デルタ航空がパラレル・リアリティ試験運用開始
デルタ航空は、2022年6月29日からデトロイト・メトロポリタン空港にて、パラレル・リアリティの試験運用を開始した。今回の出張時の帰路に遠回りをして現地で実際に体験をしてきた。まず最初に動画をご覧いただきたい。筆者自身が登録して撮影しているので、筆者のフライトインフォメーションだけしか表示されない。これだけ見ていると普通のことにしか見えないが、実は周りの他の人にはこの情報は見えていないし、逆に周りの人の情報は筆者には見えないのである。これは現場で実際に体験しないと、映像や写真では感覚として伝わりにくい。
パラレル・リアリティー
この技術は2020年1月のCESで初めて公開されたもので、空港内で最大100人がそれぞれの旅程に合わせてパーソナライズされた情報(搭乗ゲートや搭乗時刻など)を1つのディスプレイで同時に見ることができるというものだ。周りで何十人もの人が同じスクリーンを見ていても、ある場所にいる人だけにパーソナライズされた情報が表示される、まさに魔法のディスプレイ技術と言える。
従来のLEDディスプレイのピクセルは単一で幅広い光源であったのに対して、パラレル・リアリティーのLEDピクセルはビーム方向を独立して制御可能な光源なのである。そのため人同士がディスプレイに対して鉛直方向に重なっている場合を除いて、目の位置が5センチも離れていれば異なるものを表示して視認することができるのである。
体験方法は非常にシンプルで搭乗券をスキャンするのみだ。スキャン場所の天井部分に設置された2眼デプスカメラで搭乗者の身体をトラッキングして、その現在位置をリアルタイム解析する。トラッキングできるエリアはここでは10×15メートルほどの範囲内だ。エリアの大きさはディスプレイのサイズと解像度、それによる同時視認可能人数などで確定される。
この範囲内で人が移動すると、表示システムにその位置情報が送られ、対象者(搭乗者)のいる位置からだけ情報が視認できるように、パラレル・リアリティーディスプレイに表示されるのだ。現状では空港内で設置されているのは1箇所のみだが、トラッキング情報を受け渡すようにすれば(それなりに難易度が高いのだが)、空港内の複数箇所でパーソナライズされた情報を表示することもできる。
パーソナライズしないならエンタメ方向へ
これまではこうした自分が搭乗する便のフライトインフォメーションは、空港のサイネージディスプレイで複数の情報から自分で探し出すか、スマホアプリで確認するかのどちらかであった。ただ、成田空港などでは搭乗券をスキャンするだけでゲート情報を表示してくれる端末がすでに設置されている。搭乗券をスキャンするという行為が必要なのであれば、成田の端末と今回のパラレル・リアリティーは大きな差はないとも言える。
実はそうした旅行者のUXもしっかり考慮されていて、デルタ航空はTSA(米運輸保安庁)と提携し、顔認証技術とパスポート番号、TSAプレチェックまたはグローバルエントリー会員資格を使用して、空港内をシームレスに移動できるようにする実験を行っている。実際に筆者もデトロイトからの羽田便に搭乗する際には、搭乗ゲートでは搭乗券もパスポートも一切提示することなく、顔認証だけで「顔パス搭乗」をすることができた。
技術的にパラレル・リアリティーは、1つのディスプレイのみで視聴位置さえ異なれば100通りの異なる情報を表示することが可能だ。これをパーソナライズされた情報の表示に使うのか、パーソナライズされていないが、視聴位置によって内容が異なるパラレルディスプレイとして使うのかで随分と展開の方向性が異なると思われる。パーソナライズされた情報となる、やはり今回の例のようなフライトインフォメーションは最適な事例と言えよう。
しかしそのためには何らかの方法で個人を特定する必要があり、個人情報保護法への対応も必要になる。個人特定はなしで、動き回ると見えるものが変化するものと位置付けると、それはエンタメ方向になっていくのだろう。これからアリーナ、ショッピングモール、カジノ、テーマパークなどへの導入も近いようで、日本国内にも登場するようだ。
これからもパーソナルなデジタルデバイスはスマホなのか
パーソナルなデジタルデバイスとしてスマートフォンは確かに便利だが、本当にあの高くて壊れやすくて、画面は小さくてバッテリーがすぐになくなる物体を、この先も我々一人一人がずっと持ち運び続けなければならないのだろうか。スマホの形状が変化することも当然起きるだろうが、パーソナルな情報の入手のために、パラレル・リアリティーのような技術が便利に活用できる場面がやってくるのかも知れないと感じさせるものだ。
広告情報が追いかけて来るようなことは誰も望まないだろうが、施設や館内でのナビゲーションやパーソナライズドされたインフォメーション提供のような利用者側の明確なニーズがあるものには有効だろう。映画のような世界が、いい意味で実現するのはもう絵空事でもなさそうだ。
CES 2020の時よりも表示精度は確実に向上しているが、まだまだドットが粗いので大きなテキストを表示するのがやっとという点は否めない。太いベゼルも気になる。言うまでもなく他の技術の進化を見ても、ここまで来たらあとは速い、と大いに期待したい技術である。