第96回アカデミー賞® 視覚効果賞を受賞し、日本のみならず世界中で話題となった『ゴジラ-1.0』。同作品において4度目の日本アカデミー賞最優秀編集賞を受賞したエディターの宮島竜治氏とアシスタントエディターの小林美優氏に、『ゴジラ-1.0』での編集作業のワークフローや編集に採用されたAvid Media Composerの使い勝手などを伺った。
©2023 TOHO CO., LTD.宮島 竜治(みやじま りゅうじ)氏 プロフィール
1996年公開の『ロマンス』(監督: 長崎俊一)で編集技師としてデビュー。
2014年に東宝スタジオ ポストプロダクションセンター2内に「コマンドZ」を開設。
2001年公開『ウォーターボーイズ』(矢口史靖監督)での日本アカデミー賞優秀編集賞受賞を皮切りに数多くの賞を受賞。
『ゴジラ-1.0』では自身4度目の最優秀編集賞を受賞。
東京藝術大学大学院映画専攻客員教授。
代表作
西川美和監督・タナダユキ監督・宮藤官九郎監督・中江裕司監督の諸作の他
・2004年 スウィングガールズ(矢口史靖監督)/ 第28回日本アカデミー賞 最優秀編集賞
・2005年 ALWAYS 三丁目の夕日(山崎貴監督)/ 第29回日本アカデミー賞 最優秀編集賞
・2013年 永遠の0(山崎貴監督)/ 第38回日本アカデミー賞 最優秀編集賞
・2023年 ゴジラ-1.0(山崎貴監督)/ 第47回日本アカデミー賞 最優秀編集賞
など
小林 美優(こばやし みゆう)氏 プロフィール
2014年宮島氏のコマンドZ開設と同時に編集助手として本格的に活動を開始。
8年間のアシスタント経験を経て、ゴジラ-1.0の完成を機に宮島氏の元から独立。
現在フリーの編集技師として活動中。
代表作
・2018年 真っ赤な星(井樫彩監督)
・2020年 マカロニえんぴつMV「恋人ごっこ」(井樫彩監督)
・2022年 あの娘は知らない(井樫彩監督)
など
――インタビューをさせていただいいている「コマンドZ」は東宝スタジオのポスプロセンターにありますが、ここに編集スタジオを構えたのはなぜですか。
宮島氏:
この部屋はコマンドZを作る随分前から山崎貴監督の「ALWAYS 続・三丁目の夕日」や「BALLAD 名もなき恋のうた」などの東宝作品を編集する時に使っていました。そんなこともあって部屋の使い勝手がわかっていたこともあり、東宝さんからお話を貰ってお借りすることになりました。東宝さん以外の作品もここで編集をしています。
小林氏:
実は面白い偶然がありまして、宮島さんが1996年にデビューした時の作品が「ロマンス」(長崎俊一監督)でして、コマンドZ開設の2014に編集を担当した映画も同じタイトル名の「ロマンス」(タナダユキ監督)でした。また私は1996年生まれで、2014年にコマンドZに参加したので、色々な縁が重なっている場所でもあります。
――「ゴジラ-1.0」はどのようなストーリーの作品でしょうか。
宮島氏:
すごく簡単に説明すると、太平洋戦争末期に大戸島という島で日本軍が古代よりゴジラと呼ばれていた生物と遭遇し、そこで生き残った神木隆之介さん演じる敷島浩一をはじめとする有志が日本に上陸してくるゴジラと対峙する、といった話ですね。
――今までのゴジラ作品とは印象が違うという声が多いですよね。
宮島氏:
そうですね、今回のゴジラでは、何らかの超科学的な秘密兵器が登場するわけではなく、その時代にある科学技術で考えられた作戦で戦うというところが個人的にとても好きですね。
――撮影はどれぐらいの期間で行われたのですか。
宮島氏:
2022年の4月の頭に撮影が始まって、6月末まででした。メインカメラはソニーのVENICEで、5.7Kで撮影されました。
――撮影中から、併行して編集も始まっていたのですか。
宮島氏:
撮影中は、素材がある程度集まったら随時編集するということを繰り返していました。山崎監督がロケをしている時は確認できないので、セットでの撮影になったタイミングで編集室に来てもらってそこまでの部分を確認する、という感じでした。 ただ、海上シーンはイレギュラーな形をとっていまして、天候などでもスケジュールが左右されるので、例えば各シーンの寄りのカットをまとめて撮影し、別日に他のアングルを撮るといったことをしていました。なので、天候が編集でうまく繋がるのかどうか、取りこぼしはないのか、といったことを現場も気にしていたので、DITを経由して、撮影が行われたその日のうちにデータを送ってもらい、シーンを編集して現場に送り返す、ということを繰り返していました。
小林氏:
今はロケ地が地方でも、ホテルなどネット環境が整っている場合が多いので、このようなデータのやりとりは全てネット経由ですね。
このように、限られたスケジュールの中でレスポンスよくロケ地とのやり取りができたのも、動作が安定しているAvid Media Composerを使用したからだと宮島氏、小林氏は言う。
©2023 TOHO CO., LTD.――クランクアップ後の編集はどのような感じでしょうか。
宮島氏:
クランクアップから1カ月ぐらいかけて編集を行いました。当然ですがこの段階ではVFXのカットは間に合っていないので、プリビズ(仮のCG)を使ったり、全く素材が無い部分については絵コンテをスキャンしたものを使います。山崎監督はVFXについて熟知されている方なので、このような状態でも「このショットは大体これぐらいの長さでOK」という判断をされます。かなり具体的に頭の中でイメージができているので、そこから実際の完成形との尺の誤差はほとんどありません。
小林氏:
この段階で可能な仮合成も行います。グリーンバックと背景素材の合成などはMedia Composerのエフェクトである程度綺麗にできますし、プリビズのゴジラをマスクで切り抜いて実写映像と合成するといったこともやります。
