写真:山下 奈津子 (写真は全てiPhone5で撮影)

はじめに

さて、新年のコラムも張り切ってハリウッドの最新動向を皆様に届けしたい。ここ明るく楽しいロサンゼルス地方には、ACM SIGGRAPHの地方分科会である「LA SIGGRAPH」というものが存在する。日本にもお馴染み「シーグラフ東京」があるが、そのLA版と言えばご理解頂ける事と思う。

LA SIGGRAPHでは毎月、月例会を開催している。内容は毎月異なり、新作映画のお披露目やメーキング講演だったり、目新しいテクノロジーの紹介だったりする。この月例会には誰でも参加出来、会員になって年会費40ドルを納めれば、毎月の月例会の参加費は無料となる。会員でなくても、会場入り口で参加費20ドルを支払えば入場する事が可能だ。

さて、暮れも押し迫った12月の月例会は、コンセプト・アートをフィーチャーした内容で、「エンターテインメントの為の、プロダクションとコンセプト・アート」というお題目によるパネル・ディスカッションが行われた。この日は、ハリウッドの第ー線で活躍する日本人セット・デザイナー増田昌子氏によるプレゼンテーションも含まれており、大変興味深い内容であった。

LA SIGGRAPH / Production and Concept Design for Entertainment

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12月の月例会は12月11日夜、サンタモニカにある学校、Art Instituteのホールで開催された。夕方6時半から、まず最初に会員優先の入場となり、会員はスクリーンに近い席を先着順で確保する事が出来る。また開場と同時に、ソーシャル・アワー(親睦会)も実施され、飲み物とサンドイッチやポテチ等の軽食(無料)を頂きながら、しばし談笑。7時を回ったところで、一般の入場が開始された。そして7時半になると、いよいよ開演である。この日のパネラーの顔ぶれは、次のとおり。

  • ネイサン・シュローダー氏 :プロダクション・デザイナー 
    代表作「アベンジャーズ」「マイティ・ソー」他
  • デレック・ゴーバル氏 :プロダクション・デザイナー
    代表作「魔法に掛けられて」「マイノリティ・リポート」「パイレーツ・オブ・カリビアン」他
  • エドウィン・ウシロ氏 :コンセプト・アーティスト
    代表作「CSI:マイアミ」「Lost」他
  • 増田昌子氏 :セット・デザイナー
    代表作「メモリー・オブ・ゲイシャ」「AI」「ジュラシック・パーク」他

この日のプレゼンテーションでは、各パネラーが実際のコンセプト・アートやセット・デザインのアートワーク等を見せながらトークが繰り広げられた。本欄では、著作権などの関係で実際の画像をご紹介出来ないのが残念であるが、会場の雰囲気や様子などを想像しながらレポートをお読み頂ければ幸いである。また、プレゼンテーションの中では、現在制作中のハリウッド映画の作例も惜しげもなく紹介されたが、同様公開前である事を考慮し、本欄では作品名を伏せたり、差し障りの無い範囲での記述に留めている個所もあるのでご了承頂ければと思う。それでは、各パネラーの方々のプレゼンテーションを、さっくりと要約してご紹介してみる事にしよう。

ネイサン・シュローダー氏

私はコンセプト・アーティストです。イラストレーション、ドラフティング、ペイント・ブラシ等、アートのバックグランドを持っています。映画「ホーンテッド・マンション」の為に描いたアートワークですが、この時はペンシル・ドローイングで仕上げました。このように、以前は手で描いていたのですが、時代の流れによって、どんなに嫌でもコンピューターを使わざるを得ない状況になってしまいました(笑)。

10年ほど前は仕事の合間にコンピューター操作を学び、たまに使っていた程度でしたが、今やコンピューターが使えないと仕事が取れない。コンセプト・アートの世界も例外なく、フォトショップを使う時代に突入した訳です。私の場合、手書きのイラストをスキャンして、それをレタッチしたり、コラージュしたりします。映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」の時のものです。このコンセプト・アートでもそうでうが、3Dモデルを作り、それを簡単な設定でレンダリングして、レタッチする事が多いです。私は、3DツールにはMayaを使います。しかし、Mayaは非常に難しく、習得するのに大変苦労しました。今でも、全機能を熟知している訳ではありません。

また、私は決して優れたモデラーではありませんので、Mayaによるモデリングには数日を要します。映画「ナルニア物語」のコンセプト・アートから紹介します。建物をMayaでモデリングしてフォトショップに読み込み、ペイントしたものです。コンセプト・アートを起こす際は、まず最初にスクリプト(脚本)を読んで、そしてイメージしたものをコンセプトとして描き起こしていきます。この作品では、城で様々な事が起こります。例えば、戦いとかね。こう言った、ストーリーに必要な全ての要素をコンセプト・アートの中に盛り込んでいきます。

