取材:鍋 潤太郎 取材協力:Leonard Daly / Chair, LA ACM SIGGRAPH
はじめに
ここ明るく楽しいロサンゼルス地方には、ACM SIGGRAPHの地方分科会である「LA SIGGRAPH」が存在する。日本にもお馴染み「シーグラフ東京」があるが、そのLA版と言えばご理解頂ける事と思う。 LA SIGGRAPHでは毎月、月例会を開催している。内容は毎月異なり、新作映画のお披露目やメーキング講演だったり、目新しいテクノロジーの紹介だったりする。この月例会には誰でも参加出来、会員になって年会費40ドルを納めれば、毎月の月例会の参加費は無料となる。会員でなくても、会場入り口で参加費20ドルを支払えば入場する事が可能だ。
さて、毎度の事ながら前置きが長くなったが、7月の月例会は、「From Big Screens To Big Screams」(大スクリーンを大きな悲鳴へ)と題し、「映画作品を如何にしてテーマパークのライドに応用するかを、パネル・ディスカッションの形で語ろう」、というものであった。話題の大半はユニバーサル・スタジオ・ハリウッドの人気アトラクション「King Kong 360|3D」に関する内容で、部分的に「トランスフォーマーズ・ザ・ライド3D」にも言及した内容だった。
このアトラクション2つのVFXメイキングの詳細は、本欄の:
Vol.02 「King Kong: 360 3-D」の舞台裏をのぞいてみよう!
Vol.24 ユニバーサル・スタジオ・ハリウッドに「トランスフォーマーズ・ザ・ライド3D」がオープン
でも既にご紹介しているが、今回のパネル・ディスカッションはVFX現場寄りではなく、企画開発やプリプロの話が中心で、一味違った切り口からのお話が伺え、非常に興味深いものがあった。
LA SIGGRAPH / From Big Screens To Big Screams
前列、着席の4名、左からティム・サスーン、アダム・J・べザーク、ポール・クオーコ、ヴァレリー・ジョンソン・レドロー女史。後列に立っているのが司会のキム・バン・ホーヴェン
- 日時:6月11日(火)7:30開演
- 会場: Los Angeles Film School (ハリウッド)
- 司会:キム・バン・ホーヴェン/LA ACM SIGGRAPH
今月の月例会の会場に使用されたのは、ハリウッドのシネラマ・ドームの正面にある、Los Angeles Film Schoolの試写室。ここはよくVESのイベントでも使用される学校である。また、この建物(6363 Sunset Blvd)は以前RCAレコードのレコーディング・スタジオだった事でも有名で、なんとローリング・ストーンズやエルビス・プレスリーのアルバム、そして映画「スターウォーズ 帝国の逆襲」のサントラ等がレコーディングされた「歴史的建物」なのだそう。このような建物が存在するのも、”ハリウッドならでは”である。さて、この日のパネラーの顔ぶれを、簡単にご紹介しておこう。
ティム・サスーン氏
サンタモニカにある少数精鋭VFXスタジオSassoon Film Design社長。IMAX作品を始め大型映像のVFXを得意とする。最近は2D→3D変換分野で活躍し、映画『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2』(2011)や、映画『劇場版イナズマイレブンGO 究極の絆 グリフォン』(2011)で134ショットを手掛けた事でも知られる
アダム・J・べザーク氏
クリエイティブ・ディレクター/ユニバーサル・スタジオテーマパーク部門にて人気アトラクション「T2 3-D」など、数々のアトラクションを手掛ける
ポール・クオーコ氏
シニア・テクニカル・マネージャー/ユニバーサル・スタジオテーマパーク部門にて人気アトラクション「T2 3-D」「Shrek4D」「リベンジ・オブ・ザ・マミー・ザ・ライド」「King Kong 360|3D」など、数々の人気アトラクションを手掛ける
ヴァレリー・ジョンソン・レドロー女史
フリーランス・プロデューサー。ユニバーサル・スタジオの「King Kong 360|3D」にはプロデューサーとして参加し、現在は中国のテーマパーク事業で忙しい日々を送っている
では、パネルディスカッションの模様をさっくりと要約し、ご紹介する事にしよう。
アダム・J・べザーク氏:映画をアトラクションに応用するのは、簡単な事ではありません。様々なアプローチがあり、これまでに沢山のアトラクションが登場してきました。今日はプレゼン資料を沢山を用意してきました。まず、テーマパークにおける「映画アトラクションの歴史」からお話しましょう。
