世の中には、好きな人には物凄い価値がある物でも
興味の無い人にはゴミにしか見えない物が溢れています。
価値が分からないなら、是非自分に譲ってほしい。
そんな願いが10年越しに叶ったのなら…。今回はそんなお話です。
フィルム現像に慣れてくると、真の暗室好きはとある物を欲するようになります。
「フィルム乾燥機」。
なんだソレはと思われる方もいらっしゃると思いますので、少しご説明をすると、
ヒーターが付いたロッカーのような物です。
というか、そのままです。
ヒーターが付いたロッカーです。
ここまで読んで、
「そんな物欲しがるのかよ」と呆れている方。
貴方は正常です。そのままの人生を送って下さい。
「アレ欲しがるのかよ、バカだなあ」と呆れている方。
貴方も正常です。今まで通りの人生を送って下さい。
「分かる分かる、俺も手に入れたぞ」という方。
是非連絡ください。一杯奢ります。
それまでの暗室、衝撃のフィルム乾燥機
高校時代、写真部の暗室で現像したフィルムは、暗室の天井に固定されたフックに吊るして乾燥していました。大体一晩吊るしておけば、次の日の放課後には乾燥したネガが出来上がりです。
自宅で現像するようになってからの乾燥場所は浴室。
換気扇を回しておけば、数時間で乾燥するので高校の暗室よりも効率良い作業が可能です。しかしこの2箇所にはフィルム乾燥に致命的な欠点がありました。
まず写真部の暗室。
埃がネガに付きやすい。
いや掃除すればいいだろと指摘が入りそうですが、高校の地下にあった暗室を完全に掃除するのは至難の業でした。
そして自宅の浴室。
これは乾燥する時間を選ぶ必要がありました。まさか入浴中の浴室にフィルムを吊るす訳にはいきません。なので家族全員の入浴が終わった深夜に乾燥作業をしていました。
そんな私に、大学の暗室で衝撃的な出会いが訪れます。
それが先述したフィルム乾燥機でした。
暗室の前室に15畳ほどの写真仕上げ室があり、そこにエフシー製作所の大型フィルム乾燥機が鎮座していました。今まで埃と家族の入浴事情を憂慮しながら、フィルム乾燥に頭を悩ませていた当時の私にとって、それは晴天の霹靂。いつか絶対、この素晴らしい機械を手に入れてやると固く心に誓ったのでした。
とは云っても、
写真用品とはいえ、もはや専門機器の類に属しているこの機械はそう簡単に手に入る物ではありません。
調べてみると、まだフィルムが写真の専門媒体として使用されていた時期であっても、フィルム乾燥機は完全な受注生産品に近く、中古品もあまり出回っていません。そう簡単に故障する物でもないですし、納入されていたのもプロラボのような業務写真の専門業者と大学等の研究機関が主だったようで、まあ当たり前ですよね。
それに大学等に納入された機材は、必要なくなると一般に払い下げられることはまずなく、廃棄処分されることが殆ど。なので益々中古品として世に出てくる数は少なくなります。
念願のフィルム乾燥機を手に入れる
念願のフィルム乾燥機を手に入れたのは、そこから4年後のこと。
ネットオークションで出品されていたジャポー株式会社製の青い乾燥機です。
落札して、当時住んでいたマンションの3階へ家財便がやってきたのは、入籍して新居へ引越する前日のことでした。
「…これって何すか?」と業者のお兄さんから聞かれて、
「フィルム乾燥機です」と答えると、「…..へえ。」と曖昧な返事。
当時私が住んでいた部屋はリビングがそのまま暗室に改造されており、その光景を見たからまあ納得してくれたのでしょう。
その乾燥機は今でも暗室で稼働中。
特にシートフィルムの乾燥に威力を発揮します。
大学時代の憧れたフィルム乾燥機も
そして一昨年。
大学暗室にあったエフシー製作所のフィルム乾燥機が、ネットオークションに出品されているのを知った私は間髪入れずに入札ボタンをクリック。
あの日憧れたものが手に入る可能性が高いのです。躊躇する間はありませんでした。
そしてその結果は…..。
1週間後、業務用のハイエースを借りた私は江東区の港湾倉庫へ向かっていました。入り口で商品番号を伝えると、倉庫の担当者が奥に向かって歩いていきます。
数分後。3人がかりで台車を押しながら、あの日憧れたフィルム乾燥機が姿を現しました。ほぼ使われていなかったようで、塗装の剥げや錆は皆無です。感動を噛み締めている私。
そこに運んできてもらった倉庫スタッフが一言。
「何じゃこりゃ…え、マジでこれなんすか?」
「フィルム乾燥機です」私が嬉しそうに答えると、「…へえ。」という返事と苦笑い。
なんか聞いたことある反応ですね。
32歳の誕生日プレゼントは、巨大なフィルム乾燥機になりました。
玄関ホールに置かれたそれを見て、来客の方はいつもこう尋ねてきます。
「…..コレ何ですか?」
フィルム乾燥機です。いい加減に覚えてください。
ちなみに、フィルム乾燥機も日頃の掃除が欠かせません。温風と共に埃が舞ってしまうので、1カ月に1回は最低でも内部の拭き掃除を行なっています。写真はやっぱり埃との戦いですね。
次回は、暗室といえばあの灯り。
ブルーライトといえば横浜ですが、暗室はレッドライト。
次回、「赤色エレジー」。
お楽しみに。
暗室管理人|プロフィール
1990年東京生まれ。日藝写真学科の元落第学生。東京都渋谷区にある24時間・365日稼働の会員制暗室「DARK ROOM 207」創設メンバー 管理・運営人。普段はサラリーマン、一児の父。三度の飯より暗室好き。