txt:染瀬直人 構成:編集部

全天球カメラを見直す!簡単に使える&美しいツールというコンセプトのペン型360°カメラで、新しいユーザー層を開拓

コンシューマー360°カメラの代名詞となったTHETAの開発チームが、リコーからカーブアウトして立ち上げたベクノス株式会社。その初めての挑戦となる製品が超スリムで軽量、滑らかで美しいフォルムのペン型全天球カメラIQUIだ。そのIQUIの開発秘話と、スペックより楽しみ方を提案し、“全天球”をより普及させたいという同社の思想について、ベクノス社のキーパーソンお二人にお話を伺った。

  • ベクノス株式会社 開発本部長 寺尾典之氏
  • ベクノス株式会社 マーケティング本部長 橋本潔氏

ベクノス株式会社 開発本部長 寺尾典之氏(左)、マーケティング本部長 橋本潔氏(右)

IQUIが発売されて

――この度は、GOOD DESIGHN AWARD 2020のグッドフォーカス賞受賞、おめでとうございます。IQUIが発売されて1ヶ月近く経ちましたね。反響はいかがですか?

橋本氏:ありがとうございます。当初の予定から発売時期に若干のずれが生じましたが、概ね順調に進んでおります。簡単に使えることや、デザイン性が優れていますね、という話はよくいただきます。一方、ビデオの転送時間が結構長いという感想も届いております。

しかし、その辺りはこれまでアプリのアップデートにより対応しており、今後もさらに改善していく計画です。より使い勝手の良いものを目指して、いろいろと継続的に行う予定です。

IQUIは、ペンや小型懐中電灯、果てまた、ウルトラマンの変身アイテムである”ベータカプセル”や、映画「メン・イン・ブラック」でエージェントが記憶消去の目的で使用したツール”ニューラライザー”を思い起こさせるユニークな形状だ。レンズ部直径19.7mm、グリップ部直径16mm、全長139mm、重さ約60gと超軽量&コンパクトな360°カメラである。内蔵ストレージの容量は14.4GB。静止画はJPEG約1,500枚。動画の1回の記録時間は最大30秒。動画の合計の記録時間は約30分(30秒動画約60本)

IQUIとパッケージ。本体価格29,800円

――IQUIのネーミングは、どこから来ていますか?

橋本氏:全天球カメラのIQUI(イクイ)、アプリのIQUISPIN(イクイスピン)という名称は、360°画像の代表的なプロジェクション(投影法)である「Equirectangular(エクイレクタングラー)」をもじった造語です。

“Q”の文字を当てたのは、全天球の「球」という意味もあります。また、アプリについては360°の回転という意味で「SPIN」を組み合わせました。

――次に販路について伺います。IQUIはb8ta(べータ東京)や蔦屋家電など、先端的なショップでも取り扱われていますが、そちらでの反応はどうですか?

橋本氏:現状日本においては、Amazonや楽天をプラットフォームの中心に据えた販売をしていて、b8ta(べータ東京)や蔦屋家電は販売もさることながら、タッチポイントとして、実際に商品を触ってもらうことを目的にIQUIを置いて頂いています。

実際にそこで購入される方もいらっしゃいますし、いろいろですね。最近ですと旅行に持って行く目的で欲しいという方や、家族で見に来てお買い求めになる方もいらっしゃいます。

――例えば、女性層であるとか、360°初心者など、想定していた購買層への訴求については、いかがでしたか?