その城の中のシーンです。Mayaでモデリングと基本的なライティングを施し、その上に天窓から差し込んでくる光の筋などをフォトショップでペイントします。Mayaを使った作業は、単に紙に手で描くよりも応用が効きます。例えば、カメラを動かしたり、ライト位置を変更したりも出来る点は便利です。映画「特攻野郎Aチーム」の空中戦のシーンのコンセプト・アートを紹介しましょう。戦車がパラシュートを開いて落下してくるシーンですが、この例のように、「ストーリーがどのように展開していくのか」を、事前に視覚化するのです。

また映画「キャプテン・アメリカ」で、キャプテン・アメリカが飛行機に飛び移るシーンのコンセプト・アート。スケール感やパースペクティブを損なわないよう注意しながら、デザインを仕上げていく必要がありました。時として、セット・デザインに携わる事もあります。これは宇宙船内部のセット・デザインですが、実際にセットが設営された時に、同じように照明が行われ、見た目が同じになるように配慮して描く必要がありました。

例えば、「アベンジャーズ」のエア・キャリアー(航空輸送機)ですが、こういうコンセプト・アートを描く場合、ライトが何処から来ているか、如何にリアルに見せるか、を常に意識しています。特にこの時は、映画スタジオからの要求として、Navy(米海軍)の船に見えるようにして欲しいとリクエストされました。なので、見た目をリアルな軍艦風のタッチにしてみました。

また、「アベンジャーズ」のNYでの戦いの為に描いた時です。NYらしいリアリティを出す為に、Googleで写真を探したりして、リファレンス画像を沢山集めました。コンセプト・デザインが完成した後は、セット・デザイナーに委ねられ、実際の撮影セットが建てられる事になります。

デレック・ゴーバル氏

私の仕事は、実際のプロダクションが始まる前からスタートします。監督と話をして、スクリプトを読んで、「映画の企画をスタジオに売り込み 、GOサインを勝ち取る為のデザイン」を担当するのです。つまり、まだ撮影も始まっていない何もない段階から、ストーリーを視覚化していきます。現在制作中のある映画のプロダクション・デザインですが、「映画の中で何が起こるのか」が絵で説明出来なければなりません。

ストーリーがどのように展開するのかを伝えるのです。コンセプト・アートは、映画の企画を実現する為に、映画スタジオに「どんな映画なのか」ストーリーを説明するツールとなるのです。これで映画スタジオに納得してもらえれば、企画に正式にGOサインが出る訳です。コンセプト・アートは”Save the asking question.”であるべきです。コンセプト・アートを見せるだけで、相手に多くの情報が伝わり、内容が理解出来るべきなのです。

映画の企画をスタジオに売り込むのは難しい。ピッチの段階でスタジオにコンセプト・アートを見せて、企画を納得させなけばなりません。それが我々の役割なのです。では、実際の例をご紹介しましょう。映画「ガリバー」のコンセプト・アート。この時では、カラーではなく白黒の毛筆風のコンセプト・アートを描きました。アジアを舞台とした、ある作品の企画用に描いたものです。主人公にはゴースト・ソルジャーが見えるという設定でしたので、それを視覚化し、世界観をコンセプト・アートに盛り込みました。このように、コンセプト・アートを見た人が、「どんな映画で、どのようなストーリーになるか」を理解出来るようにします。それが重要な役割なのです。もし仮にその映画のレートがPG指定だったとしたら、それを感じさせる見た目でなければなりません。

映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」の時は、コンセプト・アートに6ケ月も費やしました。部屋の中で、あ〜でもない、こ〜でもないと打ち合わせしながら、詰めていきました。現在制作中の巨人が出てくる映画の例では、巨人と車のサイズの対比を見せました。なぜなら、巨人の大きさは、そのまま制作予算に直結します。コンセプト・アートでは、巨人の登場や、戦いが始まる様子を説明しました。以上が実際の作品での例ですが、監督がコンセプト・アートにOKを出し、そして映画スタジオにプレゼンして企画が通ると、デベロップ予算が取れます。そしてアニマティックやプリビスを起こす等の、次の段階に移っていきます。

エドウィン・ウシロ氏

私はハワイのマウイ島出身の日系人です。ロサンゼルスの美大アートセンターの出身で、ファイン・アートのバックグランドを持っています。コンセプト・アーティストとして主にゲームやテレビシリーズの仕事を担当しています。私のスタイルは、他のコンセプト・アーティストと比較すると大変ユニークな部類に入ると思います。半透明の紙にデザインを描き、それをスキャンして、フォトショップでペイントして仕上げるというスタイルを採っています。今日ご紹介する作品の一部分は、私のホームページでもご覧頂けます。

