取材:鍋 潤太郎 構成:編集部
はじめに
ハリウッド映画のVFXメーキング講演を聴講すると、エイジング(加齢処理)やディエイジング(若返り処理)という言葉を比較的頻繁に耳にする。エイジング自体は伝統的な特殊メイクのテクニックとして昔から知られているが、ディエイジング(若返り処理)は特殊メイクでは難しく、デジタルVFXで行われるようになったのはここ10年程である。
近年では技術がより進歩し、かなり高度なディエイジングも見られるようになってきた。そこで今回は、ビューティーワークに詳しいLola Visual Effectsの山際一吉氏に、最新動向などを伺ってみた。
山際氏は、本欄Vol.79でも一度ご登場頂いている。この記事をご覧になった筆者の知人の方から、「ビューティーワークについて詳しく紹介した内容の記事に、興味があります」というご要望を頂いていた事もあり、そのリクエストにお答えする形で、より現場目線に掘り下げた情報をお届けする事にしよう。
山際一吉氏
東京都出身。2003年に東海大学工学部光画像工学科を卒業
Lola Visual Effects / Senior Flame Compositor
デジタルエッグにてFlameアーティストとしてテレビコマーシャル業界でキャリアを重ねた後、2009年にロサンゼルスのLola Visual Effectsに入社。「キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー」、「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」、「ヒューゴの不思議な発明」、「ソーシャル・ネットワーク」、「クラウド アトラス」、「ザ・ウォーカー」等のハリウッド映画に携わる。2013年に日本に一度帰国し、フォートンを経てフリーランスに。NHKにて「生命大躍進」や「精霊の守り人」の制作に参加後、2016年4月に再渡米。Lola Visual Effectsに復帰し現職。最近の参加作に「IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。」「アベンジャーズ/エンドゲーム」、「キャプテン・マーベル」、「グレイテスト・ショーマン」、「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」、「ブライト」、「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス」等がある。2019年日本で株式会社digitalbigmoを設立し、ビューティーワークに特化したプラグイン開発を行っている。
――最近、エイジングやディエイジングという言葉をよく耳にしますが。
エイジングは加齢処理、ディエイジングは若返り処理で、これらは「ビューティーワーク」と呼ばれるVFXです。ビューティーワークが最初に注目を浴びたのは、おそらく2006年の「X-MEN: ファイナル ディシジョン」だと思います。ご存知、プロフェッサーXとマグニートーを25歳若返らせたVFXです。それ以降も、「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」で俳優ブラット・ピットを20歳ほどディエイジングさせたり、さまざま映画で使用されるようになりました。
最近のハリウッドでは、特にディエイジングのニーズが増えています。以前は映画の一部分でしか使用されていませんでしたが、最近のハリウッド映画では役者をVFXで若返らせる事が当然のように行われるようになってきました。2019年度に公開された映画の例を振り返ってみますと、
ディエイジングされた俳優 映画作品名 担当したVFXスタジオ ウィル・スミス 「ジェミニ・マン」 Weta Digital ロバート・デ・ニーロ
アル・パチーノ「アイリッシュマン」 Industrial Light & Magic サミュエル・L・ジャクソン 「キャプテン・マーベル」 Lola Visual Effects スタン・リー 「アベンジャーズ/エンドゲーム」 Lola Visual Effects 等の作品でディエイジングの技術が使用されています。
マーベル「キャプテン・マーベル」予告編|MovieNEX
――ビューティーワークの主な使われ方は?