橋本氏:その辺のデータはこれから分析していきますが、肌感覚的には、本当に最初に買われる方というのはITであるとか、ガジェット好きな方々が多いのかなと思います。そちらも用途提案とか、もっとユースケースなどを訴求していきながら、コアターゲットを中心に、より広い層の方に届くような工夫をしていきたいと思っています。

IQUIのターゲットユーザーは、360°撮影の初心者や女性層などが想定されている

――発売前に全天球写真加⼯アプリIQUISPINを使って制作した作品を対象に、マイファーストIQUISPINコンテストが実施されましたが、手応えはいかがでしたか?私の知り合いも入賞して、IQUIをゲットした方が何人かいたようです。

橋本氏:そうですか(笑)。今回のコンぺは、日本、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスの5カ国を対象に開催し、その中でもかなり日本の参加者が多かったです。そこはやはりリコーであるとか、THETAの認知度がそれなりにあるからかもしれないと感じています。

THETAを使って、IQUISPINのアプリでコンテンツを制作して、応募された方も沢山いらっしゃったと思います。結果的に、手軽につくれるという訴求はできたのかな、という実感はあります。「旅行」や「食事」、「ペット」であるとか、いくつか分野を分けてみましたが、中でも旅行的なテーマが圧倒的に多かったですね。

これまで撮ってきた風景などの素材を利用して制作されたのではないでしょうか。われわれとしては「ニューノーマル」といったテーマも設定していたのですが、数としてはあまり多くありませんでした。キャンペーンの実施期間は8月から1ヶ月程度でしたので、今の時期ならまた違うのかもしれませんね。

――IQUIは、上記の5カ国に中国を加えた6カ国で発売されましたが、日本以外の国の反応で、特に違いを感じたところはありますか?

橋本氏:中国においては、思いの外、初めて360°映像の世界に触れる方々が多い印象がありましたね。今後はもっと分かりやすく、360°カメラとは何か?というところから、お伝えできるとより良いのかなと思います。

――中国にはVRカメラのスタートアップ企業がいくつもありますが、一般的な意味では360°カメラの認知度において、差があるのかもしれないですね。

橋本氏:そうだと思います。

ベクノス社設立の背景について

――ところで、ベクノス(VECNOS)社の社名の由来はどこから来ていますか?

橋本氏:これは創業者の生方が作った造語なんですが、「V」はビジョン、「E」はエモーション、「C」はコミュニケーション、「N」はアンドで、「OS」はオプティクスですね。最後のオプティクスは、リコーの“コー”も光学(オプティクス)から来ているので、そういう経緯、関連性やこだわりもあって、名前の中に入れています。

――そのリコーとの関係ですが、ベクノス社はリコーからカーブアウトし、新たにスタートアップとして設立されました。その辺りのつながりについて、お尋ねしたいと思います。例えば、記者発表などでも、リコーの山下社長が出席されていましたが、実際はどの程度独立性があるのでしょうか?

橋本氏:通常のカーブアウト・プログラムですと、親会社の出資比率は少ない場合が多いと思います。ベクノスも当初はそういうスキームで動いていましたが、結果的には山下社長の経営判断で、当面はリコーはそれなりの出資をするという形で進んでいますね。

ただ、一方でリコーにも関連会社がたくさんあり、規定が細かく定められています。そういうルールに則って会社運営をすると、当然、通常のリコーの関連会社と同じになりますが、そこはかなり裁量権も与えられて、独自の運営をやらせてもらっています。例えば、ITの環境なども全くリコーとは離れていて、人事制度や報酬体系もそうですし、開発についても同様です。

もちろん取締役会にはリコーの人もいますから、経営という意味ではチェックや報告義務があり、そこはきちんとやっていますが、実際の運営はある程度の裁量を任されています。

リコーから見れば関連会社ですが、我々としてはスタートアップとしてやっているという、極めて珍しい形態になっています。カーブアウトは通常外部資本が入ってくることが普通ですが、現状はそれがないのも異例と言えば異例かもしれません。

――出資や裁量権についてはわかりましたが、知財においてはどのような関係になっているのでしょうか?