1955年にディズニーランドがオープンし、アメリカのテーマパークの歴史が始まりました。ユニバーサル・スタジオ・ハリウッドでは、連結トラムバスに乗って撮影セットを巡るスタジオ・ツアーが1964年にオープンしました。1978年にはトラム・ツアーの途中に「バトルスター・ギャラクティカ」が登場しています。1983年にはライブのスタント・ショー「アドベンチャー・オブ・コナン」が始まりました。1986年にはトラム・ツアーにアニマトロニクスを駆使した「キングコング」がお目見えしました。1989年にユニバーサル・スタジオ・フロリダで「インディ・ジョーンズ」のスタント・ショーがスタート。1991年にはフロリダに「バック・トゥ・ザ・フューチャー・ザ・ライド」が完成。1992年に「バック・ドラフト」が出来ました。1993年には「ジョーズ・ライド」がフロリダに登場。1996年に「ジュラシックパーク・ザ・ライド」と「T2 3-D」がオープン。1999年にはフロリダに「アメージング・アドベンチャー・オブ・スパイダーマン」が、2004年には「リベンジ・オブ・ザ・マミー・ザ・ライド」が導入されました。2010年に「King Kong 360|3D」が、翌2011年には「トランスフォーマーズ・ザ・ライド3D」が登場し、現在に至っています。
こうしてテーマパークのアトラクションの歴史を振り返ってみますと、初期は”メイキングもの”&”舞台裏もの”が殆どでした。また、お子様向けの「絵本展開型」ライドも流行し、ディズニーランドの「ピーターパン」や「不思議の国のアリス」等はその典型です。それから出てきたのが、ライブ・ショー。ステージ上で俳優がスタントや演技を披露するショーで、かつてフロリダのユニバーサル・スタジオには「ゴーストバスターズ・スペクタキュラー」等が存在していました。前述の「アドベンチャー・オブ・コナン」や「インディ・ジョーンズ」もその好例です。その後、観客が映画のストーリーの中に入って行けるような「体感型」アトラクションへと発展していきました。前述の「バック・トゥ・ザ・フューチャー・ライド」や「Shrek 4D」等がそうですね。
ここでポイントになるのは、テーマパークのライドは、「必ずしもオリジナルの映画と全く同じストーリー展開である必要は無い」という事でしょう。基本はハッピー・エンディングで、観客がハッピーな気持ちでアトラクションから出てくる事が大切なのです。
ポール・クオーコ氏:「King Kong 360|3D」や「トランスフォーマーズ・ザ・ライド3D」の最新アトラクションにおける、企画段階のお話を紹介しましょう。
まず、プロデューサーとライター、そしてそれぞれの監督(スピルバーグ、ピーター・ジャクソン、マイケル・ベイなど)が集まって、アイデアや予算、そしてスケジュール等を詰めます。ライドのアトラクションは、観客が映画の世界に入り込んで楽しめる内容にする必要があります。それにはリアリティが不可欠です。その為、再生スピードも伝統的な24コマ/秒ではなく、60コマ/秒を採用し、更なるリアリティとストーリーの包容感が得られるようにします。
「トランスフォーマーズ・ザ・ライド3D」では、ハイビジョンの4倍の解像度に相当する4Kのステレオで、13個のスクリーンに立体映像を投影して臨場感を出しています。また、ライド映像には「カット」がありません。1つのシークエンスは連続した1カットであるべきです。
ヴァレリー・ジョンソン・レドロー女史:私は「King Kong 360|3D」にプロデューサーとして参加しました。先程もお話に出ましたが、1986年に完成した、アニマトロニクスを駆使した実物大「キングコング」のアトラクションが火災で消失してしまい、その二代目として作られたという事情がありました。でも、全く同じものを作り直すのではなく、最新のテクノロジーを使って、今しか出来ないものをデジタルでやろう、そうだ立体映像にしよう、とアイデアが膨らんだのです。
ポール・クオーコ氏:そして、視野が360度全部に広がり、観客からはスクリーンのエッジが見えず、画像データは非圧縮で高画質な60コマ/秒再生、音響も360度のサラウンドにしてリアリズムを出す事になりました。また、これまでの立体映像の常識を打ち破るため、
- ポラロイド(直線偏光フィルター方式)を使わない
- トラムに載っている観客が反対側を振り返っても、立体映像に見える
という2つの掟が出されました。
2Kの解像度で60Pのラスターイメージによる映写。プロジェクターの配置設計には3Dビジュアライゼーションを行い、コンピューター上で事前にチェックしました。4Kのプロジェクターで広範囲に投影すると、10Kルーメンしか明るさが得られません。そこで全長120フィートのスクリーンに全16台のCHRISTIE製の2Kデジタル・プロジェクターを使って、30Kルーメンを実現。各プロジェクターにはカスタム・レンズを装着しています。
実際にユニバーサル・スタジオに設置する前に、LAX近くのプラヤ・ビスタの施設に実物大のモックアップを作り、そこでリハーサルを行いました。映像だけでなく、オーディオ、照明、エアー、水などの4D効果のテストも念入りに行いました。
ティム・サスーン氏:私の仕事は、大型映像の専門家として、WETAから納品された画像ファイルをベースに、16台のプロジェクターによってスクリーンに投影可能なフォーマットにインストールするまでのプロセス全般を担当しました。作業には2年余りを費やしました。
