ライカ IIIf[記憶に残る名機の実像] Vol.06

のっけから個人的な話でたいへん恐縮であるが、私がバルナックタイプのライカを初めて知ったのは、若かりし高校時代。当時タイム・ライフ・インターナショナル社が出版していた「ライフ写真講座」全15巻のなかの「カメラ」と題する巻に掲載された写真からだ。北米の写真家、アンドレアス・ファイニンガーのセルフポートレートと思われるもので、バルナックタイプのライカに外付けの光学ファインダーを装着し、右目の位置にカメラのレンズ、左目の位置に外付けのファインダーがくるよう縦位置にカメラを両手で構えたものである。さらにスポットライトらしきものによる硬目のライティングで、バルナックタイプのメカっぽさが強調され、どことなくSFチックで子ども心に記憶に強く残るものであった。

    Vol.06 記憶に残る名機の実像 ライカ IIIf
「ライカ IIIf」は1950年に発売。製造終了の1957年までに18万4000台あまりがつくられ、バルナックタイプのライカとしては最も多い製造台数を誇る。いくつかのバリエーションがあり、大きなところとしてはハイスピードとスロースピードのシャッターの切り替えが1/30秒のものと1/25秒のもの、セルフタイマーの有無などがある。写真のIIIfに装着したレンズはバルナックライカとしては定番中の定番「エルマー5cm F3.5」である
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ちなみに「ライフ写真講座」は、当時通販のみで購入できた本で、しかも全15巻とボリュームもあるため高価。子供には簡単に手の出せるような代物ではなく、私も指をくわえてその広告を眺めていた記憶がある。しかしながら、学校の同級生のなかに全巻所有している幸せな者がおり、学校帰りなど時々見させてもらっていたのである。また、掲載されている写真は著名な写真家たちの作品が多数掲載されているなど、その後の自分の写真ライフに多大な影響を及ぼしたことは言うまでもない。

話を戻そう。当然のことながら、ファイニンガーの写真を見た瞬間から写っているカメラのことが知りたくなったのである。いろいろ調べてみると"バルナック"と呼ばれるタイプのライカのカメラで、古い時代のものであることを知る。ライカ自体イマイチよく知らなかった当時の自分にとって、その雰囲気からどこか異次元のカメラのように思えて仕方がなかった。ただし、具体的なモデル名については当初まったくわからずじまいで、暫くした後に「ライカ IIIf」らしきものであると認識する。

さらに調べていくと、まずバルナックタイプとするカメラの種類の多さに驚かされる。ライカ以外にもキヤノンをはじめとする国内外のカメラメーカーから数多くリリースされていたからだ。しかもその半分以上は、当時ですらすでに存在しないメーカーであるなど驚きの連続であった。同時に、バルナックタイプの始祖は言うまでもなくライカであり、「ライカ IIIf」はその全盛期のカメラであることを知ったのである。なお、バルナックの名称は、ご存じの読者も多いと思うが、ライカのエンジニアでバルナックタイプのカメラを設計したオスカー・バルナックに由来する。

加えて、このカメラは扱いがとても手ごわそうに思えたのも当時の記憶として強く残るところ。シャッターダイヤルは見慣れた一眼レフのように一つではなく、高速側のシャッターダイヤルと低速側のシャッターダイヤルに分かれているし、ファインダーアイピースにしても距離計用とフレーミング用が備わる。フィルム巻き上げはレバーによるものでなくノブであるなど、それまでの自分の拙い概念にはまったく想像だにしなかったもので、扱うにはちょっとハードルが高いように思えたのである(そもそも当時の自分にとってレンジファインダー機自体が未知のカメラであり、当然別体の光学ファインダーの存在など知るよしもなかった)。大人になり「ライカ IIIf」を手に入れ撮影を楽しむようになってからは、それらは杞憂と述べてよいものであり、むしろフィルムの装填に気を使わなければならないことを知ったのだが。

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シャッターダイヤルは、トップカバーにハイスピード用、前面部にスロースピード用の2つを備える。フィルム巻き上げはレバータイプではなく、ノブタイプであることもバルナックライカの特徴だ。シャッターボタンとスロースピード用のシャッターダイヤルの間にあるレバーは、フィルム巻き戻しの際、巻き上げスプールをフリーにする巻き戻しレバー
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「ライカ IIIf」は、中古市場ではタマ数が多く、その先代モデルである「ライカIIId」や低速側のシャッターを省略した「ライカ IIf」なども含めれば、選択の幅は実に広い。特にライカに強い中古カメラ店などM型ライカとともに充実した品揃えであることが多く、価格も状態によってピンからキリまでである。

参考までに今回、掲載した写真に使用した「ライカ IIIf」は、銀座の中古カメラ店で3年ほど前に購入したもの。ボディ単体の価格は驚きの税込2万7,000円である。ジャンクや保証のない現状品だろうと思われるかもしれないが、しっかりとお店の保証が半年付いてのこの値段である。安い理由はメッキの状態が悪く、シャッター幕などオリジナルでないところがあるためとのことであったが、距離計の像はしっかり見えているし、撮影には何ら支障はなく、現状実用としてガシガシ使っている(フィルムが高価なので、実際は気が向いたときにたまに使う程度であるが)。現在のバルナックライカの相場はそのときからそう大きく変わってないはずなので、丹念にお店を探せば、2万円台は難しいかもしれないが、3万円台の「ライカ IIIf」であれば出逢うこともそう不可能ではない。

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ファインダーアイピースは2つ備える。左が距離計用、右はフレーミング用。フレーミング用のファインダーの画角は50mmに対応する。距離計は実像式のM型とは異なり虚像式を採用するが、比較的視認性はよい。フィルム巻き戻しノブと同軸としている小さなレバーは、距離計用ファインダーの視度調整用。写真の個体は、メッキの状態が悪い
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装着するライカの交換レンズにしても、沈胴式の「エルマー50mm F3.5」をはじめ中古市場でのL39スクリューマウントレンズのタマ数は多く、またM型用のレンズに比べリーズナブルなプライスタグを付けていることも少なくない。さらにライカ以外、キヤノンやニコンなど国内外様々なメーカーのものも多く、基本同じようなスペックであればライカのものよりも安価なことが多いので、純正に拘らなければ選んでみても面白そうだ。個体の程度にもよるが、10万円ほどの予算があれば、比較的状態のよい「ライカ IIIf」と対応する50mm、あるいは35mmレンズがギリギリ手に入ると述べてよいだろう。

M型ライカとはまた違った魅力のバルナック型ライカ。操作性は一癖も二癖もあるけれど、メカっぽい外観やコンパクトなボディなどと相まって使い込むと思いのほか愛着の湧くカメラのように思える。また、古いカメラながらいまだ修理が可能なのも末長く使うには心強く感じられるところだ。「ライカIIIf」はそのようなバルナック型ライカを代表するモデルであり、手に入れやすさなどから初めてのライカに適しているように思える。

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フィルムの装填は、スプールの軸にフィルム先端を差し込んだ後にカメラ本体に仕込んでいくが、その際あらかじめフィルムの先端から10cm程度まで、フィルムの幅を細く切っておく必要がある。切らずに装填した場合、フィルムの状態によってはシャッター機構を傷める恐れがあるので注意したいところ
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大浦タケシ|プロフィール
宮崎県都城市生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業後、雑誌カメラマン、デザイン企画会社を経てフォトグラファーとして独立。以後、カメラ誌をはじめとする紙媒体やWeb媒体、商業印刷物、セミナーなど多方面で活動を行う。
公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員。
一般社団法人日本自然科学写真協会(SSP)会員。