関西テレビ(以下、カンテレ)は「アバランチ」や「エルピス」、「インフォーマ」といった骨太の人気ドラマを制作して業界でも一目置かれる存在だ。今年1月に放映を開始した「インフォーマ」は、Netflixで先行配信され、全世界配信もされた注目作品。テレビ放送でも大きく評価されている。
そんな「インフォーマ」は、どのように制作されたのか。その制作の裏側を、カンテレの局員として、編集技術の立場で参加した関西テレビ放送 技術推進本部制作技術統括局制作技術センターの専門部長である矢野数馬氏に話を聞いた。
矢野 数馬 (やの かずま)氏プロフィール
1996年関西テレビ入社以来、編集に従事。日本ポストプロダクション協会のJPPA AWARDS優秀賞(映像技術部門・オフライン ドラマ/映画・2年連続)や日本映画テレビ技術協会の優秀制作技術賞等を受賞。超高精細映像制作チーム「UHD-works」では演出、脚本等も担う。初監督作品「つくるということ」がニューヨークフェスティバルの金賞、「moments」が米ルミエール・アワードの最優秀8K作品賞に選出されるなど、映像美と物語を融合した世界観は高い国際評価を得ている。
人気ドラマを連発して勢いづくカンテレ
――カンテレは近年、ドラマ制作に力を入れている印象がありますが、いかがでしょうか?
矢野氏:
あくまで編集室での印象ですが、弊社のドラマ制作への熱量を感じています。特にここ数年は、地上波テレビドラマの枠を超えるような挑戦をしているように思います。
地上波が放送局のメインであることは変わりないですが、Netflixのようなワールドワイドでの配信を想定した企画など、これまでと作り方が変わってきています。ターゲットが多様化して、ボーダーレスになっていますね。
矢野氏自身は、ドラマやスポーツドキュメンタリーなどのコンテンツを扱い、カメラや音声、照明、編集など、「あらゆる番組の技術を担う」制作技術センターに所属しており、技術で番組を支える立場だという。
矢野氏:
昨今のテレビ局では、放送に加え配信ビジネスも重視されるようになってきています。テレビや映画、配信の垣根がなくなってきたことで、私たちの撮り方、機材の選定、編集のフローなどが変わってきました。
機材の進化で一般の方でも映画的な映像が撮影できるようになり、プロデューサーや監督も「上質な映像」を望むようになってきています。
少し前までは"映画っぽく"などと言われていましたが、そうした映像はテレビでも当たり前になり、さらに上の表現が求められています。
ただでさえ放送局の技術社員がドラマ制作に関わるのはレアケースだと思います。それに加えて、映画に近い仕上がりを求められるようになり、より専門性の高い技術力が必要になってきました。
これまでは放送局が所有するカメラでドラマを撮影することが当たり前でしたが、今は作品によって撮りたいトーンなどが変わります。世の中が求めるもの、あるいは作り手が作りたいものを実現するために、作品ごとに技術アプローチを変えなければならない状況になっているのも、ここ数年での変化かなと思います。
こうした状況下で制作されたドラマ「インフォーマ」は、カンテレにとっては新しいワークフローで制作された作品となった。
――地上波だけでなく、Netflixでも配信されている「インフォーマ」の作品作りについて教えてください
矢野氏:
「インフォーマ」は2021年放送の「アバランチ」と同じく、藤井道人監督を中心に弊社が制作したテレビ連続ドラマです。「アバランチ」ではテレビスタッフと映画スタッフが混在したチームでしたが、「インフォーマ」では、より藤井監督色の強い、映画に近い体制でドラマを作った印象です。
弊社ドラマ制作では、制作や技術のチーフを社員が担当するというのが一つの体制でしたが、「インフォーマ」に参加した技術社員は、私とカメラマン(Bカメ)の2人だけでした。
クラウドを活用、リモートでオフライン編集
矢野氏が担当したのはオフライン編集と呼ばれるコンテンツの中身を作り上げる編集作業(Avid Media Composerを使用)で、その後、オンライン編集セクションやカラーグレーディングセクションを経てオンエアや配信の作品に仕上げていく。
オフライン編集には軽量化したプロキシデータを利用。オンラインデータに比べて容量が小さいためクラウドとの相性も良く、クラウドベース(Frame.io)の制作支援ツールCONEPIAでデータ共有して作業を行ったという。
「インフォーマ」での撮影は、一部が関西だが大半は東京で行われており、撮影後のRAWデータからプロキシデータを作成し、オーディオを同期させた上でクラウドにアップロード。それを矢野氏が受け取ってオフライン編集をする、という手順だった。
矢野氏は当初大阪にいて、東京の制作チームとはこのクラウド経由でデータの受け渡しをしていたという。
矢野氏:
大阪にいても快適に編集ができました。後半は東京に移りましたが、メインとなるポストプロダクションスタジオとは別の編集室で作業をしたので、リモートでの受け渡しは最後まで継続しました。
通常は、オンライン編集を行うポストプロダクションスタジオ内にオフライン編集室があり、スタジオ内のネットワークサーバーでデータを共有することがほとんどですが、「インフォーマ」では、私は一度もポストプロダクションスタジオに行くことなく、全てのフローがクラウド経由で完結しました。
こうしたクラウドを使った複数拠点での制作は徐々に始まっていますが、Avidをはじめとする多くの編集システムがクラウド連携を進めているので、今後の業界スタンダードになると確信しています。
制作時期がコロナ禍だったというのも影響して、矢野氏は自宅でも作業をしていたという。
矢野氏:
撮影素材が日々クラウドに上がってきて、現場を含む各部のスタッフがデイリーを確認できる状態でした。
プロキシとクラウドの相性だけでなく、Avid Media Composerの進化も、リモート編集を実現した大きな要素です。ワークステーションを備えた編集室でなくても、ノートPCとモニターだけでいつもと変わらないスムーズな編集ができました。プロキシデータに採用した圧縮コーデックAvid DNxHD 36もMedia Composerに最適化されているため、とても安定したパフォーマンスでした。
オフライン編集のチェックは、監督の立ち会いがベースとなりますが、前後の微調整は随時リモートで行いました。特に第5話は、担当の監督が当時アメリカにいたので完全リモート編集となりました。
映像制作現場などではまた異なる作り方もある。そうなると、矢野氏は様々なやり方に柔軟に対応する必要があり、「技術力が必要になってくる」というコメントにも繋がるのだろう。
藤井監督流の編集方法
――「インフォーマ」では今までとは異なる編集方法になったのでしょうか?
