
開催中の大阪・関西万博では、多様なパビリオンが建築・映像・XR・サイネージの融合による先進的な表現を展開している。筆者は4日間で、事前の情報で映像的に期待できそうな34パビリオンを体験し、本稿ではそのうちの23館を2回に分けて紹介する。前編では12館の映像演出を特性別に分類し、それぞれの内容と見どころを解説する。
建築×映像の融合―「動く建築」「発光する外装」
null²(ヌルヌル)
落合陽一氏による「動く建築」の代表格。ミラー膜を用いた反射・歪曲のインスタレーションで、外壁そのものが映像的表現になっている。館内では自身の姿や3Dアバターとの共存によるXR体験が展開される。
建物の内部構造は、2つの直方体が内外2重構造になっており、参加者は内側の構造物の中に入る。外側構造物の内壁面にはLEDディスプレイがあり、内側の直方体はガラス張りで、中から外側の壁面のLEDディスプレイがガラス越しに見える。
内側の構造物は床面もガラス張りで、参加者は靴を脱いで入る。床面のさらに下、すなわち外側の構造物の床面も全面LEDディスプレイである。これらの間は距離があるので、参加者は映像の上に浮かんで立っている感覚になる。更に天井面も全面LEDディスプレイで、床面のガラスにその一部が反射する。
構造物が設置されており、マジックミラーのようなもので覆われている。その内側にはLEDディスプレイがあり、時折回転をする。映像が表示されるとそれを見ることができるが、ミラーには参加者が映り込む仕組みになっている。
これらはすべて理屈というか、仕組みや構造の話で、実際にはとにかく体験したことのない不思議な映像空間に完全に没入する。
null²は、こうした物理的映像環境下で、落合氏が提唱する「デジタルネイチャー(デジタルと自然の融合)」という思想を体現する試みである。これは自然と人工の境界を曖昧にすること、物理空間とデジタル空間の共存、人間もデータの一部として世界に存在するという感覚がテーマとなっている。間違いなく必見、いや必体験である。


スタート前の様子
フランス
フランス館は、建築と映像を融合させた象徴的存在だ。建物の外壁にはリップル状のLEDや反射素材が使われ、環境データと連動して光や映像が動的に変化する。夜間には、建築自体が巨大なサイネージとして発光し、自然とテクノロジーの共存を象徴する。
特筆すべきは内部の巨大な「3DボリュメトリックLEDディスプレイ」の導入である。これは立体的なキューブ状の建物空間内に、無数のLEDを配置して空間内に光の粒子やオブジェクトを出現させる技術。都市活動の可視化、エネルギーの流れ、風や水の揺らぎなど、自然の動態を映像として浮遊させる。建築内に物理的なスクリーンを設けることなく、空間そのものが映像を持つ状態を作り出す、先進的な視覚演出だ。
広大な空間の一部。実際には空間はこの3倍ほどある

ルクセンブルク
ルクセンブルク館では、「Doki Doki – The Luxembourg Heartbeat」というテーマのもと、感情や自然との調和を映像と建築で表現する。館内には格子状構造を持つ球体型LEDディスプレイが吊るされ、情報の流動や国の取り組みを立体映像で提示する。球体の内部や周囲には赤・青の光線が走り、インタラクティブな情報体験を強化する。
もう一つのハイライトは、来場者がネット(網目)状の床に座って、足元と周囲の高精細LEDスクリーンに映し出される風景を体験する没入型空間。視覚と身体感覚が交錯し、まるで空中に浮かんでいるような感覚を生む。これにより、ルクセンブルクの風景・文化・価値観が情報ではなく感覚として伝えられている。


