2025年1本目の本稿は、5割ほどの妄想を加えた近未来展望である。なので話半分でご覧いただきたいが、本質は決して間違ってはいない。
日本でサービスを開始したフードデリバリー「ロケットナウ」は、単なる新規参入サービスとして片付けるには、その設計思想が示唆に富んでいる。配送料・サービス料無料という大胆な条件が注目されがちだが、その本質は価格競争にあるのではない。即時性を前提としたオペレーション設計と、それに適応する情報表示のあり方を、日本市場で実装レベルまで落とし込もうとしている点にこそ特徴がある。
ロケットナウを運営するのは、韓国発のEC・物流企業である Coupang の日本法人だ。Coupangは、広告やマーケットプレイス手数料を主軸とするモデルではなく、配送体験そのものを競争力の源泉として事業を拡大してきた企業として知られている。物流拠点の高密度配置、配送網の内製化、需要予測の高度化など、いわば物流をOSとして設計する思想を一貫して採用してきた。その思想が、日本市場における実証形態として現れたのがロケットナウだと捉えることができる。
ここで、ロケットナウというサービスの特異性を整理しておこう。同サービスは、韓国のEC大手Coupang(クーパン)が2025年1月に日本市場へ再参入する形でローンチしたフードデリバリーアプリである。最大の特徴は、ユーザーにとっての「コストゼロ」を徹底している点だ。競合他社では数百円かかる配送料やサービス料が完全無料であり、かつ他社のような月額サブスクリプションへの加入も不要。さらに、商品価格も店頭価格と同等に設定されており、いわゆる「上乗せ」がない。
かつて「10分配送」などのクイックコマースで日本市場に挑んだCoupangが、今度は「完全無料配送」という、一見すると採算を度外視したモデルで戻ってきたこと自体が、このサービスの実験的な性質を物語っている。
ロケットナウは何を試しているのか
ロケットナウを理解する上で重要なのは、フードデリバリーという業態そのものではない。より本質的なのは、今この瞬間に届けられるかどうかを起点に、需要の発生そのものを設計している点である。
従来の広告やプロモーションは、認知や想起といった時間差を前提として構築されてきた。ユーザーは情報に触れた後、その場では行動せず、後から思い出し、比較・検討を経て最終的な選択を行う。広告は行動を刺激する存在であり、実行そのものは広告の外側で完結する。
しかし、即時配送型サービスでは、この前提が成立しない。サービスの価値は、今、実行できるかどうかによってのみ評価される。配送員の確保状況、調理や受け取りの混雑、到着時間の信頼度といった条件次第では、行動を促すべきではない場面も生じる。ここでは、行動を起こさせない判断そのものが、サービス品質を守るための重要な要素になる。
ロケットナウが設計しているのは、注文数を最大化する仕組みではない。オペレーションが破綻しない範囲でのみ行動を発生させる制御構造であり、需要は常に調整対象として扱われている。
即時配送が崩す広告モデル、行動を促さない判断が価値になる世界
この視点に立つと、情報表示の役割は大きく変わる。需要を増やすための広告ではなく、需要を適切な量に保つための「調整弁」としての情報表示が求められるようになる。
即時配送型サービスにおいては、表示することよりも、表示しないという判断のほうが価値を持つ場面が少なくない。配送キャパシティが逼迫している状況で需要を喚起すれば、遅延やキャンセルが増え、サービス体験そのものを損なうからだ。ここでは、広告的な成功よりも、オペレーションの安定性が優先される。
つまり、即時配送時代の情報表示は、もはや広告論だけでは整理できない領域に入っている。問われているのは、行動を発生させるべきタイミングと、発生させないべきタイミングを、どのようなUIで伝えるかという設計の問題である。
デジタルサイネージはなぜ行動制御UIになり得るのか
ここで改めて注目されるのが、デジタルサイネージだ。デジタルサイネージは都市空間に常設され、生活動線上に位置し、スマートフォンと連続した視認・操作環境を持つ。本来、リアルタイムな判断結果を共有する都市のUIとして機能しうる特性を備えている。
ロケットナウのような即時性志向のサービスと接続した場合、デジタルサイネージはブランドメッセージを届ける広告枠ではなく、オペレーションの状態を可視化し、行動可否を伝える表示装置として再定義される。QRコードも、情報提供の入口ではなく、意思決定の最終段階に極めて近いUIとして設計される必要がある。デジタルサイネージはECの入口ではなく、注文確定画面を都市空間に拡張した存在になる。