寺尾氏:ベクノスを設立する前段階で、リコーの中で開発していたものがあり、それはこのIQUIを開発・製造するための特許ですが、それをわれわれは引き継いでいます。

株式会社リコーの代表取締役 社長執行役員・最高経営責任者 山下良則氏(右)と、ベクノス株式会社 最高経営責任者 生方秀直氏(左)。9月16日におこなわれたワールドプレミアム製品発表会の会場にて

――なるほど。そうすると、ちょっと核心に触れる部分かもしれませんが、IQUIはTHETAと何が違うのかを伺いたいです。もちろん、外観やスペックが違うのはわかりますが、コンセプトという意味においてですね。
また、マーケティングにおいて、THETAシリーズと競合してしまうのではないか?という部分も気になりますが、そこはベクノス社としてはいかがでしょうか?

橋本氏:まず、ベクノスの会社設立の趣旨としては、コンシューマーを主体とした事業をおこなっていくということがあります。イノベーティブなものを開発して、新しいビジュアル体験を提供していこうと、それをまずはコンシューマーのお客様に届けることになります。

そう考えた時に、リコーの場合、THETAはもともとコンシューマを対象にして始まりましたが、リコーの強みであるBtoBの要素も加えながら、色々なソリューション的な展開、よく例に出されるように、不動産の物件情報を360°で見せるような使われ方を打ち出しているという違いがあると思います。

それから、われわれの見立てでは、全天球360°カメラ市場というのは、ガジェット分野では珍しいことと思いますが、今後も伸びていくと考えています。そうなった場合、それなりにプレイヤーの数もいて、それぞれの強みを活かして発展していくのが良いのかなと思います。

例えば、アクションカム系の方向を突き詰めていくというのもあるでしょうし、リコーの場合は一般的なコンシューマーもそうですが、最近ではカメラやレンズの性能を上げるとか、イメージセンサーを大きくしてプロシューマーを意識するなど、それぞれの方向性には特徴があると思っています。

われわれはコンシューマーをターゲットに商品を伸ばしていく狙いがあるので、結果的に競合になる場合もあるでしょうが、それぞれが伸びていって市場が大きくなるのが、弊社の願いでもあります。

――今、市場に伸びしろがあると仰っていましたが、具体的な根拠となるデータをお持ちですか?

橋本氏:コロナ以降の分析というのはまだ出ていませんが、コロナ以前のデータによれば、年率2~30%の伸びが見込めるという市場予測があります。そのターゲットに向けて、われわれは世の中に受け入れられていく商品とサービスを提供していこうと考えています。

IQUI開発のコンセプトとは?

――次に製品の話に入っていきたいと思います。Insta 360やTHETAもそうですが、最近の機種はものすごく多機能で、僕も記事執筆時には検証するのが大変なぐらいです。ところが、IQUIの場合は真逆で、大変シンプルな設計です。開発コンセプトは当初から決まっていたのですか?

寺尾氏:そうですね。美しいカメラ、そしてシンプルに使えるということですね。THETAも最初はシンプルでしたが、ユーザーの要望を聞いていくうちに機能が増え、複雑になっていきました。初心者にとってはパッととっつきにくいのかなという印象を持っています。

われわれのターゲットユーザーを考えると、一つの操作で全て出来るようにしたいと考えておりましたので、今回は思い切ってシンプルにしました。もちろん撮影条件が悪いところだと、うまく撮れないケースも多少出てきますが、普通に旅先などで使う分にはご満足いただける画が撮れると思います。

表面にシャンパンゴールドのカラーリングが施されたIQUIの美しい筐体。そのこだわりの質感と手に馴染むフィーリングが持つ喜びを実感させてくれる。2020年度グッドデザイン賞において、グッドフォーカス賞 [新ビジネスデザイン] (経済産業省 大臣官房 商務・サービス審議官賞)を受賞した

スマホのアプリ上にIQUIをかざすことで、スムーズにペアリングがおこなえる。当初は、ペアリングがうまくいかないことがあったが、アップデートで改善されてきている。

――去年、THETA Z1の開発者インタビューの際に、THETAも当初のコンセプトではカメラではないぐらいのプロダクトを目指していたと伺ったんですが、THETAのそのコンセプトがIQUIに蘇ってきたと、言えるのでしょうか?

