関西国際空港(KIX)は、1994年の開港以来、日本を代表する国際ハブとして機能してきた。インバウンド観光の拡大やLCC需要の高まりを背景に、同空港は運営主体である関西エアポート株式会社のもと大規模なリノベーションを進めている。その中核に据えられているのがデジタルサイネージの高度化だ。広告媒体としての価値と、旅客案内・非常時対応を支える社会インフラとしての役割。その双方の機能を融合させる取り組みが進行中である。
今回は関西国際空港に設置されている広告サイネージと案内サイネージの双方に注目し、その設置状況と運用の実態を重点的に調査した。
広告サイネージの展開:MCDecauxの独占運営
2019年、世界最大の屋外広告企業JCDecauxの日本法人であるMCDecauxが、関西エアポートグループとの間で10年間のデジタル広告独占契約を締結した。これにより、関西国際空港と伊丹空港に設置されるデジタルサイネージは、同社が販売・運営を一元的に担っている。
MCDecauxが提供するメディアは、国際線到着エリアの「9面ネットワーク」、国際線出発エリアの「24面ネットワーク」、さらに館内広域をカバーする「KIX TV(14面)」など、多層的な構成だ。関空・伊丹合わせて計80面のスクリーンが稼働しており、月間約4400万インプレッションを誇る。
国際線到着エリアの9面ネットワークは、まさに関空の玄関口と呼ぶにふさわしい媒体だ。到着旅客の導線を完全にカバーし、訪日観光客のほぼ全員に接触できる。これにより、グローバルブランドにとっては強力なプレゼンス確保の場となり、関西地域の観光・商業プロモーションにおいても戦略的に活用されている。
案内サイネージとWelcome Boards
広告と並んで重要なのが、空港が独自に展開する案内サイネージだ。代表例が「Welcome Boards」である。国際線到着ロビーに設置された大型スクリーンは、2015年に98インチ(約249cm)4K LCDへリニューアルされ、中央管理センターからのネットワーク配信で運用されている。
通常時は多言語の歓迎メッセージや関西各地の観光映像を上映するが、団体客の到着時には個別メッセージを差し込むことも可能だ。また非常時には緊急案内表示へ瞬時に切り替えられる設計となっており、サイネージが単なる広告・演出に留まらず、安全運用の基盤となっていることを示す好例だ。
DIMSによる非常時一斉切り替え
関西空港の案内サイネージを語る上で欠かせないのがDIMS(Digital Information Management System 空港統合表示管理システム)である。これは館内に設置された約900面のディスプレイを一括制御する仕組みで、空港オペレーションセンター(KOC)から緊急時に即座に一斉切り替えが可能だ。
ここでいう「900面」とは、広告サイネージだけではなく、フライト案内(FIDS)や各種案内・誘導ディスプレイを含む館内の表示装置全体を指す。つまり空港統合表示管理システム(DIMS)は、空港空間に存在するすべての画面を対象とした統合管理システムである。
台風や地震による運行障害が発生した場合、館内全ディスプレイを使って「避難経路」「運休情報」を瞬時に表示できる。空港という大規模空間において、デジタルサイネージが安全・安心を担保するインフラに進化していることを象徴している。
グローバル比較と市場的意義
関西空港のデジタルサイネージ戦略が注目される理由のひとつに、「広告」と「案内」をシームレスに統合した設計が挙げられる。海外の主要空港でもDOOHは一般的になりつつあるが、広告媒体とFIDSや案内サインを統合的に制御する仕組みを実装している例はまだ多くない。特にDIMSによる「900面一斉切替」は、空港をひとつのメディア空間として捉える発想の先進事例と言える。
また、広告出稿の視点では、訪日観光需要の急速な回復が背景にある。日本政府観光局(JNTO)の統計によれば、2024年には訪日外客数がコロナ前水準を上回り、関西空港もその大きな受け皿となっている。国際線到着導線を100%カバーする媒体価値は、ブランドにとって極めて強力であり、プログラマティック取引が始まれば需要はさらに高まるだろう。
技術的にも、LCDの高精細化やLEDの大型化、さらには柱巻きLEDなど「演出的」設置が進み、サイネージは情報伝達を超えて体験価値を創出する段階に入っている。これらはExpo 2025大阪・関西を控えた「ショーケース効果」とも結びつき、空港を訪れる旅客にとって関空自体がひとつの展示空間となりつつある。
特に2025年には大阪・関西万博が開催されており、関空はExpoの玄関口として世界からの来場者を迎える役割を担う。空港のデジタルサイネージは、広告媒体としての価値に加え、多言語案内や緊急対応といった社会的機能が一層注目されている
出発ロビー・国際線エリア
T1リノベーション後の出発ロビーは、広告サイネージの存在感がより際立つ。旅行関連アプリや航空券予約サービスといった、旅客属性に直結する広告が積極的に展開されている。
駅エリアのマルチビジョン
旅客が最初に目にするサイネージのひとつが、JR関西空港駅改札横のマルチビジョンだ。ここでは鉄道事業者系の媒体として広告枠が販売されており、週単位・月単位で出稿が可能。空港到着直後のインバウンド旅客に対し、高い視認性と即効性を発揮している。
ウェルカム演出・国内線
空港ならではの演出性を強調するのが、T1とT2行きのバス乗り場への連絡通路の動く歩道に設置された小型の柱巻きLEDサイネージである。多言語で「Welcome」を表示し、訪日旅客を演出的に出迎える。これは純粋な案内というよりも、体験価値を高める演出サイネージとして位置づけられる。
一方、ピーチなどのLCCが利用するT2エリアでは、MCDecauxの端末も展開されている。保安検査場前に設置されたサイネージには、旅行キャンペーンや地域連携プロモーションが掲出され、出発直前の旅客へ直接的に訴求している。
今後の展望:プログラマティック取引の導入
MCDecauxは2025年末より、関西空港のデジタルサイネージを対象にプログラマティック取引を開始する計画を発表している。グローバルDOOH取引基盤「VIOOH」と連携し、広告主はオンラインでインベントリを購入可能となる。これにより、航空便の到着時間やインバウンド需要に連動したタイミング重視の広告出稿が可能になるほか、観光局・自治体・ブランドが柔軟にキャンペーンを実施できるようになる。
関西国際空港におけるデジタルサイネージは、
- 広告媒体としての高い到達力(主要導線をほぼカバー、館内80面ネットワーク)
- 旅客案内、安全情報の即時提供(Welcome Boards、空港統合表示管理システム(DIMS)による館内約900面一斉切替)
- 今後のプログラマティック導入による柔軟な出稿モデル
といった多面的価値を備えている。
空港は"移動の結節点"であると同時に、"情報のメディア空間"でもある。関空はその象徴として、広告主にとっても旅客にとっても、進化し続けるプラットフォームであり続けている。
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