MVでドラマ本編のサイドストーリーを展開

福原遥が主演を務めるABEMAオリジナル連続ドラマ「透明なわたしたち」(毎週月曜日 23:00〜配信)が9月16日よりスタートした。同作は福原遥が主人公を主演する週刊誌ライターの中川碧を中心に「どこか居場所がないと感じてしまう20代の若者の"今"を切り取る」をテーマにしている。監督・脚本は松本優作。撮影監督は岸建太朗、カラリストには星子駿光が参加した。

同ドラマの主題歌「Sign」は、シンガーソングライターとして活動する幾田りらが歌う。MVは10月7日より公開を開始。ドラマ本編と同じくMVでも撮影監督を努めた岸建太朗氏、カラリストの星子駿光氏に、撮影で使用した富士フイルムGFX100 IIに焦点を当てて話を伺った。

撮影監督の岸建太朗氏(左)とカラリストの星子駿光氏(右)

岸建太朗:

1973年、東京都生まれ。劇作家・演出家の宮沢章夫氏に師事、演出助手に従事する。その傍ら短編映画を撮り始めると、脚本、撮影、監督を務めた「未来の記録」がトリノ国際映画祭などで上映された。また同じく脚本、撮影、監督を務めた短編「Hammock」が、2020年大阪アジアン映画祭で芳泉短編賞を受賞。近年では、映画やドラマ、ドキュメンタリーなどの撮影監督、脚本も手がける。主な作品は、「海辺の彼女たち(撮影監督)、「Winny(撮影/脚本)」など。

星子駿光:

1990年、東京都生まれ。フリーランスのVFXデザイナーを経て、東京現像所に入社。2022年よりDI Factoryに所属。映画やドラマを中心にカラリスト/DITとして活躍する。代表作に「亜人」「男はつらいよ お帰り 寅さん」「Winny」「ディア・ファミリー」など。

DI Factory
東宝スタジオポストプロダクションセンター2 REDスタジオ、GREENスタジオ
問い合わせ先:mail@difactory.jp

主題歌「Sign」ミュージックビデオ

「Sign」のMVは、ドラマの1パートのようなドラマ本編とリンクする映像で構成されている。もちろん歌唱シーンもあるが、サブストーリーの映像はドラマ視聴者ならば誰もが気になるはずだ。

岸氏:はじめて「Sign」に触れた際、楽曲の節々から思いが伝わってきました。曲の素晴らしさはもちろんですが、幾田さんが繊細にイメージを紡いで下さったことがわかって、そのことに感動したんです。それらがダイレクトに感じられるPVを撮影したいと思いました。

MVの内容は、ドラマの登場人物のサイドストーリーを描いたものです。だからMV視聴後にドラマ本編を見れば「ああ、なるほど」と、本編では描ききれなかった部分も感じられる仕掛けとなっています。また「Sign」の歌詞がドラマにリンクしていますのでストーリーに合わせて実感も深まると思います。

「Sign」MVは、ドラマ本編の制作スタッフが再集結。監督、スタッフ、撮影のカメラマンも本編撮影と同じスタッフ編成で、通常のMV撮影と同じようにコンテを軸とした撮影が行われた。尺は約4分で、撮影期間は2日間。撮影場所は新宿と渋谷で、スタッフを厳選した少人数の体勢だった。

岸氏: ほぼ全スタッフがドラマに関わった人たちが引き続きMVにも携わっています。スタッフワークとしての意思疎通に不安はありませんでした。ドラマ本編撮影し、MVも引き続き撮影しました。カラリストの星子さん、松本監督、ドラマでは助手だった大塚さんが照明という座組みでした。

街中での撮影は、イレギュラーな状況対応が必要でした。想定してなかったカットも撮影しました。時間の限り、いろんなことにチャレンジしながら撮影を行うことができたと思います。

ジンバルワークのBカメとしてGFX100 II決定

ドラマ本編の撮影は、メインカメラにARRI ALEXA 35、サブカメラにAMIRAで、LogC3とLogC4の違いはあるものの、星子氏との協議の結果、いけると判断したという。