寺尾氏:そうですね。THETA自身は、2眼屈曲光学系のアイコンのようになり、他社もそれに倣って、コンシューマー向けの全天球カメラは2眼のカメラ、というように落ち着いてきたと思うのですが、われわれは違うデザインで、もっとコンパクトにしようと考えました。

――機能が本当に削ぎ落とされていて、筐体のボタンは電源、シャッター、静止画とビデオの撮影切り替えのモードの3つだけ。アプリからコントロールできるといってもシャッターを押すぐらいであって、プレビューも出来ないし、静止画も動画撮影もオートのみ。動画の撮影時間も30秒までと、ある意味、非常に大胆な割り切りだと思うのですが、その辺の迷いはなかったのでしょうか?

寺尾氏:そうですね。生方もTHETAを立ち上げた時は、そういうコンセプトでやっていました。今回もIQUIを発売するにあたって、思い切ってシンプルにしましょうと。

個人的には、動画機能も要らないんじゃないかと思ったくらいですけれども(笑)、もう1回全天球カメラというものを見直してつくり直していく中で、先ほども言いましたが、簡単に使えて、美しいツールであるというコンセプトで、新しいユーザー層を開拓できないかと。そこはブレていないです。

――自撮り棒もつきませんが、そんな撮り方も要らないよね、ということだったんですか?

寺尾氏:まず、デザインを優先したので、三脚ネジの穴がないというのが特徴的なんですが、個人的にはやはり自撮り棒が欲しいなとも思いますし(笑)、考えていることもあります。

ただ、手持ちで映しても、THETAより指は小さめに映ると思います。スリムな筐体の中で、シャッターボタンの位置を光学系(レンズ)から少し離してあるので、そういうところも考えながらつくったデザインです。

――なるほど。それでは手に持って撮る場合でも、映り込みが少ない工夫の上に設計されているということですね。

寺尾氏:そうですね。はい。

――セルフタイマーなども要らないな、ということだったんでしょうか?

寺尾氏:基本的にはその場でシャッターを押すので、後は機能的に必要になったら、アプリ側でリモートシャッターの時に実装すればよいかなと考えていました。まだセルフタイマー機能はアプリにもありませんが、三脚に固定できるようになったりすると、それもアリかもしれないですね。

――それでは今後のアップデートで、それが加わる可能性もあるということですか?

寺尾氏:そうですね。今の時点では、何とも言えませんけれど。

ボタンは電源、シャッター、撮影モード(静止画と動画の切り替え)の3つのみとなっている

指の映り込みを意識して、シャッターボタンとレンズの位置を離した設計に。シャッターボタン側のレンズが”正面”となって、撮影される

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指の映り込みの様子
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底面に三脚ネジ穴はなく、USBコネクター(充電用アダプター)と接続する際の端子が設けられている

底面にUSBコネクターを取り付けて、USB-Cケーブルを接続して充電する

USBコネクターに”底”として使用するためのパーツ(スタンド)を組み合わせると、IQUIを自立させて撮影することができる

IQUI開発秘話

――IQUIの開発に苦労した点はどのような部分でしょうか?

寺尾氏:正直、エンジニアリング・サンプルを作るまでは中国のODMの工場を何度も訪問してずっと一緒につくってきて、そこそこ仕上がっていたからよかったのですが、コロナ禍で海外出張に行けなくなり、やはり細かいところの擦り合わせに時間がかかりました。特に外装とか質感、そして画質の部分ですね。メールやテレカンだけでは伝わりにくいところがありますので。

――なるほど、リモートのやり取りが大変だったのですね。最初のサンプルが出来たのはいつ頃だったんですか?

寺尾氏:一番最初は今年の1月の終わりぐらいですね。

――世界的なコロナ禍の直前くらいに、プロトタイプが出来てきたのですね。ところで、今回私が一番驚いたことは、レンズユニットに4眼光学系が採用されたことです。THETAが築き上げた2眼屈曲光学系を止めて、4眼にすることへの迷いはなかったのですか?

