取材:鍋 潤太郎
2D-3D変換専門のポストプロダクションが複数存在する北米
ハリウッドで根強い人気が続く3D映画。特にIMAXシアターでの大スクリーンによる、大作映画の3D上映では、チケットがSOLD OUTになる事も少なくない。そんなハリウッドの3Dブームはまだまだ続きそうだが、近年は立体撮影ではなく、普通にカメラ1台で撮影して、ポストプロダクションによって立体効果を生み出す「2D-3D変換」によるハリウッド映画が、「GODZILLA ゴジラ」「パシフィック・リム」「アベンジャーズ」等の大作に活用されている事をご存知だろうか?
昨年から今年に掛けて公開された大ヒット映画の数々が、実は「後処理」によって立体化されているという、聞いて驚く意外な事実。北米には既に2D-3D変換専門のポストプロダクションが複数存在しているが、その中でも日本で開発された技術をベースにプロダクション業務を展開するStereoDは、業界をリードする存在となっている。
青木洋一郎氏に聞く
StereoDの青木洋一郎氏
今回は、今月公開の話題の映画「GODZILLA ゴジラ」で2D-3D変換を手掛け、現在ハリウッドにおける2D-3D変換技術分野の第一人者であるステレオDの青木洋一郎氏に独占取材、ハリウッドでの2D-3D変換の最新動向を伺ってみた。
青木洋一郎氏
Deluxe 3D,LLC dba StereoD / Stereo Supervisor1978年生、宮城県出身。2000年に米Willamette大学を卒業後、デジタルハリウッド東京本校にてVFXコースを受講。卒業後、株式会社トマソン、株式会社オムニバスジャパン等を経て、株式会社アイスキューブに移籍し立体映像 / 2D-3D変換の世界に飛び込む。2010年にStereoD LLCの設立に参加し、現職。「タイタニック 3D」以降、Stereo Supervisorを務めている。最新作は「GODZILLA ゴジラ」。
ワールド・プレミア試写会にて
――ステレオDの歴史を教えてください。どのようなスタジオなのでしょうか?
青木氏:2010年に日本で開発された2D-3D変換技術をベースに、ハリウッド俳優のジョヴァンニ・リビシ氏を含む6名によって、ハリウッドのホテルの一室からステレオDが始まりました。
当時はS3Dブームの前で、なかなかハリウッドでプロジェクトが取れず、苦戦しました。しかし、半年後に我々の2D-3D変換技術がジェームズ・キャメロン監督に認められたのを機に、「アバター」や「エアベンダー」等のプロジェクトの受注に成功し、スタッフも50→150→300名と増え、ハリウッドの大手ポストプロダクション・グループDeluxeが親会社となり、その後インドに子会社を持つなど、1000名近くの規模の大きなスタジオとなりました。
代表作としては「キャプテン・アメリカ / ザ・ファースト・アベンジャー」、「アベンジャーズ」、「タイタニック 3D」、「ジュラシック・パーク」などの2D-3D変換を手掛け、最近では「GODZILLA ゴジラ」の3D化を担当しました。
――「2D-3D変換」とは、どのような技術でしょうか?
青木氏:2Dのオリジナル画像から右目、左目に対する視差の違う画像を作り出すのが私たちの仕事です。
(1)ROTO:2D画像の全てのキャラクターやオブジェクトの輪郭を取ります。雪や雨、髪の毛、反射物など、とても細かいものも輪郭を取る必要があります。
(2)DEPTH:ROTOチームからの輪郭を元に、白色~黒色の範囲で3D空間の設計図を作ります(黒色=奥・白色=手前)。また、「書き割りの3D」にならないように顔に対しては、おでこや頬、瞼、鼻など細かい立体感をつけます。このDEPTHを元に自社ツールで右目、左目の画像をレンダリングし、試写室で立体感を確認し、クライアントチェックを受けます。
(3)FINALING:クライアントが3D空間を気に入った時点で、コンバージョンの際に発生するピクセルが延びた部分を補間していきます。こちらもとても複雑な作業で、背景のクリーン・プレートを作成したり、手作業でフレーム毎にペイントをしていきます。この部署では、唯一の日本人コンポジターとして、渡辺奈津子さんも大活躍しています。CGのシーンなどに対しては、VFXスタジオから別々のレイヤー素材を受け取り、それを個々に変換し、ステレオ合成します。
(4)FINAL CHECK:カット毎に、3D映像が目に刺激を与えず、スムーズに流れるかを確認し、クライアントの最終チェックを経て、納品します。
――ここ数年、ハリウッドで2D-3D変換のニーズが高まっていますが、撮影時にカメラ2台で立体撮影するのではなく、後処理で行う方法の利点を教えてください。
青木氏:撮影現場でのカメラ2台での3Dセットアップには時間を要し、2Dで撮影する数倍の時間が掛かります。カメラ2台の各レンズの色や角度など、様々な要素が合致しないと、撮影しても結果として「うまく3Dに見えない」という事が、実は多々あります。
撮影時のセットアップに時間が掛かることで、俳優たちのスタンバイ時間も長くなり、全体スケジュールも伸び、制作費コストがとても高くなってしまいます。
