ずっと続いて欲しくても、始まりがあれば終わりが来るのが世の常。
その逆もまた然り。何かを始めるのに必要なのは最初の一歩。
「これは一人の人間にとっては小さな一歩にすぎないが、
人類にとっては大きな躍進である」
人類史上初の月面着陸で有名なニール・アームストロングの言葉です。
暗室に挑戦という、壮大な一歩を踏み出した貴方にとって手助けになるかもしれない。
今回はそんな話です。
暗室の教科書
「学生の時、もっと勉強しておけば良かった」
子どもの頃に親も含めていろいろな大人から聞いた言葉ですが、
30を過ぎてようやくその真意がわかりつつある今日この頃です。
もし今、暗室について学ぶことを望んでも結構ハードルが高いのが事実です。
一般的にはワークショップに通ったり、ハイレベルな方なら大学や専門学校へ入学なんて手段もあるのでしょうが…
ワークショップの開催は不定期ですし、21世紀・令和6年の現在では暗室に特化した大学や専門学校は希少です。
それじゃ学びたくても学べないじゃないかとお怒りの声が聞こえてきそうですが、そこはご安心ください。
一般的な写真の主要媒体が銀塩だったのは、今から約20年前まで。
2000年初頭をきっかけに、デジタル化が一気に進んでいくことになります。
なので、それまでに発行された数多くの暗室作業に関する参考書籍がある訳です。
いわば、「暗室の教科書」ですね。
私が暗室を始めてから今日まで出会ってきた書籍の中でも珠玉の3冊をご紹介します。
1.「アンセル・アダムズの写真術」 岩崎美術社発行
アメリカを代表する写真家、アンセル・アダムズが執筆した写真術を和訳、
再編集した書籍になります。「ザ・カメラ」「ザ・ネガティブ」「ザ・プリント」の3部構成となっており、ファインプリント制作に関するほぼ全ての事案が収録されています。
私が好きなのは3部目「ザ・プリント」に収録されているアンセル・アダムスの暗室ですね。シンクの形状や高さ、薬品棚の重要性、露光から各種薬品トレイを介して水洗流しにいたるまでの作業効率を考えた暗室配置図…何回も読み直したページです。
アンセル・アダムスの教科書を読み、世界的に有名になった作家がいます。
「海景」「劇場」で有名な現代芸術家・杉本博司です。
偉大な作家も、教科書から学んだのです。
「私は写真家として尊敬でき、技術的にも高みを目指す目標となる作家を探してみた。そしてその人をアンセル・アダムスに定めた。…最高のネガを作るために、私はアンセル・アダムズの写真教科書全5冊をしらみつぶしに読んだ。そこには全ての現像処方が記載されていた。…私はその全ての処方液を自分で溶き、試してみた。そして私のいたった処方はメトール単体という、19世紀の最も単純な処方液だった。」
杉本博司「影老日記」(新潮社)より
2.「ファインプリントテクニック」 写真工業出版社
モノクロフィルムの現像方法からプリント、プリントの保存までを1冊にまとめた本です。
大学1年の時、IP論(イメージングプロセス論)という講義がありその際に購入したものです。購入から10年以上経っても自宅の本棚に保管してある、私が人生で一番使っている教科書かもしれません。購入時の申込書がまだ残っていました。
学生番号91A004-4。今でも忘れられない番号です。
巻頭には11名の著名作家がモノクロプリントや暗室について語る「私のモノクロプリント」が収録されています。その中から金言を一つご紹介。
「さてもう一度、良いプリント作るのに一番の方法はと考えよう。けっきょくそれは良いプリントを数多く見ることにつきるようだ。そして私のいう良いプリントとはマニュアルどおりの仕上がりではなく、むしろ標準からちょっとずれたところで、その人の個性がぴったりと輝いているといったプリントのことである。」
石元 泰博
3.「B&Wプリント・ワークと暗室」 玄光社
実際に活躍されているプロがどんな環境の暗室を使っているか、やっぱり気になりますよね。この本では著名作家25名の暗室・機材が詳細に紹介されています。
凄いなと思うのは、「私の暗室機材」と称して第一線級というか伝説級の作家の暗室詳細をアンケートしてまとめているところ。使用フィルム・印画紙は勿論、現像時間や水洗処理方法まで記載されています。
こんな貴重な情報、公開してもいいのかと思いますが同一データで試しても同じテクニックは再現不可能なんですよね。暗室技術は1日にして成らず。
余談ですが、私は自ら制作環境を維持していないクリエイターを一切信用していません。
料理人が包丁を持っていないようなもんですからね。
今回紹介した3冊以外にも、オススメしたい暗室関係の書籍はまだまだ沢山あります。
全てご紹介したいのですが、そろそろお時間です。
先述したとおり、始まりがあれば終わりが来るのが世の常。
私の暗室に関する参考になるかもわからないコラムは、今回で最終回です。
10回のコラムを読んで、暗室に興味を持っていただいた方が少しでも増えてくれたなら嬉しいです。
また何処かでお会いしましょう。暗室のある所、大体の場所に私は出没していますので…
それでは!
暗室管理人|プロフィール
1990年東京生まれ。日藝写真学科の元落第学生。東京都渋谷区にある24時間・365日稼働の会員制暗室「DARK ROOM 207」創設メンバー 管理・運営人。普段はサラリーマン、一児の父。三度の飯より暗室好き。