いのちと科学のビジュアル化─「生命現象」を映像で可視化
いのちの動的平衡
このパビリオンの映像演出は、視覚だけでなく哲学を伴う。会場中央には、直径10メートルほどの円形空間に、無数の光源を内包した繊維状の素材が吊るされており、LEDの光が立体的に点滅・流動し、まるで細胞や遺伝子のように振る舞う。
福岡伸一氏の「動的平衡」理論を視覚化する本展示では、生命とは構造ではなく"流れ"であることが表現されている。光の渦や波動は、細胞内の情報伝達や代謝、あるいは誕生と死の連続を象徴。来場者は、これを「観る」のではなく、「感じる」ことで、生命のリズムと共鳴する。
この映像装置は単なるディスプレイではなく、空間全体が生き物のように反応し、低音の音響と連動して観客の身体感覚に訴える。ナラティブを語るのではなく、物理的現象として生命の存在を提示する、没入型の映像哲学空間といえる。であるがゆえに、こうした目的のもとでは映像の解像度という概念は無用なものになる。解像度の不足分は我々の脳が補完するのである。
解像度の概念を考え直させられる映像体験はぜひ現場で体験してほしい
いのちのあかし
「いのちのあかし」は映画監督・河瀨直美氏によるプロデュースのもと、「対話する空間」として設計されている。ここでは、従来のスクリーンを見る映画ではなく、空間と対話しながら感じる「映画」が展開されている。
館内にはDialogue Theaterと呼ばれる空間が設けられ、来場者同士や映像との間に生まれる観客同士の表情や言葉のやりとりが作品に意味を与える。「いのちとは何か」「私たちはどう生きるか」といった問いかけが、映像を通じて一方的に語られるのではなく、観客の内面で呼応し合う。
具体的な演出は、参加者から1名がランダムに選ばれ、テーマが与えられる。大画面スクリーンに顔のアップで映し出される役者と、スクリーン前に立つ参加者との台本なしの対話だけで進行する。役者は館内、またはリモートにいるが、スクリーン上にしか存在しない。
この演出形式は、映画が持つ時間の編集や詩的構成といった要素を保ちながら、ナラティブから解放されている。映像は物語を語る道具ではなく、観客自身が語り、考えるための共鳴装置となっているのだ。
「いのちのあかし」は、映画の定義をスクリーンから解き放ち、空間としての詩的体験へと昇華させた。従来の劇場の枠組みを超えてなお、映画の本質に最も近い体験といえる。


共生・ウェルビーイングの空間演出──「やさしい映像」「自然と同調」
Better Co‑Being
万博内で唯一、屋根がないパビリオンである。SANAA(妹島和世氏、西沢立衛氏)による軽やかで有機的な建築と、宮田裕章氏の思想が融合した空間。ここでは、映像は単なる情報提示ではなく、「共に生きる未来」を感じさせる装置として活用されている。
参加者は特殊なセンサーを手に持ち、パビリオン内を時にそれと会話しながら、時に誘導されていく。
映像は具体的な解説ではなく、球体のLEDディスプレイに抽象的な粒子・振動・色彩の流れなどで構成され、感情に直接触れるような演出が多い。音響と同期し、来場者の呼吸や心拍と同調するような体験は、サイネージではなく「共鳴する光」として存在している。


住友館
住友館は、約1,000本の国産ヒノキが林立する構造の中で、自然・循環・再生をテーマとした映像が展開される。ここでの映像は、ドキュメント的な説明ではなく、水の流れや風の軌跡といった自然のプロセスを象徴的に描くものであり、来場者の感情や身体感覚に訴える構成となっている。
木柱に囲まれた空間に半島系のスクリーンにCGが投影されることで、映像は「森に浮かぶ記憶」のような存在として機能する。来場者は映像の前に立つのではなく、センサー内蔵のランタンを手にして空間の中を歩き回り、映像と出会い、環境とのつながりを探しにいく構造となっている。その体験は65分にも及ぶ。
このように住友館では、映像は単なる提示手段ではなく、「建築・素材・身体・感情」を媒介する環境メディアとして機能している。それは美しい自然を描いた映像ではなく、自然とともにある映像として、持続可能性を感覚的に理解させる体験を提供している。

XRやインタラクティブ演出が主役─「ゴーグル装着」「体験変容型」
ガスパビリオン「おばけワンダーランド」
一見すると子ども向けのアトラクションに見える「おばけワンダーランド」だが、その実態は極めて完成度の高いVR体験である。視野誘導、ナビゲーション、キャラクターの動き、環境との同期性に至るまで、ユーザー体験が精緻に設計されており、酔わずに没入できるVRの理想形が実現されている。
物語構成は、環境問題を「おばけ」の擬人化によって直感的に理解させる巧妙なストーリーテリングだ。操作レスで展開されるナビゲーションの中で、仮想キャラとの対話と共感が進み、ユーザーは学ぶのではなく、気づく構造で科学的理解を得ていく。
また、VRセッション前後の空間設計も含め、「導入→体験→振り返り」という構造が構築されており、これは高度なUX設計といえる。おばけというキャッチーな表現の裏に、未来のエデュテインメントの核心が隠されている。子どもだけでなく、大人も本質的に楽しめる、極めて知的なXRメディア空間だ。VR、ARなどのxR関係者は必見である。


