Vol.09 映画「ドライブ・マイ・カー」編集担当・山崎梓氏インタビュー。長尺作品でもレスポンスが快適[On Avid]

2021年カンヌ映画祭脚本賞、2022年アカデミー賞国際長編映画賞など数々の賞を受賞した映画「ドライブ・マイ・カー」。その編集を担当した山崎梓氏に、編集作業の流れや、編集で使用したAvid Media Composerの使い勝手などについてお話を伺った。

――山崎さんのエディター経歴を教えてください

山崎氏:

東京藝術大学大学院 映像研究科に在籍し、卒業後は大学の助手として働きながら4年ほど編集をしていました。卒業した先輩が監督した作品や、会社のPR動画、イベント映像などの依頼を受けて編集していました。
その後は映像機器のデモンストレーションなどの仕事をしつつ、知人の監督などから依頼を受けて、単館、ミニシアター系の作品や深夜ドラマ、ドキュメンタリー番組、また、海外の映画祭をターゲットにした作品などの編集をしていました。
いわゆる劇場公開という形での初めての映画は2015年公開、菊地健雄監督の「ディアーディアー」です。その後、Amazon Primeで2017年に配信されたドラマ「東京アリス」の頃に前述の仕事をやめて、エディターとして活動するようになりました。技師に付いて編集作業に携わる、という経験をぜずにエディターをしているので、経緯としては少し変わっているかもしれません。

山崎梓氏

山崎梓氏の主な作品

  • 「さかなのこ」(2022年)
  • 「裸足で鳴らしてみせろ」(2022年)
  • 「ドライブ・マイ・カー」(2021年)
  • 「寝ても覚めても」(2018)
  • 「体操しようよ」(2018)
  • 「ディアーディアー」(2015年)

――Avid製品に最初に触れたのはいつ頃でしょうか

山崎氏:

大学院の編集室にAvid Xpress Proが何十台という規模で並んでいました。当時はDVデッキからキャプチャして編集というシステムでしたね。それが最初でした。
実はその後しばらくAvid製品を使う機会がなく、2019年にとあるドラマのOP編集を依頼された際に、メインの編集技師がMedia Composerを使っているので、OPもMedia Composerで、ということで久しぶりに使うことになりました。

――その時の印象はいかがでしたか?

山崎氏:

久しぶりでしたが、学生の頃に覚えていたこと、例えば基本的なインターフェースや設定画面の場所、編集機能や編集の流れなどが全然変わっていませんでした。正直すごく驚きまして「(良い意味で)なんて頑固なソフトなんだ」と思いました(笑)。なので、改めて確認したのは、素材を読み込む際のファイル構造やリンク、インポートそれぞれの詳細な設定項目などだけで、編集の感覚を取り戻すのに時間はかかりませんでした。
その後、「ドライブ・マイ・カー」、そして2022年公開の映画「さかなのこ」もMedia Composerで編集をしています。

© 2022「さかなのこ」製作委員会

――「ドライブ・マイ・カー」の撮影、編集のスケジュールは、コロナ禍で大変だったのではないでしょうか

山崎氏:

今回は少し特殊でした。2020年3月時点で脚本の1/3程度の撮影が終わっていましたが、緊急事態宣言によって作業を続けるかどうかを検討する必要が出てきました。結局撮影は一時中断となり、撮影された部分の編集を2020年6月に再開しました。その後、2020年11月に撮影が再開され、編集は2021年2月頃まで行っていました。

――濱口監督は、撮影が終わった後に全ての素材を見直して編集に入ると伺いましたが、今回は撮影途中で編集を始められたのでしょうか?

山崎氏:

最初の撮影で、映画の中の東京パートを撮り終えていて、その部分をいつものように全て見直しての編集となりました。確かにイレギュラーではありますが、編集のスタンスとしてはそんなに変わらなかったと思います。

――山崎さんが実際に編集を始めるまでのおおまかな流れを教えてください

山崎氏:

まずは撮影現場でDIT部門が素材のバックアップと変換を行います。ちなみに「ドライブ・マイ・カー」では様々な土地で撮影を行なっているので、DITもそれぞれの場所に同行してバックアップを行い、編集用の軽いデータに変換したファイルはネット経由で送るという作業をしていました。編集で使用したコーデックはDNxHD 80 1080Pになります。
デイリーで送られてきた素材については、編集アシスタントが画音合わせを行い、1つのビンに10シーンずつ分けて読み込み、そのビンにある全てのカットが編集されているマスタータイムラインとなるシークエンスを作るところまでを用意してくれました。
編集アシスタントが付いてくれる意義として、上記のような作業を任せられるというのもありますが、個人的にはそれによって「考える時間」が増えるのがとても大事だと思っています。時間を作ってくれる、ということですね。
ちなみに今回はシーンの素材で20ビン程度、その他合成、音楽など諸々で計40ビン程度になりました。
素材の用意ができたところで、デイリーを確認していきます。スクリプターさん不在の現場でしたので、各シーンどれぐらいのテイク数があるか、尺はどれぐらいなのかなど把握するために、カットナンバー、テイク数などを控えておきます。また、その時感じた疑問もメモしておきます。
そして、前述したように濱口監督と撮影後に素材を全て見直すわけですが、その際に「こういう風に思って撮っていた」など現場の話を聞きながら確認をしていきます。

©2021「ドライブ・マイ・カー」製作委員会

――今回約3時間という長尺をMedia Composerで編集されましたが、使い勝手が良いと思った機能などを教えてください

プロジェクトの起動速度

山崎氏:

作業が進むにつれてプロジェクトがどんどん大きくなっていきますが、他のソフトですと起動しようとしてから実際に開くまでかなり時間がかかってしまうことがあります。Media Composerはプロジェクトの規模で大きく違いが出る印象はありません。

トリミングの速度

山崎氏:

トリミング作業がとても快適でした。1フレ前、1フレ先、という感じで各カット点で細かい調整を繰り返しましたが、シークエンスの尺が延びることでレスポンスとして重さを感じたことはあまりなかったですね。

Avid独自のコーデックが使える

山崎氏:

Media ComposerはQuickTimeをはじめとして様々なフォーマットのファイルを読み込むことはできますが、メーカーが作っているコーデックを使うことでレスポンスが良くなっていると感じます。DNxコーデックが使えるのは長尺の場合なども効果は大きいと思っています。

ソフトのバージョンを意識しなくて良い互換性

山崎氏:

今回の編集ではコロナ禍で編集室が使えない時期があったので、自宅にデータを持ち帰り、用意した機材で作業をした時期がありました。Media Composerはシンプルな内容であれば、Media Composerのバージョンに関係なくビンを開くことができます。自宅で作業をする際に「データを開けるかどうか」について不安が全くないというのはすごく大きかったです。

――Media Composer以外のAvid製品は使用されますか?

山崎氏:

これは直接編集とは関係ないですが、編集後、編集データをPro Toolsでの整音作業に書き出す時に、以前は何パターンか書き出しておいて先方でどれか開ければ、という感じでした。先方から「問題なし」という連絡が来るまで待つのは無駄だなと思い、自分のMacBook ProにPro Toolsを入れて、録音部の知り合いにPro Toolsの使い方を教わり、このようにデータが読み込まれていれば大丈夫だ、という確認をしてからデータを送るようにしました。データ受け渡しの効率は上がったと思います。
Media Composerで編集ができると仕事の幅を広げられるのではないかと考えています。規模の大きな作品で編集室が用意されている場合、Media Composerで編集する可能性が高いですし、メインのエディターをサポートする立場で参加する場合も、メインがMedia Composerを使っていれば自分もMedia Composerを使うことになります。様々な状況に対応できるのではと思います。

――山崎さんが編集時に心がけていることがありましたら教えてください

山崎氏:

「考えることをやめない」ことです。自分で決めた編集点について「ここがこういう理由で気持ち良いから」といったことをなるべく意識するようにしています。また、その編集点からさらに整えられた「綺麗な」編集が活きる場面もありますが、理由を考えて決めた編集点が持つ「雑味」がその作品に合う場合もあります。その両方を使い分けられるときっと編集は楽しいと思うので、「なぜここに編集点を打つのか」と考えることをやめない、ということを心がけています。

山崎梓氏インタビュー動画

WRITER PROFILE

小池拓

小池拓

有限会社PST代表取締役。1994年より Avid、Apple、Adobeなどの映像系ソフトのデモ、トレーニングを行っている。