3Dで撮影すると映画作りに集中が出来なかったり、カメラの機材が大き過ぎ、2Dだと可能なアングルや撮影場所が3Dだと制限されてしまう事も多々あるため、2Dでの撮影に力を入れられる3D変換を選択する監督も増えています。
また、実写で3D撮影を行うと、視差を深く撮ってしまったり、逆に浅く撮ってしまった場合、後から調整がききません。「変換ではなく、すべてを実写で撮影」として謳っている映画でも、実は最低でも5~10カットは後処理による変換で補っている映画が多くあるのです。
アクションシーンなどのカットが短い映像は、3Dの深度があまりにも強いと観づらい映像になってしまいます。2D-3D変換では、全体の映画の流れに合わせてスムーズな3D空間のカット繋ぎを調整し、本題の映像演出をうまくサポートしつつ、目に優しい映像演出が可能になります。
――2D-3D変換のマーケットは、ハリウッドではかなり大きいようですが、年間何本くらいの映画が2D-3D変換で処理されていますか?また、2D-3D変換を行う専門のスタジオは何社くらいありますか?また一般的に、ハリウッドのメジャー映画スタジオが、2D-3D変換に費やしている予算はどの位でしょうか?
青木氏:ステレオD以外で有名な2D-3D変換専門のスタジオは、Prime Focus、Legend3D、Gener8が大手になります。過去2年間で80本ほど3D映画が上映され、うち30本程が3Dコンバージョンでの公開になっています。
ステレオDの担当作品は2013年では10作品ほど。2014年は6作品ほどでした。2D-3D変換市場の、全体の5割を担当した事になります。ショット数など映画の規模にもよりますが、2時間の作品に対して$6million~$8million(6億円~8億円相当)ぐらいです。
――2D-3D変換専門のスタジオが複数存在する中で、ステレオDが技術的に売りにしているのは、どんな部分でしょうか。
青木氏:手掛けた作品の本数が他社と比べて一番多いので、クライアントの信用、スケジューリング、ノウハウなど経験値は他社と比べて高いと思います。
2D-3D変換によって立体化した映像は、人間の顔や体が書き割り的で平べったい立体感になりがちなのですが、クライアントからは、「ステレオDが担当したショットは、人間の顔や体が、立体感がしっかりしていて、きちんと丸みのある奥行きが感じられる」という評価をよく頂いています。
また、ステレオDはキャラクターひとつずつから全体の立体設計まで細かい立体調整が可能なので、監督の演出にあわせて細かい対応が出来ます。そして、社内に大きな試写室が4つある為、クライアントに最終仕上がりに近い状態でチェックをして頂けるという事で、大変喜ばれています。
――ステレオDがここ1~2年で手がけた作品を教えてください
青木氏:下記の作品があります。
■2014
- GODZILLA
- Captain America:The Winter Soldier
- Need for Speed
- Noah
- X-Men:Days of Future Past
- Guardians of the Galaxy(作業中)
- Exodus(作業中)
- Teenage Mutant Ninja Turtles(作業中)
- Mad Max:Fury Road(作業中)
■2013
- Jurassic Park
- G.I. Joe:Retaliation
- Hansel and Gretel:Witch Hunters
- Iron Man 3
- Pacific Rim
- Percy Jackson:Sea of Monsters
- R.I.P.D
- Star Trek Into Darkness
- Thor:The Dark World
- The Wolverine
- 47 Ronin
――最新作「GODZILLA ゴジラ」についてお聞きします。受注に至るまでのご苦労話をお聞かせください。
青木氏:「GODZILLA ゴジラ」は124分の映画を、60分ずつ2社で分担して3D化するということで、6社ほどでコンペが行われました。同じ素材をそれぞれの会社が2D-3D変換し、監督とスーパーバイザーが「どこの会社が変換したかを知らされない状態」でベスト・クオリティのものを選ぶというコンペでした。
クオリティでの勝負だったので、コンペを担当した私は責任重大でした。後で聞いた話ですが、バンクーバーのジェネレート(Gener8)はコンペ前よりほぼ決定していたようでしたが、監督とスーパーバイザー共々、ステレオDのものを一番に選んだという話を聞き、とても嬉しかったのを覚えています。
――作業期間と関わったクルーの人数についてお聞かせください。
青木氏:作業期間は2013年9月にコンペをし、10月半ばから少しずつ素材が届きました。最終納品は4月半ばだったので、約6ヶ月です。時期によって変わりますが、多い時で600人程が作業に携わりました。
――「GODZILLA ゴジラ」の2D-3D変換作業で、こだわった部分は?