台湾館(Tech World)
台湾館では、テクノロジーの進化と人間の感性を結びつける「Tech World」というコンセプトのもと、動き・生体反応・空間演出が融合した「キネティック・サイネージ」が展開されている。
最大の特徴は、来場者の動きや心拍・表情などのデータをリアルタイムに取得し、それに応じて映像コンテンツが変化する点にある。たとえば、館内中央のサークル状LEDディスプレイは、来場者の手の動きに合わせて粒子が揺らぎ、波紋が広がるようにアニメーションが変化する。これは単なる映像装飾ではなく、「観客の身体をインターフェースにした情報表現」として機能している。
さらに、壁面や天井に設置されたLEDディスプレイは、空間の音響や視線の集中位置と連動して色彩やリズムが変化する構造を持ち、館全体が生きているメディア空間のように設計されている。動きに応答するこれらの演出は、いわば「キネティック・エモーショナル・サイネージ」とも呼べるもので、映像が環境や感情と会話している感覚を来場者に与える。
円柱状のLEDディスプレイと個別に動くタブレット
国家のメッセージを映像で伝える─「国の価値観」をビジュアル化
中国館
中国館は、「Building a Community with a Shared Future for Mankind(人類運命共同体の構築)」という理念を掲げ、宇宙・地球・都市の調和をテーマにしたダイナミックな映像空間を展開している。
床面や壁面をシームレスに繋ぐ全方位サラウンド型の映像演出により、視覚のみならず身体感覚全体が刺激され、空間全体が映像になるという感覚を体験できる。
またショーケース内の文化財(レプリカ)を、透明なタッチパネルディスプレイで操作することで背面が見えたり、解説情報を表示することができる。
他のコンテンツは宇宙探査、環境技術、AIによる未来都市など、中国が国家として推進する科学技術分野のメッセージを内包しており、政治的・文化的意図と映像メディアが融合している。それは国家ブランディングの手段である。
カモフラージュしている壁面のLEDと床面のプロジェクションの連動

英国館
英国館では、ピクセルアート風のキューブキャラクターが登場し、LEDディスプレイによる映像演出が展開されている。一見するとプロジェクションマッピングのように見えるが、実際には高精細LEDによって空間の構造そのものが発光し、物語を描き出す仕組みとなっている。描かれる物語は、英国が誇るハイテク技術の象徴である。
壁一面に積層された立体キューブ構造にLED映像がシンクロし、アニメーションと空間造形が一体化した体験が生まれる。
さらに、吊り下げられた大型のキューブ型LEDにもキャラクターが表示され、表情や声で観客とコミュニケーションを取る。床にも映像が広がり、360度が視覚的に統合された没入空間となっており、サイネージが空間そのものになる現代的な演出手法が貫かれている。


ベルギー館
ベルギー館は、「つながり」「癒し」「再生」というテーマを視覚化するために、人型彫刻と映像の融合による空間演出が展開されている。館内には複数の人型彫刻が点在し、それぞれの身体に映像がプロジェクションマッピングされる。クラシカルな建築空間に佇む身体が、光球を運ぶように配置され、物語性のある動きと影を空間に刻む。映像と彫刻の配置が、劇場的でありながら立体的なサイネージとして作用している。そこではリアルな人形彫刻、LEDディスプレイ、 プロジェクションマッピングが交錯し、時に彫刻は映像内で動きを得る。リアルとバーチャルの境界が曖昧になる体験だ。
また、バラや植物のモチーフが彫刻の表面にプロジェクションされ、まるで自然と人間の融合体が生きているような印象を与える。植物の生命力と人間の造形が重なる演出は、デジタル技術を通じて「自然との共生」という倫理的メッセージも可視化している。
これらの演出は、サイネージというよりむしろ詩的な彫刻インスタレーションであり、メディアアートと建築装飾の間にある新しい表現を提示している。映像は単体では語らず、彫刻や空間との共演によって意味を持つ。そこに、ベルギー館が提示する身体を通じた共感の未来が見えてくる。


これら12のパビリオンはいずれも、映像が主役ではなく、空間と体験の構成要素として機能している点が共通している。サイネージやXRが単なるテクノロジーではなく、物語を伝えるメディアとしての進化を遂げていることが、今回の万博の大きな特色である。
(次回に続く)
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