日本の学校行事の1つに「社会科見学」というものがある。1学年全員、ないしは1クラス全員で工場や企業を訪問し、働くおじさん達のお話を聞く。筆者も小学生の時分、学年全員でバス数台に分乗し、コカコーラ工場やアイスクリーム工場、NHK放送センター等を見学した楽しい思い出がある。社会人になって映像業界に従事していると、今度は視察ツアーというものが存在する。まとまった人数でツアーを組み、海外の映像コンベンションやイベント等を視察、最新情報を持ち帰って将来の明るい業務に生かす。時には、現地企業を視察する事もある。

日本の映像業界では、コンベンションに合わせた視察ツアーが企画される事が少なくない。代表的な例を挙げればSIGGRAPH、NAB、GDC等の視察ツアーがあるが、中には現地関連企業の視察を旅程に組み込み、それを特色にしてツアーを実施する例もある。このように、団体で視察に訪れるのは我々日本人にとって割と一般的なスタイルだが、果たして海外の訪問先でのVFXスタジオでは、これがどのように受け止められているのだろうか。今回は、日本人視察ツアーに対する訪問先の意見などをご紹介しながら、海外VFXスタジオを視察する際の注意点などについてレポートしてみる事にしよう。

大人数での団体視察は、日本独特の文化

前述の社会科見学のように、我々日本人は子供の頃から「大人数で視察へ行く」習慣を持つ。しかし、実はこれ、欧米ではあまりお馴染みでない習慣なのだ。アメリカの場合、VFXスタジオへ見学に来る「tour」は、10人以下の場合が多い。筆者が勤務している大手VFXスタジオにも、ときどき地元の高校や、大学の見学ツアーがPR部門の担当者の案内で社内を廻っているのに出くわすが、大概は5人から10人の規模だ。つまり、視察ツアーは、相手先の負担も考慮し、「だいたい20人以下で訪問するのが常識」、というルールがある。その為、VFXスタジオ各社では、例え大手であっても、PR部門の担当者は1人ないしは2人しか人員を配置していないのが普通である。そこに、日本の大人数ツアーが押し掛けようとすると、思いもしない文化習慣の違いによる軋轢が生まれる事になる。

筆者が経験した事例

「40人!!そんな大人数、うちではとても対応出来ません。今回はお断り致します」筆者が日本からの視察ツアーのスタジオ見学ブッキングを依頼され、ソニーピクチャーズ・イメージワークスのPR担当者に打診した際に言われた言葉である

人数が多過ぎます。極秘プロジェクトも進行中で、機密やセキュリティーの面でも難しいです」(昨年閉鎖されたアサイラムVFX)など、中堅VFXスタジオも大人数の見学を敬遠する傾向にある。日本からのツアーと言うと「大人数で押し掛けて来る」イメージが定着してしまった為か、「会社組織が大きくなった事もあり、個々のツアーに対して以前ほど柔軟に対応出来なくなりました」(デジタルドメイン PR部門担当者)のように、やんわりと断ってくるケースも目立っているのが実情だ。

こうして断られた学校や、知り合いの旅行代理店さんから「鍋潤さん、なんとかならないでしょうか」と相談を受ける事もある。では、果たしてどのようにすれば、訪問先に迷惑をかけたり、断わられる事なく、視察ツアーを受け入れてもらう事が出来るのだろうか?

リズム&ヒューズ PR部門ディレクターからのアドバイス

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日本からの視察ツアー、特に学生の見学ツアーに比較的寛容で、積極的に受け入れてくれる事で定評のあるリズム&ヒューズ(以降、R&Hと表記)。同社PR部門のディレクター、スコット・バードさんが、本件についてピンポイントのアドバイスを頂いたので、ここにご紹介してみる事にしよう。

Q:R&Hには、日本からの視察ツアーが数多く訪れていますが、これまでに困った事例はありましたか。

過去に1度、ツアー開始時刻よりも30分以上も早く到着されたグループがありました。皆さんは既に建物の中に入って来てしまっていたので、予定より早くツアーを開始するしかなく、その対応に大変混乱しました。前に予定が入っている場合もありますので、なるべくでしたら、早く到着した場合は10分前までお待ち頂けるのがベストです。

またある時、社内をご案内していたら、自分勝手にどこかへ行ってしまう方がおられました。もし可能でしたら、グループで固まって、ご一緒に移動をして頂けると嬉しく思います。

Q:日本の学校からの見学ツアーが多いという事ですが、学生ツアーについてはいかがでしょうか。

R&Hには、日本から学校単位の大人数のツアーが訪問される事があります。

私たちは将来を担う未来ある学生さんの見学ツアーを歓迎しており、可能な限り良いツアーになるように毎回努力していますが、ときどき、VFXやCGに全く興味のない学生さん達が見学に来られる事があります。おそらく、ツアーコースに組み込まれているのでしょう。

一生懸命に社内をご案内しながら、つまらなさそうな顔を目前にした時、あまり申し上げたくはないのですが「なぜ、全く興味のない人達が、わざわざ見学に来たのだろう?」と疑問に思ってしまう事はあります。

あと、これはある程度仕方がない事ではあるのですが、日本との時差や旅による移動の疲れで、説明中に寝てしまう学生さんがおられます。時差は大変だと思いますが、みなさんがバッチリ起きておられるツアーの方が、ご案内する立場としては嬉しく思いますね(笑)。

Q:訪問人数に関するガイドラインはありますか?