一方、MVはメインカメラにAMIRA、サブカメラに富士フイルム GFX100 IIで撮影。シネマ業界でもっとも支持されているARRIとミラーレスカメラ最大手の富士フイルムのまったく土俵の異なるブランドを組み合わせで撮影が行われた。

岸氏: ALEXA LFとGFX100 IIの組み合わせで撮られたMVやショートムービーをネットで見る機会があり、その仕上がりがかなり良くてびっくりしました。これいけるじゃんって。これをきっかけとなりGFX100 IIの実機テストを行うことになりました。

ドラマの撮影と同じ昼と夜の条件下で、F-Log2での撮影は初めてでした。富士フイルムが持つ画の懐かしさもありつつ、かつノイズの少なさで、とりあえずISO 5000までいけるのを確認できました。

ドラマ本編のグレーディング中に星子さんと一緒に試して、富士フイルム用のLUTを作って運用してみました。実際に確認してみたところ問題はありませんでした。良好な結果で、サブカメラはGFX100 IIに決定しました。

同時に、夜や昼の街を登場人物の歩行がメインのMVのため、歩行シーンの撮影には、DJI Ronin 2を使ったジンバルワークが決定していた。しかし、Proteus 2XとAMIRAでは全長サイズの問題で対応できない。そこで、規定の全長サイズに収まる候補として浮上したのが富士フイルムGFX100 IIだった。

岸氏:ドラマ本編のBカメのレンズはLAOWAさんの「OOOM」と「Ranger」、MVのメインカメラとサブカメラにはLAOWAのアナモフィックレンズ「Proteus 2X」を使用しました。全編Proteus 2Xでの撮影です。

ただ、Proteus 2Xはかなり重量と全長のあるレンズです。AMIRAと三脚の組み合わせでは対応できますが、ジンバルワークでAMIRAにProteus 2Xをつけると最大水平長を超えてしまいます。

ただ、もしかしたらGFX100 IIなら対応できるのではないとひらめきました。試しにRonin 2と組み合わせてみたところ、対応は可能。レンズが長くてマットボックスをつけると結構ギリギリでしたが、サブカメラとして決定となりました。

今回のMVはすべてのカットで4K/60p収録が前提でしたが、4K/60pに対応した「Premistaモード」で対応可能でした。撮影後の横幅が2倍になりますが、2倍になるからこそ良い部分を使うことができました。

Bカメラセットアップ富士フイルムGFX100 II。新宿コマ通りでの撮影の様子

岸氏: GFXの魅力の一つに消費電力の良さがありました。USB Type-C端子から最大15Whの外部給電が可能でした。これはかなりのアドバンテージだと感じました。

今回はGFXをDJIのRonin 2に載せましたが、Ronin 2本体からD-TAPでカメラに給電を行います。試しに外付けの5V3AバッテリーをRonin 2のハンドルに取り付け、直接カメラに給電させてみました。外部バッテリーを一度も変更なく、まる1日運用することができました(5v3a、20000mahのバッテリー)。

しかも、Ronin 2の消費が抑えられます。地味ですが、実際に使ってみてかなり良いと思えた部分でした。

AカメラのARRI AMIRA。Proteus 2Xを組み合わせると全長が長くなってしまい、Ronin 2に乗せることができず富士フイルムGFX100 IIに決定した

失われた映画用フィルムのルックを復活させたい

さらに星子氏の映画用フィルムへの思いもGFX100 IIの選定を大きく後押しした。星子氏は、以前から今は発売してない富士フイルムの映像用フィルムのルックをデジタルシネマで再現したいと考えていた。GFX決定は、この夢への実現のきっかけにしたいという思いもあった。

星子氏: 私は以前、「男はつらいよ」の49作4Kデジタル修復のアーカイブチームに参加する機会がありました。寅さんの作品は45作品程に富士フイルムが使われています。まさに富士フイルムの歴史を辿ったようなシリーズで、ネガスキャンを全て目を通しました。

