることもありますが、意図しないフレアやゴーストは、やはり邪魔になることがあります。
特にSpeedMaster50mmF0.95のような大口径レンズでは、画角外から入る光にも注意が必要です。画面内にライトがある状態からカメラを左右に振ってみると、ライトが画角から大きく外れても、映像に影響することがわかります。意図しない光は、きちんとコントロールしたいところです。
そこで今回、マットボックスを使った「ハレ切り」を検証してみようと思います。
近年はマットボックスやフォローフォーカスといった専門的なシネマ機材もさまざまなメーカーから手の届きやすい価格で発売されています。今回は、K&F CONCEPTのミニマットボックスをAmazonで購入してみました。購入時の価格は2万円未満。同価格帯で比較した製品のなかでは、左右からの光を遮る「サイドフラッグ」が標準で付属する点が目を引き、今回の検証にぴったりだと思った次第です。
※画像をクリックして拡大
※画像をクリックして拡大
※画像をクリックして拡大
※画像をクリックして拡大
※画像をクリックして拡大
※画像をクリックして拡大
検証方法はシンプルです。まずライトを画角の外へ移動させ、画面にフレアが出る位置に置きます。次にマットボックスのフラッグを少しずつ内側へ動かし、フレアが「切れる」位置を探ります。光源が画角から十分に離れていれば、比較的容易に遮れます。ただし、画角のすぐ外にある場合は、フラッグを入れすぎると画面の端に映り込むので、やりすぎは禁物です。
マットボックスの役割は、いわばレンズフードの遮光機能をさらに追求したもの。高価な機材がなくても、黒いボール紙などで簡易的にハレ切りはできますが、専用の機材があれば、よりスムーズに光をコントロールできます。もちろん、すべてを切る必要はありません。自分の求める表現に合わせて、微調整すればよいのではないでしょうか。
テスト撮影
※画像をクリックして拡大
※画像をクリックして拡大
※画像をクリックして拡大
※画像をクリックして拡大
※画像をクリックして拡大
※画像をクリックして拡大
※画像をクリックして拡大
※画像をクリックして拡大
モデル・俳優の中井さくらさんに協力してもらい、浅草近辺でテスト撮影を行いました。こうした人混みの多い場所では、狙った被写体だけを浮き立たせ、周囲をぼかせる大口径レンズが、背景を整理するうえでも非常に役立ちます。
ほぼすべてのカットを開放で撮影しています。ワンオペの手持ち撮影でフォーカスを合わせる難しさは、言わずもがな(苦笑)。ふわりとフォーカスが外れる映像も、どうかひとつ「味」ということにしていただけたらと思います(精進します)。
まとめ 大口径レンズの過去と現在を考える
今回は、中一光学のSPEEDMASTER 50mm F0.95 Mを紹介しました。かつて暗い場所を撮るために求められた大口径レンズは、現代でも明るさを稼ぎたい場面で力を発揮します。それに加えて、昼間であっても浅い被写界深度を生かして被写体を浮き立たせたり、フレアの入り方をライブビューで確認しながら表現に取り入れたりする楽しみもあります。かつては高嶺の花だった「スーパー・ハイスピード」レンズが中一光学をはじめとするメーカーの努力によって手に取りやすい価格で入手できるようになりました。このレンズを通してレンズを取り巻く環境の変化を感じます。
昔ながらの基本に沿ってF4〜5.6まで絞りマットボックスで有害光を切れば、端正な描写が得られます。一方で、開放のまま手持ちで撮りフレアを積極的に取り込むこともできる。
撮影の基本を踏まえつつ、その先で何を選ぶか。表現もまた時代とともに変わっていくのだと感じます。SPEEDMASTER 50mm F0.95 Mのようなレンズが発売され、支持を得ていること自体が、現代の大口径レンズに求められる役割を象徴しているように思えます。
せっかくこういう尖ったレンズを手にしたのなら、光と、フォーカスと「遊んでみる」のも、悪くないんじゃないかと思うのでした。
WRITER PROFILE