宮島氏:
本番の合成は当然、株式会社白組で行われるんですが、山崎監督は編集段階での仮合成作業をする私たちのことを、白組に対して「黒組」と呼んでいます(笑)。また、この段階では音楽やSEは仮のものをあてていますが、今回は山崎監督自らが用意して水の音など様々なSEを使っていました。
――VFXチーム(白組)との連携はどのようにされたのですか。
宮島氏:
クランクアップ後の編集が始まって最初の1週間くらいを使って、私と山崎監督である程度編集を詰めました。ここからは大きくは動かさないという段階になったら、小林と白組さんとで「データ出し」をします。
小林氏:
白組のスタッフさんに編集室に来ていただいて、合成が必要なカットを1つずつ確認します。どのような素材が必要か、また、膨大な素材量を最低限におさめるためそれぞれのカットの前後にクッションが何コマ必要か、ということを2、3日かけて決めていきます。
宮島氏:
この段階では「必要最大限」という状態ですね。データ出しが終わったら、さらに編集を詰めていきます。
小林氏:
編集が進んだことで合成カットの尺が変わることもあるので、その都度白組さんに改めて連絡をします。実時間は数コマでもCGのレンダリング時間などを考えると逐一編集箇所を伝えることは重要になっていきます。
宮島氏:
6月末から始まった編集は7月末の編集ラッシュで一旦止まり、その間に白組さんが作業をして、数カ月後にある程度出来上がったところまでのCGを入れて確認をします。そこで直しが入り、また数カ月後に出来上がったところまでを入れて確認、という作業を細かく数回、大きく3回行いました。
小林氏:
これは整音やグレーディングも同じで、7月末時点の編集データを用いてCGが完成するまでの時間で各セクションが各々やれることを進めていきます。そのため、ラッシュを重ねる毎に最新のデータが編集部の元へ戻されてきます。編集は様々なことを仮の状態で作業することが多いのですが、オフラインをFIXするまでに時間が多くある分、より完成に近い形で編集ラッシュを行うことが可能となりました。
宮島氏:
CGが上がってくることによって、各カットの細かい微調整も必要になります。より完成に近いCGとの流れを見た上で実写カットのタイミングを変更しますし、必要があればCGの尺の変更をお願いする場合もあります。
小林氏:
その都度、変更箇所を記録して、白組さんや録音部さんに報告をします。
宮島氏:
今までの山崎監督の作品は撮影から完成まで大体10カ月ぐらいなのですが、ゴジラ-1.0は15カ月かけています。かなり時間をかけた作品ですね。
――ゴジラ-1.0ならではの撮影や編集のエピソードなどありますか。
宮島氏:
合成という性質上、なかなか仕上がりの明確なイメージを掴みづらいシーンもあります。銀座の大通りを大勢の人が逃げ惑うシーンがあるのですが、実はクランクイン前に東宝の敷地内で、実際に30人くらいのスタッフに走ってもらって、ゴジラが奥から出てきたときに、どのアングルだったらどう見えるのか、どのくらいのストロークだったら臨場感が出るのかなど、かなり細かくカットを割ってテスト撮影をしてもらいました。実際の撮影でも、ほぼこの時のカット割りが採用されています。編集上でもこれはなかなか有意義な検証でしたね。
――ゴジラ-1.0でMedia Composerが採用された経緯を教えてください。
小林氏:
山崎組のここ数作品は全てMedia Composerだったのでその流れで、というのもありましたが、何より、作業中のエラーが少なく変なことは起こらない、というのが大きいですね。エラーを解決するために時間を割くというのはとても無駄なので、安定性を選びました。
他には、録音部がPro Toolsを使っているので、AAFデータを渡す際にトラブルがほとんど無いというのもありますね。また、仕込みの段階で画と音をリンクさせる作業がありますが、その際もショートカットなど、痒いところに手が届く操作性で他のソフトよりも少ないステップ数でこなせるので、本当にストレスが少ないです。
宮島氏:
他のソフトだと、原因不明のエラーが多い印象です。Media Composerでは原因不明で挙動がおかしくなることはまずありません。私はフィルム時代からの人間なので、機械のエラーに時間が取られるのがとても嫌なんです。そういう意味でも安定性が高いというのはとても大切だと思います。
小林氏曰く、ちょうどゴジラ-1.0の編集をしていた2022年ごろは、他の編集ソフトを使用した別のプロジェクトの編集部からエラーの話しを耳にすることが多かったこともあり、Avid Media Composerの採用を強く進言したのだそうだ。
――今後のMedia Composerについてリクエストはありますか?
宮島氏:
映画の編集ではシンプルなタイトルを多用します。装飾は最低限でよいので、機能を絞ったレスポンスの良いタイトルのツールがあると良いなと思います。
小林氏:
タイムラインで複数のシークエンスをタブで表示できるようになると良いですね。別バージョンとの比較や、他のシークエンスの一部をコピーしてくる時など、タブでそれぞれを切り替えられると便利です。
宮島氏:
あとは、画面を微妙に揺らすエフェクトがあるといいですね。アクションシーンや戦闘シーンでは臨場感を出すのに便利なので、デフォルトで用意されていると良いと思います。
第96回アカデミー賞® 視覚効果部門での歴史的快挙、日本アカデミー賞での8冠と日本映画史に輝かしい記録を残したゴジラ-1.0。
5月1日にはDVD&Blu-rayの発売も予定されており、まだまだ目が離せない作品だ。