武田鉄矢さんが出演しました第21作「男はつらいよ 寅次郎わが道を行く」には、映画用カラーネガフィルム「A」が使われていますが、素晴らしいの一言です。

アーカイブするために新しくスキャンしたものをデジタルグレーディング、プリグレーディングをしましたが、見たことない発色性を実現していました。デジタルで感じたことない発色性であり、それがいやらしくなく、濃くきちんと色が出ている。その感覚を忘れることはできません。他の方に聞いても、「A」はファンが多いです。

富士フイルムの映画用フィルムにはA250などいろいろ種類があります。色管理システム「IS-100」が登場した時に、いろんなフィルムストックが揃えられればと思っていました。改めてきちんとピュアな富士フイルムさんが提供する、昔のフィルムのカーブを再現したものを何とかしてLUT化できないかなという思いがありました。

これはもう絶対的な資産です。海外には真似できない資産だと思います。私は富士フィルムのルックがとても好きなので、うまくデジタルシネマの中でも資産を活かしながら、さらに上のステップのルックが作れないかなと思いました。

岸氏:「ARRIに対抗する日本のメーカーは、富士フイルムしかない」と、かなり前から星子君と話題にしていました。

フィルムの長年の蓄積や実績は富士フイルムさんしか国内にはありません。そこで新しいカメラを使って、メイド・イン・ジャパンの新しい道みたいなものを切り開く、一つのモデルケースになればと思い、GFXを選びました。

今回使用して、その可能性ははっきり見えてきました。AMIRAと混ぜても全然誰も違いはわかりません。

AMIRAとGFX100 IIでトーンが揃う理由

ARRIはシネマカメラ業界でもっとも支持されていているブランドである。いわゆるARRI標準の物が多い。その中でサブカメラとして対応できることは大きな特徴となりえる。岸氏はGFX100 IIはARRIと近いトーンが実現可能で、サブカメラとして使用できるという。星子氏は、ARRIとGFX100 IIでトーンを揃えられる技術的な背景を解説した。

星子氏: 昨今、ディスプレイリファードと呼ばれるカラーサイエンスから、シーンリファードと呼ばれるACESなどが増えてきています。IDT(Input Device Transform)を使って入力値を変換して、異なるカメラ同士をマッチングするという技術が発展中です。

とはいえ、もともとカメラの持っているカーブや個性は絶対的にあります。もちろん個性をある程度ならして、1からグレーディングするのもいいと思います。しかし僕はフィルム出身ということもあり、フィルムやそのカメラの持っている個性をいかに活かしてマッチングさせるかに重きを置いています。

そうした場合に、シーンリファードの中でもLogベースのDaVinci Intermediateを使っています。それを使うだけでも、個性としてきちんと残しやすいですし、そのうえで親和性は高まります。必ずしもACESがあるからどれを選択しても良いわけではありません。もう一歩踏み出しルックを設ける方が良いですね。もともとの親和性が高い方がグレーディングとして行いやすいですし、質も上がります。

また、今回は、DCTL(DaVinci Color Transform Language)を富士フイルムさんに協力いただき入手することができました。このほかにも、DaVinciがバージョン19にアップデートし、F-Log2をサポートするようにもなりました。

今回は「DCTLを使ったもの」と「DaVinci Resolve 19のF-Logモードのカラースペース変換」ほか合計3つを試すことができました。結果として、DCTLが一番良好でした。

今回の結果を振り返ると、DaVinci Resolve 19の現時点のバージョンでのF-Log2のカラースペース変換はハイライトを叩きすぎるカーブの印象でした。このガンマはARRIのLogC3に変えた時に大変しっくりくる範囲の伸び方をしていました。

いろんなソースを見ていく中で海外のサイトを調べましたところ、F-Log2のカーブはLogC3に結構近い親和性のあるカーブだなっていうことがわかりました。もしDCTLを提供いただけなかったら、及第点レベルの変換はできなかったでしょう。

最終的にDCTLをいただいて、富士フイルムのF-Log2からACESのリニアのカーブに一度変換して、そこからさらに今回使ったDaVinci Wide GamutとDaVinci Intermediateに変換すると、ARRIのLogC3のカーブよりも暗部の伸びが良くなりました。

