モーター音と適正ネガ[暗室コラム] Vol.06メイン写真

「写真用フィルム」と聞いて、多くの方が頭に思い浮かべるのは35mmフィルムではないでしょうか。

今この原稿を書いている際も、キーボードで「フィルム」と打ち込むと予測変換に35mmフィルムの絵が。

私もそんな人間の1人でしたが、ある時からその常識が変化します。

1回目は中判カメラを使い始めた際

「ブローニー」というタイプのフィルムを使うんだよ、と中古カメラ店の店主に教えてもらい購入したヤシカの二眼レフがきっかけで、巻物のような120フィルムの存在を初めて知った訳です。

それまで金属製のパトローネに入ったフィルムしか知らなかった者にとって、その第一印象は衝撃的なものでした。

薄紙に巻いてあるだけという思い切りの良さ。装填中にちょっとでも手を滑らしたら、ゲームオーバーです。

いやこれ感光しないのかい、するのかい、どっちなんだいっ。でも慣れてしまうとこれが普通になってしまうのだから人間面白いものです。あっという間に自室に中判カメラが増殖する羽目になりました。

2回目は大学の実習で4×5カメラを使い始めた際

「シノゴ」という聞き慣れないカメラ。ええ、この蛇腹と磨りガラスの物体がカメラか。まるでアコーディオンだ。

そしてフィルムホルダーという未知の物体。これにフィルムを詰めるのか。えっ、2枚しか撮れないの。

暗室の中でホルダーに詰める際のドキドキ感。えっ、フィルムの向きってどっちだっけ。乳剤の方を手前に向けるんだよ。いや、それが分からないんだよ。ノッチがある方が右側だよ。いやノッチって何よ。縁のギザギザだよ。

ああでもない、こうでもないと暗室で喚きながらのフィルム装填。側から聞いたらコントですねこれ。

その後、実習で現像したシノゴのネガを見て、その情報量の多さに度肝を抜いた訳です。

35mmから120フィルムを経ての4×5

着実にステップアップしていくフォーマットサイズですが、120フィルムから4×5へ階段を上るにはとある難所が待ち構えています。

それは現像方法。35mm・120フィルムはリールへの巻き付け方法なども殆ど同じ・現像タンクの共用も物によっては可能なため、そこまで気張らずに現像が可能です。

が、ここから4×5のようなシートフィルムを現像するのには、それなりの度胸が必要となります。

大学2年。最初のシートフィルム現像は実習での皿現像でした。昔ながらの手法で現像する所作を体感してほしいという教授の粋な計らいです。現像・停止・定着と薬品の入ったバットを3つ用意して、真暗闇の中でひたすらバットを揺する生徒一同。全てが闇の中、暗室シンクにバットの当たるカタンッ、カタンッという音があちこちで響く異様な状況。完全にカルトホラー映画のワンシーンです。

私の手の温度が高いのか、それとも不器用なのか。確実にこれは後者が原因ですが、この時のネガは後からプリントして見ると現像ムラが酷いものでした。これじゃ適正ネガまでは程遠いなあ、と教授も苦笑い。

「最良の写真は最良のネガからできる。」これはかの有名な写真家、アンセル・アダムスの言葉です。

撮影時の露出、現像時の処理方法。その行程を経て、プリント時にその情報量を限界まで引き出すことができるネガを適正ネガと呼ぶわけですが、そんな代物とはまるで逆のクオリティでした。

「皿現像は私には無理だな」と痛感したところ、「次回からはこれを使って現像します」と出てきたのが、JOBOの3010タンクに、ベセラーのモーターベース。某青色猫型ロボットの道具を取り出す効果音が脳内再生されます。

まるで回転式拳銃を彷彿とさせるドイツ製の現像タンクに、スイッチを入れると一定方向にローラーが回るモーターベース。皿現像から、一気に近未来感が増しました。そしてこの組合せは、大学時代卒業まで暗室の相棒となるのでした。

暗室でフィルムを装填し、薬品を注入してモーターで回します。一定方向のみにだけ回すとムラが発生するので時間を決めて向きを逆にするテクニックが必要です。そしてタンク自体がベースから落ちないように気を付けなければいけません。現像ムラができないようにするため、ひたすら練習あるのみ。

そして大学4年の時にはネガサイズが8×10へ。シノゴからバイテンへ、いよいよ来るところまで来てしまった訳です。最終的に卒業制作をバイテンで撮影することになった私は、ずっとJOBOタンクとモーターベースを使い続けました。1週間のうち4日間は撮影機材を肩に都内を歩き回り、毎晩のように現像。自前のモーターベースとタンクを購入したのもこの頃です。新宿ヨドバシカメラのカメラ専門館6階に暗室用品コーナーがあった際、ここにはJOBOタンクの新品が売られていました。よほど買う人がいなかったのか、うっすら埃が積もった箱をレジに持っていった際、店員さんが困惑していたのを覚えています。

今ではsilversaltさんがJOBO関連の取り扱いをしているので、気になる方は要チェックです。

バイテンでの撮影と現像は、社会人になってからも続きます。

大学時代のゼミでお世話になった三好耕三先生から、JOBOのCPA2を借用し暗室作業を続けていました。

上陸用舟艇の模型のようなメカには大いに男心をくすぐられましたが、まだ専用の暗室を所有していなかった頃の自分には使用までに中々手間のかかる代物でした。何せデカい&重い。何かいい方法がないかなあと思い悩んでいたある日、オーダーメイドでオリジナルのモーターベースを製作している方を知り、すぐさまオーダーをしたのでした。

  • オリジナルモーターベースの動画

私の暗室作業を支えてくれる大事なツールの一つ。今まで故障知らずの頼れる相棒です。因みにJOBOタンクは未だに増殖を続けています。

今、回る3005タンクを前にこの原稿を書いていますがそろそろ定着液を排出しないといけないので今回はここまで。

ちょうど暗室タイマーの音が鳴りました。

次回は引き伸ばし機のお話です。

清水の舞台から飛び降りる、まさにそんな感じで手に入れるにいたった顛末記。

目の前にその時手に入れた彼が佇んでいます。次の主役は君だ。

次回、「月島のベセラー810」。
お楽しみに。

暗室管理人|プロフィール
1990年東京生まれ。日藝写真学科の元落第学生。東京都渋谷区にある24時間・365日稼働の会員制暗室「DARK ROOM 207」創設メンバー 管理・運営人。普段はサラリーマン、一児の父。三度の飯より暗室好き。