R&Hでは、1回につき20人以下を推奨しております。決して「20人以下でないとお断りします」という意味ではありませんが、人数が少ない方が社内をご案内した際、私の説明の声が行き届きます。20人以上だと、説明をしても後ろの方には聞こえなかったり、説明しているものが見えなかったりする場合が多いのです。

VFXスタジオによっては、アーティストの作業現場を見せない会社もありますが、R&Hでは、可能な限り、作業中のアーティストの部屋にご案内し、彼らの肩ごしに制作中映画の実作業が見えるようにしています。ただ、各部屋は狭い為、人数が少ない方がゆっくりと見学が出来るのです。20人以上だと、それが難しくなってしまいます。

また、人数が多い場合は私だけで対応出来ないので、制作現場で映画の作業をしている日本人アーティストにボランティアをお願いしなければなりません。彼らは作業で忙しいので、そう言った負担を減らす意味でも、ツアーの人数は少ない方が良いのです。たまに、100人規模での見学を打診されるのですが、R&Hはオフィスビルで業務を行っており、大人数での見学を前提に設計されたスタジオではありません。その場合は、完全に設備のキャパシティーをオーバーしてしまう為、分散して人数を減らして頂くか、お断りさせて頂いております。

人数が多い場合、私と、社内でボランティアを頼んで2人で案内しますが、それでも20人+20人の合計40人が視察ツアーの限界です。40人を超える人数では、以上の理由からツアーの実施は難しく、誠に申し訳ございませんがお断り申し上げております。

Q:R&Hに見学を打診する際、もしくは見学をする際、ガイドラインのようなものはありますか?

下記をご参考ください。

  • 40人以上のツアーはご遠慮ください。
  • 人数が多い場合は、2チームに分ける等の配慮をお願いします。
  • 写真を撮ってはいけない場所もあるので、撮影前に私に確認してから撮ってください。また、最初に説明をしますので、それを遵守してください。
  • アポなし訪問はご遠慮ください。見学を希望される日程の少なくとも2週間前にご連絡をお願いします。
  • シーズンによっては繁忙期となり、ご希望の見学日程に添えない場合もございます。
  • 規定場所以外でのご喫煙はご遠慮ください。
  • 見学で見た事をTwitterでつぶやいたり、写真を許可なくFacebookやブログにアップロードしないでください。
  • 日本語の通訳が必要な場合はご相談下さい。R&Hには日本人のアーティスト、テクニカルディレクター、エンジニアがいます。彼らのプロダクション業務に支障が無い土範囲で、見学ツアーに通訳もしくは日本語での案内を行うボランティアとして参加してもらえる可能性があります。ただ、彼らはあくまでもプロダクション業務が優先されますので、常にボランティアを引き受けてもらえる訳ではありません。また、必要に応じて、ご自身で同時通訳をご手配ください。

Q:今後来られるであろう学校さんや学生さんの視察ツアーに、何かアドバイスはありますか?

R&Hについて良く知らない方は、事前にリサーチをしてどんな映画作品を担当しているか等を下調べすると良いでしょう。その方が、見学した際に興味が持て、質問も沢山出来ると思いますよ。見学中、何か質問したい事があれば、いつでも質問して下さい。その方が、有意義なツアーになる事でしょう。

アメリカへ飛ぶ機内では、睡眠と水分を充分取っておくと、到着後の健康管理に役立つで事でしょう。

Q:最後に、R&Hを見学したい場合は、どちらにコンタクトすれば良いのでしょうか。

下記をご参考ください。
If you have specific contact information for the facility tour request, please let us know.Be sure to include

  • expected tour date(s) and requested time,
  • number of proposed attendees
  • name of the tour organizer and the name of the organization, school university etc. 

以上、ハリウッドのVFXスタジオを訪問する際の注意点を、R&Hのスコットさんのアドバイスを交えてご紹介してみたが、如何だっただろうか。日本には「旅の恥は、かき捨て」という諺があるが、なかなか海外での訪問先の立場に立って考えてみる機会は少ない。もしも、日本からのツアーが継続して訪問先に迷惑を掛けるような事態が続けば、後から訪問する視察ツアーへの影響は避けられない可能性もあるのだ。上記をご一読頂き、その背景はある程度ご理解頂けたのではないかと思う。今回のコラムが、皆様の有意義な視察訪問ツアーの参考になれば幸いである。


取材協力: SCOT BYRD, RHYTHM & HUES STUDIOS – Director of Public Relations

WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。