txt:染瀬直人 構成:編集部

Insta360 Proの進化

中国・深圳のスタートアップArashi Visionが、2017年夏にプロ向けVRカメラInsta360 Proを発売してから、一年余り。

2018年8月21日の本日、早くも二世代目にあたる「Insta360 Pro 2」(以下:Pro 2)が、正式にアナウンスされた。私は発表を前に中国・深圳に飛び、宝安区にあるArashi Vision社を訪ねた。そこでは、CEOのJKことJingkang Liu氏自ら、独占デモを行なってくれた。

新製品Insta360 Pro 2とArashi Vision CEOのJKこと、Jingkang Liu氏(Arashi Vision 社長室にて)

新製品は、8月上旬よりティーザー広告がネット上で公開されて以来、ユーザーや業界の関係者の間で様々な憶測を呼んできた。広告上でははっきりと製品の情報は明示されておらず、カメラの外観の2眼の部分しか露出していなかったこともあり、視聴者からはVR180用の新VRカメラではないか?今年のCESで参考展示されていたマイクロフォーサーズのセンサーを搭載した同社の超ハイエンドVRカメラ「Titan」が遂に発売になったのではないか?といった反応が多く見られた。

ところが、いざ蓋を開けてみると、そこにはPro 2の姿があったというわけだ。昨年、「Insta360 Pro」が発売された際には、その性能と比較的購入しやすい価格帯が、業界の注目を浴びた。扱いやすいプロ向け一体型のVRカメラの登場は、高品質を求めるVR動画の撮影・制作環境を一躍大きく前進させたと言える。その後、Pro 1はアップデートを重ねていく。

V2.0では、専用ステッチングソフト「Insta360 Pro Stitcher」により、Pro 1で撮影された動画のフレームレートを本来の8K 30fpsの360°動画から8K 60fpsに変換する「Manual Framerate Adjustment」機能や、8K 360°の静止画を12K 360°に変換する「12K Super Resolution」機能などが実装された。

その他にも、8K 5fpsの動画撮影機能、Insta360 Proに内蔵されたプロセッサーにより、8K動画のオプティカルフローによるステッチングを可能にする「MobiStitch」機能や、トーンカーブの調整機能などが追加、ダイナミックレンジの向上や暗所でのノイズ除去などの画質の改善なども行われ、着実に進化を続けていった。同社はバレットタイムやフリーキャプチャーが話題となったコンシューマー向けの「Insta360 ONE」などのガジェットも出しているが、プロ向けVRカメラ開発も怠ってはいなかったのだ。

本当の“Pro”のためのVRカメラ

今回のPro 2のスペックを見たとき、新機能のすべてがプロの厳しい撮影環境に耐えうるために採用、導入されたことが、強く感じられた。今回のPro 2の目玉は、FlowStateによる手ブレ補正、8Kの3D撮影、HDR、「Farsight」による遠距離のモニタリング、7つのカード使用による高画質記録とプロキシ編集の対応、そして、クリスタルビューによる高解像度視聴の実現だ。

ひとつひとつ、見ていこう。基本的な動画撮影スペックは、リアルタイムステッチで4Kの3Dと2D(30fps)、後処理のステッチで、8K 3D(30fps)、8K 2D(60fps)、6K 3D(60FPS)、4K 3D(120fps)を実現する。フォーマットはmp4。コーデックはカメラ処理でH.264、後処理ステッチではH.265が可能だ。1つのレンズごとのビットレートは、120Mbpsに上げられる。

i-Logモード搭載なので、ポスプロ編集時のカラーグレーディングが行いやすい。8K 2D(30fps)では、HDRに対応する。ハイライトと、シャドウが極端に共存する360°撮影において、心強い仕様となっている。

Insta360 Pro 2のデモを自ら行ってくれたArashi VisionのCEO JK

VR動画の移動撮影に威力を発揮する「FlowState」

Pro 2の最大の特徴は、第一にInsta360独自の強力な「FlowState」(内蔵手ブレ補正機能)を搭載していることだ。CEOのJK自ら、「VR動画の制作において、移動撮影はとても大事」と語っていたが、Pro 2はカメラ内の9軸ジャイロスコープで動きを検知し、Insta360のソフトウェアでそれを解析、ジンバルを使用せずとも、スムーズなスタビライザーの効果を得ることができる。最小の機材で、安定的かつ変化のあるカメラワークを実現することができると言うわけだ。

深圳、Arashi Visionにて、Insta360 Pro 2を試す筆者

「Farsight」による遠距離モニタリング

2番目の特徴に遠隔映像のモニタリングシステム「Farsight」が挙げられる。360°VR動画撮影の課題に、スタッフ等の映り込みの問題がある。映り込みを避けて、カメラの死角からモニタリングする場合、Wi-Fiだと接続距離は短く、不安定且つ遅延などの問題もあった。

Pro 2では新しい遠隔映像モニタリングシステムの「Farsight」を搭載しており、高画質で遅延の少ないプレビューや、リモートによるパラメーターの操作を可能にした。

発信機と受信機(スマートフォンなどを利用できる)のペアを通じて、5.18GHzの信号により、見通しの良い条件なら何と300メートルもの遠距離から、30fpsのノイズの少ない高画質でライブビューを確認、カメラ設定も行える。Pro 1でも「Farsight」の使用は可能だが、フレームレートが1fpsなので、Pro 2の方が断然滑らかにプレビューできる。この映像転送処理技術を使えば、ドローンなどの撮影でも効果を発揮するのではないだろうか。