寺尾氏:まず、デザインを優先させ、“ペン型”にしたいというイメージがありました。THETAはポケットに入るというコンセプトから2眼にして、薄型の形を選択したのですが、今回は薄いだけではなく、細くもあり、幅も減らしますから、2眼でつくるのは厳しいかなと思い、いろいろ検討した結果、この4眼方式を採用しました。

――3眼でもダメだったんでしょうか?

寺尾氏:3眼の可能性はありますね。てっぺんなしという形で。ただ、底面の方は犠牲にしてありますが、上の方は綺麗に撮りたいというのがあり、スペースもあったので4つになりました。

――この4眼の設計で苦労された点は、どんなところになりますか?

寺尾氏:分解してもらうとわかりますが、光学系をある程度決めた中で、レンズのホルダー部分をこのサイズの筐体に入れることにはかなり苦労しました。レンズを組み込むところのメカ部分ですね。そこに余裕を持たせるとすぐに筐体が大きくなってしまいます。

筐体の先端部分。水平に3つ、トップに1つの合計4つのレンズが配置されている。絞り、はF2.5固定。撮影距離はレンズ先端より約40cm~。撮影モードは、静止画・動画共、オート撮影。露出制御モードは、プログラムAE。ISO感度(標準出力感度)は、静止画・動画共に、(オート)ISO100~1600。ホワイトバランスモードも、静止画・動画共に、オートである

IQUIを真上から見た状態

――極限の世界なんですね。その辺は、全部ベクノス社が主導して開発したのですか?

寺尾氏:そうです。ODM側はそんなのつくれないよ、と最初は言っていましたが、まぁ、一緒にチャレンジしてみようよ、と説得していきました。

――新横浜の開発拠点で設計をされて、それをODMが形にするという流れなのですね?

寺尾氏:われわれは、生産設備までは持っていないので、こちらはある程度想いを伝えますが、量産向けの設計とか、部品の選定などはお願いしなくてはいけません。本当は全部仕様を要求するだけで任せる方がいいのでしょうが、光学モジュールのところはかなり特殊だったので、その辺の設計をこちらでおこなっています。

――そういうシビアな設計ですと、プロトタイプは良くても、量産したものの中で個体に品質の差が出たりするなど、大量生産する際に困難な部分があったのではないでしょうか?

寺尾氏:そうですね。実際に多くつくってみると、NGになる個体なども出てきますよね。あまり数が大きくなってくると大変なので、工場側は嫌がりますね。

――今回その点は大丈夫でしたか?

寺田氏:ここは規格を緩めてくれとかですね、ここまでは駄目だとか、色々ありましたが、そういうことをクリアしながら、作り上げました。

――ものづくりの点についてもう少しお話を伺います。デザインや、ものとしての質感にこだわられたということですが、材質の選定なども含めて、その辺りの試行錯誤はいかがしたか?

寺尾氏:やはり、試作をしてみて、これは違うね、などと言いながら、金属や樹脂の部分など、うまく切り分けて、見た目が統一されて、高級感が出るように工夫しました。結果的にコストとバランスをとって、うまくつくれたかなと、自分たちは思っています。

――外観的に難しかったところはどこですか?塗装の部分など、なにか具体的にありますか?

寺尾氏:塗装のところは、何度も現場に行って、色々調整をおこなってきました。そこもこういう感じというのが伝わらないので、色々と条件を変えたやつを見ながら、それは生方やデザイナーのこだわりもあるので、メカの設計者と私と4人で、先方に出向いて協議しました。

――デザイナーは外部の方なんですか?

寺尾氏:リコーの本社のデザイナーですね。

――さて、IQUIの内蔵のストレージは14.4GBほどありますが、カメラのメモリーとして機能しつつも、記録したデータはスマートフォンなどのモバイルデバイス側にどんどん送っていく仕様になっています。もちろんメディアも入らないですし、撮影済みデータを溜め込まないという発想は、携帯性を優先した設計なのでしょうか?