マスター品質のモニターで見ないとわからないぐらいの差なのですけれども、結構大きい差だなと思いました。恐らく現時点のDaVinciのバージョンやいろいろな状況を鑑みると、この組み合わせが一番という結果となりました。

GFX100 IIを今回のMVで使用感、特にAMIRAとGFX100 IIでトーンが揃う要であるF-Logについてさらに聞いた。

星子氏: まずLogカーブで本当に優秀なものとして、ARRIがあります。LogCは本当に優れていると思います。それはやはりARRIのフィルムスキャナー時代の時から、フィルムをデジタル化するための規格「Cineon」に対して、ARRIのスキャンはどのようにカーブを作っていくかというところを長年研究して開発してきたからだと思います。

ARRI「D-20」から以降のデジタルシネマカメラにそれらのカーブを搭載してきました。フィルム撮影に親しみのあるカメラマンからすると、すごくやりやすいLogカーブといえます。ハイライトの粘りやアンバランスにも強く、この部分は圧倒的にARRIが優れている点です。

F-Logに関しては先ほどお話ししたように、最初の印象ですとちょっと叩いている印象かなと思いました。Logとして収まっている印象なので、多分そのセンサー性能やLogの仕組みが向上していかないと、そこを開放できないのではないかなと思いました。
それが今回GFX100 IIで久しぶりに富士フイルムのカラーサイエンス使用したのですが、F-Log2という新しいLogカーブもある中で、初めてセンサーと親和性のあるカーブで、ファイルも親和性のある状態で扱えるようになったなっていう印象でした。

これはかなり好印象なカーブだなっていう印象ですね。その変換がDaVinciでも上手くできるといいのですが、F-Log2のポテンシャルは素晴らしいと思いますね。

シネマカメラのラージフォーマットよりも1歩進んだRAW収録にも期待

最後に岸氏と星子氏に今後のGFX100 IIへの期待を聞いた。

星子氏: 岸さんがおっしゃったように、中判サイズのカメラということもありノイズが少なく綺麗だなと思いました。他の他社製のカメラと合わせてもマッチングはとれます。

最初のMV入る前の岸さんとのテストの中で先ほど説明のありました高感度のテストを行った中でも、ここまでだったら感度上げられるね。というのがのがわかるぐらい成果は良かったです。そこも今回何の不安もなく、今日もグレーディングしていて、特に何も処理をせずに、そのままストレートに作業できたという感じです。

ダイナミックレンジに関しても、遜色ないと感じました。唯一の懸念が普通のDaVinciのカラースペース変換だとF-Logのハイが叩かれてしまう傾向がありますが、それがないピュアなセンサーの情報をDCTLで開放してあげると、かなり綺麗に伸びてきました。そこがダイナミックレンジも非常に扱いやすく、クオリティも遜色なく扱えたなっていう感じですね。

岸氏: 僕も手ごたえはすごく感じていまして、ARRIのカーブと大変親和性高いので、ARRI製品のサブカメラとして扱えるでしょう。今回ミュージックビデオでしたので、撮影の機動性考えて、内部収録が可能なProRes収録したのですけれど、GFXはRAW出力にも対応できます。

Blackmagic Video AssistやATOMOSのSHOGUNを使ってBlackmagic RAWでの記録や、AppleのProRes RAWで記録できます。ちょっと周りの方にも聞いた印象や実際RAW撮影で仕上げた作品とかのデモを拝見すると、もう一歩RAWとしての奥行き感が出ているなという印象でした。

やはり中判のセンサーサイズが持っている、絵の描写力の空気感っていうものは、今のデジタルシネマカメラのラージフォーマットよりもさらにもう1歩進んでいるなっていう印象でした。機会があれば今度はぜひRAWで試してみたいなと思っています。

GFXの魅力といえば、ビスタビジョンクラスのセンサー搭載、8K撮影などに話題が集中しがちだが、岸氏と星子氏の話はまったく違う。岸氏のARRIのBカメになるという話は興味深かった。GFXの新しいプレゼンスとなりそうだ。

星子氏によるトーン統一の考察は大変参考になりそうだ。次第にシネマ業界から注目を集めつつあるGFX100 IIだが、今後ますますいろいろな現場で選ばれそうだ。