矢野氏:
「インフォーマ」はRAW収録です。RAWデータでの制作は弊社連続ドラマでは事例が少なく、私が携わった中では「アバランチ」が最初で、ローカルドラマでは「インフォーマ」が初となりました。
RAW収録は、データサイズが大きく、カラーグレーディングを前提にするなど、制作フローで時間がかかるため、「アバランチ」の時点で弊社としてはチャレンジでした。私自身は2017年から8K制作でRAWデータを扱い、カラーグレーディングの経験もありましたが、時間の限られた連続ドラマではまだ新しい方法でした。
「インフォーマ」は、テレビ放送だけでなく世界を向いたコンテンツの作り方をしていたように思います。日々届くデイリーからそうした現場の空気を感じていました。あまり見たことがないようなアクション、リアリティのショットが多かったので、その熱量を編集で損なうことなく、どこまでブラッシュアップできるかが自分の中で大きな勝負でした。
1話では、新宿の繁華街を舞台に重要なシーンが撮影されました。私はほぼ全てVFX処理になると予想していましたが、実際に火を放たれた人物が新宿の路上を走るショットが届いた時は本当に驚きました。あのシーンの編集はリアルなショットの影響が大きいです(最終的にVFX処理が追加された)。
こうしたリアリティに加えて、藤井監督は、あらゆるアングルでシーンの頭から終わりまで撮ることが多く、膨大な素材量となります。カット割りもありませんので、ファーストカットからラストカットまで、どのショットを選択するかが編集に委ねられます。
すべての時間軸に対してすべての人物が存在する状況で、そろそろ画を変えようかなと変えているわけではなく、そこには必ず意思が必要です。本当に責任が重く、いつも必死ですね。
――そういった意味ではオフラインの編集作業は結構苦労されたのではないでしょうか?
矢野氏:
求められるのは「編集で演出する」ということです。これは「アバランチ」の時に藤井監督に言われたように記憶しています。当たり前のことですが、物語を作る意識で編集していました。
藤井監督は、編集が進んでもその地点をゼロリセットします。目の前の状態をどうすればもっと良くできるかということしか考えないのです。時間ある限り絶対に諦めない監督です。
具体的なショットの指定はほとんどなく、「このシーンはもっと感情を大切に」「より主役目線に寄せて」といった本質的な指示をいただくことが多いです。それは実に的確で納得できるものですので、信じて編集を重ねることができます。
さらに藤井監督は、オフライン段階で劇伴(音楽)が付いた状態を望みます。より完成に近い状態で編集を追い込むために、シーンによっては効果音やノイズも挿入します。藤井監督との編集は、求められるレベルが非常に高く、時間も労力もかかりますが、私にとっては極めてクリエイティブで豊かな時間です。
「インフォーマ」が新たなドラマの選択肢に
テレビ放送は現在、NetflixやTVerなどの配信と同列に並んで、同じ「映像コンテンツ」として選択される、という懸念を矢野氏は感じているという。
矢野氏:
作品内容によっては、「インフォーマ」のようにRAWで撮ってカラーグレーディングを行う良質な映像をテレビドラマでも採用しなければ、海外コンテンツを見慣れた視聴者に選ばれなくなると感じています。
「インフォーマ」はNetflixで先行配信されましたが、基本的に放送向けに制作して、その後Netflixで全世界配信という形になりました。コンテンツとしての広がりが得られたことで、こういった映像質感のドラマが今後の選択肢の一つになったと思います。
矢野氏は、これまでのテレビの制作手法、「インフォーマ」での制作手法、また他の監督の主導する制作フローなどは、それぞれ文化の違いであり「テレビの良さもある」という。
矢野氏:
映画的な映像を求める一方で、テレビには配信とは違う役割があることも忘れてはなりません。放送局が長年に渡り培ったドラマ制作は、幅広い視聴者の皆さまに寄り添う大切な文化です。映像コンテンツが多様化した今、あらゆる作品に対応する高い技術力が重要だと考えます。
「インフォーマ」(第1話)の編集を担当した矢野氏は、一般社団法人日本ポストプロダクション協会が選定する「JPPA AWARDS 2023」の映像技術部門(オフライン ドラマ/映画)において優秀賞を受賞した(矢野氏はドラマ「アバランチ」(Episode 1)の編集でも同部門優秀賞を受賞している)。