寺尾氏:そうですね。多分マニュアルで、つまりスマートフォンなしでどんどん撮っていく方もいるのでしょうが、そういう人は後で転送していただくということになりますね。

――実際にIQUIを使って少し戸惑ったところとしては、アプリを立ち上げると、IQUIと接続後、IQUI単独で撮影してあったデータがどんどん送られてきてしまう点がありましたが、それについてはいかがですか?

寺尾氏:確かに1回1回撮るならいいんですが、沢山撮ってしまうと扱いに困ることもあるかもしれませんので、そこは現在検討中です。

橋本氏:最近のアプリのバージョンアップで、動画に関してはデフォルトでは自動転送しないようになりました。動画の場合は転送に多少時間が掛かってしまうので、今はそういう対応をしていますが、今後さらに改善される予定です。

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転送中のアプリの画面。アプリが立ち上がり、IQUIとペアリングされると自動的に撮影済みの静止画データのスマホへの転送が始まる。転送したい画像を任意に選択したり、データを任意に消去する機能はなく、転送が終わるとIQUI内のデータは自動的に消去される。転送中でも撮影すること自体は可能だ。アプリからは、シャッター、スマホへのペアリング・転送、ウォーターマークの設定、動画化などの機能が使用できる
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アプリIQUISPINは発売後、すでに5回ほどアップデートされているが、動画の転送については、最近の更新でオン・オフを任意に選択できるようになった。原稿執筆時点で、動画の転送には時間がかかるようなので、それについては、後で時間に余裕がある時に実行するのがお勧めだ。
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IQUISPINによる全天球撮影の楽しみ方の提案

――さて、全天球写真加工アプリIQUISPINの楽しみ方について伺います。そもそも、FacebookやYouTube、Vimeoなど、360°に対応したプラットフォームもあると思うのですが、あえてエフェクトとかモーションをつけた形のショートムービーとして書き出して、Instagramなどで共有するという見せ方を推奨したのはどういう意図からでしょうか?

寺尾氏:TikTokなどが流行っていたということもありますし、そういうユーザーに使って欲しいな、ということがありました。

――実際にユーザーの評判や反応は、いかがでしたか?

橋本氏:やはり初めて見る人は、シンプルに喜ばれますね。こんなことができるのかと。InstagramなどでハッシュタグIQUISPINと検索してもらえば、UGC(User-generated-content:ユーザー作成コンテンツ)も、少しずつですが、順調に伸びていることが分かっていただけると思います。

――360°映像には、視聴者がブラウザ上でぐりぐりと、見たいところを見るとか、ヘッドマウントディスプレイでVRとして楽しむ方法もあります。その他に、最近ですとVlogなど、色々な利用方法があるはずですが、IQUIの今後、またベクノス社としてそのようなアプローチを選択する可能性はあるのでしょうか?

寺尾氏:他社も色々と面白い試みをしていますので、われわれとしても同じ方向に進むとは限りませんが、新しい映像体験の仕組みを考えていきたいと思っています。われわれはハードウェア・スタートアップなので、IQUIの後継機もそうですが、アプリを含めて、新しい体験はつくっていきたいですね。

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全天球写真加工アプリIQUISPIN。Equirectangular(正距円筒図法)として記録されるVR(全天球)カメラであれば、IQUI以外の全天球カメラの静止画でも対応可能。
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IQUIで撮影した静止画は、アプリ内に表示される。動画については、Googleの”フォト”やiOSの”写真”などから確認することになる
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IQUISPINでフィルターや立体的で楽しい絵柄のエフェクトを指定できる。デフォルトの他に、ハロウィンや紅葉シーズン、クリスマス、お正月などのホリデーシーズンに合った新規のエフェクトが随時追加されている。IQUIユーザー限定で使えるIQUI Magic他のフィルターも用意されている。フィルターやエフェクトは、“なし”を選択することも可能だ
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IQUISPINのテンプレートから、360°の画角を活かした様々なパターンのモーションを選択できる。
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フィルター、テンプレート、エフェクトの順に設定。それらの指定を反映させて、ショートムービー(mp4)として、書き出す