Arashi Visionの社内でテストしたところ、壁などのいくつもの遮蔽物がありながら、カメラから40mほど離れた地点でも、安定したモニタリングを行うことが可能であった。

受信機側では、 IPhone、iPad、Androidが使用でき、プレビューと、フレームレート、シャッタースピード、ホワイトバランスなどの変更ができる。パソコンとも接続できる

「Farsight」のための送信機

「Farsight」のための受・発信機のセット

Adobe Premiere Proのプラグイン「No-Stitch」編集

Pro 2はAdobe Premiere Proとポスプロ編集の連携もスムーズに行えるうように設計されている。すでに、今年の6月からAdobe Premiere Pro用のプラグイン「No-Stitch」編集は利用でき、ステッチ前の素材をPremiere Proに読み込めば、ステッチされた状態で従来の動画同様、すぐに編集作業を始められるようになっていた。

Pro 2では、撮影の際に、高画質の動画以外に、低解像度のプロキシファイル(960×720)も自動的に生成、保存される仕様になっている。撮影後のファイルをPremiere Proにインポートすると、プロキシ・ファイルも同時に認識され、それを利用して素早くスティッチ後の映像を確認、編集ができる。編集作業後に書き出しを行う際には、高画質の素材を利用して、レンダリングが行われる。

Adobe Premiere Proの編集画面

「CrystalView」で8KのVRゴーグル視聴が可能に

これまでは、わざわざ8Kなどの高解像度でVR動画を撮影しても、Gear VRや、Oculus GoなどのVRゴーグルやスマートフォンでは、4K程度のサイズまでしか再生ができないという課題があった。Arashi Visionが開発した「CrystalView」という技術によれば、Pro 2で撮影したコンテンツを変換することにより、上記のデバイスを使用した場合でも、GearVR では8Kの3DがOculus Goでは8Kの2Dか6K3Dの状態で再生可能になる。これは視聴者が見ている部分だけを、高画質で再生しているためである。「CristalView」はFacebookのダイナミックストリームなどの似た画像の処理と再生の技術であり、Pro 2の発売と同時に、プレイヤーがリリースされる予定。

Oculus Goで「CrystalView」機能を視聴する筆者とJK。高品質な再生を確認できた

アンテナや7つのSDカードスロットを搭載。そしてその他の進化とは

Pro 2の重さは、Pro 1よりわずかに160g弱ほど増えて1386g。外観はほぼ変わらないものの、付属のアンテナが2本設置できるようになった。1つはGPS信号用で、GPSデータは自動的に画像に追加され、Googleストリートビューなどの360°の地図サービスに利用することができる。もう1本のアンテナはWi-Fi信号用である。

天頂部には空間音声対応のZOOM H2nなどのVRマイクを設置できるように、ネジ穴が備わっている。因みに空間音声については、Pro 1同様のアンビソニック対応の4つの内蔵マイクに加えて、USB端子やオーディオ用端子(3.5mm)も設置されている。

GPS信号とWiFi信号用のアンテナ。「Farsight」の電源が切れた時、WiFiを利用できる

頭頂部に設置されたネジ穴。空間音声対応用のVRマイクなどのアクセサリーを設置できる

その他の大きな変更点としては、Pro 2は7つのカードを使用することになっている。それぞれのカメラに応じる形で、6つのmicroSDカードのスロットがあり、これにより最大限のビットレート(Pro 1の単レンズ 40mbpsから、Pro 2は120mbpsに)で記録できるようになった。そして、もう1つの7番目のスロットは、SDカードを装填するためのもので、手ブレ補正用のデータと、Premiere Pro「No-Stitch」編集用のプロキシ素材のファイルがここに保存される。Pro 1は1枚のSDカードで収録できたのは便利であったが、より高画質の撮影を望むユーザーの声を反映して、このような仕様になったとJKは語った。

MicroSDカード用のスロット-1~3

MicroSDカード用のスロット-4~6

SDカード用のスロット

4Kライブ配信と同時にアーカイブも残せる

そして、もう1つの大きな特徴として、Pro 2は4Kの360°ライブ配信(3Dと2D)が可能であると同時に、8Kでライブ配信の内容を保存でき、後で編集したり、改めて利用することが可能になっている。

Insta360 Pro 2のインプレッション

実際に深圳で実機に触れてみて、Pro 2はプロが要求するリクエストに冷静に耳を傾けて、それらに応える形で機能強化や追加が行われた製品だということを実感した。ようやく本当の意味で、撮影現場に強い”Pro”のためのVRカメラが登場してきたと言えるかもしれない。

Insta360 Pro 2はハコスコにて予約販売受付開始。販売価格は込680,000円。これには、遠距離撮影用のFarsightシステムも含まる。Pro 1も併売されるという。

次回は、JKことArashi VisionのCEOのJingkang Liu氏に、これまでの歩んできた過程や、Arashi Visionのこれから今後について伺った独占インタビューをお送りする。

WRITER PROFILE

染瀬直人

染瀬直人

映像作家、写真家、VRコンテンツ・クリエイター、YouTube Space Tokyo 360ビデオインストラクター。GoogleのプロジェクトVR Creator Labメンター。VRの勉強会「VR未来塾」主宰。