青木氏:ゴジラの様な大きな対象物を3D化する場合、適切な立体演出をしないと、ゴジラがミニチュアの様に小さく感じてしまう事があります。そこをどううまく仕上げるかが、この作品の大きな目標でした。ギャレス・エドワーズ監督のカメラアングルは主観的なものが多く、窓や建物など対象物をうまく配置してくれていたのでとても3D的にはいい空間表現が出来たと思います。
3Dというと“何かが飛び出す”という印象が強いですが、「GODZILLA ゴジラ」は奥行き、巨大感を3Dで楽しんで頂ける作品になったと思います。
また、ステレオDとジェネレートの2社共同で作業したため、お互いの3Dスペースの構築、キャラクターへの立体感の付け方など、両社の差を「どううまく馴染ませるか」も大きな課題でした。
ジェネレートは最後の方にスケジュールが足りなくなり、締め切り前に追加で10分ほどステレオDに分担が回ってきて最後はバタバタしましたが、ワーナー・ブラザーズの3Dスーパーバイザーの方から、私の方に最後のファイナル・チェックの作業が一任され、観客が不快な感覚にならないよう、スムーズな3Dのカットの流れを全編調整し、私的にはとても満足のいく仕上がりになったと思います。
映画館でご覧になった際、3Dで観たときにまるで目の前にゴジラがいるような感じを体験してもらえたら何よりです。
――ドルビー・シアターで行われたプレミア試写会にもご出席されたそうですが。
ワールド・プレミア試写会にて、ギャレス・エドワーズ監督と
青木氏:ギャレス・エドワーズ監督にご招待頂き、プレミア試写会に参加出来たのはとても良い経験でした。オスカーの授賞式が行われる特別な会場での試写会で、ゴジラが登場するたびに歓声が上がっていました。
当初は2Dでのプレミア試写会を予定していたそうですが、途中段階で20分ほどクライアントに3D試写をしたときに、「これは3Dでプレミアをやらないともったいない」という事で3Dプレミアが決まったそうです。
上映会後のアフターパーティーでは「GODZILLA ゴジラ」にあわせて、日本料理の屋台風な食事などが振る舞われ、大きなゴジラの像もありました。メインのハリウッド俳優さんもパーティーに参加していましたが、何より渡辺謙さんやエグゼクティブ・プロデューサーの坂野義光さんとお話をする事ができ、「制作サイドで日本人もがんばっています」とお伝えする事ができました。
ワールド・プレミア試写会にて、エグゼクティブ・プロデューサーの坂野義光氏と
――完成した映画をご覧になられて、如何でしたか?
青木氏:日本人として、日本の代表作品であるゴジラのハリウッド版に参加できた事はとても光栄でした。ギャレス・エドワーズ監督も日本人が関わっているということをとても喜んでくださり、忙しい中にもステレオDのスタジオに何度もチェックに足を運んで頂きました。
まだ30代の若手監督として偉業を成し遂げたギャレス・エドワーズ監督は、もともとVFXアーティストだったこともあり、私たちの作業はスケジュールが短い中、どれだけ大変か等を大変理解して頂き、アーティストに対してスピーチをしてくれたり、3D演出のやり取りなどいろいろとディスカッションすることが出来、とても楽しく充実した貴重な作業期間でした。
私は最終納品前に最終チェックも任されていたので映画を何度も何度も観ましたが、何回観ても飽きる事はなく、3Dも限られた時間の中でとても満足した仕上がりになりました。
原子力プラントの崩壊シーンなど、日本人にはまだ辛い事を思い出す映像も登場しますが、初期ゴジラも水爆実験の脅威をテーマとして描かれた映画であるように、今回の映画も環境問題を多く描かれています。自然と共存しながら、どう生きていかなければいけないか、どういった地球を子孫に残していかなくてはいけないのかなどを考えながら、目をつぶらないで現実を見つめていく為の映画でもある、と私は思っています。
(2014年6月、ハリウッドにてインタビュー)
「GODZILLA ゴジラ」2014年7月25日(金)公開
http://www.godzilla-movie.jp/