人気ドラマ「CSI:マイアミ」シリーズから、第一話の飛行機の墜落シーンのコンセプト・アートを紹介します。テレビの仕事としては、他にもドラマ「LOST」等を担当した事もあります。また、あるテーマパークの企画段階のコンセプト・アートを担当した事もあります。そのコンセプト・アートですが、残念ながらこのプロジェクトは実現しませんでしたが、仕事そのものは良い経験になりました。

ソニーから声を掛けて頂き、ゲームのコンセプト・アートを担当した時は、コンセプトを何度も何度も見て、アイデアを詰めて行きました。この時はキャラクター・デザインも担当しましたが、何体がデザインしたうち、いくつかのキャラクターが実際に採用されました。

インソムニアック・ゲームズの仕事をした時は、60年代の日本のテレビアニメ風の雰囲気が欲しいという事で、仕事中に沢山のアニメを見る事が出来て「何ていい仕事なんだ!」と思いました。60年代の日本アニメ独特の絵柄や色の使い方などをコンセプト・アートにも盛り込んでみました。コンセプト・アーティストの仕事では、MayaやAfter Effectsがある程度使える事が要求される事もあります。ツールとしてデジタルのアプリケーションを使って仕事をする利点は、急な変更が出てもすぐに対応出来る事ではないでしょうか。

増田昌子氏
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私の仕事は、「映画の企画をスタジオに売る為」ではなく、「企画が実際にスタジオに売れて、制作にGOが掛かった作品のセット・デザインを担当する」事にあります。最近ではGOが掛かる前に同時発車するのが当たり前のようになっていますが。さて、セット・デザイナーとは何を担当するのでしょうか? 文字通り、セットをデザインするのが仕事です。映画監督は頭の中にアイデアを沢山持っていますが、それを視覚化するスキルは持ち合わせていないものです。それを代弁して、3D、モデル、スケッチ、建築図面を駆使して、これがセット、これが見た目、とプレゼンテーションしていくのです。そこから、実際に撮影セットを物理的に建てるのか、それともVFXで表現するのか等のアイデアが出てきて、次のステップへと進んでいきます。

私は元々、インテリア・デザイナーのバックグランドを持ち、昔は全てペンシル・スケッチで描いていました。しかし、先ほどネイサンも言われていましたが、コンピューターをツールとして使う事が不可欠な時代になりました。Maya、Rhino、AutoCAD、VectorWorks、Photoshop、Illustratorなどなど、ハイエンドなツールは沢山あって様々なコンビネーションがありますが、必要に応じて2Dと3Dの両方をこなして行くことが要求されています。

私も、自分で3Dモデルをモデリングしています。最近では、かなりの場合、3Dでモデルを作り、デザインに最終のOKが出た時点で、2Dの建築用図面作成にかかります。さて、セット・デザインには大きく分けると3種類があります。

  1. 過去の時代をデザインする
  2. 現代をデザインする
  3. 未来をデザインする

1の例は「メモリー・オブ・ゲイシャ」、2は「サイドウェイズ」、3は「AI」などです。映画「メモリー・オブ・ゲイシャ」のセット・デザインの経緯です。2Dのデザインを起こし、続いて3Dモデルを作り、撮影セットを建てます。セットを建てる際は、コンストラクション(建設部、大道具に近い)と緻密に連絡し合い、3Dモデルも含めて説明します。また、セット・デザインを行う為には、膨大なリサーチを行います。自分でGoogleで検索したり、アートデパートメント専用に雇われたプロのリサーチャーのヘルプを駆使して、資料を集めていきます。

建物のディテールや、細かい1つ1つのパーツがどのように見えるか、等をリサーチして、セットのイメージを正しく膨らませていくのです。アート・デパートメント全体の規模は、コンストラクション(建設部)まで含めるとかなり大きくなります。ステージやロケ先でセットを建てる際には、セットデザイナーを始めモデル・メーカー、グラフィックデザイナー、建設部など、さまざまな専門分野のスペシャリストが集まります。事故が発生したりしないように、安全面の管理にも気を配りながら、各分野のコラボレーションをしながら進めていくのです。

参考:IMDB 増田氏が担当したハリウッド映画作品一覧

…と、このような内容であった。今回のプレゼンテーションで紹介された内容は全て、我々VFXスタジオに”作業が発注される前”の出来事であり、筆者にとっては個人的にも大変興味深いものがあった。特に「企画を映画スタジオに売り込む為」のコンセプト・アートと、「実際に企画が売れて、GOが掛かってから」のセット・デザインの対比は、我々がVFXスタジオの制作現場でよく目にする”世界観の指標としてのコンセプト・アート”とは役割が全く異なり、参考になった。こういう企画を、LA SIGGRAPHの月例会が採り上げてくれるところに、エンターテインメントのメッカならではの、勉強会的な面白さがある。今後も興味深いトピックスがあれば、本欄で積極的にご紹介していきたいと思う今日この頃である。

参考サイト:LA SIGGRAPHオフィシャルサイト

WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。