txt:清水幹太 構成:編集部
CESでは多くの体験型デモンストレーションがある。VR体験や、シミュレータ、車に乗ってみたりなど、多くの参加者が新しい製品の新しい体験のために行列をつくっている。聞くよりも見る、見るよりも触ったり体験することで、「イノベーション」をより深く理解することができる。CESは見本市であり、短時間にいろんなものを体験できる貴重な機会なのだ。
ところが、CESには、そういったイノベーション体験に負けず劣らず、行列をつくる鉄板の体験ブースが存在する。
それはどんなブースかというと、マッサージチェアの展示ブースだ。広大なCESの会場を歩き回るのは、非常に疲れる。40を超えた私なんかだと、荷物を持って休みなく、くまなく会場を見て回るのは相当なハードワークだ。そしてそれはみんな同じで、会期も後半になってくると、みんな死んだ魚の目でイノベーションあふれる展示空間を徘徊するような感じになってくる。
そんな疲労困憊した参加者にとってのオアシスが、マッサージチェア体験ブースなのだ。死んだ魚の目をした人々は、癒やしを求めてマッサージチェアに並ぶ。
それだけではない。実はマッサージチェアブースは別の意味でも癒しになっているように思える。これはもうここ数年ずっとそういう傾向があったのだが、CESの展示物は、もうとにかくなんでもかんでも「つながっている」のだ。「IoT(Internet of things)」という言葉が市民権を得て久しいが、車からテレビからステレオから何から、全部インターネットにつながってしまっている。そして、その「つながっている家電たち」のプラットフォーム争いが、かなり仁義なき戦いになっている。
一昨年はAmazonのAlexaが会場を席巻した。昨年は、Google Homeがものすごいお金を投入して「Hey Google」のプロモーションをCESのそこかしこで行った。今年はどうかというと、昨年の傾向がさらに強まっていて、さらにものすごい量のGoogle広告が投下されている。
Googleは今回、Google Assistantの機能や提供する社会を体現した乗り物「THE RIDE」(コースター)までつくった。
「広告を見せられるために乗る」みたいなことになっていて相当厳しいものだったらしいが(上記参考映像は、参加者に提供してもらったもの)、それだけ、Googleにとって「電化製品のお祭り」であるCESで存在感をつくることが重要なのだろう。
そしてさらにGoogleは今年、白いユニフォームとニット帽を身にまとったGoogle Assistantの説明員を、会場内に点在するスマートデバイスブースに派遣して、Google Assistantとの連携を丁寧に説明する、という戦略をとっていた(正確には去年からこの人たちは存在していたが、量的にすごく増えた)。エウレカパークのスタートアップでも、いくつかGoogleの協賛を受けてGoogle Assistantのマークをでかでかと掲げたブースがあり、そんなブースにはこの白いGoogle Assistant説明員がいるのだ。
一言でいうと「Googleはとにかく必死」という状況だ。それもそのはず。このCES直前には、CESに出展していないAppleのHomekitがSamsungのテレビに組み込まれたり、さらに対応機種が増えるというニュースもあり、莫大な投資をしてシェアを広げても、うかうかしてはいられない状況なのだ。
そしてCES2019の会場の半分かそれ以上は、そういった「コネクテッド戦争」の影響下にある「なにがしかでつながる」ことを主軸としたブースだった印象がある。そしてその結果として見て回る側は食傷気味になってしまって疲れてしまう。どこに行っても「Hey Google」どこに行ってもAlexaなのだ。
だから、そこから隔絶された数少ないプロダクトであるマッサージチェアは、「なんでもかんでもつながっている場所」から逃避するための癒やしの椅子にもなっているのだ(Alexaにつながるマッサージチェアもあるにはあったが)。
中でも多くの人を集めていたのがハイエンドマッサージチェアブランドである「BODYFRIEND」が発表していた、ランボルギーニとコレボレーションしたランボルギーニマッサージチェアだ。デザインはランボルギーニの車体とシートを受け継いだラグジュアリーなマッサージチェアは、ある種上述の「コネクテッドもの」とは別の方向に振り切ってしまったキャラの強い製品として多くの注目を集めていた。
