忘れられない初体験。
誰にでも忘れられない初体験があると思います。甘酸っぱい記憶、ほろ苦い記憶。
今日はそんな話をすることにしましょう。
もちろん、写真や暗室の話です。勘違いさせてしまったら申し訳ないです。
写真の入り口は漫画「カメラを売る」
私が写真、カメラを始めたきっかけはとある漫画でした。
つげ義春の「カメラを売る」。
うだつの上がらない漫画家の主人公が、骨董屋に転がっていた中古カメラを手に入れたことから始まる物語。修理したカメラが高値で売れることに気がついた主人公はカメラ収集に没頭し、そして…。
転売ヤーの出現を予言したかのようなこの話が収録されたつげ義春の短編集で、私は初めてカメラというツールに興味を持ったのでした。
若者の興味があるものに対する知識欲、探究心には凄まじいパワーがあります。
英単語や数学の公式なんぞロクに覚えられないポンコツ脳が、写真機の知識はあっという間に吸収していく滑稽さ。
あの記憶力を半分でも勉学に向けられたら、もう少し違う世界が見えたかも知れませんね。今更後悔しても遅いか。
幸か不幸か、私の実家からほど近い中野は中古カメラ店が多い場所。
そこに自然と足が向くのは、自然というか当たり前みたいなものです。
一番お世話になったのは日東商事さん。
新井中野通り沿いにあったこのお店には、一番奥のブースが訳ありカメラのコーナーになっており、そこで私は人生初めての中古カメラを購入したのでした。ミノルタSR-T101。50mmレンズをつけて3,000円しなかったと思います。
中学生の小遣いでも買えたのだから、もっと安かったかも。
ストラップは同じく中野にあるフジヤカメラさんのジャンクカメラコーナーにて購入。これも500円もしなかったと思います。
そしてフィルム。これも中野の商店街にあった「パレットプラザ」のような写真屋さんでカラーフィルムを買ったのでした。銘柄はハッキリ覚えていません。
コダックゴールドか、フジのスペリア100か。
いや、コニカミノルタのセンチュリアだったか。
書いていて懐かしくなってきました。
あの頃はいろんな銘柄のフィルムがすぐ街中で売っていましたね。カゴに山積みが当たり前。
10年以上前に観たとあるクレジットカードのCMで、買い物カゴ一杯のフィルムを量販店で購入して写真家志望の彼氏に送るというストーリーがあったのを思い出しました。
写真街道はトライアンドエラーの繰り返し
カメラは手に入った。フィルムも買った。さあ撮影だ。
と、意気込んで撮影したものの…
現像から上がってきたサービス判のプリントを見てガッカリ。ほぼ全てが露出不足。
カメラの機種は詳しくても写真術の知識は皆無だった私。
絞りやシャッタースピード、露出という概念すらないまま、私の写真街道は始まったのでした。
トライアンドエラーの連続。
「量なしの質はあり得ない」といった作家の言葉に、間違いはないと思います。
ひたすら撮って、ひたすら失敗する。
最初はカラーネガばかり使っていましたが、段々とポジフィルムが主流になっていきました。スリーブ仕上げのネガシートを、そのまま部屋の窓に貼り付けてルーペで確認する。フィルムはE100でした。3本パックで今なら1本無料というキャンペーンを、どこのメーカーでもやっていました。フジのプロビア400Xがよくキャンペーンでセールをしていました。
ネガよりも露出がシビアに要求されるポジフィルム撮影100本ノックは功を奏したようで、中学卒業までにある程度の基礎は完成していたようです。
写真部で「暗室」初体験
そして高校進学と同時に、私は写真部に入部しました。
校舎西館の1階。半地下の薄暗い廊下を進み、階段下・四畳半ほどの空間を生かした暗室が写真部の部室でした。
初めて足を踏み入れた暗室は、あまり誉められた空間ではありませんでした。
埃が積もった棚には黴の生えた引き伸ばしレンズ。
数年分のアサヒカメラが積まれた脇には、青いボール紙の箱。
「明るい中で絶対に開けないように」という顧問。インガシという物だと教えてもらいました。
それは三菱印画紙・月光でした。歴代の先輩が残していった遺産たち。後々プリントに使ってみましたが、ムラばかりで使い物になりませんでした。恐らくカビと湿気でダメになっていたんでしょうね。
そして引き伸ばし機。金属部の錆が目立つフジB型。長らく使われていなかったのでしょう。ランプハウスを触ると、手にべっとりと埃がつきました。
今の私があの時の光景を見たら、間違いなく卒倒するでしょう。
しかし、あの時の私はワクワク感の方が上回っていました。
赤いセーフライト、窓辺に並んだ現像タンク、定着液が入った陶器製のバット、酢酸と定着液の混ざった匂い。
今まで店舗に出すしか方法がなかったフィルム現像やプリントが、これから自由にできる。
顧問からレクチャーを受けながら、人生最初のモノクロフィルム現像が始まりました。
前日に撮影したフィルムを現像タンクに装填。フィルムはトライX。
「トライXで万全」
このネタわかる人も少なくなったのでは。
現像液・停止液・定着液を用意して、現像開始。
タイマーと睨めっこしながら、攪拌を続けること約10分。
出来たネガをタンクから出して眺めていた顧問が一言。
「…なんかネムイねコレ。露出不足かな?」
そんな馬鹿な。きちんと露出計で測ってから撮影したぞ。
ミスの原因を必死に考えていたとき、「あっ」という顧問の声。
「…ペーパー用現像液だったよこれ」
「…」
フィルム現像液と印画紙現像液を同じものだと思っていた顧問。
私の暗室初体験は、こうして失敗に終わったのでした。
そして始まった高校3年間、写真部生活。トライアンドエラーの連続が、また始まったのでした。
初フィルム現像に使った現像タンクは、キングのベルト式タンク。
初心者でも簡単に巻き取りが可能な現像タンクです。リールに直結させたノブを回して撹拌する方式。
先日、暗室の掃除をしたらその同型タンクが出てきました。
あの時の高揚感はそのままに、15年以上経った今でも私は暗室を続けています。
次回はフィルム現像液の話でもしましょう。
「D76の黄色い箱」お楽しみに。
暗室管理人|プロフィール
1990年東京生まれ。日藝写真学科の元落第学生。 東京都渋谷区にある24時間・365日稼働の会員制暗室「DARK ROOM 207」創設メンバー 管理・運営人。 普段はサラリーマン、一児の父。三度の飯より暗室好き。