ビューティーワークは大きく分けて2つの方向性があります。
1つは、素肌の美しさを引き出して、より美しくする方向。これは主にミュージックビデオや化粧品のコマーシャルで用いられる方向性です。一般の人たちがイメージするビューティーワークというものは、こういう方向性でしょう。
もうひとつは、映画では「役者のお肌コンディションを一定に保つため」という独特な使われ方をします。映画の撮影は長期間に及び、その間、俳優がお肌のコンディションも変わってしまいます。
もちろん俳優さんはスキンケアを心掛けておられますが、人間は生物として、生理学的なリズムもある為、それを完璧に保つのは不可能でしょう。特に女優さんの場合、お肌に関しては極めてセンシティブに考えています。そこで、VFXを用いて、映画の中でお肌をベストな状態に統一する必要性が出てくるのです。
ビューティーワークを駆使すれば、若い肌を文字通り「創造する」事も可能になってきました。以前は「お肌のアラを目立たないようにする」ということが主だったため、ビューティーワークはあくまでも「秘密裏に控えめに使用する」という存在でしたが、このディエイジングの君臨によって、VFXの世界でより注目されるようになってきました。
またテレビでは4Kや8Kへと高解像度化が進み、これによって、お肌の細かな荒れやキズも鮮明に見えてしまうという事で、ビューティーワークの必要性は更に高まっています。反面、制作現場では、高解像度化によってSDの32倍を超える膨大なデータ量をVFX処理する必要があり、コンピューティング能力、ソフトウエア技術は複雑かつ膨大なものになってきています。
「キャプテン・マーベル」デジタル配信 ニック・フューリーを若返らせた驚きのCG技術
――ビューティーワークは、どのような作業が必要なのでしょうか。
ディエイジングの場合、使用するテクニックは「どのくらい若返らせるか」によって変わってきます。
ディエイジングを行う場合、アーティストは「フェイシャル」について理解している必要性があります。肌のたるみ具合、シワやシミの消し具合、それ以外にも様々な部分を「どれだけ修正するか」を、専門知識と経験をベースに進めていくのです。
人間の目は、見た目が不自然だと、すぐに認識してしまいます。フェイシャルは特に顕著で、ちょっと目を変えただけでも、まるで別人の顔になってしまったりと、コントロールが非常に難しいです。
その為、ディエイジングは微妙なさじ加減で細心の注意を払いながら制作していきます。この処理を、映画に登場する膨大なショットで行うので、気が遠くなるような作業量だということは、ご想像頂けると思います。しかも高度な専門性が要求されます。
このようにディエイジングも含め、ビューティーワークはどこのVFXスタジオでも簡単に出来るという事ではないので、これを専門的に行う会社が存在するようになったのです。この分野で有名なVFXスタジオは、Lola Visual Effects、Industrial Light & Magic、Weta Digital、Digital Domain等があります。
――ハリウッドでビューティーワーク、ディエイジングには、どのようなDCCツールが使用されるのでしょうか?
ビューティーワークを長年手掛けているVFXスタジオの中にはFlameを主力ツールにしているところもありますが、最近ではNukeを使うケースも増えてきています。なぜFlameなのか?と思われるかもしれませんが、それはビューティーワークが歩んできた歴史が多少なりとも関係しています。
元々ビューティーワークは、ミージックビデオや化粧品のコマーシャルで使用されていた為、当初からFlameやInfernoで作業を進めていたという文化があるのです。そしてFlameやInferno上でビューティワークのノウハウが蓄積され、それがディエイジングに移行させた流れがあります。
Flameの機能の1つであるGMask Tracerや、トラッキングの技術の進化やモーションベクターマップの技術なども大きいでしょう。一方Nukeも、KeenTools等の様々な機能が追加され、ビューティーワークを行う環境が整ってきました。その意味では、今後は作品によってツールを見極めつつ、作業を進めていく時代に差し掛かっているのかもしれません。
ビューティワークには3Dツールも活用されています。特に20歳~30歳もの大幅なディエイジングが必要な場合は、2Dだけでは限界があり、3DCGでモデルを構築して処理していく必要性が出てきました。場合によってはMayaでフルデジタルでレンダリングし、レイヤー分けしてNukeで調整する場合もあります。目の部分に関しても、目を3DCGで制作したりと細かな作業工程が必要になります。
このように、様々なツールによって表現出来る幅が広がった半面、それを使いこなすノウハウがより重要となってきており、VFXアーティストやスタジオの技量などが、より問われるようになってきました。
また、ビューティワークやディエイジングのニーズの拡大によって、各種合成ソフトに新たな技術を搭載した新バージョンや、斬新なプラグインがリリースされるようになり、私個人はツール開発の重要性をひしひしと感じています。それが、プラグイン開発を始めた理由でもあります。
――ビューティーワークの市場は、これからどのように拡大していくと思われますか。
既存の映画、テレビ、動画配信の作品に加え、私見では今後YouTuberの潜在市場が大きいのではないかと考えています。YouTuberは国内で数万人、全世界数十万人規模と言われます。ただ変わった事をすれば人気が稼げた時代は終わり、激しい生存競争が繰り広げられ、他者との差別化が求められる時代になってきています。私が開発しているプラグインも、個人ユーザーの方が圧倒的に多い事からも、それを感じています。
――最後に、ご自身が開発されているプラグインについて、お聞かせ頂けますでしょうか。
Skinworkはビューティーワークに特化したプラグインで、2016年よりAdobe After Effects向けに販売を開始しました。今後、個人ユーザーを含む映像市場を対象に、拡大していくビューティーワークのニーズに応えるために、Adobe Premiere版、DaVinci Resolve版、Autodesk Flame版、そしてNuke版を11月に市場投入する予定です。11月に開催されるInterBEEでも、フラッシュバックジャパンさんとVGIさんのブースで出展予定ですので、ぜひ遊びに来てください。
――今日は、どうもありがとうございました。
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