銀杏の木立の中で枯葉の上にIQUIをスタンドで自立させて撮影した素材に、IQUISPINのフィルター“Osmanths”と、テンプレート“Mystical Place”、そして、落ち葉のエフェクトを指定して、ショートムービーとして書き出した

手持ちで撮影した素材。冬の夜景のイルミネーションの世界を演出するために、フィルター“Nightlife”と、テンプレート“Twinkling Stars”、さらに光の玉のエフェクトを追加して、ショートムービーとして書き出した

IQUIの最大収録時間である30秒の動画を、歩きながら移動撮影した。動きに伴って、背景にステッチのズレが見られることがあるので、その点はフレアのコントロールと併せて、今後のアップデートでの改善に期待したい

開発のスピードと、360°カメラの成熟度について

――さて、中国・深圳のスタートアップ企業との比較のお話になりますが、彼らは開発のスピードが非常に速いという特徴がありますね。日本のメーカーとは、立場や安全基準などが違うという前提条件はあるものの、それに伴って、ユーザーの興味の移り変わりも早くなっているという現実があります。ベクノス社が立ち上がったモチベーションの背景には、そういうジレンマがあったのでしょうか?

寺尾氏:日本の場合、どちらかと言うと企画段階で方向性を決めるのに時間がかかりますが、開発期間はそんなに変わらないと思います。でも、やるかやらないかを決めるのは、中国の方が早いと思います。

リコーでつくっていると、ステップ会議とかファームウェアにバグがないかといった検証など、かなり厳しいところまでやります。もちろん、それは当然なのですが。いずれにしても、これまで以上に開発にかかる時間を早めたいという気持ちはあります。

――従来の静止画撮影やビデオもそうだと思いますが、そもそも色々と難しい問題がありますよね。例えばローリングシャッター現象などです。それが360°の撮影では、レンズも沢山あるし、課題がより複雑に影響しあって、一層解決が難しいと思われますが、その辺のご苦労はいかがですか?

寺尾氏:いやー、すごく苦労しています。

――そこは逆にやりがいがあるという形で受け止めて、楽しまれているという感じですか?

寺尾氏:そうですね。良い解決方法や改善策を見つけていきたいなと、思いますね。

――業界を俯瞰して、現状の360°のカメラの完成度・成熟度は、どのように評価されていますか?だいぶ進化してきていると思いますが。

寺尾氏:IQUIは新しい光学系ですから、センサーの配置も含めて、難しい課題が出てきましたが、それらを克服して製品化しています。今後、さらにこの技術を成熟させていきたいと思っています。

――4眼のメリットはどういうところですか?一つは、筐体を小さくできるということがありますが、それ以外にも何かありますか?小さい割に画質が良くなるということですかね。

寺尾氏:そうですね。スマホのカメラに近い感じになってると思います。

https://www.pronews.jp/pronewscore/wp-content/uploads/2020/12/FrontlineVRcamera-vol06-014-2.jpg 晴天の屋外で、IQUIで撮影した2:1のエクイレクタングラー画像。超⼩型の筐体から想像する以上に、シャープな画質だ。静止画解像度5760×2880(ステッチ後)、
動画解像度2880×1440/30fps/約54Mbps(ステッチ後)
または、1920×960/30fps/約20Mbps(ステッチ後)。
(デバイスに依存する)

IQUIとベクノス社のこれから

――今年のコロナ禍によって提唱された“ニューノーマル”な社会におけるIQUIの存在意義は、どのようなものと考えられるのでしょうか?不動産の物件や、ショールームなどを360°で見せる案件は増えているという話も聞きます。もちろん、災難だった部分もありますが、逆にチャンスということもあったかもしれません。