制御型サイネージを成立させる技術と運用、放送型CMSからオペレーション連動へ
行動制御UIとしてのデジタルサイネージを現場で成立させるには、単にAPI連携を行えばよいという話では終わらない。最大の難所は、データ連携と運用責任の境界にある。
即時配送の稼働状況は、配送員の確保、店舗側の調理遅延、受け取り待ち、天候や交通状況など複数要因で常に揺らぐ。デジタルサイネージが参照すべき情報は、在庫や価格よりも、「今、受け付けてよいか」「到着時間の信頼度はどの程度か」「キャンセルが増え始めていないか」といった運用指標になる。
ここで問題になるのが遅延(レイテンシ)だ。画面には「20分」と表示されていたにもかかわらず、数分後には配送枠が埋まり「45分」に跳ね上がる。
このような状況でデジタルサイネージが古い情報を表示し続ければ、UIとしては誤情報になる。したがって制御型デジタルサイネージには、更新頻度だけでなく、状態の確からしさを扱う設計が不可欠となる。一定時間データが更新されない場合は自動的に表示を落とす、到着時間をレンジ表示にする、混雑時には訴求を弱めるといったフェイルセーフが求められる。
さらに重要なのが、「表示停止」の意思決定を誰が担うのかという点だ。広告の世界では例外だった枠を止める行為が、制御型デジタルサイネージでは日常的な運用判断になる。施設側、媒体社、CMSベンダー、サービス事業者のどこが最終責任を負うのかを事前に定義しなければ、運用は破綻する。
このモデルは、全国展開や網羅率を前提に成立するものではない。駅一拠点、ビル一棟、商業施設の一フロアといった、極めて限定されたエリアでのみ意味を持つ。評価軸も、視認率やインプレッションではなく、「その場で実行可能だったか」「オペレーションに無理が生じなかったか」に置かれる。
最終的に変わるのは、出稿主体とKPIである。ブランドや代理店が主導する広告モデルから、配送や運用オペレーションが主導するモデルへと重心が移り、評価指標も認知や好意度ではなく、注文完了率、キャンセル率、遅延率といった運用指標が中心になる。
制御型デジタルサイネージは誰のためのUIか
もう一つ重要なのは、この制御型デジタルサイネージが誰のためのUIなのかという視点である。従来のデジタルサイネージは、広告主・媒体社・施設側といった出す側の論理で設計されてきた。しかし、即時配送と連動する制御型デジタルサイネージが向き合う相手は、広告主ではない。今この場で行動しようとしている人と、その行動を支える都市オペレーションそのものである。
サイネージは売上を直接最大化する装置ではなく、行動と負荷のバランスをとるための調整UIとして振る舞う。その結果として売上が生まれるのであって、売上そのものを直接の目的にするわけではない。
この視点に立つと、デジタルサイネージの評価基準はさらに変わる。重要なのは「どれだけ見られたか」ではなく、「誤った行動を誘発しなかったか」「オペレーションを乱さなかったか」「結果として体験品質を保てたか」といった、ネガティブを発生させなかったことになる。これは広告評価とは正反対の思想であり、映像メディアとしては極めて特異な立ち位置だ。
また、この種のサイネージでは、映像表現そのものも過剰である必要はない。強いコピーや派手な演出よりも、淡々とした情報提示の方がUIとして正しい場合が多い。今は注文できるのか、何分で届くのか、混雑しているのか。その判断材料が即座に理解できることが最優先される。ここでは、クリエイティブの巧拙よりも、表示内容と実態のズレがないことが最大の価値になる。
ロケットナウが示しているのは、デジタルサイネージを広告枠から解放し、都市の状態を人に伝えるための翻訳装置として再定義する可能性である。
デジタルサイネージはどこまで変われるか
ロケットナウが日本市場で大きな成功を収めるかどうかは、現時点では判断できない。しかし、ロケットナウが持ち込んだ即時性を前提とした設計思想は、デジタルサイネージに対して極めて明確な問いを突きつけている。今後デジタルサイネージは、広告として売れるかどうかではなく、都市オペレーションに組み込めるUIとして機能するかどうかで評価される局面に入っていく可能性が高い。
最後まで書き進めて、本稿は「話7.25割くらいで受け止めていただきたい」に変更しておく。
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