プリプロでは、「画面上でのコングの大きさが正しいか、巨大感が出ているか」「各プロジェクターのアライメント」「各プロジェクターのシンクを確認する為のクロック・ワイプ」「92秒の上映時間(正確には映像部分は正味90秒、しかし黒味が2秒追加されている)」、そして次のトラムが建物に入ってくるまでの間隔に適した253秒の”間”の設定などを詰めていきました。
プロジェクターのアライメント用チャートは、プロジェクター同士のオーバーラップ範囲や、グレースケール、各RGBが確認出来るよう、カスタム・メイドのチャートを用意しました。WETAから届いた画像は1枚あたり6686×1350という解像度で、これを各プロジェクターのオーバーラップ分500ピクセルも含めて分割、各プロジェクターに送られる画像は2048×1080 60Pです。これを、アスペクト比が1.3verticalというカスタム・アナモルフィック・レンズによって投影します。
オーバーラップは、プロジェクタ毎の継ぎ目を目立たないようにする為に必要とされました。プロジェクターのアライメントですが、CHRISTIEのプロジェクターにはGPUベースのワーピング機能が備わっていて、歪曲形状を持つスクリーンとの微調整は、後処理で行う事が可能でした。
ヴァレリー・ジョンソン・レドロー女史:
ストーリーや演出は、映画同様にピーター・ジャクソン監督が担当しています。プラヤ・ビスタのモックアップ・テストで毎月チェックを行った事もあって、実際にユニバーサル・スタジオに設置した時に大きな問題が発生する事はありませんでした。
モックアップ・テストでは照明効果の演出を詰めるのに役立ちました。おそらく観客は誰も気がつかないと思いますが、コングがジャンプして移動すると、トラムの中に、きちんとコングの影が落ちているのです。そういう細かい演出が、リアリティを高めています。
最後は恒例のQ&Aのコーナー
※回答者不問
Q:ポラロイド方式を使わなかった理由は?
トラムは映像に合わせて揺れる演出になっています。ポラロイドのメガネだと、トラムが揺れて視線が斜めになると、立体視が出来なくなるという問題があります。そこでRealDのメガネを採用しています。
Q:プロジェクターのキャリブレーションの頻度は?
毎朝、開園前に行っています。
Q:新アトラクションがオープンして、リクープ出来るまでの期間は?
良い質問です。う~ん、制作コストと、ゲートチケットの売上げの連動を調査してみないと、今、この場ではよくわからないですね。
Q:テーマパーク仕事を専門に請ける会社には、どのような企業があるか?
LAや西海岸のVFX会社は、テーマパークの映像制作を積極的に請けています。ILMやR&H、そして「ザ・シンプソンズ・ライド」を担当したブラースタジオなど。ILMはディズニー傘下の会社になりましたが、おそらく今後もユニバーサルの仕事を問題なく受注してくれる事でしょう。
Q:テクノロジーの進化で表現力が向上したと思いますが、その例は?
まず解像度が挙げられます。「ザ・シンプソンズ・ライド」では、初めて4Kのプロジェクターを採用しています。表現の上では、最新のテクノロジーは常に発掘していきたいと思っています。特にプロジェクターに関しては、もっと充分な明るさが実現出来るものを求めてています。
テクノロジーの進化はコスト減にも役立っています。たとえば1996年に「T2 3-D」をデジタル・ドメインに発注した際、デジタル・ドメインは100万ドル(1億円相当)もの投資をして1テラのディスク・ストレージを購入しなければなりませんでした。今じゃ、1テラのディスクって100ドル(1万円相当)以下で買えますよね。
Q:テーマパーク市場はアメリカでも大きいですが、海外では?
最近では中国の市場が成長しています。ウエスタン(西洋)的な内容ではなく、中国文化に沿った内容やストーリーを好む傾向があるようです。人口が多い分、テーマパーク市場が期待出来るのです。
でも、コピー&パクリが横行しているので、困る事もあります(笑)ある時、中国のテーマパークを視察したら、ディズニーランドの「イッツ・ア・スモールワールド」ソックリなアトラクションに遭遇して驚いた事があります。おそらく、中国から人を送り込んで、沢山の写真を撮影して、丸コピしたのでしょう。最初から最後まで、それは見事にコピーしてありました。
でも、最後の方で、壁に謎の形状の絵面がある。でも、我々には何か見覚えがある。なんだろうな~と思っていたら「あっ!これ、玩具メーカー『Mattel』のロゴだ!」。Mattelは、一時期「イッツ・ア・スモールワールド」のスポンサーだった事があります。その当時撮影した写真がピンボケだったのでしょう。ロゴの雰囲気は残して、それが似たような”デザイン”に変わっていたんです(笑)
…という訳で、最後は大爆笑で幕を閉じた、今月の月例会であった。今回はテーマパークに関連して、普段VFX現場に居るとなかな聞けない貴重なお話を伺う事が出来た。個人的には、アダム・J・べザーク氏のアトラクションの歴史が大変興味深かった。今回のように、エンターテインメント業界最前線の情報を共有出来るのもLA SIGGRAPHの魅力の1つではないだろうか。
今後も、LA SIGGRAPH月例会の模様を積極的にご紹介していきたいと思う、今日この頃である。