繰り返しになるが、今年のCESは、GoogleやAmazonの影響が強まって、展示も似たようなものになりがちとなり、見て回る方も精神的に疲れてしまうという傾向は間違いなくあったのではないかと思う。
そういう中では逆に、全くコネクテッドではない、シンプルで大胆だったり、逆の方向に走っていってしまっているような「牧歌的」プロダクトが光って見えるし、それに癒やされることになる。そういったものは基本的にメディアには紹介されることが少ないものだと思うが、CESという多様性の受け皿にはこんなものも展示されているんだ、ということを伝えるために、いくつかそんな「癒し系牧歌的ガジェット」を紹介したいと思う。
まずは、アイルランドの発明家であるKen McFeetersさんが自ら展示していた「CALLCOP」。これは、自宅の固定電話と回線の間に挟んで使う「セールス電話ブロッカー」だ。Kenさんは、日々かかってくるセールスの迷惑電話、そんな電話をかけてくるセールスマンは、電話を受け取られたときにファックスのような「ピー」というロボット音が出ていると二度と掛けてこないだろうという仮説を立てた。
そして、電話がかかってくると一旦受け取ってロボット音を出すプロダクトを開発した。電話がかかってきているときは、デバイスが光って音を出す、友達からかかってきたときはどうするのかというと、「友達にはこれのことを教えておけばいい」みたいなことを言って、「それがアイリッシュ・テクノロジーさ」と言いウインクしてくれた。日本の販売代理店を探しているらしい。
CESにはKenさんのような面白いおじちゃんが自分の発明品を個人で出店しているブースがたまにある。そしてそういったブースはえてして、まさにGoogleだAlexaだという世界の中では忘れてしまいそうな古き良き電化製品的工夫があって、とても心地よい。
次に紹介したいのが、シンプルで強い、ただ1つの機能に特化した、全くコネクテッドではない製品である「The Rocking Bed」だ。
映像を見て頂ければおわかり頂ける通り、これは、寝ている間ゆらゆらとゆりかごのように揺れるベッドだ。この浮遊感が癒やされるんだよ、ということで、展示をしていた開発者の方が熱弁していたが、実際に寝てみると、確かになかなかどうして気持ちいい。
こういうものに大真面目に取り組んでいる人がまだまだいるのが、CESの美しいところだと思う。今年で出展は3年目とのこと。こちらも、ディストリビューションパートナーを募集中だ。
牧歌的というよりは、GoogleやAmazonのビッグデータ社会に抵抗して独自のルートをつくろうとしているチームもある。中国のスタートアップであるOneThingのOneThing Cloud miniは、いわゆるクラウドコンピューティング・クラウドストレージデバイスだ。写真にある円筒カプセル状のデバイスに、使わなくなったスマートフォンを接続して、そのスマートフォンを通じて、クラウド上のデータを蓄積し、自らもクラウドの一部としてデータを提供する、という、「スマホリサイクル型クラウド・プラットフォーム」になっている。
GoogleやAmazonのように超巨大なデータセンターを抱えて超巨大なクラウドをつくるのではなく、「古くなったスマートフォン」というみんなが持っているデバイスを介してクラウドをつくることで、GoogleやAmazonとは別の社会的価値をつくりたい、と開発者の方が言っていた。
クラウドに参加するとショッピングなどで使用できるトークン(≒仮想通貨)がもらえる。これを含めたOneThing Cloudサービスは中国では既に多くのユーザーを抱えて成長しているではありつつも、GoogleやAmazonへのカウンターとしての意識が強い。
以上のように、「コネクテッド戦争」で多様性を失いつつあるCESの隅っこで静かに展示されているおもしろ電化製品や、大手と戦おうとしているサービスたちは、追いやられてはいるが、まだ健在だ。こういったロングテールな文化を保っている限りは、まだまだCESは興味深い場所であり続けてくれるだろうと期待する。なにもかもが全部「Hey Google」ばかりになってしまった世界には風情っていうものがない。
txt:清水幹太 構成:編集部