橋本氏:これは事実としてありますが、ある特定のECプラットフォームが、記録的な売り上げを達成したりとか、世の中の状況もいろいろ変わって、経済への影響も大きいですね。

それが消費にどのように影響していくかはネガティブな面もあるでしょうし、それをマクロ的に見るとどうなるかというのは経営環境として気になるところです。元々、IQUIを企画開発している時に議論していたこととして、旅行や飲み会、食事会などが大きなユースケースではないかと話していました。

そこに文脈をうまく繋ぎ合わせて、カメラを使ってもらおうという目論見です。今は現実にコロナによって、その業界の方々が苦労されていますし、われわれとしても、当初考えていたユースケースのみをストレートに訴求するのは厳しいな、というのが現状ありますね。ニューノーマルという生活の中での使われ方や、新しいシナリオも考えていかなくてはいけないと思っています。

――ユーザーに向けて、お二人からメッセージをお願いします。

寺尾氏:やはり、自分たちはスリムで持ち運びやすくて、本当に簡単に使えるというところをコンセプトにしてつくってきましたので、なにより、手軽に楽しんでいただければと思います。そのためにアプリの更新や使いやすさを磨いていきます。

――それでは、これからもアプリのアップデートによって、より使いやすくなると期待して良いですね?

寺尾氏:はい、そうですね。

橋本氏:あとは持つ喜び、自分の生活が豊かになるというところまで行けばいいなと思います。そこは開発者たちが一番こだわってきたところです。初めてiPhoneを持った時の感覚のように、そういった価値を提供していきたいと思いますし、それはカメラだけではダメで、アプリとの両輪で、もっと新しい体験を提供していくということなのかなと思いますね。

12月21日に発売された携帯用バッテリーチャージャーケースBCC-1(別売)

――最後に、ベクノス社のこれからについて伺います。今後も“360°”というテーマにこだわっていくのでしょうか?それとも、その他の新しいビジュアルの領域を、開拓していくという可能性もありますか?

寺田氏:360°はベースになると思いますが、成功体験としてそこにこだわるつもりはありません。われわれは、新しい映像体験を追求していきます。

――わかりました。今日は、お忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。

THETAの生みの親であり、長年コンシューマー向けの全天球(360°)カメラに向き合ってきたCEOの生方氏をはじめとする22名の社員からなるベクノス社。そのチームが生み出した新たな答えが、IQUIであった。

露出、ホワイトバランス、ISOなど、撮影の設定は、すべてオートのみ。絞り込まれた機能と操作性。個人的には、つい欲張って露出補正やHDR機能、ショートムービー設定のカスタマイズ性なども期待したくなるが、全天球(360°)映像を普及させるために、極限までシンプルさと携帯性にこだわった戦略を取ったことは理解ができる。THETAで築き上げた2眼屈曲光学系の成果に甘んずることなく、新たな4眼光学系へチャレンジしたことも興味深い。レンズユニット、イメージセンサー等、詳細な仕様については非公開であるが、超コンパクトな筐体に配置されたその光学系は、芸術的に美しい設計であろうことは想像に難くない。

また、実機に触れて実感できるのは、インタビュー中にも度々、登場する表現であるが、持つ喜びを感じさせる”もの”としての上質の仕上がりである。そして、リコーのみならず、日本に360°カメラを作るメーカーが、また1つ誕生したことが何より喜ばしい。これからのIQUIの進化と、今後、ベクノス社が作り出していくであろう、まだ見ぬ後継機や新たな映像体験をもたらすソリューションに期待していきたい。

■ベクノス「IQUI」
価格:税込32,780円
発売:2020年10月1日
問い合わせ先:ベクノス社

WRITER PROFILE

染瀬直人

染瀬直人

映像作家、写真家、VRコンテンツ・クリエイター、YouTube Space Tokyo 360ビデオインストラクター。GoogleのプロジェクトVR Creator Labメンター。VRの勉強会「VR未来塾」主宰。